■マーリンムスタングの登場

さて、今回はマーリンムスタングの登場について見て行きましょう。
よく判らない存在だった(涙)P-51Aに次いで登場したのが、
イギリス製の高高度対応エンジン、ロールスロイスのマーリン60系に交換したP-51Bです。
ただし繰り返しになりますが、これはアリソンムスタング最終形態であるA型からの進化系ではなく、
無印P-51からの正当進化に近い機体でした。
そしてこれが、アメリカ陸軍における、最初にまともに(笑)配備されたP-51だったのです。


■Photo NASA


初めて1000機を超える生産数となったP-51が、マーリンムスタングのB/C型でした。
ちなみにこの写真、ムスタング博士銀河選手権を目指してる人ならすぐに気が付いたと思いますが、
尾翼の国籍マーク、胴体横の機体番号など明らかにイギリス向けの機体ながら、
アメリカの国籍章、星マークが描き込まれてます。
これはレンドリースの機体も、アメリカ国内にある間、アメリカ本土の上を飛ぶ場合、
必ずアメリカの国籍章をつけるように開戦後、義務付けられていたため。

ここで念のため再度、確認して置くと、マーリンムスタングのP-51BとP-51Cは事実上同じ機体で、
(少なくとも簡単に判別できる相違点は無い)両者の違いは製造工場のみです。
Bが従来のカリフォルニアのイングルウッド、Cが新工場、テキサスのダラス工場製となってます。
ちなみにノースアメリカン社の資料によるとB型は1988機(XP-51 2機を含まず)、C型は1750機、
それぞれ製造契約し、キャンセルの記録も無いので、合計3738機が製造されてます。
この内、イギリスに940機前後(おそらく944機)が渡ってるので、
アメリカ陸軍では2794機前後運用したわけです。
これが最初に大量運用されたムスタングと言っていいでしょう。

これ以前にアメリカ陸軍が採用したP-51としては、無印がわずかに55機、
しかも主に偵察機としての採用で、現場ではほとんど見かけなかったと思います。
続くA-36は500機が生産されており、これがアメリカの戦闘機や戦闘爆撃機のパイロットにとって
ほぼ唯一、なんか見た事、聞いたことがあるムスタングだったでしょう。
まあ、厳密にはこれはムスタングではないですが…。
ただし配備先は北アフリカから地中海、そして太平洋戦線とややマイナーなところで、
1943年以降、航空戦の主戦場となるイギリス本土ではほとんど見る事ができませんでした。

その次のP-51Aはわずか310機の生産で打ち切りとなり、さらにアメリカ人の120%は
どこにあるかも知らない、インド、ビルマ方面に配属されたほかは
本土で訓練などに使われていたので、これまたほとんどのアメリカ兵が見た事ない機体だったと思います。
(ただし50機前後がイギリス空軍にあったが、これもあって無いような数字だ)
すくなくともイギリス本土に居て、ドイツ本国とその西側の占領国、フランスと低地諸国相手に
作戦していたアメリカ人パイロットにとって、初めて見るP-51は、マーリンムスタング、
このP-51B/C型だったと思って間違いないでしょう。

それはほとんどアメリカ人パイロットにとっても、初めて乗る機体だった、という事を意味します。
実際、1943年秋にP-51Bが最初に配備された第9空軍の第354戦闘機集団(354th Fighter Group)は
本土でP-39の飛行訓練を受けてからイギリスに来た連中でした。
(先にも書いたが、当初P-51Bもそれまでのムスタングと同じく対地攻撃に投入する気だったので
戦略爆撃機の第8空軍ではなく、地上軍支援の第9空軍に配備された。
その後、戦闘機集団丸ごと第8空軍に貸し出される事になる。
ちなみに第354戦闘機集団は後にノルマンディ作戦後は本職に戻って
あのマーケットガーデン作戦の地上支援などを行った。
ついでに連合軍の戦闘機集団でもっとも撃墜数が多かったのがここだとされるが未確認)

そこにP-51Bが配備される事になったものの、イギリス本土にアメリカ軍のムスタングは無かったので、
急遽、イギリス空軍からムスタングを借りて(機種不明。普通の考えるとムスタング I だろう)
全員が2時間だけ飛行訓練を行ない、その後到着したP-51Bでさらに2時間だけ訓練し、
そのまま実戦投入される、というかなり無茶苦茶な展開がありました。
アメリカ軍でも、こういった無茶はやるんですよ。

