■ユンカース Ju87 スツーカ
Junkers Ju87 STUKA

急降下爆撃、というジャンルの軍用機がかつてありました。
これは爆弾を上からポイと放り投げるのではなく、
機体を目標方向に向けて突っ込んでから爆弾を切り離せば、
より命中率が高まるよね、という考え方から生まれたものです。

なので、照準システムが進化したり、
そもそも爆弾が誘導式になっちゃたりした結果、
十分な命中率が普通に期待できる現代の航空戦では絶滅済みの機種です。

で、その急降下爆撃の代名詞、と言えるほど有名なのが、
このユンカース Ju87スツーカなのでした。



アメリカ シカゴ産業科学博物館で撮影


このジャンル、例によって(笑)イギリス空軍がオレらが世界初を主張してますが、
実戦で使い、この手法を進化させたのは、
間違いなくアメリカ海兵隊の航空部隊です。

1910年代からハイチやらニカラグアといった中南米の国々に、
アメリカは強行的に進駐、これを占領すると言う乱暴な外交を連発するのですが、
この時、主戦力だった海兵隊は現地でのゲリラ戦に手を焼きました。
(第二次大戦前のアメリカの戦略方針にWestern hemisphere 南北アメリカ大陸という
言葉が頻出するのはこのため。ちなみにこれ、直訳すると西半球だが、
南北アメリカ大陸を指す一種の隠語なので注意)

そのゲリラ対策として、視界の広い空から地上の小さな敵に確実に攻撃を加える、
という事で始められたのが、世界で最初の急降下爆撃作戦でした。
これは第二次大戦後に一時期はやった対ゲリラ戦専用機、
いわゆるCOIN機と非常によく似たコンセプトでして、
人間と言うのは、進化しないとこは進化しないもんです。

さて、なので急降下爆撃は地上の小さい目標に爆弾を確実に叩き込むぜ、
といった手段として開発されたわけで、
やがて陸軍、そして海軍も興味を持つ事になるります。
ところが、1930年代に入ると、すでにボンバーマフィアの巣窟になりつつあった
アメリカ陸軍航空軍は、こんな地上部隊のパシリみたいなジャンルの
機体に対しては、興味を失ってしまい、その流れから外れて行きます。

一方、海軍は事情が違いました。
なにせ、広い海の中では豆粒みたいな敵の船が相手ですから、
確実に爆弾を当てる手段がある、というならこれは見逃せないわけです。

後のノルデン爆撃照準器の原型となった水平爆撃用の精密な照準器はアメリカ海軍が
そんな必要性に迫られて開発したものでした。
が、それでも円を描きながら時速 数十kmで回避行動を取る艦艇相手に、
どう考えても水平爆撃で爆弾は当たらんだろう、と考えられつつあったわけです。
(実際、水平爆撃で行動中の艦船に命中弾を出したのはマレー沖海戦など数例のみ)
この結果、急降下爆撃機は、アメリカ海軍艦載機の主要なジャンルとなって行きます。

そして世界初の急降下爆撃を始めた海兵隊では、以後も伝統的に、
地上部隊の火力支援は大砲よりも航空戦力が担うようになるのです。
砲弾を大砲で飛ばそうが、爆弾の形で飛行機で運んで行こうが、
結果は同じ事ですから、軽快迅速をモットーとする海兵隊にとっては、
これは理想的な火力支援の方法でした。
そして太平洋戦線において、絶大な威力を発揮することになります。

が、空軍なのに、この急降下爆撃にハートを直撃されてしまった国がありました。
ハイテンションなチョビヒゲ率いる、あのナチスドイツです。

ここで重要な働きをするのがウーデットでした。
後にドイツ帝国航空省(RLM)で航空機開発の責任者となる彼ですが、
ナチスが独裁政権を取るまでは、第一次大戦のエースパイロットの肩書きを使って、
スタント飛行や映画出演で食ってました。
これが、ドイツの国民的ヒーローともいえる存在だったそうで、
その人気をバックに、1933年の一時、映画の仕事でアメリカに渡る事になります。

映画の仕事ですから、ハリウッド、つまりロサンゼルスに行ったわけですが、
たまたま、この年のナショナル エア レースは、いつもの
オハイオ州クリーブランドではなく、
ロサンゼルスのマインフィールド(Mine Field)飛行場で開催されました。

で、どうやらウーデットは、ドイツの有名パイロットとして招待されようで、
その見学に出かけます(彼も飛んだ、という話もあり)。

この時、レースの間の飛行展示として、カーチス ホーク(初代ヘルダイヴァー)
を使って海兵隊が急降下爆撃のデモをやったのでした。
で、これを見たウーデッドは理由の詳細は不明なれど、
心の底からこれにシビレテしまうのです。

そしてドイツ帰国後、彼の人気に目をつけた
ナチスから、軍用機の技術開発部局長就任の誘いを受けると、
以後その在任中、急降下爆撃まっしぐら、という方針を取る事に。

そんな流れの中で生まれたのが、この機体、スツーカなのでした。
なので、Ju87の初期のコンセプトは、アメリカ海兵隊と同じく、
大砲の代わりに、歩兵への火力支援を行う、というのがメインだったのですが、
やがて対戦車攻撃、という当初は思ってもいなかった
新たな任務がそこに加わって行きます。

正面からの攻撃にはメッポウ強い戦車も、
上方向からの攻撃は想定外でした。
航空機なら、戦車の装甲の弱い部分を狙い撃ちに出来るので、
やがて戦車の最大の敵は航空機、という事になってゆきます。

特にソ連の戦車はディーゼルエンジンで白煙が多く、
空からでもエンジン部がどこか見当をつけ易かった、という面もあったようです。


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