■D型の登場

さて、前回まで見て来たようにマーリンムスタングのB/C型から、P-51の本格量産が始まるのですが、
間もなく、その決定版であり、もっとも量産された型でもあるD型が登場します。

先行量産型の2機(B型から改造された)、そしてプロペラだけが異なるK型1500機を含めると10103機が生産され、
これはP-51の総生産機数、14452機の69.9%、つまり7割がD型だった事を意味します。
逆に言えば、今までさんざん解説して来た話は、ムスタングの内の3割だけ、という事ですな(涙)。
実際、P-51と聞いて、大抵の人が頭に浮かべるのが、水滴風防でスマートなスタイルのこのD型でしょう。
(数字は全てノースアメリカン社の社内資料による。生産数は無印P-51からのカウントで、
初代マスタングとA-36は含まない。それらの650機を含めると、15000機を超える。
ただしXP-51、XP-51B 先行量産型P-51D、軽量型ムスタングの試作機、G、Jの各2機、
そしてF型の3機は従来の機体からの改造などの重複が多いので機数を数えていない)

ちなみに1500機だけ造られたK型は、従来のハミルトン スタンダードの軽量アルミ製プロペラではなく、
重い鋼鉄製のアエロプロダクツ製のプロペラを搭載したものです。
ただし、このプロペラは中が中空になっており、アルミのカタマリだったハミルトンスタンダードプロペラと
重量的にはほぼ変わらず、性能もほぼ同じとされます。
先にも書きましたが、ヨーロッパの機体と違って、アメリカ機は木製プロペラはほぼ使ってないのです。

両者はプロペラの形状で、ある程度、見分ける事は可能ですが、
飛行中はもう完全に判別がつきませんから、そんなに気にしなくていいと思います。
K型も事実上D型である、と考えて何の問題もないです。
というか、正直、私も見分けるのに絶対の自信がありませぬ。
私にできない事が他人にできるとなると悔しいので、できないとあきらめてくださると幸いです。
(ただし尾翼のシリアルナンバーが確認できるなら識別は楽。44-113563〜44-12852がK型。
実際の機体での表示は4113563〜412852)
ちなみにアルファベットがいきなりDからKに飛ぶのは、
すでにJ型までの軽量型ムスタングが製造決定されていたからです。

余談ですが、ノースアメリカン社の資料によれば、D型のダラス工場で造られた最後の1機が
V1650-9Aエンジンを搭載、これが謎のムスング、P-51Mの正体だったとされます。
例の廉価版マーリンエンジン搭載型、とされる試作機です。
社内資料の記述ですし、この辺りが正解なのかもしれません。
ちなみにそうだとすると、上の全生産機数から1機、マイナスしないとですね…。


■Photo US Air force/ US Air force museum

B型の量産生産10号機、43-12102から改造されたP-51Dの1号機。
10号機というほとんど生産開始直後の機体からの改造だ、という事からわかるように、
1943年11月17日には早くも初飛行してます。

でもって先にも書いたように、XナンバーのムスタングはXP-51とXP-51Bのみで、
この機体は事実上の試作機ながらいきなり正規ナンバー、P-51Dが与えられてます。
(同様の改造を受けたB型の生産11号機も同じ)
ただし、結局ひと悶着あったのか、Xナンバーは付けられなかったものの、初飛行から1月後に
あらためてP-51Dの最初の機体として、数字を遡る形でNA-106の社内開発番号が発行されてます。
(ムスタング最初のの量産型、P-51D-5、D-10、D-15は社内開発番号NA-109)

この写真を一見すると既にP-51Dそのまんまだと、思ってしまいますが、
実は微妙に生産型と違う部分があるようで、特に主翼はB型のまま、
前縁部に一切、出っ張りが無いので、おそらく機銃も片側12.7o×2ずつのままです。
このため、主翼付け根の補強部もありません。
ただし、この点はあくまで夕撃旅団としての推測ではあります。
ノースアメリカン社の資料によれば、この機体も6門の12.7oを積んでる、としてるのです。
それでも写真で見る限り、それは無いだろう、と思われます。

ついでに、いくつか不思議な部分が見て取れ、まず水平尾翼の昇降舵(エレベータ)が
左翼のみ、どうも無塗装状態になってます。
さらに翼端部、左翼だと国籍章の白い帯の上に、何か強烈な流れの跡が残ってます。
よく見ると反対側の主翼にも同じような跡が見えてるのですが、この正体は不明。


