■NACA再び登場

アメリカが誇る航空機開発研究機関、NACAは
ムスタングの開発において、少なからぬ貢献をしているのですが、
このエルロンの性能修正問題は、ほぼ全てNACAが担当しました。
このため、ノースアメリカン側の担当者の回想にはほとんどこの話が出て来ないのですが、
逆にNACA側の資料には、ガンガンこの話が出て来ます(笑)。

ちなみに層流翼とは違って、今回はノースアメリカン社からではなく、
陸軍からその改修依頼がNACAに出されたようです。
ついでにイギリス側の資料にはこの問題の指摘がほとんど見られないのですが、
NACAによるとロール性能については実はイギリス空軍の性能要求を満たしてなかったそうな。

とりあえずNACAが調査を開始すると飛行中のエルロンの可動範囲が上下10度ずつしかない、
しかも操作が重くて満足に動かす事ができない、という事が判明します。
これが性能低下の原因と判断したNACAは可動範囲を20度まで広げる事にしました。
(フラップやエアブレーキと同じで大きな角度の方がよく効く)
そのために操縦時の抵抗力、すなわち操縦桿にかかる力を軽減するようにし、
対策としてエルロンの後部に25度(先端部の角度)ほどの包丁の刃先のようなエッジを与えたとしています。



確かにマーリンムスタングのエルロン部の先端は尖がってる、というか途中から急激に絞り込まれており、
どうもこれがエルロンの性能対策になった、という事のようです。
風洞実験と飛行テストで性能テストがされ、これによって上下20度まで
それほど強い力を入れなくても(完全人力なのだ)キチンと角度を取れるようになったとの事。
この移動角度の増加で、エルロンの効きを良くしたらしいです。

このようにエルロンの後端部を絞ったのは、何らかの空力的な工夫だと思いますが、
どういう原理でこれでエルロンを動かすときの抵抗値が減るのかは、どうもよく判らず。
なんらかの理論的な裏付けがあったのか、実験してみた上手く行ったものなのかも不明です。

ちなみにムスタングのエルロンは、初代ムスタング I から金属製で、
高速時に歪んで性能を落としてしまう金属の骨組みに布張り、すなわち羽布張りではありませんでした。
(試作機のNA-73も金属製のように見えるが断言できず)

スピットファイアでは、1941年3月ごろ量産が始まったMk.V(5)から
この金属製外板エルロンに切り替えられて行くのですが、その情報が入って来てたのか、
あるいは独自の判断なのかはよく判らず。
 試作機NA-73は1940年の開発なので、MK.V(5)より早い時期ですから、独自判断の可能性が高いですが、
あるいはNA-73は実は羽布張りで、生産型のムスタング I からこうなった、という可能性もあります。
この辺り、残念ながら詳しい資料が見当たらず…



やや離れた位置から見たマーリンムスタングのエルロン部。

でもって、NACAの記録にも、ノースアメリカン社関係者の話にも一切出てこないのが、
写真に見えてる、エルロン前の二つの細長い出っ張りです。
この辺りに操作系のロッド、ワイアは一切ないのでそのカバーではなく、これは単なる出っ張りでしょう。
そしてこれはB型以降、マーリンムスタングになってから登場するもので、
それ以前のアリソンムスタングには見られません。
となると、どうもこれもエルロンの性能対策ではないか、と思われます。

で、普通に考えれば、こんなのがあれば渦(乱流)が出来ますから本来は不要なものです。
じゃあなんで、という点を考えると主翼後半部で気流(境界層)の流れが弱くなってるのを防ぐため、
ここで渦を発生させ、エルロンの効きを良くする目的、と考えるのが一番合理的かと。
(ただし当然、抵抗力の増加と引き換えになるが)
なので、なんら資料は無いんですが、おそらくこの細長い出っ張りもエルロンの性能対策でしょう。
ちなみに主翼下面側にも一本だけながら同様の出っ張りがあります。

ついでにエルロン内の胴体側にある小さな板状の別部品は、
飛行中、機体の姿勢を維持するのに使うトリムタブ。
飛行中、機体が左右に傾く傾向がある場合、これを少し上下させて固定することで、
いちいち操縦桿でその補正をやらず、楽に姿勢が維持できるようにするもの。

ただしムスタングの場合、エルロンの操作を容易にするためのコントロール(サーボ)タブを
兼ねており、操縦桿を動かすと、自動的にコントロールタブとして働きます。
何それ、というと、こんな感じのもの。



飛行時にはそこに吹き付ける強烈な気流に逆らって、
エルロンを上に持ち上げたり、降ろしたりする必要があります。
油圧補助なんてないこの時代、これでは体力勝負すぎて、
パイロットによっては機体性能を満足に引き出せない事態になりかねません。

そこでコントロール(サーボ)タブの登場です。
下の図のように、エルロンを動かしたい方向と逆向きにこれを動かします。
この図だと上に持ち上げたいので、タブを下に下げるのです。
するとこの部分が正面から風を受けて、ここに上に押し上げる力が働きます。
この助けを受けて、エイヤとエルロン全体を持ち上げれば、ずっと少ない力でこれを動かせます。
よくできた装置です。
ちなみにタブの動きは自動で、操縦桿を動かせば、それに対応して上下に動くようになってます。

ただしムスタングのコントロール(サーボ)タブはムスタング I 時代から既にあったので、
これはマーリンムスタングにおけるエルロンの改修とは無関係。


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