■スーパーマリン スピットファイア F Mk.V c Trop

 

スピットファイアについては既に散々解説したので、今回はこのアメリカ空軍博物館の展示機体に絞って述べましょう。
この機体は1943年10月ごろにイギリス本土で製造され、その後、1944年初頭にオーストラリア空軍に引き渡されたF Mk.V(5) c 、簡単に書くならMk.V(5) 型。製造番号(Serial)はMA863。

1943年の段階では既に高性能な二段二速過給機マーリンエンジンを積んだ新型のMk.IX(9)が量産に入ってましたから、10月にもなってまだ旧式のV(5)型を生産していた、というのはちょっと驚きです。田舎のオーストラリア本土ならこれで十分と、安価で生産も楽な一段一速マーリンエンジンのMk.V(5)をわざわざ生産して送り込んでたんでしょうかね。
ちなみに一部で有名なゼロ戦相手にスピットのV(5)型が惨敗するダーウィン空襲はすでに1943年春から始まってます(ただしこの敗北は日豪パイロットの技量差による面が一番大きいのだが)。よってこの機体が配備された1944年の段階ではオーストラリア本土でも一段一速過給機のMk.V(5)ではもはや時代遅れ、というのが既に判明してたはずなんですが…。この辺りは何を考えてるんだかよく判りませぬ。

とりあえずオーストラリア空軍(RAAF)に配備された後、終戦の月の1945年8月に着陸事故を起こし破損、教材機体(Instructional airframe)、地上で整備訓練や座学用に使われる機体にされたようです。その後、民間に払い下げられ、長らくオーストラリアで保管されていたのを1998年にイギリスの帝国戦争博物館が購入してレストア、何らかの機体と交換、あるいは金銭売買で2000年にアメリカ空軍博物に譲渡されたもの。なのでおそらく一度はスクラップ寸前的なとこまで行っていた機体なのですが、アゴ付きスピット(後述)としてはかなりキチンとレストアされており、一定の資料性はあるでしょう。

ちなみに機体の塗装はアメリカ陸軍がトーチ作戦後に北アフリカに展開させた部隊のもの。1942年11月にアメリカ軍が北アフリカに上陸、現地のドイツ軍を駆逐する事になるのがトーチ作戦ですが、この時期に現地アメリカ陸軍の戦闘機としてスピットファイアがイギリスから供与されてました。すでにMk.IX(9)の生産も始まっていたのですが、主にMk.V(5)がアメリカ軍に廻され(後にIX(9)の供与も開始。使い道がなくて余ってた(笑)Mk.VIII(8)も追加された)、最終的にアメリカ陸軍だけで600機前後のスピットを運用していました。これは日本海軍が運用した雷電とほぼ同じ、紫電改よりは多い、という機体数ですから、この辺り連合軍の物量に驚くべきなのか、日本海軍のショボさに涙するべきなのか…。
さらにちなみに後の1944年5月、ノルマンディー上陸戦の時にはアメリカ海軍もごく一部ながら(おそらく20機以下)スピットを装備して運用してます。

24型まである空軍型スピットファイアですが(試作機なども含むが)単体で最大数が生産されたのがこのMk.V(5)でした。20300機前後が生産されたとされるスピットの内、約6400機がこのMk.V(5)だったとされるので、全生産数の約1/3をこの型が占める事なります。ただし事実上同じ機体でエンジンがアメリカ製(パッカードマーリン)かイギリス製かの違いしかないMk. XVI(16)とMk. IX(9)を合計すると、約7000機となって実質的な生産数はこちらが上回るのですが。

正式な名称の最初に付いてる「F」の字は通常エンジン搭載型を意味します。すなわち低空用に過給器のタービンの性能を抑えたり(LF)、逆に高高度用にセッティングされたもの(HF)ではなく、通常型の一段一速マーリンエンジンを搭載した機体です、そして「 c 」は主翼の武装が20o×計2門&7.7o×計4門、あるいは20o×計4門の選択式だった機体を指し、展示の機体では20o×計2門&7.7o×計4門の武装を選択しています。

そしてMk.V(5)の中でもやや特殊な機体が、このアゴスピット、荒れ地での運用を前提とし、砂塵をエンジンに吸い込まないようにする防塵フィルター、いわゆる熱帯用空気フィルター(Tropical air filter)付きの機体でした。ヴォークス社製フィルター(Vokes filter)を機首下に取り付けてるのですが、現地で開発されたより小型のアブキールフィルター(Aboukir filter)というタイプもありました。この辺りは後述。ついでにトロピカルと聞くとなんとなく南国ハワイ的な印象を受けますが、イギリス空軍の言う南国は北アフリカやオーストラリアの砂漠地帯を指し、いわゆる熱帯雨林的なものとは無縁ですから注意。

ちなみに熱帯用防塵フィルター搭載の機体は熱帯のトロピカル(Tropical)を略してTROPと表記される事が多いですが、どうもRAF(イギリス空軍)は正式に熱帯フィルター型と通常フィルター型を区別してなかったらしく、書類上では単にMk.V と記載されてる事も多いです。試験飛行などの報告書では機体名のあとにカッコつきで (Tropical) と注意書きが入ってたりしますが。
ただし熱帯用型は単に防塵フィルターが付いてるだけではなく、より長距離を飛べるように90ガロン(約409リットル)の外付け燃料タンクが取り付け可能な他、少なくともニ十以上の変更点があったとされるので、本来は別の機体と考えた方がいいと思われます。参考までに90ガロン増槽は長距離輸送飛行で使うためのもので、作戦飛行には用いられません。おそらく空中投棄もできなかったはずです。

では次のページから少々詳しくこの機体を見て行きましょうか。


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