■飛ぶために失ったもの

さて、2012年11月末から翌2013年8月まで、
アメリカ カリフォルニア州にある栄光の飛行機たち博物館、
すなわちプレーンズ オブ フェイム(P.O.F)が所有する
ゼロ戦52型が、何度目かの里帰りを果たして所沢にて展示されていました。

昭和19年6月にサイパン島がアメリカ軍に奪われた時、
鹵獲された多数のゼロ戦の中の1機です。

現在は老朽化によって飛行制限がされてしまってますが、
この機体、もともとは飛行可能でして、そのため、
よほどいい状態で保存されていたんだね、と思われてるフシがあります。
が、事実は逆でして、飛行性能を維持するために
オリジナルな状態での保存、という部分を大幅に犠牲にしてます。

なので、いいか悪いかは別にして、
どれだけ本来の形状と異なる状態になってしまってるのか、
をちょっと見て置こう、というのが今回の記事です。

英米を中心に、飛行状態で維持されてる大戦機は多いですが、
それらは同じように大幅に手が入ってる事が多く、
なんらかの史料として参考にしよう、と思ったら、要注意なのです。
このゼロ戦は、そういった飛行可能に維持された機体の典型的な例なんですね。

さて、航空機でもっとも負担がかかる部位が主翼周りです。
飛行する、となると何十年も前に造られた機体では
老朽化などによって強度に不安があるのが当たり前で、
特に病弱、とすら言えるゼロ戦だと、とてもじゃないが耐えられません。

なので、P.O.F.のゼロ戦52型の主翼部分は、
ほとんど丸ごと作り直されてしまっています。
まず、その点を確認するために、現存する機体では、おそらく世界で最も
状態がいいワシントンDCにあるスミソニアン航空宇宙博物館の52型と比較してみましょう。
(ちなみにこの機体もP.O.F.の52型と同じ時にサイパンで鹵獲されたもの)



まずはスミソニアンの状態のいい52型から。
古い写真なので、荒いのはご容赦。
まず、分かりやすいポイントとして、白い矢印の飛行灯があります。
ゼロ戦の主翼の上には、このように二つの飛行灯が付いていました。

もう一つの特徴が、赤い矢印で示したエルロン(補助翼)を動かすロッドのカバーで、
ゼロ戦は空気抵抗の削減のために、ここにカバーが付いてる、という変な特徴があります。



で、こちらが飛行可能なP.O.F.の52型の主翼。
二つの飛行灯は全く見当たらず、それが付いていたはずの穴すら残ってません。
さらに手前に見えるエルロンを動かすロッドにはカバーがなく、むき出しになっています。
もっとも、こちらはカバーを紛失しただけ、という可能性もありますけども。

もう一つ、ゼロ戦52型の主翼には燃料タンクが入っており、その給油口が存在するのですが、
その丸い穴があるはずの@の位置には、それが見当たりません。
それとは別に、Aの位置に給油口が設けられています。
ゼロ戦の22型以降は車輪の外側主翼内にも、別の燃料タンクがあったので、
その給油口かもしれませんが、だとしても本来のものとは形状が異なります。



こちらは、ほぼ完全にオリジナルの状態を維持してるロンドンのゼロ戦52型のコクピット周辺部分。
矢印の丸い穴が上の写真で@の位置にあるはずの、
翼内側タンクの給油口(この機体ではフタが取れてる)です。
P.O.F.の52型には、見て分かるように、その痕跡すらありません。

こういった飛行灯や燃料給油口が消えてしまっていて、その痕跡すらない、
といった点からわかるように、主翼はほぼ全体が造りなおされてしまっているのです。
よって、主翼に関しては大戦当時の機体とは完全に別物となっていると考えるべきでしょう。



参考までに、外側タンクのものと思われる給油口のフタはこうなっています。
オリジナルとは形が異なりますし、当時の日本機ですから、
当然、こんな簡単に開けられるような気の利いた構造にもなってませんでした(笑)。

ついでながら、注意書きを見ると65ガロン入り、約246リットルとなってます。
となると左右の主翼で合計492リットル(当然、アメリカン ガロンで計算)。
本来のゼロ戦52型の翼内燃料タンクは全部で510リットル前後だったはずですから、
どうも主翼内のタンクを内部で繋げて、給油口を一つにしてしまったのかもしれません。、

ちなみに、AYガソリンなる指定があって、この意味はよくわかりませんが、
一番下には100オクタン含有の燃料を使え、の指示が見えます。
これが本当なら、ひょっとしてこのゼロ戦の栄エンジン、ブースト圧上げてるのでしょうか?

追記
AYではなく、Aviation gasolineのAVではないか、という指摘をもらいました。
なるほど、確かにそうだと思いますので修正しておきます。
ついでに、現在のアメリカ航空用燃料では、100オクタンが
平均的なオクタン価で、日本基準の90オクタン価に問題なく使える
グレードだ、という指摘もいただいたので、その点も追記しておきます。

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