■川崎 キ-45改 丙 二式複座戦闘機 屠龍
KAWASAKI Ki-45kai type-hei (Type2 2seatsFighter Toryu)


しかし、日本の陸軍機は名前が多すぎるよなあ。
二式複戦なのかキ45なのか屠龍なのか改のか丙なのか、せめて二つにならんか。



■アメリカ バージニア州 スミソニアン航空宇宙博物館 ウドバー ハジー別館で撮影。
(バージニア州だが、事実上、ワシントンDCの空港と言っていいダレス国際空港の横)


高速で高機動力を持つ、ハイパワーエンジンを搭載した金属製ボディの単発戦闘機が実戦に投入される前の一時期、
1930年代に、世界中が「万能戦闘機」を夢見た時代があった。

エンジンを主翼に二つ積んでハイパワー化、遠距離飛行に耐えるよう
航法、無線担当の乗員をパイロットとは別にもう一人乗せて、
その上、でかいボディに燃料も武装もたくさん積んでしまえば圧勝ジャン、と。

が、速度と機動力の重要性が理解されるのにさして時間はかからなかった。
第二次世界大戦が始まってみれば、そんなデカくて重くてカッタルい戦闘機なんて、
単発機の敵ではなく、出る幕ないのがあっさりと判明したのである。
この屠龍も、まさにもう、絵に描いたようなそんな機体でありました。

が、当時流行した双発エンジンで2人の乗員、という発想そのものは、そう間違っていたわけではなく、
戦後の1960年代から70年代にかけては、F-111、F-4ファントム、トーネード、F14などなど、
まさにそういったジェット戦闘機が西側諸国の主力を占めるようになりました。
まあ、時代を先取りしすぎたんですな。

アメリカのP-38 は唯一の双発戦闘機の成功例ですが、あれはターボチャージャー付きの強力なエンジンと、
万能戦闘機なんて知るかボケな「ケンカ上等」設計姿勢のおかげでした。
一人乗りで、実物は異常なまでに狭いあのコクピット(胴体)はそんな思想のカタマリです。




スミソニアンの屠龍は世界で唯一の現存機で、2005年の撮影時には修復途中での展示となっていました。
戦後、アメリカに持ち込まれたものですが、機体の履歴等は一切不明。
が、1946年6月の段階で、はやくもスミソニアンに持ち込まれ、
そのまま倉庫で眠っていたようなので、数ある日本機の中でもベストコンディションな機体の一つでしょう。

が、2007年の段階でもまだ主翼も尾翼も付いてなかたそうで、ひょっとして、もうずっとこのまんま…?
これ、機体の背中に20mm機関砲2門を積んだ夜戦型で、どうも丙型(へいがた)ではなく丁型(ていがた)ではないか、
という気もするんですが、スミソニアンの展示案内では丙型となっていたので、それに従います。
まあ、名前なんて、どうでもいいしね。
この機体、一見、オリジナル塗装が残ってるように見えますが、世界の傑作機「屠龍」のP62-63に掲載されてるのと
同一機のようなので、これは米軍がテスト終了後にやった「記念撮影用塗装」だと思われます。

機首部を斜め前、少し下から見る。
縦方向に少しつぶれた、結構スマートなボディ。
機首の穴は、37mmの発射口だと思います。
中に銃口のようなものが見えてますが、残ってるのか、オリジナル?
ちなみに、もともと、この37mm砲は機首から出っぱてたんですが、
後に機首部が延長され、中にすっぽり納まるようになったようです。



機首部を横から。キャノピーの横に、何か取っ手のようなものが出てますが、開閉用レバー?
その下の文字は、ガソリンやオイルの種類、基本的な注意事項などをテスト時に米陸軍が書き込んだもの。
機首部にスリットのようなものが2本入ってますが、37mmのガス抜き用かしらむ?




機体後部。なんだかやたらと細かい窓の多い機体ですな。
機体真ん中から斜め上に出ているのが20mm機関砲で、爆撃機の下にもぐりこんで、これで撃ちまくるわけです。
むろん、そんなノンキな戦法がとれるのは夜間だからで、
昼間なら、近づく前に護衛戦闘機にケチョンケチョンにされます。

20mm機関砲の銃身にカバーがかけてありますが、オリジナルにもこれはあったらしい。
多分、射撃で熱を持って赤く光るのを敵に見つけられないように、とかそんな理由かなあ。
銃口部もラッパ状の消焔タイプで、いろいろ気は使ってますね。


NEXT