■完全体ムスタングへの道

さて、やや唐突ですが、今回の記事はイギリス帝国戦争博物館のWeb資料庫にあった
以下の二点の写真の紹介から始めましょう。
今までさんざん名前が出て居ながら、全く写真を載せてませんでしたから。

まずはこれ。


This is photograph FRE 10366 from the collections of the Imperial War Museums

画面右端が本連載の主人公、シュムードです。
いうまでも無くやらせ写真で(笑)わざわざ後ろにムスタングI の写真を飾ってますから、
イギリス相手の広報写真か何かでしょう。
ちなみにこの写真の解説ではシュムード、設計責任者(Chief designer)ではなく、
計画技術責任者(Chief Project Engineer)になってます。
後に出世して肩書が変っていたのか、イギリス向けのハッタリなのか、この点は不明。

残りの二人は奥でパイプ持って判ったような顔して図面を見てるのが
技術責任者(Chief Engineer)のライス(R. Rice)、一番左でいや、俺はよく判らん、という顔してるのが
風洞実験責任者のウェイト(L. Waite)です。
なんでこのメンバー?というのはよくわかりません。
胸になんかバッジ付けてるので、なんかの会議で集まった時の写真とかでしょうか?

でもって、もう一つがこちら。


This is photograph FRE 10017 from the collections of the Imperial War Museums

向って左が本連載の影の主人公、ノースアメリカン社の社長“ダッチ”キンデルバーガーです。
(ただし戦争中は親会社のGMが決定権を握っていたため、
最高経営責任者(CEO)ではなく社長兼総支配人(President and general manager) だった)
まあ、一目でやり手社長、という感じの面構えですね(笑)。

ちなみに右の人物はそのキンデルバーガーがダグラス社から一緒に連れて来た
副社長のアトウッドで、戦後、キンデルバーガーの跡を継いでノースアメリカン社の経営者となります。
そして彼の時代にノースアメリカン社は事実上、壊滅することになります(涙)。

ついでにムスタングに関して出回ってる怪しい話の半分くらいはこのアトウッドが情報源で(笑)、
どうも困った人物だなあ、というのが私個人の印象です。
ムスタングにおいては、ノースアメリカン社の代表として英仏購入委員会との交渉にあたっていただけで、
なんら設計には参加して無いんですが(口は出していた可能性があるが無視されてる)、
戦後になってから、いかにもP-51の主要部の設計に関わっていた、
という顔していろんな記事を書いたり、インタビュー受けてたりするのです、この人。
でもって、元ノースアメリカン社の副社長で、ムスタングの設計に絡んでたらしいぜ、
という事で、その話を鵜呑みする人が多く、その悪影響は今でもあちこちで見かけます。
…確認しましょうよ、その程度の事は、と常に思うんですけどね。

ついでに日本の場合、英語の資料や雑誌を
中途半端に読み込んでる方々にその傾向が強い印象があります(“個人の感想”ですぜ(笑))。
自分のブログなどで買った本の写真まで載せたりしてる
“自慢じゃないけど俺って英語の資料を読んでるんだぜ系”の方々などは、
私の経験上、あまりロクなもんじゃない場合が大半ですから、要注意。
英語で書かれてるから、当時の関係者だから、というだけで何でも鵜呑みにしてたら
エライ事になるのがこの業界なのザマス。
アメリカ海軍の“公式戦闘記録”では連中、日本海軍所属のMe109と戦った事になってたりしますからね(笑)。

さて、話を戻しますよ。
そんなわけでP-51ムスタングの決定版として登場した
マーリンムスタングのB/C型ですが、実はまだまだ欠点だらけでした。

試作機であるXP-51Bの段階からだと、ざっと上げるだけでも、

■新型ラジエターが冷却液と化学反応を起こして使い物にならない。

■大型化した冷却装置部に取り付けた空気取り入れ口が、
飛行時に振動を発生させ破損の危険がある

■尾翼周辺の強度が足りず、空戦などの強烈なGがかかる機動を行うと破損する

■初代ムスタングからずっと中低速時のエルロンの効きが悪くロール率が低い

■エンジンの出力が上がり、プロペラ枚数も増えたため、渦巻き状に流れるプロペラ後流に
胴体後部から尾翼が叩かれて押され、直進安定性が悪化した。
それどころか強力にプロペラを回す必要がある空戦の最中にこの影響で
機体が思いもしない動きをすることがあり危険だった。

■例の窓枠だらけの風防(キャノピー)の視界が極めて悪く、
従来のような偵察、地上攻撃ではなく、空中戦が主な仕事になった
マーリンムスタングにおいて、これは深刻な問題となってきた。

といった感じに、実は問題が山積みだったのでした。

これらをすべて解決するにはP-51D型の、
しかもその後期生産型の登場を待つ必要があります。

それでもB型の量産段階から、徐々にその問題解決は行われていました。
今回はこの内二つ、尾翼周辺の強度の問題とNACAが深く絡んでいた
エルロン性能の問題を見て行きましょう。
それ以外はまた、次回から取り上げます。

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