■61-131 編

さて、そんなわけで、オレはホントのゼロ戦を見るまで死ねないぜ!
とかいう事になると不老不死以外に道は無い、という感じに、
まともなゼロ戦の現存機は、21世紀の地球上に存在しません(笑)。

とりあえず丸ごと一機残ってる機体の中で、
比較的オリジナルに近い状態、そして現在でも十分なコンディションを維持してるのは、
このスミソニアンの52型だけでしょう。
敗戦国の機体とはいえ、ゼロ戦、驚くほど現存機には恵まれてないのです。

この点、アメリカのP-51シリーズも同じようなところがあり、
日米の不思議な一致となっています。
状態のいい機体が世界中にあるスピットファイアやMe-109とは大きく異なる点でしょう。

とりあえず最初は、全体像が確認できる写真から観て行きましょうか。



アメリカの首都、ワシントンD.C.に展示されてるゼロ戦 52型。

ちなみに画面左端、プロペラの先に
チラッと見えてるのは映画トラトラトラのイメージボード、
すなわち撮影に先立って書かれるラフスケッチ画です。
興味のある人は、現地に行ったら見てみてください。

この機体は昭和19年の夏、サイパン上陸戦の後、
現地でアメリカ軍によって回収された61-131号機です。
素性もはっきりしていて、現存ゼロ戦の中でも最も有名な機体の一つでしょう。
鹵獲時の写真も残っている、という珍しい機体でもあります。

積んでるエンジンがオリジナルのものではないらしい(栄31型?)、
復元塗装がやや不正確、などなどいくつかの問題を抱えるものの
「完全に機体が丸ごと残ってる」という条件の中では、
世界で唯一、まともなコンディションを維持してるのがこの機体です。

ちなみに、ゼロ戦は開発メーカーの三菱だけでなく、中島でも量産が行われました。
で、なぜかゼロ戦の現存機は、その中島製が多く、この機体、
さらに飛行可能な事で知られるプレーンズ オブ フェイムの機体、
そしてこの後登場する、イギリスのゼロ戦、全て中島製です。

ついでに、翼端灯の位置から、
エルロンから外側の主翼端が下にオジギしてる状態、
いわゆる主翼端だけのねじり下げ(washout)構造が、
この写真でもかろうじてわかりますかね。

これは翼端失速を起こしやすい
テーパー翼(翼の端に行く程前後幅が短くなる翼)で、
それを防止するための工夫です。
原理は単純で、失速しやすい翼端を少し下に向ければ、
機体が大きな迎角を取った時でも、
翼端の迎角は比較的小さくなり、失速しづらくなる、というものです。

ただし、通常は主翼全体を緩やかにねじらせ、
翼の付け根から翼端に行くほど迎角を小さくするのが多く、
ゼロ戦のように主翼の外側、おおむねエルロンの途中からだけを
曲げてる、というのはちょっと珍しい設計です。
正直、なんでこんなデザインなのか、よくわかりません(笑)。

ちなみにゼロ戦の秘密技術みたいに言われる事がある
この主翼のねじり下げ(washout)ですが、技術的には
ライト兄弟以前のグライダーにも見られた工夫で、
なんら斬新なものではありません。

そもそも、設計者の堀越さんはゼロ戦の前の作品、
1935年2月初飛行の96式艦上戦闘機で既にこれを採用しており、
これまた有名な出っ張りがない平らなリベット、
枕頭鋲なんかも既に96式で採用されていました。
スゴイのは96式であり、風が立ったのはこっちなのです(笑)。
ゼロ戦は、単純にその延長線上にあるだけでしょう。
ただし、それらの技術も、堀ちゃんの独創ってわけではありませんが。

実際、後で説明するように、1935年ごろから一斉に
世界中の単葉金属テーパー翼でねじり下げ主翼が採用されています。
96式戦闘機は1年から数ヶ月の差でおそらく世界初の
全金属主翼のテーパー翼に、ねじり下げを取り入れた機体となるのですが、
その差はせいぜい数ヶ月から1年で、
設計期間を考えると、ほぼ同時期に一斉に採用されたと見るべきです。

そもそも1932年から33年ごろ、本来は後退翼、全翼機のための研究ながら
アメリカのNACAが主翼のねじり下げに関するレポートをいくつか発表してますから
(No.393レポートなど)これの影響じゃないかと思います。
新しいもの好きの堀ちゃんですから、
その影響を受けたんじゃないでしょうかね。

ただ先に書いたように主翼の端っこだけをねじったのが、
堀越式設計の特徴という事になりますが、正直言って、
それでキチンとした効果があったのかすら、よくわかりませぬ(笑)。
なんで主翼全体でやらなかったんでしょうか。



こちらは96式戦闘機と同世代の機体で、
主翼のねじり下げが比較的よくわかるH-1レーサー。
速度記録挑戦のために1機だけ作られた機体です。

1935年9月初飛行と、96式戦闘機より半年ちょっと後のデビューですが
設計時期はほぼ重なりますので、同世代と見ていいでしょう。

主翼端の横とラインと、主翼中央部の横のラインがずれて、
手前が少し下にオジギしてるのがわかると思います。
これがねじり下げ構造です。

とりあえず、翌年の1936年3月に初飛行した、これもほぼ同時代の戦闘機、
イギリスのスピットファイアでもねじり下げが採用されてますから、
この構造、少なくとも堀ちゃんの独創ではありません。
新しいもの好きの彼が、真っ先に飛びついた、というところでしょう。

