■マーリンマーリン愉快なマーリン

というわけで、ずいぶんと引っ張ってしまったが、簡単にマーリンの進化を表にしてみよう。
「簡単なものだけ?ちゃんとやれよ」
だって死ぬぜ。
「誰が!?」
いや、マーリン、やたら欠番が多くて、一部にはわけありのもあって、
そんなのフォローしてたら本一冊の世界だぜ。
「そういうもんかね?」
そういうもんさ。マーリンの進化は事実上、過給器の進化と言っても過言ではないので、
各エンジンごとにその違いも書いておいた。
ちなみにマーリンのスーパーチャージャーは1段1速、1段2速、2段2速の3タイプに分かれる。
段(stage)というのは空気の圧縮に使われる羽根車(インペラ)の数で、
マーリンはこれを大と小、2個持った2段式にまで進化した。
2個の羽根車を一列に並べ、最初の大羽根車で圧縮した空気を、
次の小羽根車でさらに圧縮する仕掛けだったんだ。
ここまでブースト圧をかけたら、そらオクタン価の高いガソリンが必要だったろう。
で、これのおかげで、マーリンの高高度性能は目覚しいものとなった。
大きな羽根車を用意しても同じことができるが、
耐久性、エンジンのパワーロスを考えると、この方式がベストだったろう。
このシステムを考えたのは、おそらく例のスタンレー・フカー。
さらにその2つの羽根車が歯車によって2速(speed)ギアとなっているのが2段2速(2stage 2speed)過給器だ。
高度によって最適のギア比を選べたわけで、1速よりは2速の方がより幅の広い高度に適応できる。

…そろそろ起きろ、ペロ君。

で、その前にマーリンとスピットをちゃんと理解するのに意外な壁となってる問題を解決しておこう。
「なんのこと?」
ローマ数字さ。
わかってしまえば簡単なんだけど、日常的に使うものではないからね。
念のため、ここで確認しておこう。知ってる人は読み飛ばしてもらって可。
さて、最初は棒の数だけでいけます。
I (1)/ II( 2)/ III(3)
「簡単じゃん」
まったくだ。でもね4からは少し面倒。
IV (4)/ V (5)/ VI (6)/ VII (7)/ VIII (8)
「Vが5のことを表してる?」
ピンポン。
「じゃあ4にまでIVとVの字が入ってるのはなぜ?」
これはI の字がVの左にあることで、5の一つ前の数字、すなわち4であることを意味してるのさ。
Vの左にあるとマイナス、右にあるとプラスと覚えるとわかりやすい。
「へんなルールだな」
まあね。でもって9と10も同じルール。
IX (9)/ X (10)/ XI (11)……とあとは繰り返し。Xの字が10を意味し、XXで20となる。
50、100とかまで行くとまたルールが加わるんだけど、とりあえず今回は必要ないので、ここまで。

というわけで「軽い」マーリンの進化説明表。
それでも日本語でこれだけの資料はまずないと思うぞ。エッヘン。
「うぬぼれじゃないのか、それ?」


**当初はエンジン出力を入れてなかったのだが、意外に要望があったので、わかる範囲で追加した。**
ただし、これについては「完全」といえるデータを一切もっていないので、
その正確性は保障できない。
資料によって、10馬力や20馬力、平気で異なるので念のため。
もっとも マーリンは同じタイプナンバーのものでも、
過給圧がいつの間にか上げてあって、性能アップしてるケースが多いので、
もしかしたら、どのデータも正しい、という可能性があるが…。

また、各エンジンには本来「もっともパワーが出せる高度」として設定された定格高度があるのだが、
これはもう、資料の数だけデータがある状態なので、一切掲載していない。
ただし、1段2速、2段2速エンジンの2速ギアは、それぞれ設定高度が異なり、
これがある意味キモなので、わかる範囲内で載せている。
ただし、これもデータの正確性は完全には保障できない。


■マーリンエンジン一覧表・改 (The Merlin engines list)
2007年6月9日追加改定しています。

●排気量 27.02L
●ボア 137mm
●ストローク 152mm

この三つは全タイプを通じて変わっていません。
マーリンのパワーアップは、本来は高空性能の向上に使われるべきリソースである
スーパーチャージャーの進化とガソリンオクタン価の向上を、発想の転換で、
エンジンパワーの上昇に使って進化したものであることがわかります。
(この発想は戦後、自動車産業が受け継いで行くことになる)

その過給圧は6.0 lb/sq.inから始まって、究極ともいえる66スペシャルタイプで25.0 lb/sq.in、
実に4倍にも跳ね上がっているのです。
両者のエンジン出力差はほぼ倍。これほどの進化を果たした「システム」
そのものが人類史上、まれなんじゃないでしょうかね。