ちなみにノースアメリカン社は既に説明したように当初はあまり仕事が無く、
カリフォルニアのイングルウッド工場のみで十分、なんとかなってたのですが、
1941年を過ぎると、B-25の大量発注、さらにT-6練習機の追加発注などによって
大幅に仕事が増えつつありました。
このため、1940年ごろから、別の工場の計画が始まり、カンサス工場(主にB-25を造った)、
そしてダラス工場(主にT-6とムスタングを造った)がアメリカ開戦前後から稼働し始めるのです。

でもって、当初は主にT-6の生産を担当していたダラス工場でP-51の生産も担当する事になり、
1943年8月にはP-51Cの量産型1号機が初飛行、以後、量産体制に入ります。
記録を見ると1941年の半ばには、ムスタングの計画担当技術者(Project engineer)の一人が
ダラス工場の生産準備のため転属となってますが、いくら何でも早すぎるので、
これはT-6などの生産準備に行った、と考えるべきでしょうね。
ちなみにダラス工場は、後に四発エンジンの戦略爆撃機、
B-24(G型&J型)のライセンス生産も請け負って、966機を生産してます。
(本来は1400機の契約だったが、終戦で残りはキャンセル)

ここでP-51A(上)とP-51B(下)を並べて
アリソンムスタングとマーリンムスタングの差を見て置きましょうか。
ちなみに両者の変更点はエンジン回りを中心に機体前部に集中してます。

■P-51A

■Photo NASA

■P-51B

■Photo NASA


機首部から見て行くと、いきなりプロペラの数が違います。
アリソンムスタングでは3枚だったのが、マーリンムスタングでは4枚に増えてます。
プロペラ自体も微妙に長くなっており、P-51Aの10フィート9インチ(3.28m)からB型では
11フィート2インチ(約3.4m)に約12p程長くなってます。
まあ、これも肉眼で確認できるほどの長さでは無いですが。
ついでにメーカーも変わっており、従来のカーチス製から、これもある意味アメリカ軍標準の
ハミルトン社のプロペラブレードになってます。
ちなみにエンジンが変ってもプロペラ軸の上下位置にはほぼ変更がなく、このための調整も行われてません。

プロペラの変更はより強力なパッカードマーリンV1650-3エンジンとなったためと、
空気の薄い高高度対策でしょう。
強力なエンジンの出力を無駄なく推力に変えるにはプロペラの枚数を増やすか、
ブレードの面積を増やすかの必要があり、連合軍の機体の多くは
僅かに長さを伸ばした上での枚数増加を選んでます。
(対してドイツはブレードの面積増大だけで対応、“太め”の木製プロペラを使う場合が多い)
同時にこれは空気が薄くなる高高度でプロペラが十分な推力を生む対策ともなってます。

ちなみに大戦後期のヨーロッパ製戦闘機では軽量な木製プロペラが盛んに使われましたが、
ほとんどのアメリカ機では枚数が増えても、ハミルトン製の金属製プロペラがそのまま使われてました。
当然、そのプロペラの重さは重量増につながりますし、パッカードマーリンは特に“重いエンジン”
だったため、作戦時通常装備で、大よそ350s以上、マーリンムスタングは重くなっています。
ちなみにエンジンそのものはアリソンV1710に比べて330ポンド(約150s)も重くなってました。
まあ、それを打ち消してしまうほどの性能向上があったわけですが。

次に気が付くのは機首部のエンジン用(過給機用)空気取り入れ口の位置。
アリソンムスタングでは機首上面に煙突みたいな出っ張りがあったのに
これが消えて代わりにプロペラスピナーの下にちょっと段差ができ、ここに吸気口が付きました。
アリソンムスタングとマーリンムスタングの最も簡単な見分け方がここなんですが、
上下の位置が変わったのは随分前にも書いたように
エンジン(過給機)の吸気口の向きがV1710とV1650では上下逆なため。

その変更に際して胴体に余計な段差を付けず、キレイに一体化してしまった
このデザインのセンスは、70年経った今見てもスゴイと思います。
余計な乱流の防止にこれ以上の構造は無く、同時に大変美しいラインとなってるのです。
一説にはここを設計したのはまだ設計チームに配属されたばかりだった
若干20歳(!)のサム ローガン(Sam Logan)だったそうで、
シュムードの部下の才能を見抜く目の的確さに驚くべきでしょう。

