■超音速と宇宙船

さて、では最後の脱線として(笑)、
シャトルの軌道船を理解するにはどうしても避けて通れない、
超音速飛行における衝撃波とその背後熱の話を少しだけしておきたいと思います。

ただし先にリンクで紹介した記事で基本部分は説明済みなので、
ここでは最低限の説明にとどめます。
ついでに、衝撃波とその背後熱は流体力学の極北、というべきもので、
私も完全に理解してるとは言い難い部分があります。
さらにある程度、数式で再現可能なものの、実際にやってみないと
正確な予測は難しい、というカオスな部分もあったりするので、 
あくまで、参考程度のものと思っといてください。
(スーパーコンピュータのシミュレーションも実測値を元にやってる場合が多い。
この辺りは核兵器の開発に似てる)

とりあえず、もっとも簡単なモデルに置き換えて説明してみましょう。

まず前提条件として、空気中を伝わる音は音速以上の速度で伝わる事が出来ません。
例えば摂氏15度の海面高度(標高0m)では、
秒速約340m/s(時速1224q/h)が音速であり、この速度が音の伝播速度の限界となります。
(ただし音速は気温と大気密度で変化するので注意)

本来ならこれで話はおしまいですが、
ここで音速以上で飛べる拡声器があったら(笑)どうなるかを考えてみましょう。
なんじゃそれ、と思うかもしれませんが、とりあえずガマンしてください。
ここで音を聞く観測者位置は固定とします。



普通に固定された拡声器なら、音は普通に相手に伝わっておしまいです。

次に、高速で音と同じ方向に移動する拡声器を考えましょう。
この場合、次の音の波までの間隔が詰まってしまうので
ドップラー効果で、高周波の音になります。
パトカーが近づいてくると、サイレンの音が高く聞こえる、というあれです。

ここまでは普通に想像できると思いますが、
最後に拡声器が音速以上の速度で移動したらどうなるのか(笑)。
当然、自ら発する音に追いついてしまうため、観測者には全く音が聞こえず、
拡声器と音が一緒に飛び込んでくることになります。
(ここでドンピシャで音速なのか、音速以上なのかは重要な問題なのだが、
話を簡単にするため、単に音速以上としておく)

この時、拡声器から次々と生じる音波は音速以上の速度では前進できないため、
前方に分散できず、全て拡声器前面に留まったままになるのに注意してください。
ここで問題となるのは音は波であり、波である以上、
密度の高い空気とエネルギーの伝播を伴っている、という事です。

このため音速限界の壁によって前方に分散できず、
さらに音源によって後ろからこの場で圧縮される事になった波は
密度の詰まった空気とそのエネルギ-を続々と拡声器前面に集積し、
その結果、高圧で高温の空気の塊を生み出してしまいます。
この拡声器正面にある音速の限界点の正面にある薄い密度の壁が
衝撃波なのですが、この“思考実験モデル”では
ここから拡散しないので(笑)、とりあえず一度、この点は忘れましょう。

これは音速の限界点(前方)と拡声器(後方)に挟まれた狭い空間に、
次々と密度の高い空気(音波)を押し込んでゆく、一種の断熱圧縮となってます。
ピストンエンジンに例えるなら、
拡声器から出る音波が空気を押し込むピストンであり、
音速の壁がそれを受け止めるシリンダーの役割をしてます。
ピストンエンジンで、シリンダー内で圧縮された空気は高温、高圧となり、
そこに燃料を噴射するわけですが、全く同じ圧縮現象が起きてるわけです。

なので、実はこの衝撃波背後の高温、高圧の空気を後部のエンジンに取り込んで、
燃料噴射するだけでジェットエンジンになります(笑)。
これが超音速ラムジェットエンジンですが、ここではこれ以上の脱線は避けましょう。

ちなみに空気をぎゅっと詰め込むと高密度で高温になる、
というのは自転車のチューブなどでも実験できます。
ぎっちり空気を詰め込んだチューブは固くなり、
さらに空気を詰め込んだ直後は熱を持つので、手近にある人は実験してみてください。
(できればタイヤ無し、チューブ単体の方が判りやすい)

で、この圧縮された音波の正面、音速の壁の表面が衝撃波となり、
その背後に上で説明したような高温高圧大気が生み出されてるわけです。
これが超音速飛行、そして大気圏突入時に発生する衝撃波と、
その背後の高温高圧の空気のカタマリの発生原理です。