This is photograph FRE 1444 from the collections of the Imperial War Museums

でもって、こちらが通常生産型のP-51D。
ちなみにシリアル44-14561の"Miss Velma"で、妙に派手な塗装になってます。
この辺り、規律がうるさくて地味なアメリカ海軍機とは大きく違う部分ですね。
P-51の左翼が暗くなってるのは、この撮影機、おそらくB-17かB-24の主翼の影でしょう。

で、主翼を見れば、3門の12.7oの出っ張りが前縁にあり、さらに主翼付け根が
強度確保のため大きく前に張り出して拡張されてるのが判るかと。
これが片翼3門の機銃を積んだD型の特徴なのです。

ついでに垂直尾翼の前に背びれ(Dorsal fin)が付けられて尾翼が長くなってるのですが、
これはD型だけの特徴ではなく、後に全ムスタングに対して行われた後付け改修です。
なので、B型、C型にも後から取り付けらえてる機体がありますし、
アリソンムスタングの一部にもこれが付いてる写真が残ってます。
(ただしD型では途中から製造段階で取りつけられるようになったが)


This is photograph FRE 13383 from the collections of the Imperial War Museums


P-51Dの最大の謎、主翼付け根前方(車輪収容部前)の張り出し部分をもう少し詳しく見て置きましょうか。
これが何なのか決定的な証拠資料が見つからないのですが、夕撃旅団としては
機銃が増えて主翼が重くなったのでそれを支える補強説を取ってます。
D型から車輪が大きくなったわけでもないですし。

その根拠の一つが、先に見た先行量産型、機銃が増えてないと思われる機体では、
この張り出し部分が無いんですよ。


This is photograph FRE 14848 from the collections of the Imperial War Museums

ちょっと古い型ですが、初代ムスタング  I の主翼はこんな感じ。
その付け根前方の出っ張りが無いのがよく判るかと。
B&C型まではこういった主翼だったのです。

ちなみにD型の主な変更点は、全周視界の水滴型キャノピー(天蓋)の採用、
そして主翼内の機銃が片側3門に増えた事だけです。
それ以外の大きな変更点はありません。
マーリンムスタングに変更になった時の修正点の多さを考えれば、わずかと言っていいでしょう。
B&C型とD型では、見かけほど中身は変わって無いのです。

そしてこれらの変更は、例によって(笑)B型の開発と並行して行われており、
よく言われるようにB型の戦訓を取り入れた、
あるいは欠点を補う形で採用されたものではありません。

D型は最初から判っていたムスタングの欠点を、改めて解決するために、
独立して開発された通常型ムスタングの最終改良型なのです。
B型はあくまでマーリンエンジン搭載だけで精いっぱいだったので、
それ以外の部分、すでに指摘されていた視界の悪さ、そして機銃の火力の少なさを、
改めて一掃してしまえ、という機体であり、
B型の戦訓によって開発された機体ではないのでした。
この後はH型に繋がる“自称(笑)”軽量型ムスタングに開発は移行してゆく事になるわけですが、
その辺りは既に詳しく見ましたね。

とりあえず、時系列表でD型開発の流れを確認して置きましょうか。



例の冷却系のトラブルでP-51Bがドタバタしていた段階、
すでに1943年の4月にはノースアメリカン社内でその開発が決定されているのに注目してください。

その後、5月にB型の量産型が初飛行、ラッカーでラジエターを洗った状態で(笑)、
その本格生産が始まるのですが、B型が戦場のヨーロッパに届くのは
4か月後の9月、さらに実戦投入されるのは12月まで掛かってしまうのです。
この辺りの時間のかかり方は先にも書いたように、B型のマーリンムスタングが、
アメリカ陸軍が実質的に最初に運用したP-51だった、という面も影響してたと思われます。

でもって、その間にもD型の開発は絶好調で進んでおり、
B型の10号機と11号機を生産ラインから引っ張り出して、その改造を始めてます。
7月には既に大量の発注を受けて、11月には初飛行まで漕ぎつけているわけです。
この大量発注はB型の本格実戦デビュー前なのに注意してください。
ノースアメリカン社もアメリカ陸軍も、最初からB型で終わらせる気は無かった、という事が見て取れます。

その後、量産開始まで4カ月かかってますが、これは主にB&C型の契約分の製造と、
生産施設の冶具の準備などによるもので、試作型の初飛行から
先行量産型の初飛行まで半年近くかかったB型とはちょっと意味が違います。
少なくともD型は初飛行後、生産開始まで、大きなトラブルには見舞われてません。
ただし生産開始後に主翼が飛び散る、という凄まじいトラブルに見舞われるんですが、それは次回。

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