と、同時に大学出て専門教育受けただけでは“センス”までは身に付かないんだ
というのが改めてよく判る部分でもあります。
余談ですが、ウチの近所にある東京芸大の学生作品を見るたびに、
ここは技術を教える学校でしかなく、センスだけは持って生まれたもんなんだよなあ、
それは受験ではより分けられんよな、と痛感するのですが、
この辺り、技術職でもそういう面があるのかもしれません。

ここで再度、同じ写真を。

■P-51A

■Photo NASA

■P-51B

■Photo NASA

次は排気管。
エンジンが変ったものの、その位置はほとんど変わってません。
ただし排気管の形状が全く別物で、マーリンエンジンのものは単なる丸いパイプになってしまってます。
これもマーリンムスタングの特徴で、両者の識別点の一つになってます。

最後は例の胴体下の冷却装置部。
オイルクーラーが分離され、さらに過給機のインタークーラー(中間冷却器)が追加となって、
この部分の膨らみがドカンと大きくなってる他、吸気口が明らかに胴体から分離されてるのが判ります。
例の境界層対策ですね。
ただしこの冷却装置辺りの開発には、エライ苦労があって例の6カ月遅延の一因となりました。
この辺りはまた後で。

あとは例の主翼内の機銃の数が変ってますが、それはこの角度からでは判らないのでパス。
さらにロール性能の悪さの犯人と見なされていた主翼後端部のエルロンも
このB型からようやく改良版になるんですが、この点もまた後で。
他にも水平尾翼周りの構造が強化されてたり(飛行中に高いGを掛けると破損事故が起こってた)
と細かい変更があるんですが、それも外見では判らないのでパス。

参考までにP-51AのV1710-81エンジンとパッカードマーリンV1650-3の性能差は以下の表の通り。
データはすべてアメリカ軍の試験報告書による値です。

表中の最大出力はアメリカ軍において軍用出力(Military power)という名前で呼ばれるもので、
通常出力とは違ってエンジンに強力な負荷を与えるため、最大15分前後の使用制限があるもの。
戦時緊急出力(War Emergency Power)はさらに制限が厳しく、
せいぜい数分しか使えない緊急用出力で、「こんなこともあろうかと」「ポチっとな」的に使うモノ。
これは現在のジェット戦闘機のアフターバーナーみたいなもんです。
当然、規定時間を超えて使用するとエンジンが潰れますし、
すさまじい燃料消費となるので基地まで帰って来れなくなります。

なので、空戦中のここぞという時、あるいは迎撃で急に高度を取る必要がある時など、
限定した場面でしか使えないのですが、空中戦というのはまさにその限定された場面ですから、
この出力が効いて来ることになるわけです。

…ただし厳密に言えばこれらの数値、プロペラ推力ではなくエンジン馬力
(仕事をするスピードの単位で力の単位ではない)
ですから速度の比較にはなっても、上昇力、加速力の比較にはなり難いいのですが、
まあ今回は同型機ですから参考にはなるでしょう(手抜き)。

 

最大出力

戦時緊急出力 

 V1710-81  1320hp(9800フィート/2987m)  1480hp(10400フィート/3169m)
 V1650-3  1450hp(11900フィート/3627m)  1618hp(16600フィート/5060m)

数字だけ見ると10%前後の出力アップに過ぎないのですが、注目はその達成高度です。
どちらもでマーリンエンジンの方がより高い高度で最大出力が出てる事に注意してください。
これは高度が上がっても出力が落ちにくい事を意味し、最大出力では3500m、
戦時緊急出力では5000mまでなら、高度が上がるほどむしろ出力は上がって行くわけです。
この点、アリソンV1710-81ではどちらも3000m前後で最大となり、以後は出力は低下してゆく一方ですから、
高度が上がれば上がるほど、その出力差は大きくなります。

空中戦が行われる平均的な高度は4000〜7000m、戦略爆撃機の迎撃戦ならそれ以上ですから、
そうなると実際の戦場では10%の額面値以上の出力差が付いてくるのです。
これが2段2速過給機を積んだ60系マーリンの強みですね。
開発者の流体力学の魔術師、フカーが、私の最大の自信作、というだけの事はあります。

