■スピットファイアという名の飛行機
さて、いよいよ機体そのものの解説に入ろう。
とりあえずは、スピットファイアってどんな特徴がアルザンス地方、という話からいきましょうか。
1/144の模型で見てみる。
まあ模型なんであくまで大雑把なイメージだが、今回はそれで十分。
真ん中が今回のまな板の故意、否、鯉、スピットファイア、右がその最大のライバルBf109、
左隅は参考に置いた某極東の国の艦上戦闘機だ。
ちなみに皆、同じような位置に主翼が来てるのは偶然ではなく、重量配分の中心に主翼を置かないと
飛行中に前のめり、あるいは反り返ってしまい、まともに飛べなくなるからだ。
レシプロ機の場合、重量物であるエンジン、さらには武装が機体前部に集中してる関係で、
釣り合いをとるために主翼が前の方に来るのが一般的だ。
やじろべえでバランスをとる場合、支点は重い方に近く、軽い方を遠く離して置くのと、
原理的にはまったく一緒である。
余談だが、ジェット戦闘機になって設計者が一番ありがたかったのは、
重量物のエンジンを機体の中心に近い場所、胴体の中に取り込めたことだろう。
すばやくこの点に気が付いたのがアメリカで、ベルのXP-59はこの点において、もう少しほめられてよく、
その基礎となったP-39はもっともっとほめられてよい(笑)。
…話を戻そう。
右側の2機を比べてもっとも大きな違いとして目に付くのは主翼の大きさだ。
上の写真で「子」の長さを翼幅、「牛」の長さを翼弦長と呼ぶが、
どちらもスピットの方がはるかに巨大である。
スピットが火力的にMe109より優位だったのも、主翼に積み込める武装の量に余裕があったからだし、
当初想定されていなかった主翼内に燃料タンクをつめたのも(Mk.IX(9)の途中から)、
全てこの巨大な主翼のおかげだ。
一方のMe109では極端ともいえる短翼で、スピードレーサー機のような印象すらある。
主翼と言うのは飛行機が飛ぶための基本的な力、揚力を発生させるわけだが、
同時に最大の空気抵抗源ともなる。
あなたが罰ゲームで新幹線の屋根の上に縛り付けられたとして、
気をつけの姿勢と、両手を広げた状態ではどっちが空気抵抗がでかいが想像すればわかるだろう。
理想を言うなら、主翼なんてない方がいいのだ。
ついでにエンジンなんて重いし重心取るのが大変だし、
コクピットつくると、なめらかな胴体形状にならないから、これも邪魔。
こう考えてゆくと、理想の飛行体はヒトダマか一反木綿、ということになるので途中でやめよう。
まあ、とりあえず圧倒的にスピットの方が翼がでかい。
つまり翼の面積、翼面積も大きい。
実際、Me109は16.4平方メートル、スピットは22.5平方メートルだからその差は小さくない。
同じ重量の場合、主翼の面積が大きい方が、
機体を浮き上がらせる力、すなわち揚力の発生量が、より大きくなってゆくから、
安定した飛行ができ、ゆっくり飛んでも落っこちないため離着陸を低速で行えるなど、
操縦は全般的に楽になると思っていい。
また、飛行機の旋回時には、車や自転車でカーブを曲がるのと同様、速度が落ちる。
さらにバイクのように、機体を横向きに傾けるのが普通で、
この時、飛行機の揚力は主翼から垂直方向に発生しているから(厳密には少し後ろに傾いてる)、
その発生方向も重力と正反対の真上方向でなく、ななめ上方向に傾いてしまう。
その結果、真下方向に働く重力に反して飛行機を持ち上げる力は弱くなり、高度の低下が起きる。
だが翼面積の大さい機体なら、機体を持ち上げる揚力がそもそも大きいから、その影響は少なくてすむのである。
よって、同じ重量どうしの機体なら、翼面積が大きい方が一般に旋回性能はよく、格闘戦などにも向いている。
逆に翼面積の小さい機体だと、主翼の揚力は失われやすいので、
それの維持のためには、常に高速で飛んで揚力を稼いでいなければならず、
当然、旋回などには向かないし、離着陸速度も高速となって操縦は難しい傾向が出てくる。
Me109の着陸時の事故の多さは、車輪間隔の狭さがやたら強調されるが、
高速でないと浮いていることができず、着陸時にも高速で地面に接地せねばならなかった、
という部分も実は大きい。
こう書くと、同じ重量の機体を比べた場合、翼面積が大きい方が一方的に有利なのでは?
