■グロスター ミーティア
Gloster meteor

ドイツやアメリカ、フランス、イタリアなどと異なり、基本的にイギリスはどの機体も番号ではなく、
名前で呼び、そのサブタイプを数字で示します。
だからGPX-999ミーティア、みたいな表記にはならず、ミーティア、それのF8、といった感じになるわけです。
愛だなあ、と思うのは私だけ(笑)?

ご存知イギリス空軍最初の実用ジェット戦闘機、ミーティア。
最初、サンダーボルトと名付けようとしたんですが、アメリカのP47と同じじゃん、
との突っ込みが入って変更されたとか。
ついでにランページ(Rampage)、大暴れ、ってな呼称もあったようですが、
これは計画全体の暗号名のようなものだったみたいですね

さて、いきなり横道にそれるぞ(笑)。
本機の英語表記はMETEOR。日本語で書くとミーティア。
隕石や流星を主に意味する単語ですが、METEORのつづりで隕石、とくれば、
普通はメテオ、と読んでしまうと思うし、メテオはもはや日本語な気もする。
この読み方、例によって明治期のおポンチなご先祖さまたちが、ローマ字読みしてしまったから疑惑あり。
ただ、ドイツ語読みだとメテオアーみたいな感じになるのでそちらに引っ張られたのかもしれない。
どっちにしろ、これをメテオと発音する言語は地球上にないと思うのだが、どこから来たんだ、この表記。
ちなみに、もとはギリシャ語だが、英語にはラテン語から入ってると思うので、
そちらも調べたが、ラテン語だとmeteorum、メテオラム、メテオルム、という発音になる。
ホント、どっから来たんだ、メテオ(笑)。

■2002年5月 アメリカ プレーンズ オブ フェイムで撮影

この機体、完全に前輪のオレオの油圧が抜けてます。
イラストや模型の参考にする場合、この次に出てくるダックスフォードの機体を見てください(笑)。
前輪カバーも無くなってますので、正直、資料価値は低い機体ですね。
まあ、とりあえず載せてる写真と思ってくださいませ。
ただ、今回紹介する中では最も初期型のF4です。

さて、イギリス最初のジェット機はグロスターE.28/39(社番G40)。
なんだよ、いきなり数字の名前じゃん、と思うかも知れませんが、
これは空軍の要求仕様(Air Ministry Specifications)の番号。
正式採用機ではないので、名前がないんです。
パイオアニア、と呼ばれることもありますが、あれは後からつけたものっぽい感じ。
で、大英帝国のジェットパパことホイトッル自らの制作によるエンジンを積み、1941年5月15日に初飛行に成功。
イェー!
ところが、次の飛行は約2年後の1943年3月となってます。やる気が完全に途中で途絶えてますな(笑)。
エンジン開発の難航もあったようですが、イギリス、ドイツが本格的にジェット機開発中!
のニュースを1943年に聞くまで、あきらかにダレてますね(泣)。

さて、ドイツの方ですが、E.28/39(G40)より2年早い1939年の8月27日、
世界初のターボジェットによる機体、He178が初飛行に成功してます。
これを行ったのは「ウチはドイツ一の不遇のメーカーや」こと、ハインケル社で、
その後も細々とジェット機の開発を自主的に続行。
1941年3月30日には実用レベル機とされたHe280が、自社エンジンにより初飛行してます。
ここまでの段階で、イギリスは未だ初飛行すらしてません。
ビヴァ!ドイツ!ってな話になりがちですが…。

 

さて。
横道にそれますよ(笑)。
ナチスに嫌われてたと言われ、なにかと不遇のメーカーとされるハインケル。
ああ、ナチスの偏見さえなければ、早期にジェット機はどんどん開発され、
ブリリアントな第三帝国空軍が完成したのに!というのもよく聞く話。

さて。
とりあえず最初のHe178。
この機体、時速640kmを記録した、とされてますが、どうも実験中にその速度は確認されてないようで、
実は400kmぐらいしか出てなかったのでは、という話があります。
実際、双発としたHe280がやっと650kmぐらいだったといいますから、
単発エンジンのこの機体が、ほんとにそんな速度でたのか、という気はしますね。
そもそも飛行時間はせいぜい5分程度、と言われてますし。
そんだけの速度まで加速して、飛行場にまた戻ってくるのが5分でできるかな、と。
ちなみにイギリスのE.28/39も最高速度750kmとか臆面もなく書いてますが、
その後のミーティアの性能からして、あれも出てないんじゃないかなあ(笑)。

で、2年後、再起を図ったハインケルが完成させたHe280、今回もエンジンまで自社製で、
外見的には実用ジェット戦闘機っぽいレベルまで完成されていました。
しかし、2年の月日は重かった(泣)。
今回はちゃんと最高速で650km出たようですが、もはやそれはFw190クラスでも
手が届きそうなレベルの速度で、その上、航続距離は400km以下。
後にジェット飛行機界の「無かった事にしたい機体ナンバー1」と酷評される、
アメリカのベルP-59程度の性能しかありませんでした。
よく言われるハインケルの政治力の無さで、せっかくのジェット機が不採用に…
という話ですが、いや、実際にこんな機体を持ち込まれても、
ドイツ空軍としては不採用にするしかないでしょう。