いや超音速機もシャトルの軌道船も拡声器ではないじゃん、
と思うかもしれませんが、高速で空気を切り裂きながら飛ぶ機体は
あらゆる場所で音波を発生させてる事なりますから、同じ現象が発生します。
人がスカイダイビングをしてる動画を見ると、相当な風切り音が聞こえますから、
より巨大でより高速で空中を飛ぶ(落下する)物体なら、
全体がヘタな拡声器などより盛大な音源になってるわけです。
(そもそも空気の波ならよいわけで、人間に聞こえる音波に限らない)

この辺り、音波の圧縮で高温高圧と言っても大したことないように思ってしまいますが、
マッハ20を超えてこの原理にさらされる事となるシャトルの軌道船などは、
最大で1500度を超える高温大気を発生させており、
予想以上に凄まじい温度上昇が引き起こされてるのです。

そして、この現象は速度が速いほど高温になります。
例えばマッハ1.2前後までの戦闘機ならどう頑張っても80度以下程度なので、
短時間ならそれほどの影響はありません。
ところがマッハ3を超えた辺りから衝撃波背後熱は
急激に上昇し始め、軽く300度を超えて来ます。
こうなると通常の金属では十分な強度を維持的なくなってしまいます。
なので、高速機はチタンやステンレスが使われる事になるわけです。
(大気摩擦による高熱ではないのに注意。よく勘違いされてる)

ちなみに超音速機の衝撃波発生原理はこんな感じですね。



超音速で飛んでる、という事は機体は超音速気流の中に居る、という事です。
超音速気流と機体前面がぶつかってできる音波は音速を超えて前進できませんから、
上で説明した原理によって、前方には分散できず、その場で超音速気流と
機体の間に押し付けられたまま、衝撃波とその背後熱を発生させる事になります。

が、拡声器と違って(笑)機体は楔形になってますから、
衝撃波は機体正面にとどまらず、そのまま後ろに流されてゆき、
横方向に(音速限界点より前方には進めないので)広がって行くのです。

これを機体の横、あるいは上下から見ると、機体の先端から後部に向かって
扇状に衝撃波が広がって行く形になります。
これが超音速機が発生させる衝撃波の基本原理です。
(厳密には速度、機首の角度などによりその広がり方はいろいろある)

ただ実際は低圧部が生じる機体後部で、もう一度、別の衝撃波が発生し、
超音速で飛ぶ機体は必ず前後で二つの衝撃波を発生させるのですが、
そこまで説明してると終わらないので、今回はパス。
とりあえずネット上の動画でシャトルや超音速機の衝撃波の映像を見ると、
必ずドン、ドンと二回来てますから、確認してみてください。

ここで扇状に広がる衝撃波の空気の壁が、
正面からくる超音速気流を防いでしまうのにも注意。
よってこの背後に入ってる部分は、より遅い気流の中に入り、
このため機体後部の衝撃波の発生は、機首部より抑えられます。

ただし、マッハ20とかを超えてくるシャトル場合、遅くなってもまだ十分に
超音速気流だったりするため、機体全体に一定の耐熱装備が必須となりますが。
とりあえず超音速気流が直撃する最先端部が最も高温高圧になる、
というのは覚えて置いてください。
これが主翼先端部の耐熱材に損傷を受けていたコロンビア号の
悲劇の要因でもありました。

で、衝撃波の背後には先のべたように高温、高圧の空気の壁がありますから、
これが十分に減衰しないで地上に到達すると、ドーンという強烈な音と共に、
最悪の場合、ガラスなどを割ってしまうほどの衝撃を与える事になるのです。

ただ、せいぜいマッハ2程度の通常の超音速機の場合、
その背後熱は100度に達するかどうか、
という世界のハズなので(計算が大変なので推測値です…)、
数千mの高度から地上に到達するまでに、高温は奪われてしまい、
(そもそも高度の高い空は寒いのだ)
通常、熱が問題になることはないようです。

が、これが秒速10qを超えたまま地上に激突する隕石とかの場合、
その衝撃波は衝撃と同時に相当な熱を伴ってるはずで、
まあなるべくウチの近所には落ちて来ないで欲しいなあと思う所です。

ちなみに隕石やら人口衛星やらが大気圏に突入して燃え尽きるのも、
この衝撃波背後熱、音波による断熱圧縮によるものです。
空気との摩擦熱なんて、全熱量の10%以下のはずで、
この点はよく誤解されてるので要注意。

ゆえにシャトルの軌道船は先端部と機体の底、
最初に極超音速気流を食らう部分を中心に
より高温に耐える耐熱タイルを使ってるのでした。
もし大気摩擦が問題なら、機体表面全体に黒いタイルを敷き詰めないと
その高温に耐えられない事になってしまいます。


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