■マルコムの視界

さて、視界の悪さとコクピットの狭さ、そして乗り降りの面倒さはムスタングB型までの欠点の一つでした。
乗り降りの面倒さは、脱出時の生存率にも直結しますから、意外に重大な問題です。
これを一気に解決したのがD型の後部スライド式水滴型風防ですが、その前にも対策は取られてました。
イギリス製マルコムフードの搭載ですね。


This is photograph FRE 6053from the collections of the Imperial War Museums

これが従来のコクピットの機体。
スマートではあるのですが、パイロットの頭はほとんどキャノピー(天蓋)にぶつかっており、
かなり窮屈な事、視界も悪そうな事に注意してください。
ついでにこの機体は防弾ガラスの風防の上にバックミラーを付けて、少しでも後方視界を得ようとしてます。
ちなみにムスタングのバックミラーは全て現地部隊による後付けで、工場で装備されたものではありません。

ついでにこの機体(36634)はP-51のB-10かB-15の生産型で、
すでに例の機首横のエアフィルター吸気口の穴があるのも見といてください。


This is photograph FRE 7524from the collections of the Imperial War Museums

でもって、こちらがキャノピーをマルコムフードに改造済みの機体。
膨らみが付いて頭上の空間に余裕ができ、さらに余計な枠類が一切ないので、
周囲の視界が良好になってるのが見て取れると思います。

イギリス空軍に渡ったB/C型、あるいはアメリカ陸軍でもイギリスの活動範囲
イギリス本土、そしてビルマ周辺のB/C型の多くが、
現地改修でこのマルコムフード搭載に改造されてました。
ちなみにこれも工場生産段階で搭載された機体はありませぬ。

ついでに、この機体(312425)は最初の400機のB-1型ですから、やはり機首横の防塵フィルター部がありませぬ。
((4)312039-(4)312492までがB-1型。型番だと453機の生産となるが、ノースアメリカン社の記録だと400機生産となってる。
当記事では400機説をとっているが、そうなると53機分の型番がどうなったかはよくわからない…)


This is photograph FRE 7014 from the collections of the Imperial War Museums

ちなみにマルコムフードは後部にスライドするので、乗り降り、そして脱出も極めて容易になりました。
メリットは視界の確保だけじゃないんですよ。


This is photograph FRE 2338from the collections of the Imperial War Museums

例の複座型の写真ですが、通常のムスタングだと、
このように半分しか開ける事ができないので、乗り降りが非常に不便な状態だったわけです。
さらに一度閉めてしまうと、容易に開ける事もできないので、横の窓を開けてました。
このため、窓枠が必要となり、なおさら視界を悪くしてたわけです。

ただしマルコムフードにするには、キャノピーを後部にスライドさせるレールから取り付ける必要があるので、
結構な大改造なんですが、かなりの数が改造されてますので、意外に大変では無かったのかも。

さて、このマルコムフードは、イギリスの会社R-マルコム社(R Malcolm & Co)の開発によるもので、
当初はイギリスの戦闘機、スピットファイアのために造られたキャノピーでした。


This is photograph HU 1660 from the collections of the Imperial War Museums

ちょっと判りにくい写真ですが、初期のスピットファイアも、ムスタングほどでは無いものの、
かなり狭くて、視界の狭いキャノピーでした。



これが徐々に視界の広いマルコムフードに置き換えられて行きます。
この改造は既に最初のMk.I から始まってます。
バトル オブ ブリテン時にも一部の改造が終わってた、という話もあるんですが確認できず。

ちなみにムスタングと違い、最初から後ろにスライドする形式だったスピットでの改造は楽だったと思われます。



後ろから見ると、機体に比べて大きく外に膨らんでいるマルコムフードの形状がよく判ります。
これによってコクピット内の空間も広がり、居住性が改善され、
同時に張り出した部分から“後ろを振り返る”という事が可能になったのです。
ただし空理的には不利で、一定の速度低下を引き起こしていた可能性が高いですが、その辺りの資料がありません。
が、あれだけ多くの機体が改造を受けたことを考えると(スピットに至ってはほぼ全機だ)、
パイロットにとっては多少、速度を犠牲にしても視界の方が重用だった、という事でしょう。

ムスタングの場合、ここに窓枠が消える、開閉が楽になる、という利点が加わりますから、
変更しない理由が無い、という位のスグレモノだったと思われます。



ちなみにマルコムフード用のアクリルガラスは、未だにレストア機などで一定の需要があるのか、
イギリスにある会社が最近まで生産してました。現在も造ってるかは未確認。
写真はスピットファイア用のもの。



前から見ると、取付枠(機体の横幅)に対して、結構大きく外側に膨らんでるのが見て取れると思います。



余談ですが、アメリカ人は枠の少なくなったF-4Uのキャノピーも“マルコムフード”と呼ぶことがあります。
が、スピットやムスタングのものに比べると大分形状が異なり、
ホントにこれってマルコム社の製造?という気がして調べてみたのですが、確認が取れず。

通常はブラウン キャノピー(Blown canopy)と呼ばれる事が多いので、
単に枠の少ない丸いキャノピーをなんでも“マルコムフード”と呼んでるだけじゃないかなあ、という気が。
(この場合のブラウンは、Clear-blown の意味で、透明度の高いガラスで作られた球状の電球飾りの事。
形が全周型キャノピーに似てたのでこの名が付けられた)


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