■これにておしまい
というわけで、このお話は一旦、ここでオシマイとします。
ヘンリーが産み出した大量生産システムがどれほど大きな力であったか、
をテーマに延々と続けてきたのがこの原稿でした。
もし彼の産み出した大量生産システムが存在せず、
さらには彼が人格者で(笑)「チーム大量生産」から一人の脱落者も出さず、
それがアメリカの自動車産業に広がらなかったらどうなったか。
そして彼の積極的な海外展開がなければ、どうだったか…。
まあ、とにかく第二次世界大戦は、全く異なった戦争になったろうなあ、
というのはなんとなく理解していただけたでしょうか。
この「ヘンリーがいなかった世界の戦争」こそが
当時の日本が夢想していた戦争であったんだなあ、
とかも思ったりするわけですが、この点はまたの機会に。
さて、今回のお話は完全に片手落ちです。
生産の話をしながら、物流の話をしてません。
なんぼアメリカが生産しまくったところで、その製品が必要な戦場は
何千kmも向こう、大西洋と太平洋の彼方なのです。
むしろスゴイのはここからで、アメリカ陸軍に存在した
おそらく人類史上最強の頭脳集団の一つ、地球中をネットワークしてしまった
陸軍総務軍(旧補給軍)の存在があります。
これについては、今回は見送ります。
さらに、後で触れると書きながら、結局最後まで登場しなかった(涙)
アメリカの戦時生産統括責任者、
ビル ヌードセンについてもまだ書いていない事は多いのです。
ほんとうはそこまでキチンと書いて、
GMのヌードセンとムーニー、そしてデュポン一族、
さらには駐イギリス大使だったジョセフ P.
ケネディが何をやったかを確認し、
さらに、当時のスイスにいて相当キナ臭いことをやったのが「誰」で、
それらが戦後のアメリカに及ぼした影響まで見るつもりでした。
これらは全て「負の遺産」となり、アメリカはジョン
F.
ケネディを失い、
そのあまりに大きな損失は「人類最強の幸運の持ち主」
レーガンが大統領になり、ヒッピーたちが経済的にアメリカ社会を
牛耳った80年代になるまで続くんだよ、という話をする予定でした。
が、さすがに長くなりすぎる(笑)。
今回はここまでです。
いつかこの話の続きを書くかもしれませんが、
とりあえず、今回はここまで。
最後にちょっとだけ。
戦争中、アメリカの生産を支えたビル ヌードセンが、
ルーズベルト大統領に引き抜かれ、デトロイトを去ろうとした時、
GMの経営責任者(CEO)だったスローンはこれに反対し、引きとめにかかります。
彼はヌードセンに国防委員になるなら、給料の支払いを拒否する、と宣言。
国防委員は、民間企業からの派遣が前提だったので、実は無給の職でした。
だから、これはアメリカどころか世界でもトップクラスの給料をもらっている
GMの社長(CEOではない)が、いきなり無収入に転落する、ということを意味します。
「よく考えてみろ、ビル。国中が君を笑いものにするぞ」
スローンの言葉は正しい。
きわめて、正しいのです。
この時、ヌードセンは次のように応えた、と言われています。
「私は移民です。この国に来たとき、無一文でした」
ヌードセンという男は大企業のトップとしては、
いろいろな意味で異質でした。
結局、ヘンリーもスローンも最後まで、彼を理解できてなかったでしょう。
だから、次の言葉は、スローンの度肝を抜きます。
「単に、昔に戻るだけの話ですよ」
その言葉を残してヌードセンはデトロイトを去り、
後にルーズベルトがあわてて給料を設定するまで、
全くの無給で、何も言わずに働いてたのです。
日本は、こういう男のいる国と戦争したのでした。

BACK