脚回りとか。
正直、どこまでオリジナルな形状を残してるのか、よくわからないが…。
「でさ」
なんだい?
「結局ゼロ戦て強いの?それともオレでも素手で勝てる?」
ページが変わったとたん、いきなり核心をついてくるね。
機体そのものの性能を考えるというのは、本来、あまり意味がない評価だが…
「なんで意味がないのさ?」
おっと、いきなり話を腰をブレークだな。
簡単に言えば、広い戦場で、常に1対1で人が乗ってないゼロ戦とムスタングが闘う、
なんてことは未来永劫ありえないわけだから、運用形態を考慮しない兵器の評価は意味がない。
どんなレベルのパイロット達が操縦し、何機の編隊で、どういう方針で闘ったのか、
それをバックアップするシステムはどうなったいたのか、ということが重要なんだ。
この「戦闘を支えるシステム」が互角であって、初めて兵器同士の性能差が意味を持つ。
土台も築かないまま、湿地の上にデラックスな耐震性の建築物を建てても、
そこら辺の木造家屋より地震に弱い可能性があるわけだ。土台は重要なんだよ。
イラン・イラク戦争のとき、イランは当時、世界最強のF14戦闘機をかなりの数持っていたのに
戦争自体はおろか、制空権の確保についても全く貢献していない。
運用できるだけのシステム的な土台が無かったんだ。アメリカ人、帰っちゃってたし。
どんな優秀な兵器でも、それを運用するシステムによっては、ただの粗大ごみとなる可能性があるわけだ。
「先にそっちの話をした方がよくない?」
そうかなあ。
「あとから聞いたらオレ、寝ちゃいそうだし」
そういう理由か…。




ちょっと角度を変えて。
少しブレてますが、ご容赦願います。
ちなみに、今までの写真にも写っていた下の黒い皿はエンジンから漏れるオイルの受け皿。
栄エンジン、生きてるんだなあと、ちょっと感動。

さて、続きだ。
結論から言えば、ゼロ戦が組み込まれていた日本海軍の航空戦術システムは、同時期の参戦国と比べお粗末だ。
日本海軍に「まともな」レーダーシステムはなく、なによりも戦闘機では機上無線が使い物にならず、
空中で相互のコミュニケーションが事実上、不可能だった。
「それって困るの?」
そうだね、相手の艦隊にレーダがあり、艦載機の無線が使えるなら、
透明人間&テレパシーで会話のできる連中を相手にサッカーの試合をやるようなもんだね。
「よくわからん例えだな」
つまり、相手は見えないんだから、どこにボールを蹴っても、常にそれを取られる恐れがあるし、
ドリブル突破を試みても、気がついたら足下からボールは消えている、なんてのもザラだろう。
相手の居場所がこちらにだけわからないサッカーなんて、ゲームとしては成立させようがないんだ。
さらに歓声で溢れるスタジアムの中で、相手は「オレのマークが外れた!パスよこしな」
といったメセージをテレパシーで問題なく伝えられるのだから、勝負にならないだろう。
相手の位置情報とその共有、さらいコミュニケーション能力は集団戦では重要なポイントなんだよ。
敵の艦隊を襲いに行ったら、毎回、相手は準備万端で待ち構えてるのに、
こちらで防御する時は、常にいつどこから不意打ちを食らうかわからない、という状態なんだ。
短時間で高速に長距離を移動できる航空機の立場から見ると、その意味はあまりに大きい。
「レーダーはともかく、無線がないのってそんなに問題?」
ゼロ戦が編隊で飛行中、一番後ろの機体が敵機を発見してしまったらどうすると思う?
「みんなに知らせるだろ」
無線は使えないんだよ?
「…念波」
まあ、中にはそういうパイロットもいたかもしれないが、基本的には加速して編隊の一番前に出て、
隊長機に「ダンナ、敵機ですぜ!」とアピールしてから誘導する、
あるいは先頭に出てから、数回機体をバンクさせて敵の方につっこんだらしい。
「戦国時代みたいでカッコイイじゃないか」
でもなあ、それで命かけてる方はたまらないぞ。
無線なら「8時の方向上方に敵機」ですむが、いちいち先頭に出てアピールしてたら、
その間に敵の方もこちらを発見、先に優位なポジションにつかれてしまうかもしれない。
ただでさえ、レーダによるバックアップはないんだ。
とにかく先に見つけるしかないのに、見つけても僚機に知らせる手段がない。絶望的な状況だよ、これは。
第二次世界大戦で、空戦はチームプレイが基本となったが、これは無線の使用が前提としてあるはずなんだ。
そもそも無線のない戦闘機の編隊における隊長機って、何ができるんだ、という気もするし。
例えば僚機の志村のゼロ戦の後ろに、巨大空中蛇が接近してるのが見えても「志村、後ろ!」と教えてやる事もできないんだぞ。
「巨大空中蛇ってなんだよ」
だから、ゼロ戦の性能以前の問題として、その運用システムは間違っても勝ちを狙えるものではなかった。
太平洋戦争が始まる1年以上前、ヨーロッパの空の戦場であるバトル オブ ブリテンで、
レーダーと無線システムの重要性は、痛烈なまでに認識されていたはずだ。
日本がこの点に気づいていたのか、ドイツにいた軍関係者からどういう報告が入ってたのかは、不勉強にして知らない。
だが、いずれにせよ、イギリスとドイツが多くの血の代償を払って学んだ事実を、
1年以上遅れて戦争に突入したのに、日本は全く活かせていないんだ。
この点は、戦争末期、日本が米軍の爆撃機の猛威にさらされるようになってからはさらに悲惨なことになる。
「努力はしたんだけど、技術的に解決できなかったんでないの?やる気はあったんじゃ」
まあね。実際、部分的にはレーダや無線の運用はあったんだが、組織的運用にはほど遠かった。
それに欧米ではレーダーや無線はあって当たり前で、そこから先の運用のノウハウ、
ハードではなく、ソフトの勝負になっていた時期だからなあ。
戦争は結果が全てだから、まあ、ダメとしか言いようがないんだよ。