ついでに余談。
ほかに書くとこがないのでここに書いておきましょう。
マーリンエンジンをアメリカでライセンス生産したのがパッカード。
日本人で知ってる人はほとんどいないと思われるGM系列の高級車メーカーですな。
なんでまたそんなメーカーが、という理由としてよく見かけるのが
フォードが最初にライセンス生産を試みたが失敗したので、というもの。

が、これは間違い。
そもそもフォードは戦争中、イギリスにあった工場でマーリンをガンガン生産している。
フォードが本国でのライセンスを行わなかったのは、
ナチス大好き初代自動車王ヘンリー・フォード閣下が、
イギリスはすぐに負けるから、金を払うだけ無駄、と考えたかららしい。
その結果、パッカードにお鉢がまわっていったのだが、
なぜパッカードか、はよくわからない。

さらにちなみに、パッカードは戦時中に、魚雷艇用エンジンとして
V12マリンエンジンというのを製造しているのだが、これはマリン、Marine(海洋の)であって
マーリンMerlin(小型の猛禽類の鳥、またはアーサー王伝説の魔法使い)とは別物。

 エンジンタイプ名
       (Type)

特記事項
(Note)

搭載したスピットファイア
 (Applications)

 P.V.12
  (1段1速)
 
 最初の試作型。2台作られた。
 P.V.はプライベート ヴェンチャー、すなわち自社製作の略。
 世界中が貧乏のどん底だった時代に作られたからねえ…

 
 データ不明
 none
 B,C,D,E,F,G
 (1段1速)

 試作型。それぞれが数機ずつ造られている。
 Fはそのまま最初の量産型 I となり、
 GがII型の原型になった。
 ただしG型は存在しない、とする資料もある。
 A型は存在しないのに注意。

 (C型)
 最大出力 
1,045 hp (780kw)  87オクタン ガソリン用
 
 none
 I (1)
 (1段1速)

 最初の量産型。試作F型ほぼそのまんまらしい。
 試作型で試された「ランプ(ramp)」型シリンダヘッドを搭載。
 ただし、どういうものか仔細不明(笑)。
 172台しか造られず、フェアリー バトルなどに搭載された。

 最大出力 1,030 hp (768 kW)  87オクタン ガソリン用
 
 none
 II(2)/III(3)
 (1段1速)
 
 ランプ型シリンダーヘッドが失敗だったことが明らかになり、
 急遽伝統のケストレルエンジンと同じタイプの
 フラットシリンダーヘッドに切り替えたもの。
  IIとIIIの違いはよくわからないが、
 どうも可変ピッチ(定速)プロペラ
 を取り付けるためにプロペラ軸部分を変えたものらしい。
 ただし、この点の裏は取っていないので念のため。
 試作機(C&F型が積まれたらしい)を除けば最初の
 スピットファイア搭載の型がこれ。
 
 このタイプには速度記録挑戦用に造られたIIImという
 スペシャル版があるのだが、残念無念、仔細不明。

 87オクタン燃料 低ブースト圧版
 最大出力 
1,030 hp (768 kW)

 100オクタン燃料 高ブースト圧版
 最大出力 
1,160 hp(865 kW)

 ●100オクタンガソリンを使う設計となったのはXII(12)からだが、
  生産の終わっていたIIIも順次ブースト圧を上げて使用された。
   バトル オブ ブリテン時のスピットMk.Iはすべてこの改造を
  受けていた、と考えてよいと思われる。

 Mk.I (1)
 IV(4)
 (1段1速)
 
 エチレングリコール冷却式だったのを
 エチレングリコール&加圧水式にあらためたもの。
 加圧水は沸点が高くなっているので100度以上でも
 水蒸気とならず、冷却液として使えた。
 ただし、マーリンのはエチレングリコールを併用したもので
 単純な加圧水式ではない。

 データ不明 87オクタン ガソリン用


 none
 VIII(8)
 (1段1速)
 
 はい、ここから、型番跳びはじめます(笑)。
 スーパーチャージャーを低空用にした海軍向けタイプ。
 おそらく羽根車を短くカットして、過給能力を落とし、
 軽くなった羽根車で、エンジンのパワーロスを小さくした
 ものだったと思われる。
 この後登場する「M」型低空用エンジンは、すべてその
 改造がほどこされているので、多分、同じものだろう。 
 この型よりコフマン式火薬スターターも搭載された。
 エンジン始動時にいちいち手でプロペラを回さないで
 すむようになって行く。


  データ不明 87オクタン ガソリン用


 none
 X(10)
 (1段2速)
 
 ようやく登場、1段2速過給器搭載型。
 ただし、性能的にはまだまだ、という部分があったようだ。
 ウェリントンなどの爆撃機に搭載され、スピットでは
 試作型のIIIで試験的に載せてみただけで終わった。
 コフマン式に代わり、電気式エンジンスターター装備開始。