例えば両者の最高速度を比較すると(TAS/真対気速度)以下のようになります。
(最高速度は最大出力の高度では出ない。より空気が薄くて抵抗が小さくなる高高度で出るのに注意)

   最大速度  高度
 P-51A  415mph (約667q/h)  10400フィート(約3170m)
 P-51B  441mph (約709km/h)  29800フィート(約9083m)

速度の数字だけを見れば5%前後の増大に過ぎないのですが、高度が全く異なり、
空気の薄い高高度用に2段2速過給機を積んだパッカードマーリンV1650では
3倍近い高さでその最大速度が出ています。

P-51Aは富士山より低い位置で最高速度を発揮した後は、
高度が上がるにつれて性能は低下してゆくだけ、という事であり、
対してP-51Bは高度9083mまで性能は上昇し続ける、という事を意味します。

そうなると通常の空戦が行われる4000〜7000mの戦いでは圧倒的な性能差が付きます。
P-51Aは25000フィート、7600m前後までが実用的な高度だったようですが、
そこでの最高速度は367mph (約590q)辺りまで落ちてしまってます。
9000mでは試験データすらなく、これは勝負にならないでしょう。

ただし実際は過給機の低空用ギアと高高度ギアの兼ね合いもあって話はそう単純ではないのですが、
それでも基本的には、高高度になればなるほど、マーリンムスタングの優位が高まると思っていいです。
ただし逆に言えば、低空での性能は、そこまで劇的に上がってないのですけども…。

この高高度を飛べる事で排気タービン搭載によって高高度を飛んでドイツ本土を目指す
アメリカの戦略爆撃機の護衛が可能になったわけですが、メリットは、それだけではありませぬ。
空気の薄い、つまりより抵抗の少ない高度を飛行できるため、
これは航続距離の延長に直結します。
さらに高度、位置エネルギーにおいて、常に優位に立てるので、
空戦においても圧倒的に優位です。

実際、ハイオクガソリン不足で高高度性能が発揮できなかったドイツ戦闘機に対し、
この2段2速過給機付きマーリンを積んだ連合軍戦闘機は一方的に優位に立ちます。
スピットファイアMk.IX(9)以降、そしてP-51以降により、
最終的にドイツ空軍は崩壊して行くわけです。
(この欠点を克服できたのがジェットエンジンで、Me262はドイツ唯一のまともな高高度戦闘機でもある)
マーリンムスタングは、高高度性能を手に入れた事で、
全く別の機体と言っていい戦闘機に生まれ変わったと言えます。

でもってB型もまた他の米陸軍戦闘機との模擬空戦試験をエグリン基地で行ってます。
今回の参加機はP-38J、P-39N、P-40N、P-47D-10でしたが、その評価は高く、
“25000フィート(約7620m)以上の高度ではあらゆる性能で最も優れた機体。操縦性、機動性もいい”
“上昇能力は全戦闘機の中で最も優れる”“急降下性能はあらゆるアメリカの戦闘機を凌駕する”
と書かれています。ただし、低高度ではさほどの能力向上は無く、むしろ
“高度11000フィート(約3352m)以下では従来最速だった、旧P-51Aより遅くなった”
と書かれてしまってます。この辺りは重量増も響いてるかもしれません。
ただし16000フィート(約4877m)以上になれば、常に全機体の中で最速を記録しており、
やはりスゴイ戦闘機だ、という事になってます。

ついでにイギリスに渡った機体のテストも今回は比較的評判が良く、
鹵獲機のMe109Gを使った模擬空戦では“あらゆる高度で最高速度で上回り”
“非常に優れている”と報告されてます。
ただしその重さはやはり欠点と見られており、高度10000フィート(約3048m)以下では
上昇力で劣り(それは加速性が悪い事を同時に意味する)、25000フィート(約7620m)以上で
ようやくわずかながら上昇性能が逆転する、とされてます。

Fw190が相手の場合も“あらゆる高度で50マイル(約80q)以上高速で高高度ではさらに速い”と
されてますが、エルロンの修正後も相変わらずロール性能で劣っていたため、
素早い機動ではFw190に軍配が上がってます。
ただし恐らくエンジンパワーの差で、旋回性はわずかにP-51Bが優れていたとされますから、
通常の空戦なら、決して不利な戦闘にはならなかったでしょう。
特に高度を活かした戦いに持ち込めば、不利を感じる事は無かったと思われます。


NEXT