■ラジエーターの位置の最適解

さて、ムスタングのラジエター配置はコクピット後部の胴体下、という場所です。
そこから前方にダクトを伸ばして空気取り入れ口を取り付け、
胴体内に埋め込まれた冷却装置まで気流を引き込んでます。

この小さなダクトで胴体内のラジエターまで空気を導入する、という構造は
機体に余計な出っ張りを造らず、空気抵抗の軽減に繋がってます。
さらに細いダクトで空気を吸い込んで、胴体内の広い冷却室まで導く、
という構造が、後により熱量が大きくなったマーリンエンジンを搭載した際に、
それほどの大型化をせずにも十分な冷却効果が得られた事に繋がります。
この点はまた後で。


■Photo US Air force / US Airforce museum

とりあえずアリソンムスタングのラジエター配置はこんな感じ。
コクピット下にある空気取り入れ口からその後ろで下に開いてる
ラジエター出口フラップまでが冷却器関係の入ってる場所。
ちなみに写真は急降下爆撃型のA-36。
シュムードによれば、胴体にも主翼にも空気抵抗の悪影響を与えない位置、という事で
胴体の下、しかもなるべく後方に冷却装置を置いた設計なのだとか。

ちなみに空気取り入れ口はコクピットの直下にありますが、
冷却器本体はその後ろに位置し、上半分が胴体内に埋め込まれる形で搭載されてます。
写真だと胴体下後部に下がってるラジエター出口フラップの前あたりの位置ですね。
で、ここから後方では上側に胴体がギュッと絞り込まれるため、
ラジエター搭載部が大きく下に出っ張ることなく、
自然にその排気口のスペースを確保しています。
よく考えられた設計と言っていいでしょう。

ちなみに前にも見ましたが、マーリン搭載型とアリソン搭載型の
両者のラジエター周りを比較するとこんな感じ。


■Photo US Air force / US Airforce museum

胴体下の冷却部における前後長はほぼ同じですが、
左のマーリンエンジン搭載型の方が明らかに下に膨らんでます。
これはマーリン搭載型からオイルクーラーが独立して別配置になったからで、
ラジエターそのものは、実は大型化されてません(多段構造になってるが)。

でもって両者のおおまかな構造はこんな感じになってます。
これらは横から見た断面図だと思ってくださいませ。




外から見た以上に、両者は大きく変化しており、より空力的な洗練が進んだ、
B/C型以降の内部ダクトはアリソンエンジン型とは全く異なる形状になってます。
さらにマーリン搭載型以降の大きな変化はオイルクーラーが独立した点です。
アリソンエンジン型では、円形のラジエターの中にオイルクーラーが埋め込まれており、
この一体化した冷却装置が一つ、ダクトの奥に設置されていただけです。

対してマーリンエンジン搭載のムスタングではオイルクーラーは分離されて、
その代わり、エンジン用とインタークーラー用のラジエターが一体化され、
ダクトの一番奥に設置されていました。
これは真ん中から左右に分離する構造で、向って左がエンジン冷却液用、右がインタークーラー用の
ラジエターのはずですが、確認できる資料が見つからないので、断言は避けます…。



マーリンムスタングの空気取り入れ口。
ダクト内は滑らかな壁面で構成されてるのがわかりますかね。
奥に薄っすらと見えてるのが下段のオイルクーラーで、
その上に奥の両ラジエターに繋がる通路部が少しだけ見えてます。

ちなみにアリソンムスタングに比べると機体下面からより大きく離れており、
さらに横から見ると上のヒサシの部分が少し手前に飛び出す形状になってます。
これは機体表面の境界層を避けるだけでなく、境界層によって引き起こされる乱流も避けようとした結果です。
この辺りは風洞で徹底的に試験を繰り返して形状が決定されており、
空気の取り入れ効率だけを考えるなら、もう少し下まで出っ張らせた方がいいのですが、
そうなるとダクト部が乱流の直撃を食らって振動が起こってしまいダメだったのだそうな。
とりあえず、考えられる限りもっとも理想の位置、理想の開口部となってるのがこの冷却部なのです。