変態大富豪にして戦後アメリカ空軍の電子化の原動力となった
ヒューズ・エアクラフト社のオーナーでもある
ハワード・ヒューズが自ら設計に参加し、
1935年に陸上機の速度記録を打ち立てたのが、このヒューズH-1レーサーでした。
ちなみにこの機体、短距離用と長距離用の二種類の主翼があり、
現在スミソニアン航空宇宙館で展示されてる機体に付いてるのは長距離記録用のもの。
ちなみにこの機体も沈頭鋲を使用してます。

ついでに、1935年のこの機体の最高速度記録はあくまで陸上機による新記録で、
航空機による最高速度は、
C.200C.202の設計者でもあるイタリア人 
カストルディによる水上機、M.C.72が、この段階ではまだ保持し続けてます。





こちらは1936年3月初飛行、96式艦戦より1年遅れの機体、イギリスのスピットファイア。
よーく見ると、わずかにオジギしてる主翼が判りますかね。

スピットの場合、主翼の空力特性に全く問題は無いけど
先細りの楕円翼だし、保険として全体をねじっとけ、というレベルになってます。
このため、主翼の根元から翼端までゆっくりとねじられており、
よほど注意して横から見ないと気が付かないでしょう。
ねじり下げの角度は2.5度とされるので(ねじり下げは通常2度前後の角度が多い)、
ほとんどゼロ戦と変わらないはずなんですが。

ついでに、これまたゼロ戦の秘密技術と説明される事が多い沈頭鋲(flush rivet)、
すなわち機体表面のネジ頭の出っ張り部分を潰して滑らかにするリベットですが、
これも先に見たように96式艦上戦闘機で採用済みでした。

ただし、この沈頭鋲も別に堀ちゃんの独創ではなく、96式の1年前、1934年に初飛行した
ドイツの主力戦闘機、Me-109の土台となった事で知られる
単発エンジン、全金属製の機体、Bf-108で既に全面的に採用されてました。
ドイツの場合、この段階で再軍備が前提に航空機を設計してましたから、
これが実質的な戦闘機による沈頭鋲の初採用と見るべきでしょう。
実際、Bf-108の機体設計の多くの部分が、Me-109の設計に活かされてますし。

ついでに、そもそもドイツの場合、沈頭鋲は
1932年12月に初飛行したHe-70で全面的に採用されてました。

当然、上に見るスピットファイアなどでも普通に沈頭鋲が使われています。
とりあえず96式艦戦の段階なら最先端技術だったかも知れませんが、
両者とも、ゼロ戦の段階では、ごく平凡な技術に過ぎませぬ。





斜め横から。
ここはぶら下げ展示のため、なかなか観られない角度から機体を観察できるものの、
撮影できる位置はかなり限られてしまうのが悲しいところ。

この機体、主翼上面の編隊灯や、可動部のカバーなど、貴重なものが残っており、
ここら辺りは後でまた説明します。
主翼の付け根あたりで赤枠で囲まれた部分は構造が弱いから、この上に乗るな、
という指示ですが、この機体もスミソニアンのレストア第一世代なので、
どこまで塗装などが正確なのかは何とも言えませぬ…。

ついでに主翼の一番手前で前に飛び出してるのは、対気速度を測るピトー管。



もうちょっと斜め前から。

手前で光ってるのは解説板で、もう少し低い位置にしてくれればなあ…。
ついでに、展示が近すぎるため、機体に触れないよう、
ガラス板が置かれてしまっており、
二重、三重に撮影が困難な環境になっています。

機首のカウル上の穴は7.7mm機関銃の発射孔。
コクピット前のふくらみがその機関銃収納部で、
あそこからカウル内の孔を通して、
ここから弾が出てゆくようになってます。

このため弾がプロペラに当たらないよう、同調機構が入ってるのですが、
それでも当たる時は当たったらしいですし(笑)、
プロペラの回転数にあわせた結果、発射速度が落ちる事が多く
アメリカやイギリスの機体ではあまりやらない装備方法です。

対して、ドイツ、イタリア、日本はこの機首機銃が大好きでして、
ここらあたりの理由もよくわかりませぬ…。

ついでに個人的にはゼロ戦を
カッコイイと思ったことは一度もないのですが(笑)、
この角度から見ると、ちょっといいですね。



少し下から。

ゼロ戦の特徴である、主翼後端部のエルロン(補助翼)がヤケに長い、
というのが、この角度だとよくわかります。
これだけ大きなエルロンを搭載しながら、
世にもまれなほど悲惨なロール性能になってしまった、
というあたり、どうもよく判らない機体でもありますね。

主翼全体の強度が、よほど低いんでしょうか。



やや離れたところから、少し望遠気味の画角で撮影したもの。
今回掲載した中では、形状的に最も正確な写真だと思います。


NEXT