■死を運ぶ美しい鳥

もう一つ、この機体の主翼の変な点として、
主翼の翼端部が超音速飛行中、下側に最大65度の角度で折れ曲がります。
理由は後述。

ただし実際は音速以下の飛行中でも先の事故写真のように
25度前後の緩やかな角度でこれを下に降ろしてる事が多いです。
これによって小さな垂直尾翼の直進安定性不足を補っていた、という話もあります。

ただしここを降ろすと主翼に下半角が付いてしまい、ちょっとでも機体が左右に傾くと、
一気にそのまま回転(ロール)しちゃいますから、かなり機体姿勢が不安的になります。
(この原理をキチンと説明すると連載が一回また潰れるので詳細は略)

なのでむしろ逆に旋回性があまり良くなかったのでは?と個人的には考えてます。
必要な時に主翼端を下に曲げて少し過敏な操縦性にして旋回性能を確保した、という事です。
ただし、この辺りに関してははっきりした資料が無く、なんとも言えませぬ。

(進行方向を軸に機体を左右に傾けると、その方向へ主翼の揚力で引っ張られ、
機体はそちらに曲がって行く。そのためロール性能は旋回に重要。
逆にもし勝手に機体が傾いてしまうと勝手にそっちに曲がって行くので直進性は極めて不安定になる。
XB-70の1号機はこの癖が強かったので、2号機で主翼に上反角を付けた。
主翼位置が上翼か下翼にもよるが基本的に上反角(上向きの角度)をつけると機体のロールは安定し、
逆に下半角を付けるとロールは不安定になる。
ただし見方を変えれば、不安定は操縦性の反応の良さにつながるので、
軍用機ではあえて下半角を付ける機体も多い)


■Photo US Airforce / US Air force museum

翼の端を65度下向きに折りたたんで高高度飛行を飛行するXB-70。

この機体、地上で見るとオモチャっぽいというか折り紙っぽいというか、
隣の中学生が考えたオレの最強爆撃機っぽいというか、どうも安っぽいのですが、
一度空に浮いてしまうと、周囲を威圧するほどの美しさを持つ、という、
なんとも不思議な機体となってます。
まあ、性能的に見ても、完成時には完全に時代遅れになっていた点からも、
間違いなく失敗作なんですが…。

この写真、当初は機体周辺だけを切り抜いて使おうと思ってたんですが、
あまりに美しくて、結局、そのまま掲載してます。

成層圏上の青紫の空に映える白い塗装は、
本来は核爆発の時の電磁波対策だったと思いますが、
そんな悲しい白が涙が出るほど美しいのです。
(核爆発は放射線であるガンマ線、X線を始めあらゆる電磁波を放射する。
これの影響を最も低く抑えるにはあらゆる電磁波を最もよく反射する白色が望ましい。
といっても、こんな塗装で放射線は防げないから、それ以外の電磁波への熱対策だろう。
同時に高高度飛行時の太陽光に含まれる電磁波の熱対策にもなってると思われる)

さて、ではなんで超音速飛行中に主翼を下に折り曲げるの?
というと、それがこの機体設計のチャームポイントの一つなので、
ちょっとだけ詳しく見て行きましょう。

大きく二つの理由あるのですが、まずは判りやすい方から。



■Photo NASA

参考までにNASAによる超音速飛行時の衝撃波写真。
色が濃く黒っぽくなってる部分の前面が衝撃波、黒い部分が背後の高温高圧部です。
写真は超音速機としては最弱、という感じのT-38なのでこんな緩い角度で展開してますが、
マッハ3クラスになると強烈な接触衝撃波になりますから、
もっと鋭角に、鋭くて狭い円錐形となります。



まあ、こんな感じですね。
ただしあくまで参考用で、衝撃波の角度はキチンと計算で求めたものでは無いのに注意。
で、この衝撃波の内側に機体があれば(場合によっては衝撃波を2重、3重にするが)
それが周囲の超音速気流を防いでくれる壁になるので、
機体周囲を流れる気流は超音速流以下の通常速度となり、飛行に問題はありません。

問題はその壁の外に機体が出てしまった場合で、上の図ではみ出た主翼部は
超音速気流に直撃されますから、そこで衝撃波が発生、
すさまじい造波抵抗を生み出して、機体の速度の足を引っ張ります。
さらに衝撃波は圧縮空気ですから、主翼にこれが発生すると、
非圧縮の大気を前提で作られてる(ベルヌーイの定理による)
通常の主翼では揚力を生み出せなくなります。
つまり、あるだけ邪魔、という部分になります。



