■川崎 五式戦I型 キ100
Kawasaki Goshikisen I  Ki100 ( Kawsaki Type5fighter I Ki100)

■2006年イギリス ロンドン RAFミュージアムにて撮影



川崎製陸軍戦闘機 飛燕ちゃんこと三式戦(キ61IIの方)の水冷エンジンを空冷エンジンに交換して、
その後でコクピット周りやらをコチョコチョと造り替えてしまった機体がこの五式戦(キ100)でございます。
空冷エンジンやら水冷エンジンやらについてはMC.202のとこを見てください。
ちなみに本機のご先祖様というか元ネタ、三式戦が積んでた水冷エンジンは、お馴染みドイツのDB601のA型。
日本陸軍がこの製造ライセンスを購入、川崎(地名じゃなくてメーカーね)で生産したハ40というシロモノでした。
ちなみに海軍は海軍で別にライセンスを買って、元時計メーカーの愛知(地名…以下略)に作らせてます。
で、このエンジンは1938年にMe109のE型でデビューを飾り、後にイタリアのMC.202などにも搭載されるわけですが、
ドイツもイタリアも最初は品質の安定に手こずっており、作りやすいエンジンではなかったようです。
もっとも最後の最後までトラブルを抱え続けたのは日本だけですが…。

五式戦のコーナーですが、まあちょっと脱線して、三式戦のエンジン、DB601Aについて少々書きます。
このエンジン、デビューは1937年、ドイツでの量産開始が1938年の秋。
これは第二次大戦勃発直前で、日本が真珠湾でドエライことしちゃう3年前です。
で、Me109は1941年末(ちょうど真珠湾のころ)の段階で、パワーアップしたDB601「E」エンジンを搭載開始、
さらにその数ヵ月後には1480馬力の新型(というか発展型)DB605A型が登場します。
イタリアのMC.202にしても設計が1939年で、生産は1940年にスタート。
対して我等が日本陸軍がライセンスを購入したのがようやく1940年初頭、
三式戦の設計開始が1940年末、試作機完成が1941年末、量産開始は実に1942年の10月ごろから。
本場ドイツから4年遅れ(笑)、イタリアからも2年遅れです。
4年あったら、太平洋側の戦争、終わっちゃう時間だよ…。
この時期に「DB601A」搭載の「新型機」をデビューさせてはばからなかった関係者一同は、
あらゆる非難にさらされてしかるべきでしょう。

同時期、ヨーロッパではMe109Gが1480馬力のDB605Aエンジンで時速630kmを出し、
スピットファイアにいたってはあのMk.IX(9)が1500馬力超のマーリン61を得て
660kmの速度を軽く突破していました。
さらに太平洋の向こうのではP51ムスタングが,
ついに運命の相手、マーリンエンジンと奇跡の会合を果たしていた時期。
こちらもテスト飛行で軽く620kmを突破してきます。
さらに書いてしまうと、日本以外の国の主な戦闘機で三式戦より新しいのは、
タイフーンの改造機ともいえるテンペストぐらいで事実上皆無、
それこそジェット機のMe262くらいだったします。
かなりの新型機なんですよ、三式戦(笑)。
F6Fヘルキャット は初飛行こそ半年遅いのですが、設計開始と量産開始のタイミングは実はほぼ同時。
2000馬力で610km出し、12.7mmを6門積んだヘルキャットと同時デビューなんですな。
ヘルキャット、決して優れた戦闘機ではないんですが、それでも数字の上で三式戦を凌駕します。
この時期に1100馬力で580km前後という「新型機」の生産を開始した日本陸軍は、
ほほえましい感じすらしてきました(涙)。
つーか、五式戦の話なのに、三式戦についての話が少し長くなってしましたね…。

さて、余談。
カーチスのP36がエンジン変更でP40に変わった例があるものの、
エンジンの変更だけで機名が変わるのは比較的珍しいことだったりするんですね。
先のイタリアのMC.202も、よくMC.200からのエンジン変更機、と簡単に片付けられてますが、
実際には、これはもうまったく別の機体でしょ、ってくらいに変更を受けてます。
ちなみにイギリスのタイフーンテンペスト になったのは一種の事故で(笑)、
あれは本来、一から作り直して全く別の機体にする予定だったのが、
時間と根性とギャンブル性の欠如(まあ軍隊の属性としては悪い事ではない)によって、
あんな中途半端なタイフーン発展型になりました。
その証拠に(?)、テンペスト自身は液冷エンジンを空冷に切り替える、という
このfrom三式戦to五式戦の変更と同じ改修をうけながら、名はテンペストのままでした(テンペストII )。

話がいきなり横道にそれましたね(笑)。
さて、この五式戦(キ100)は、よくあるような、新型機の企画をして、設計して、試験して、
という手順をかなりすっ飛ばし、いきなり生まれて来たような機体です。
そもそも五式戦のルーツは、上で散々書いた、いろいろと情けない戦闘機だった三式戦(キ61)を
ちったあ男にしてやろうぜと、エンジンのパワーアップを始めとする大掛かりな改修を行ったのが最初。
これを三式戦二型(キ61 II改)として完成させ、昭和19年の夏から生産に入ったんですが、
パワーアップした水冷エンジンの生産がさっぱり間に合わず、胴体部分ばかりがバンバン完成してしまう、
という異常事態が発生したのが始まりでした。