つーか、ハインケルの機体って、政治力うんぬん以前にイマイチじゃないですか?全般的に(笑)。
この点で「先見性がない」など散々に言われるドイツ空軍関係者のみなさんには心より同情申し上げます(涙)。
ついでに、最高速度で900km、航続距離1000kmというHe280のデータを見かけますが、
これは多分、ハインケルが「最終的にはこうなりまっせ」と主張していた数値に思えます。
He280の開発は初飛行しておしまい、ではなくMe262初飛行後の1943年の3月まで続けられ、
全部で9機ほど造られた後、その段階で最終的に見込みなし、とされています。
よほどダメだったのではないか、と。

まあ、その先進性はさておいて、結局、実用的と言っていいレベルの機体に関しては、
ドイツといえど1942年7月18日に初飛行する、ユモ004エンジン搭載の、Me262を待つしかありませんでした。
このHe280とMe262の初飛行の間、1年3ヶ月の空白の時に、イギリスは例のE.28/39(G40)を飛ばしてるわけです。

ついでにまた横道にそれますが、実はドイツでもデジタルコンピュータの開発はやっていて、
戦中に完成していたのがZ1からZ4までの4台。
どの程度の能力があったのか、イマイチはっきりしないんですが、
イギリスの暗号解読マシーン、コロッサス程度のものだったのかなあ、と推測してます。
でもって、このマシンを受領していたのが実はハインケルで、機体の強度計算に使ってた、といわれてます。
どの機体のどの部分か、そこまではよくわからんのですが、弾道計算でも、暗号解読でもなく、
技術的な分野にデジタルコンピュータを投入していた、というのはドイツ魂ですかねえ。
 

ミーティアのプロトタイプは12機計画されましたが、結局8機のみが1942年7月から順次完成。
この段階で、使用するエンジンが明確に決定しておらず、いくつかのエンジンを各機体に積んでテストし、
あきらかにパワー不足のエンジンをボツにしてゆきました。
最終的に、1943年3月5日、デ・ハビラント社のハルフォードH1(ゴブリンエンジンのルーツ)
を試作5号機に積んで初飛行に成功しています。
ところが、デ・ハビラントはそのエンジンを自社の戦闘機、ヴァンパイアに搭載したがったため(ゴブリンエンジンになるわけです)、
代わりにロールスロイスのW2.B/23C ウェランド I エンジンを搭載した機体がミーティアの量産型となり、
ようやく1944年1月12日に初飛行に成功しました。

Me262に遅れる事、実に1年半。
その上、エンジン出力はMe262のユモ004に比べ20%近くも低く、最高時速は670kmどまり。
しかもそれは高度3000mの低空で…と言うシロもので、正直、V1ロケットの迎撃任務ぐらいにしか使えませんでした。
うーん、やっぱここら辺の実力は、ドイツ採光!否、最高!ヴィヴァ!Me262!ってな感じですかね。

ただし、上記のスペックでミーティアを非難するのはちょっと気の毒。
よく引用されるデータですが、あくまで、これは実験機に近い扱いのMk.Iの性能だからです。
ミーティアの量産開始時期は、これがけっこう早くて、1944年5月前後からと思われます。
実は、Me262とほとんど変わらないんですね。
ついでに実戦配備も1944年7月14日と、Me262とほとんど違わないようです。

ただ、これは上記の通り、最初の量産型とされるミーティアのMk.Iの数字。
本機は全部で20機しか造られず(1機はアメリカに試験用として提供。引き換えにXP-59をもらってる)、
これは完全に試験運用目的の機体、というレベルでした。
本格的な実用機と呼べるのは、このMk.Iのデータを活かしてリファインされた、次のMk.IIIからでしょう。

Mk.IIIは1944年12月から実戦配備がスタート。
Mk.Iに遅れることわずか半年ですから、相当ハイペースな開発です。
この機体、F3と呼称されることもありますが、どちらが正しいのか、確認できず。
イギリス機は、戦後に呼称をローマ数字からアラビア数字に一気に変えてるので、
もとはMk.IIIで、戦後F3という呼び方に変えたんでないの、と思いますが、確証なし。

で、Mk.Iの運用からフィードバックされた情報を基に、エンジンナセルなどを空力的にリファイン。
エンジンも少しパワーアップされ、その結果速度は780km程度までアップ。
Me262に比べるとそれでも80km以上遅いのですが、最高高度(13000m)と
航続距離(手元の資料だと2000km以上とされてますが、これはさすがに怪しい…)ではやや優位に立ちます。
ある程度、「勝負になる機体」になったと言えるでしょう。
さらに戦後、ミーティアは進化を続けるわけですが、最終的に最高速度900kmを超えます。
後退翼でない、翼が分厚い、古くさい、とさんざんな評価を受けてる機体ですが、
それなりに素性はよかったように思えるのです。
コクピット位置を機体の前部に置く、というデザインも、後のジェット戦闘機の先駆けとなっていますし、
最終的には空中給油まで可能になってました。

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