ヴァルキリーの主翼はお世辞にも小さくなく、
マッハ1.5辺りを超えてくると、間違いなく主翼の端は
その衝撃波の壁の外に出てしまうのです。

あくまで大筋ですが、マッハ1.5以上における機首部からの
接触衝撃波の壁を推定するとこんな感じ。
カナード翼でもう一度衝撃波を発生させ、2段減速をやってた可能性もありますが、
これを横から見ると主翼よりずっと高い位置にあり、
主翼端のカバーにはほとんどなってないと思われます。
おそらく垂直尾翼と内側の主翼をその衝撃波壁の内側に入れるのがせいぜいでしょう。

となると主翼端が超音速気流に直撃されてしまい、巨大な造波抵抗源になってしまいます。
さらに揚力も生まないのでは邪魔なだけです。
なので、それを避けるために下に畳むんですね。
後で見るように、この機体の腹の下には巨大な衝撃波壁があったので、
その内側に入れてしまえ、という発想でしょう。
一種の可変翼とも言えます。

が、ただでさえ空気の薄い高度20000m、折りたたみによって主翼の翼面積が減ったら、
高度を維持するのに十分な揚力が得られなくなる可能性があります。
そこで考えられたのが、主翼を折りたたむ二つ目の目的、いわゆる波乗り機構(Wave rider)、
すなわち衝撃波背後の高圧部を使って機体を持ち上げてしまえ、というアイデアです。
ちなみに高圧揚力(Compression lift)と言う呼び方もされますが、基本的な考えは同じものです。

ノースアメリカン社が空軍に示した初期デザインでは
主翼の折りたたみ機能は高圧揚力(compression lift)確保のため、
とはっきり明記されてますから、
むしろこちらが主目的、という部分があるかもしれません。

とりあえず、この部分を理解するのには、XB-70の機体構造を少し詳しく見る必要があります。



XB-70の胴体下にはズガンと空気取り入れ口とエンジンが飛び出してます。

細い機首で発生する角度の小さい衝撃波壁ではとてもその背後に収められませんから、
超音速飛行中は、ここに超音速気流がぶつかって衝撃波を生みます。
本来ならそんな設計は、巨大な造波抵抗と熱問題を抱え込む事になるので避けるはずですが、
XB-70ではあえて衝撃波を利用するため、こういった設計になってます。

ポイントは空気取り入れ口がやや後ろにある事、その前に楔形の出っ張りがあり、
最初はそこに超音速気流がぶつかり、衝撃波が発生するようになってる事、ですね。

ちなみにジェットエンジンの(というかあらゆるエンジンの熱サイクルの)大原則として
燃焼のために取り込む空気の圧縮比が高いほど、その出力は上がって行きます。

ところが高高度になるほど、空気は薄くなってゆきます。
なので高度20000mの高空で、マッハ3の速度を出すだけのエンジンパワーを確保する、
つまり十分な量の空気を取り込むのは至難の業になります。

そこでノースアメリカン社の技術陣が目を付けたのが衝撃波背後の高圧空気だったのです。
ここで超音速気流が楔形の物体にぶつかってできる
衝撃波背後の高圧空気の流れを確認しましょう。




あくまで大雑把にですが、だいたいこんな感じで、
空気取り入れ口の前にある楔形の出っ張りにぶつかった超音速気流により、
そこで衝撃波が発生します。
衝撃波は音速の壁を越えられないで発生するものですから、
超音速気流に逆らって前方には拡散できません。
よってそこから後方に向かって拡散します。

その時、一緒に後ろに流れてくる背後の高温高圧空気をエンジンに取り込んでしまえ、
というのがXB-70の設計陣が考えた事でした。

これで必要な空気の量は確保できるし、そもそも予め高圧に圧縮されてしまってるので、
エンジンのタービンでさらに圧縮を掛ければ
極めて高圧縮比の空気をエンジンに取り込めるので、エンジン出力も上がります。
(一種の天然過給機となってる)

ここら辺りを突き詰めると衝撃波背後の高温高圧空気に燃料を噴射するだけでも、
一種のジェットエンジンになってしまいます。
そうなるとジェットエンジン内の重量物であるタービン類は一切不要になり、
燃料噴射装置の有るただの筒でもジェットエンジンになってしまいます。
すなわち極めて軽量で高出力の夢のエンジンの誕生です。