という気がしてくるが、世の中は厳しいのである。
翼面積が大きい、ということは翼そのものの巨大化を意味するわけで、
これは空気抵抗の増加に直結するため、
速度を出そうとすると不利な要素となってくる。
なので、速度を出すためには主翼を小さくしたいが、
少ない揚力しか発生させられないので、常に高速で飛び続けないと
すぐ墜落してしまう飛行機になってしまうことになり、
かといって主翼が大きすぎると安定はするが速度が出ない。
まあ、結局はどこでバランスをとるか、の問題になってくる。
この点を考えるのに、一つの目安となるのが翼面荷重という数値だ。
翼1平方メートルにつき、どれだけの重量がかかってるかを見る。
これを、この両機で見てみよう。
Me109はDB601エンジンを最初に積んだE型で総重量2.6t、翼面積が16.4平方メートルだ。
翼1平方メートルあたり約158.5kgの重量を支えてることになる。
対するスピットファイアはI型で総重量2.81tと200kg近く重いのだが、翼面積は22.5平方メートルだから、
翼1平方メートルごとの負荷重量は約124.8kg、Bf109Eより30kg以上軽く、それだけ「余裕がある」。
ただ逆に考えれば、それだけスピットファイアの方が大きな主翼を使用しているわけで、
これが200kg近い全重量の多さにつながり、当然空気抵抗も大きくなってるはずだ。
エンジン出力においてはほぼ同じなのだから、こりゃもうMe109の方が高速機ということですな、
という結論になりそうだが、実はそうでもないのが世の定め(笑)。
レーサー機のようなコンパクトな主翼のMe109だが、その恩恵は意外に薄かったと思われる
例えば、Me109Eが最高速度で555km(高度6000m)、
同世代のスピットのMk.Iが582km(5600m)となっていて、スピットの方が30Km速い。
さらに次の世代のライバルとなるMe109のG(-6)型だと630km(6600m)、スピットのMk.IXが669km(8230m!)、
となって40Km近くまでその速度差を広げられてしまう。
実は、Me109F型が登場後、Mk.IXが出てくるまでのわずかな期間(1942年の約半年間)を除いて、
Me109が速度的にスピットファイアに対して優位に立ったことはなかった。
もっとも、より空気の濃い10000フィート(約3000m)以下ではMk.IX(9)の登場まで
Me109の方が高速だったし、まあ、決してトロい戦闘機ではない。
だた、それでも、その重量差、主翼面積による空気抵抗の差を考えると、Me109、ちょっと割にあわないのだ。
武装も燃料タンクの増設も全てあきらめて高速化だけを取った結果のあの主翼で、
この数値は少々気の毒ですらある。
まあ、最初から1100馬力のDB601Aを使える、とわかってたら、
ルッサー、もう少し余裕のあるデザインをしたろうが…。
で、この差は、純粋に空力的な洗練の差、と見るべきだろう。
この点で、スピットのデザインで効果が大きかったと思われるのが翼の薄さだ。
薄翼は、単純に正面からぶつかる空気抵抗を小さくするだけでなく、
主翼の後ろで発生する渦による空力的な抗力、圧力抗力を減少させることができる。
ちなみに楕円翼は通常のテーパー翼にくらべ、同じアスペクト比(主翼の翼幅と翼弦長の比)だと、
より誘導抵抗を小さくできるのだが、高速飛行が主体となる戦闘機では誘導抵抗の生じる場面は意外に少ない。
その恩恵は限られたはずだ。
ちなみに、空戦時の旋回性能(低速で飛ぶわけだから)の向上を狙って
楕円翼を採用したのがデザイン バイ ホリコシ閣下の96式艦戦だったのだが、
ご存知のように、次のゼロ戦では楕円翼を採用してない。
多分、効果、なかったのではないか、、と。
楕円翼、生産が結構手間で、スーパーマリン社も、当初は大分てこずっている。
よほどのメリットがないと日本の工業システムには向いてなかったろう。
とはいえ、スピットの楕円翼も、離着陸時の速度を下げたりとか、それなりに役立ったはずだ。
ついでに、翼が小さいことは機体をぐるんと回転、すなわちロールさせる時に有利となる。
ウチワのように主翼を振り回すわけだから、小さい方が空気抵抗は小さい。
実際、Me109のキモはそのキビキビした機動にあったと言える。
だが、実はこれも微妙で、時速500kmを超えてしまうと反応が悪くなり、
ロール速度でもスピットに逆転されてしまう。
これはエルロン(補助翼)に剛性の低い羽布貼りを使っていたため、
高速時にはねじれてしまったから、ということらしい。
先にも書いたようにスピットファイアの開発チームにはシェンストンという空力の専門化がいたが、
ルッサー率いる109開発チームにはそういう人材がいなかったのではないだろうか。
スピットファイアは同時代の機体にくらべ、空力的な洗練がアタマ一つどころか、
ズバ抜けて飛び出しており、その結果、主翼を大型しても大幅な性能の低下を防げた。
それが武装の強化、という発展性にもつながって行く。
P51ムスタングのB&Cが登場するまで、空力の優秀さは世界的に見ても間違いなくトップだった。
この点こそがスピットファイアの特徴であり、強さであった。
エアレースで鍛えられたミッチェルの経験は、無駄ではなかったのである。
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