ちなみにB/C型以降のダクトの設計にはNACAが協力しておりまする。



なのでマーリンムスタングの冷却部の下には
二つの排気用ラジエター出口フラップがついてます。

矢印の先、前方にある小さなのがオイルクーラー用のもの。
手前側、一番後ろに位置してる大きいのが両ラジエター用のもの。
ちなみに両出口フラップにある支柱のような一本棒は開閉を操作する棹(ロッド)で、
これでフラップの開口部の大きさを変化させ、ラジエターの温度を調整します。
この辺りは基本的は自動操作で、温度に合わせて(高度で判断してる?)
その開口部の大きさを調整してます。

さて、ここで同じ図をもう一度載せておきます。



ラジエターに至る気流は必ず細いダクトを通過する構造になっている事に注意してください。
このように通過する断面積が増加すると流体の速度は低下します。
すなわち運動エネルギー=動圧を失うのです。

ここで「ベルヌーイの定理」の出番です。
気流に外部から力、熱などが加わわらない条件の場合、あの数式が意味するのは

動圧 + 静圧
= 常に一定(全圧=エネルギーは保存される)


という単純な事実です。

ラジエター前に至る気流は、まだ高温のラジエターに接触してないので、この条件を満たします。
となると動圧を成す速度が低下した場合、その不足を補うのは静圧、
周囲に均等に気体を押し付ける気圧だけです。
すなわち、ラジエター前の空間では、気流の速度が落ち、同時に静圧=気圧が上昇します。

すると吸入部から吹き込んだ高速気流(動圧)がラジエターの一部だけに強く当たる、
すなわち不均一に冷却面に接するのではなく、
均一にかかる気圧(静圧)でラジエター全面に効率よく接触するようになるのです。

これがムスタングのラジエターの優れた点でした。

ただし、これが最初の設計段階から意識されていたのかは微妙で、
例の空力設計の担当者、エド ホーキーの証言などを読んでいると、
どうもやってみたらそういった効果が確認できて、造った本人もびっくり(笑)、
という部分もあったんじゃないかなあ、という気がします。

ただしB/C型以降のマーリンムスタング用冷却部はあきらかに
これを意識して設計しており、あれだけの高出力のエンジン、熱量の大きいエンジンを積みながら、
もっとも抵抗の少ない形状に冷却部をまとめあげられたのは、この構造のおかげでしょう。



ちなみに冷却系をコクピット以降の胴体後部の腹の下に置く、というのは既に1935年に初飛行した
イギリスの戦闘機、ハリケーンがやってますが、これはホントに単に腹の下に置いただけです(笑)。



こんな感じに。
ちなみに丸い部分がオイルクーラーだと思われます。
ただし空気取り入れ口を機体表面の境界層の上に出す、
という工夫はこの時代の機体ながら既にやってます。

この辺りはやはりイギリスが先を行っており、アリソンムスタングが同じような構造を採用したのは、
イギリスから派遣された技術者のアドヴァイスによる、というのは既に書いた通り。
ちなみにそのイギリスから来た技術者、シェンストン(Shenstone)がノースアメリカン社に到着したのは
1941年2月で、とっくに最初の試作機NA-73Xは初飛行済み。
なので、この胴体から空気取り入れ口を離す、という構造になるのは、
次に造られた先行量産型のNA-73 1号機からです。
(ただしエド ホーキーによるとこの辺りもノースアメリカン社のスタッフの自社開発、としているが、
ここはシュムードの発言を信じる。エド ホーキーはやや“調子がいい”証言が多い人なのだ)

ただしこれ、その真正面にエンジン(過給機)の空気取り入れ口がズガンと飛び出してますから、
ここで盛大に乱流が発生してたはずで、なんだ、この設計…。
冷却部もホントに下に突き出してるだけ、というのがよく判りますね。
イギリス人がこの冷却部をムスタングと同じ構造、とか書くたびに、
こんな連中、ダンケルクで負けてればよかったのに、
と思ってしまうのは私だけでしょうか…。

でもって、この冷却部をそのまま機首部に持っていけば、同じシドニー・カム設計による
タイフーンのアゴ部になる、というのがよく判るかと。
ついでに言うなら、カムは液冷式のホーカー・ハートで、既にこれに近い構造設計をやってます。
ある意味、ずっとそのまんま、なのです(笑)。
この人の設計センスは、この程度ですね。


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