私の知る限りでは、エンジンの無い戦闘機を飛ばす方法は地球上に存在せず、
やはり当時の陸軍関係者のみなさんもその方法を知らなかったようで、
使い道の無い胴体の山が、工場周辺に出現する事になりました。
一説には当時の国道で2kmにわたって胴体だけの未完成機がならび、
各務ヶ原周辺の住民にいらん不安をまきちらしたとか…。
なんだそりゃ(笑)。

で、困った陸軍および川崎関係者の皆さんが、とりあえず出来合いの三菱製空冷エンジン、
ハ112IIを搭載してしまって造ったのが本機。
でもって飛ばしてみたらそこそこいけるじゃん、と言う事で正式採用され、
名前も五式戦(キ100)と改めて付けられたわけです。
三式戦チョー改III型とかでもよかったんでないか、と思いますが、まあうれしかったんでしょう(笑)。
昭和20年3月ごろから生産を開始、胴体はすでにほぼ完成したのが転がっていたわけですから、
生産はそこそこ順調(日本機としては)だったようで、最終的に400機前後が作られたと見られます。
これは紫電改や雷電とほぼ同じ数で、「日本機の中で」なら立派な量産機と言えるでしょう。

ちなみに一式戦から四式戦までの陸軍戦闘機は隼、疾風など、それぞれニックネームを
もらっていましたが、さすがにそれどころでは無い時期に開発された機体だけに、
五式戦は最後までニックネームを持っていない機体となりました。
南無。



斜め前から、やや望遠気味のレンズで。
ハイバック(ファストバック)キャノピー(後に見えるMe109のように、コクピット後方の視界がないタイプ)と、
写真のような涙滴型キャノピーの両方が存在するという、
日本機、というか枢軸国機としては珍しい機体でもあります。
連合国サイドではタイフーンに始まり、スピット、ムスタング、サンダーボルトと
大戦後期にキャノピーの涙滴型化は一つの大きな流れとなりました。
もっとも涙滴型といっても、だいぶ野暮ったく、あまり洗練されたイメージは無いです。
また、このキャノピー、全体がかなり長めで、実機を少し離れた位置から見ると、
複座機にすら見えてしまうシルエットでした。
ちなみにこの機体もナゾだらけで、記録上、そこにいないはずのシンガポールで鹵獲され、
イギリスに持ち帰られたものですが、その経歴は一切不明。
無論、シリアルなどもわかりません。
かなり古い、オリジナル塗装と見られる時期のカラー写真も残ってるんですが、
これの尾翼には一切のマーキングがなく、まったくもってよくわからん機体です。

さて。
そんなこんなで誕生した五式戦ですが、非常に評価の難しい機体です。
1945年の段階で離昇1500馬力の空冷エンジンで最高速580kmでは、すでに予選落ち確定ですが、
純粋に機体だけを見た場合、似たタイプの戦闘機があまりないんで、比較が困難なんですね。
そもそも1500馬力級の空冷エンジン搭載戦闘機ってのが、あまりないんですよ。
とりあえず、このクラスの機体で自重約2500kgというのは結構軽量な方ですので、
そこらへんはがんばったかなあ、と。
まあ、公平に見て、この機体のスペックが空冷1500馬力の平均点ではないでしょうか。
どう転んでも1945年の段階で空冷1500馬力では、もはや使い道がありません。

余談ですが、レシプロ機の性能比較をやる場合、要注意なのがエンジンの馬力表示。
特にDB601A系はいったい何馬力だったのか、というのが結構ナゾなエンジンだったりします。

まず注意がいるのが2種類の馬力、hpとpsどちらなのか、という点。
ご存知の方もいると思いますが、馬力には2種類あります。
簡単に言うと、イギリスのヤード・ポンドで計算したイギリス馬力(hp)、
メートル、キログラムで計算したフランス馬力(ps)の二つ。
日本語だと両者「馬力」となりますが、厳密には同じではありません。
だいたい1ps=0.986hpぐらいになります(正確にはもっと細かい数字になる)。
1.4%程度の誤差ではありますが、無視できるかは微妙なところ。
ちなみに1000ps=約986hp=約735.5KW(キロワット)と覚えると、キリがよくて覚え易いです(私だけ?)。
1000のフランスは悔やむなみんなゴーゴー…。
てなわけで、同じ1000馬力のエンジンでも、ドイツ製とイギリス&アメリカ製を比べた場合、
イギリス&アメリカの方が、ちょっとだけ高出力&高性能ということになります。
日本語の罠というべきか。

でもって、ここでよくわからんのが日本のエンジンで、メートル国家のはずなんですが、
資料を探してみると、大戦当時のエンジンの馬力表示、これがhpの場合が多いんですね。
本当か?当時は「馬力」と表示されていたのを、戦後、なんの考えもなしにhpとしてないか?
馬力ってホースパワーだからhpでいいんだよね、みたいな。
一次資料を調べてないので、うかつなことは言えませんが、限りなく怪しい(笑)。

その上、さらによくわからないのがDB601Aの出力。
これの1100馬力は常識で考えれば1100「ps」なんですが、
資料によっては1100「hp」だったり、近年のドイツの資料とかを見ると、
990psとか凄いことが書いてあったりします。
インターネット上で見ると、ドイツ語のサイトではps、英語のサイトではhpとpsが混在、という感じなんで、
やはり1100psで1085hpと考えるのが正解かなあ、と思ってますが、ホントに990psだとしたらえらいことだぞ。
なんで、いずれにせよ、日本で作ったハ40が1100hpって書いてある資料は、たぶんウソだから信じちゃだめよ(笑)。


NEXT