これがいわゆるラムジェットエンジンなんですが、現実はそこまで甘くなく、
その成功例はほとんどありません…。
とりあえず超音速までどうやって加速するんだ、という問題と
同じく着陸時の低速飛行での出力をどうするんだ、という問題が避けて通れませんからね。
(ロッキードのSR-71とD-21がいろいろやってるんですが)

とりあえず、これがXB-70のやりたかった事、その1です。
さらに、これを胴体下に置いたのは、やりたかった事その2があったからですね。

衝撃波背後の高圧空気は全てエンジンに取り込まれるわけではなく、
多くはさらに後ろに流れて行きます。
この高圧空気を使って主翼の揚力を稼ごう、空気の薄い高高度で、
畳んでしまった小さな翼面積の主翼でもちゃんと浮いてられるようにしよう、
というアイデアがそれでした。

通常の航空機の主翼は高速気流を上面に発生させる事で、
そこに低圧部を生じさせ、上に“吸い上げられる”形で揚力を維持します。
逆に言えば主翼下面の方が高圧なら主翼は揚力を得て浮き上がります。
(主翼に限らず、胴体でも尾翼でも同じだが)

だったらせっかくの衝撃波背後の高圧部、これを主翼の下に導いて
揚力を得るのに利用してしまえ、というものです。
これが先にも説明した波乗り機構(Wave rider)、あるいは
高圧揚力(Compression lift)と呼ばれるやり方です。

が、上のT-38の写真でわかるように、衝撃波は楔形に拡散するため、
主翼下面に均一に高圧部が生じません。
さらには主翼下面の外にまで流れ出してしまい、
主翼後部には十分な揚力が生じない事になります。
それだと主翼に発生する揚力分布が極めて不安定になり、
機体を水平に維持するのも大変になってしまうわけです。

そこで、衝撃波が主翼外に抜けないよう、翼端部の主翼を下に曲げるのです。
衝撃波はその名のとおり、波ですから、壁にぶつかれば反射します。
ここら辺りは衝撃波と言えどホイヘンスの法則に従うので、
反射された衝撃波は内側、すなわち主翼下面に戻って行きます。
(厳密にはそんな単純ではないけども)
これによって主翼後部、そして内面にも高圧空気を与え、
主翼の揚力不均衡を解決しよう、という事になります。

この辺り、よく考えたなあ、という部分ではありますが、
以後の超音速機でこれを踏襲したものが無く、
そもそもXB-70は当初、超音速飛行時の安定性に問題を抱えてたので、
どうもあまり上手く行ってなかったような感じもあります(笑)。
そもそも、これだけやっても、主翼の揚力は10%も増えなかった、という話もありますし…。

ちなみにこの主翼端を下に下げる事で、超音速飛行時の
直進安定性の確保を狙った、という話もあるんですが、
何度か書いてるように、それは主翼に下半角を与える事であり、
普通に考えて、安定性が向上するとは思えないんですが…。

まあ、超音速飛行はやってみないとわからない、
という部分も多く、この点は謎としておきます。



最後にちょっとだけさらに脱線。

XB-70の次の世代にして、現在までのところ最後の
マッハ3巡行(アフターバーナーによる一時的加速では無い)での運用を前提にした機体、
ロッキードのSR-71。

この機体の超音速対策はさらに洗練されてるのですが、特にエンジンの処理が見事でした。
エンジンをポッドに入れて横に飛びさ出させて超音速気流の中に置き、
その空気取り入れ口の正面に矢印で示した衝撃波用円錐(Shock corn/ショックコーン)カバーを付け、
ここで衝撃波を発生させることで、その背後の高圧空気をキレイにエンジンに取り込んでます。

さらにこの位置で衝撃波を発生させる事で、その後の主翼を衝撃波壁で守ってしまっており、
この機体を見るとXB-70は超音速機としては、かなり原始的だったなあ、と思わざるを得ません。

現在に至るまで、これが最も正解に近いマッハ3航空機の設計でしょうね。



でもってそのSR-71のエンジンの空気取り入れ口を二つに割ると、
F-104の空気取り入れ口の衝撃波円錐、いわゆるショックコーンになるわけです。
これによってF-104は単発エンジンながら、マッハ2を超える飛行に必要な
出力を得るための高圧縮空気を確保してます。
これがあるだけで一種の過給機の役割を果たすわけで、よく考えられた設計です。
じゃあF-104が戦闘機としても優れていたか、といえばそれは別問題ですが(笑)。

といったわけで、今回はここまで。
次回からはちゃんとP-51の話に戻りますよ。


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