 最大出力 1,130 hp (842 kW)  オクタン価不明
 ギア設定データ不明
 
 ●最初の1段2速式だが、1段1速のXII(12)より出力は低い。
 スピットファイア(Mk.III)に正式採用されなかった理由として、
 開発の遅れが上げられることが多いが、
 性能的にショボイ、というのもあったように思う。 

 Mk.III(3)
  XII(12)
 (1段1速)
 
 1段1速に戻ってしまう(笑)。
 どうもこっちの方がXより先に開発されたような気が…。
 エンジンスターターはコフマン式だし、中身もIII型と
 ほぼ同じものだ。
 ただし100オクタンガソリンに対応した高ブースト圧型で、
 それに伴い、冷却システムをIVと同じ
 エチレングリコール&加圧水式へと改めた。
 これ以降は、特殊なものを除き、
 100オクタン価ガソリン用エンジンとなる。
 
 スピットのMk.IIに搭載されたエンジンだが、
 こうして見るとスピットに搭載されなかった
 マーリンの方が多いのに改めて気づかされる。
 ちなみにこのシリーズは全部で1100基程度しか生産されておらず、
 スピットに搭載されたマーリン中では、もっとも少ない。


 最大出力 1,150hp (858 kW)  100オクタン ガソリン用

 Mk.II(2)
 XX(20)
 (1段2速)
  
 再び、1段2速になった。 
 マーリンでもっとも多く生産されたタイプだが、スピットには
 搭載されないままだった。
 基本的にはランカスターなどの爆撃機用だったからだが、
 なぜかハリケーンには搭載されている。
 このタイプだけで9万台を超えているから、
 全マーリン生産数のうち、2/3近くを
 これが占めてしまっていることになる。恐るべし。

 このXX(20)型から、多くの派生型が出てくるようになったほか、 
 最後のローマ数字のマーリンでもある。
 さらにアメリカのパッカードがライセンス生産を始めた型
 でもあったりする。
 
 派生型は21, 22, 23, 24, 25, 27, 28型と多いが、
 どうにもその違いがよくわからない(涙)。
 過給器が2速になってるので、多分ブースト圧、
 そしてそれにともなうエンジン出力が異なると思われる。
 
 31,33,38型は、パッカードで造られた
 V-1650-1系マーリンのイギリスでの呼び名。
 アメリカで生産されたエンジンはカナダに持ち込まれ、
 そこで生産されていたランカスターなどの
 爆撃機に搭載され、イギリス本国に送られたようだ。

 (XX型)
 最大出力 1,480hp (1,105 kW)  100オクタン ガソリン用
 MS(中速度)ギア設定高度 1830m
 FS(高速)ギア設定高度 3810m

 none
 30/32
 (1段1速)
 
 でもってまた1段1速に戻る(笑)。
 海軍向け低空用エンジンで、XIIあたりを例の低空用
 に改造したものだと思う。
 またもや30と32の違いが不明だったりする(泣)。
 意外にハイパワーなのに注目。
 
 一般に、羽根車を小型軽量化して高高度性能を捨てた
 低空用エンジンは、通常型よりもハイパワーになる。
 思った以上にスーパーチャージャーは
 エンジンパワーをロスするらしい。

 (32型)
 最大出力 
1,645hp (1,230 kW)  100オクタン ガソリン用

 none
 45/50
 (1段1速)
 
 全スピットファイア中、もっとも量産されたMk.V(5)に搭載
 されたマーリンなのだが、逆にスピットV(とシーファイア)
 専用となってしまった部分もあり、7000基程度の生産に
 とどまっている。
 フカーがその開発に絡んだ最初のタイプだと思われ、
 1段1速過給器のままながら、XII(12)の1240馬力から1430馬力へ
 200馬力もパワーアップしてしまったのだから、恐るべし、
 と言うほか無い。
 スーパーチャージャーの改良と、それに伴いブースト圧を
 いじったのではないかと思われるが、まあ凄い数字である。
 
 派生型も多く、強化されたスーパーチャージャーの特性
 を生かした高空用の46、逆に例の低空用に羽根車の
 カット改造を行った45Mがある(Mのつくエンジンは低空用)。
 
 さらにこれの生産途中で、例のマイナスGの時に
 エンジンが止まってしまう現象を防止できる
 新型キャブレターが開発され、それを装着したのが50、
 その高空用が47、低空用の「M型」が50M。
 さらに50A、55、55M、55A、56なんてのまで造られてるが、
 正直、ここまで来ると、違いがよくわからない(笑)。
 ちなみにこの新キャブレターでも背面飛行に入った時、
 キャブレターが詰まってしまう現象は防げない。