コクピット付近。えらく安っぽい20mm機関砲銃身、ダミーだと思うが、
実機写真でもこんなようなもんに見えるので、案外オリジナルかもしれない。
「黒いエンジンカウルからニョキニョキ飛び出してるのはなに?」
あれはエンジンの排気管だ。五式戦のとこでも少し書いたが、これを後ろ向きに噴出して、
少しでも推力の足しにしよう、というものだ。ゼロ戦ではこの52型から採用された。
「排気管て、車のマフラーみたいなもんだろ。大して効果ないんじゃ…」
いや、自動車のと違ってマフラーなどの消音装置をかまさずに、
直接、超巨大なシリンダーから噴出させるため、結構な勢いがあったらしい。
見づらいけど、その高温から機体を守るため、つぎはぎが当てられているのがわかるかな?
一番上のは少し斜めになってるから見つけやすいだろう。ここら辺はオリジナルなのかなあ。
「へえ」
で、この排気管、一番上のものはコクピットほぼ正面という位置にある。
この位置からコクピット方向に高温の排気ガスを垂れ流して大丈夫なの、
ついでにこの位置だと、薄暮とかの飛行ではキャノピーに排気管から漏れた炎が乱反射して眩惑されない?
さらに外の暗さにパイロットの目が全くなれないから危険でないの、と思うが、
そういう話は聞いたことがないから、大丈夫…だったのかなあ。
で、コクピットの少し前にある7.7mm機銃の射撃時のガス抜き穴はふさがれてしまっているね。
「ねえ、この機体、ヒビが入ってない?」
ヒビ?
「エンジンとコクピットの間の機体部分」
ああ、このでっかい隙間は、元々あるもんなんだ。
「なんで?」
…知らない。
「なんですと?」
いや、ゼロ戦専門家とかゼロ戦三段ブラックベルトの人とかには常識なのかも知れないが、
私は、知らない。知らないんだよ、しょうがないじゃん、最初にそう書いたじゃん!
大人は汚いよ、みんな世間が悪いんだよ!
「逆ギレすれば何とかなると思うなよ」
だってー知らないんでちゅー、無知は日本の法制上では刑事犯罪に問われないのでちゅー。
燃料タンクのある位置なので、気化したガソリンが内部にこもらないように穴あけまちたー、
とかそんなんじゃないかと思うでちゅー。
「少しはプライドってもんがないのか、あんたは」
ハハハ、ペロ君、知ってるかい?
写真の手前、主翼からピョコンと飛び出てる棒は、
パイロットに無事脚が出たけん、安心して着陸してけつかれ、というサインの棒だ。
サインは棒!
「…帰るぞ、最後は」
…ごめんなさい、もうしません。



反対側、ななめ後ろから。
機体の横に飛び出しているのは、搭乗時に脚を乗せるステップ。
少し下のバーは位置的に主翼に乗っかるとき、手でつかむ用のような気がする。
ゼロ戦、搭乗のさいは左手よりお願いされることになる。
ちなみにこの機体、鹵獲時にはコクピット後部にループアンテナを積んでたんですが、
現状では失われてしまってますね。

「でさ、そのシステムやらはいいとして、機体そのものの評価はどうなの?」
ち、忘れてなかったか…。
あのね、実際に戦闘に参加した経験はおろか、航空機の操縦も出来ない人間が、
特定の機体の評価をする、というのは結構無謀なことなんだよ。
免許持ってない自動車評論家を信用出来るかい?
「そんなに厳密なもんでなくてもいいじゃん。だいたいで」
…んじゃ、だいたいなら。
ゼロ戦は、1939年に原型初飛行、1940年にA6M2こと21型が実戦デビューしたわけだ。
で、当時の他所様の機体と比べた場合、離昇950馬力の空冷エンジン搭載で、
最高速度510km(最近の資料だと530kmとされることが多いが、根拠をしらないので古い数字を採用したい)、
航続距離約2000km以上は、公平に言ってまあ立派な方だとは思う。
だが、決して大きくは見劣りしないものの、同時代の他国機に対して決して優れてるとも言いがたいのだ。
1940年の段階で実用レベル(生産開始、実戦配備済み)だった他所様の機体、
スピットファイアI、Me109E、さらにはゼロ戦の敵ではないとされたP40B、F4F3、
どれを取っても、ゼロ戦より速度が遅い機体は一つもないのだよ。
「マジで?」
マジで。
データによるばらつきを考慮しても、デブだの手動式車輪格納がナイスだの散々な言われようのF4Fとよくて同速だ。
もっとも、F4Fは進化するにつれて速度が落ちて行くので(笑)、途中で逆転するのだが、
デビュー時の21型とF4F-3で比べた場合、ゼロ戦の方が少しだけ遅いか、せいぜい同じ速度だ。
そもそも1940年の段階で空冷、水冷を問わず、1000馬力以下のエンジン搭載機を探すほうが難しい。
あえて言うなら1939年デビューのイタリアはマッキのMC200が栄12型より低性能な870馬力の空冷エンジンだったが…。
「とりあえず、ワイルドキャット並ってのはショックだな…」
まあね。スピットIに至っては580km出していらっしゃるので、
当時の戦闘機としては絶望的な50km差がついてたことになる。
「でも、零戦、オーストラリアとかでスピットファイア相手に善戦したんでしょ?」
謎のポートダーウィンの街、だね。
「何それ?」
…わき道にそれていい?
「…少しならね…」


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