■スペースシャトルの素敵な秘密 その2

最初にちょっと脱線。
以前書いたホワイトサンズでどうやって軌道船をSCAに載せたのだ、
という疑問に対する解答に近い写真を見つけたので紹介して置きます。



■Photo Credit: (NASA/Bill Ingalls)

ウドヴァー・ハジーで展示されていたエンタープライズを
ニューヨークに送り出すため、ダレス空港でSCAに搭載してる時の写真。
軌道船上の黄色い金具に注目で、これがあると通常のクレーンでも
搭載作業が可能みたいですね。

はい、脱線終了。
というわけで、今回もまたこの写真から。
今回は前回説明できなかった軌道船のLERXについて解説して行きます。



マッハ20以上で大気圏に突入後、25〜30分近く(1800秒前後)
大気圏内を飛行するシャトル軌道船は、
着陸直前4分前辺りまで、すなわちその行程のほとんどを超音速飛行してます。
このため主翼には超音速飛行に適したデルタ翼を搭載してるのです。

主翼上の気流が音速に近い高速になって来ると、
揚力発生の重心点が移動してしまうのですが、、
縦長なデルタ翼なら、多少重心点が動いても致命的なバランスの崩れにならない事、
機首の衝撃波壁の後ろに収められるように、横幅が短くできる事、
などがデルタ翼のメリットとなっています。

ついにでに直線翼や後退翼に比べて翼弦(縦幅)が長く、
このため上面を通過する空気の相対速度が
実質的に遅くなって翼面上衝撃波の発生を遅らせててます。

が、それは以前紹介した記事で解説してるし、シャトル軌道船では
ほんとに最後の数分しか意味がないのでここでは解説を省きます。
(既に書いたようにマッハ2以下程度の通常の超音速航空機では
音速飛行時も主翼周辺の気流は衝撃波壁のおかげで音速以下になってる。
ただしシャトル軌道船の場合、マッハ5を超える極超音速で飛んでる間は
主翼はただの飾りで(笑)、機体に生じる高密度の衝撃波を機体下面に入れて
その揚力で飛ぶ(上面の方が低圧になるから持ち上がる)いわゆる
ウェーブ・ライダーの原理で飛んでるはず。
さらに高速の時は単に超高速なので垂直落下しないだけで
つまりピストルの弾丸が高速時は水平に飛んでゆくのと同じ原理で飛んでる)

が、よく見るとシャトル軌道船のデルタ翼は単純な三角形ではなく、
その付け根(Root)が胴体前部に向けて
ビョイーンと引き延ばされてるのが見て取れるでしょう。
これがシャトルの主翼の特徴で、この部分はいわゆるLERXになってるのです。
(Leading-edge root extension/翼根先端延長部。
単にLeading-edge extension/先端部延長 の略でLEXと呼ばれる事もある)
LERXについては、以前こちらで解説したので、気になる人は読んでおいてください。

この辺り、基本的には以下のような機体の主翼と同じ構造なわけです。
シャトル軌道船のモノはより巨大ですが。



こちらはLERX始祖鳥であるF-5の二代目、F-5E。



こちらはF-16。
どちらも主翼の付け根前部にビヨーンと引き延ばされたLERXが付いてます。

機体が強い迎え角を取った時、
つまり機首を上に向ける姿勢となる離着陸、急旋回時に、気流が剥離して
あっさり失速してしまう、という癖がデルタ翼にはあります。
LERXは、このデルタ翼特有の悪癖の補完が目的です。




LERXは後退角の弱い通常のデルタ翼の前方に後退角の大きいデルタ翼を置き、
ここで強い迎え角の時に生じる渦によって主翼の気流の剥離防ぎ、
離着陸時、そして急旋回時に失速しないようにする構造です。

じゃあ、主翼全体を強い後退角にしてしまえばいいじゃん、
と思うかもしれませんが、それだと水平飛行時に十分な揚力が得られないのです。
なので、二つの異なる角度のデルタ翼を組み合わせる形にしてるんですね。
(この後退角はあくまで翼前縁部の角度を指す。後退翼の後退角とは別物なので注意)

一種の高揚力装置で 離着陸や急旋回に必要な強力な揚力を生み出すわけですが、当然、
それと引き換えに強烈な抵抗源にも成ります(一種の誘導抵抗)。
よって使いこなすには強力なエンジンパワーも必須となって来るわけで、
ジェット機ではアフターバーナーなしでこれを使いこなすことはできませぬ。
ただし着陸でしかその効果を使わないシャトル軌道船は、
ずっと地球の引力だけでその力を引き出してますけどね。

ついでにスペースシャトルの場合、主翼後部のフラップが使えない
無尾翼デルタ(水平尾翼が無い、より縦長のデルタ翼)なので、
フラップが使えませんから、これが唯一の高揚力発生装置になってます。
なので構造は若干違うものの、コンコルドのダブルデルタの方が、
より近い構造かもしれませぬ。



■Photo : NASA

着陸時の軌道船を見ると判りますが、ほとんどの航空機にある高揚力装置、
主翼後縁部にあるフラップが下がってません。

これは重心のずっと後ろまで主翼尾部が達してる無尾翼デルタでフラップを使うと、
その揚力でオシリが持ち上がってしまって離着陸できないからです。
通常の機体だと水平尾翼の昇降舵(エレベータ)の位置ですから、
ここでフラップを下げると、機首が下がってしまい、離着陸できなくなります。
このためシャトル軌道船はこのLERX部だけで着陸時に必要となる
強力な揚力を稼いでます。



ちなみにコンコルドの主翼はこんな構造。
一種のダブルデルタです。
形はLERXとちょっと違いますが、主翼が胴体付根に近づくにつれ、
前方にグーンと引き延ばされており、この急角度の部分でLERXと同じ効果を得てます。

この機体も無尾翼デルタであり、ご覧のように主翼の後縁部はほぼ機体のケツですから、
ここでフラップによって高揚力を生じさせると、
後ろが持ち上がって前のめりの姿勢になってしまいます。
離陸時などは前輪を強烈に地面に抑え込んで、お辞儀した姿勢になるため、
これでは永遠に離陸できなくなるので、やはりフラップは無く、
ダブルデルタの前半部分で渦を起こし、揚力を稼いで離陸する事になります。

ちなみにコンコルドが民間旅客機のくせに
アフターバーナー(R&Rエンジンなので厳密にはリヒート)を積んでるのは、
単に音速を超えるためだけではなく、ダブルデルタによって生じる
離陸時の強い抵抗を押し切るためでもあります。
通常のエンジン出力では、とてもじゃないが離陸速度まで持ってゆけません。
その結果、飛んでる時だけでなく、離陸時も無茶苦茶うるさい機体になってるのです…


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