 (45型) 通常型
 最大出力 
1,515hp (1,130 kW)  100オクタン ガソリン用
 定格高度 
3353m

 (45M型) 低空用
 最大出力 1,585hp (1,182 kW)  100オクタン ガソリン用
 定格高度 
833m
 
 ●データの信憑性がイマイチではあるのだが
  (それでも本屋で売ってる日本語の関連本より上だと思うが)

  通常型と低空型のスペックがどう違うか、を見るには
  結構いい資料なので載せておく。
  低空用、というだけあって、まさにその通りの性能となっている
 Mk.V(5)
 Mk.VI(6)
 61
 (2段2速)
 
 究極のマーリンであり、ピストン式航空機エンジンの
 最高峰でもあるのが、この61型だ。
 フカーの手によるインタークーラー付2段2速過給器
 がついに完成し、最初に搭載されたのがこのタイプ。
 過給器の大型化にともない、全長が45cm、
 重量にして90kg大型化しているが、
 額面上の100馬力のパワーアップ以上の性能向上が行われおり、
 その大型化を補って余りあるものとなっている。
 特に高空性能の上昇は目覚しいものがあった。
 これによってマーリンは事実上完成し、以後のタイプは
 すべて61の派生型にすぎない。

 で、マーリン61の名前はあまりに有名だが、
 実はすぐに派生型の63に生産は移ってしまい、
 61型は700台前後しか造られていない。
 66型は低空用タイプ。
 P51ムスタングに積まれたパッカードマーリンも、
 63と66をべースにしている。
 
 派生型は63、64、66とあるが、基本的には過給器の
 性能を活かしてブースト圧を上げていったもの。
 低空用の66には100/150(150オクタンと同価)ガソリンを使って
 25 lb/sq.inまでブースト圧をあげたタイプがあった。

 69と266は61&63と同型のパッカードマーリンエンジンの
 イギリスでの呼称。

 (61型) 初期通常型
 最大出力 1,565hp (1,167 kW)  100オクタン ガソリン用
 MS(中速度)ギア設定高度 3429m
 FS(高速)ギア設定高度 7163m

 (66型) 低空用
 最大出力 1,705hp (1,271kW)  100オクタン ガソリン用
 MS(中速度)ギア設定高度 1753m
 FS(高速)ギア設定高度 4877m

 (66型) 低空用あんたはアホかハイブースト型
 最大出力 2000hp (1,492kW)  
 100/150(150オクタン) ガソリン用

 
 MS(中速度)ギア設定高度 1600m
 FS(高速)ギア設定高度 3353m

 ●2段2速の元祖、61型、その低空用の66型、
  そして先にも書いた150オクタン相当のガソリンを使い
  25lb/sq.inまでブースト圧を上げてしまった「アホですか66型」。
  超高ブースト圧型、てっきり高高度用だと思ってたんですが、
  実は「超」低空用エンジンでやってたんですな。
  何が目的なんだ…。
   
 Mk.VII (7)
 Mk.VIII(8)
 Mk.IX (9)  
 Mk.XVI(16)
  (*16はパッカード
 マーリン搭載機)
 70
 (2段2速)
 
 100オクタンの66型とほぼ同じエンジンだが、
 スーパーチャージャーの2速のギアレシオを
 より高空向けに振ったタイプ。
 それって普通の63型と違うの?という気もするが…
 66型シリーズより出力は落ちてるのに注目したい。

 いかにもニッチな感じの用途だが、実は5000台も
 造られているタイプでもある。
 スピット以外ではモスキートとウェリントンだけしか
 使ってないのだが。まあ、両者双発機だからか?
 派生型は71、72、73、76、77があり、71はスーパーチャージャーを
 改良したもの、77はスーパーチャージャーから与圧コクピット用
 空気の供給が出来るようにしたものらしいが仔細不明。
 それ以外のタイプはよくわからないが、基本的には同じ
 エンジン出力らしい。
 

 最大出力 1,475hp (1100 kW)  オクタン価不明
  ギア設定データ不明

 
 
 
 Mk.VII (7)
 Mk.VIII HF(8)
 Mk.IX HF(9)

 


 85
 (2段2速)
 
 おそらく最後の軍用マーリン。
 インタークーラーのヘッダータンクを改造、とのことだが、
 よくわからない。
 基本的にはランカスターなどの爆撃機用。

 データ不明
 none
 500/600/700
 (2段2速)
 
 戦後に量産された民間用タイプ。
 パワーを少し落とし、耐久性と安定性を向上させている。
 
 スペインのMe109ことHA1112が搭載したのが500型。

 データ不明
 none



て、感じかな。
「じゃ、次はグリフォンエンジンだね」
あれは、まあいいや。興味も意味もないし(笑)。
「なんじゃそりゃ!」
とりあえず、今回はここまでだ。

BACK