■来たぜ層流翼

さて、そんな主翼の能力、特性を決める最大要素は、
翼型(Aerofoil)、すなわち主翼の断面系です。
この点でムスタングは当時の最先端、層流翼を採用していました。
これは主翼後部の乱流の発生を抑えてその慣性抵抗(圧力抵抗)の力を
少なく抑え込もう、すなわち主翼の空気抵抗を小さくしよう、という翼面型です。

翼型と層流翼に関しては、先にリンクを貼った
流体力学に関する記事の最後で詳しく解説してますんで、
そっちを読んでもらうとして、ここでは具体的なムスタングの翼を見て置きましょう。

ちなみに層流翼はムスタングの設計が始まる僅か10カ月前、1939年6月にNACAのヤコブスが
発表したばかりの、当時の最先端技術でした。
これは1935年にヨーロッパで開かれた高速航空機に関する学会に参加したヤコブスが、
そのままイギリスのケンブリッジに滞在して乱流の研究を調査した時、
そのヒントを得て、帰国後も研究を続けていたものでした。
その後、実際の翼型の決定と実験による確認に3年以上かかったことになりますが、
風洞実権では最大で50%近く乱流による抵抗の削減があったとしています。
(日本の研究者、谷一郎さんによると約60%とされてるので実質55%前後か?)

ただし、繰り返しますが、実際の機体に積んでみた結果は微妙で、
後に通常翼から層流翼に切り替えたグリフォン スピットファイアでは、誤差の範囲、
という程度の速度上昇しか見せてません。
さらにNASAが1989年にまとめた記録、A History of the NACA and NASA, 1915-1990 の中でも
その翼は風洞試験が示したほどには劇的な性能向上をもたらさなかった、とあっさり認めてます。
(the wing did not enhance performance as dramatically as tunnel tests suggested)

まあ、それでも当時の最先端技術を積極的に取り入れた姿勢は評価するべきで、
その辺りを見て置きましょうかね。



まずはノースアメリカン社のやや旧型な練習機、T-6の翼断面型、
すなわち旧来の翼型はこんな感じ。ちなみにNACA4412型の翼型です。
(ただし軍用機では翼の端から翼の付け根に向けてゆるやかに翼型が変化して行くものが多い。
T-6の場合だと、翼の付け根はNACA2215型となる)



対してP-51はこう。ちなみにムスタング I からD型まで全て同じ翼型を採用してます。
(軽量型ムスタングシリーズ、そしてP-51HとF-82は翼型は異なる)
しかし、この角度から見ると、無茶苦茶カッコいいな、ムスタングD型。

これはNACAとノースアメリカン社がこの機体のために新たに開発した翼型なので
NACAナンバーは無いと思うんですが、一部にはNAA/NACA 45-100とする資料もあります。
この辺りの詳細は例によって不明(NAAはノースアメリカン航空の頭文字)。

注目点は矢印で示した主翼の最大厚の部分で、これがかなり前部にあるT-6に対し、
P-51はそれがかなり後ろ、翼弦(翼の前後の長さ)の中心部辺りにあるのが判るでしょうか。
数値で見るとT-6の翼の最厚部は翼弦長(主翼の前後の長さ)の30%の位置とやや前方、
対してP-51の場合、46.3%とほぼ真ん中に位置してます。

これが層流翼の特徴で、この工夫によって主翼表面を流れる境界層の剥離を防ぐ…
ハズだったんですが、世の中は思った以上に乱流に溢れており、
現実はそう単純ではありませんでした…
この辺りの原理については、先に紹介した流体力学の基礎知識を見といてください。

シュムードは計画当初、通常の翼型、NACA23シリーズの翼型の採用を考えていたのですが、
途中で層流翼の話を聞き、急遽、その採用に踏み切ってます。

が、先に見たように発表からわずか10カ月ほどの新技術で、当然、何の前例もなく、
社長のキンデルバーガーはその採用に反対だったようです。
このため失敗した場合の事を考えてるか?と聞いてきたそうな。
それに対してシュムードは一カ月で形にします、ダメならやめます、
と例によって無茶苦茶な開発条件でこれを採用してしまいました。

でもって、その無茶なスケジュールのしわ寄せを受けたのが(笑)
例の空力担当責任者、エド ホーキーで、設計開始から約2カ月後の
6月末には設計を終えて空洞テストを開始、最終的には7月末に完成させてしまいます。
まあ、結局約束は守られず(笑)、3カ月近くかかってしまったのですが、
それでもメチャクチャな開発ペースでしょう。

彼によると、設計しては風洞でテストし、うまく行かなかった部分を再度手直ししては
また風洞に持ち込んで…とかなり手間のかかる作業だったようです。
ちなみに当初は地元ロサンゼルス近郊にあるカリフォルニア工科大学の風洞を借りて
試験していたのですが、間もなくそこが小型すぎて能力不足なのが判明、
より大きな風洞を持ってるワシントン州シアトルにあるワシントン大学まで
飛行機に風洞用の模型を積み込んでは飛んで行き、試験を続けたそうな。
この時期のノースアメリカンの開発陣は、軽く狂ってるとしか言いようがないですね。

そのエド ホーキーによると、設計に先立ちNACAの技術者が二人やって来て、
層流翼の事を詳しく教えてくれたのだとか。
ちなみにその内の一人は、NACAの地域内技術協力者という立場の
人物だったそうで、どうもNACAがある東部地域以外には、
そういった地方ごとの技術顧問みたいな人物がいたのでしょうかね。
この訪問がシュムードの決定の前なのか、後なのかハッキリしないのですが、
とりあえず、NACAがムスタングの主翼開発時に技術支援をしていたのは間違いないようです。

ただし、そのNACAの二人の助言では、主翼の翼厚比を20%にする必要がある、との事でした。
それはいくらなんでも分厚すぎて、速度が出なくなる、とエド ホーキーは驚き、
最終的に翼根部(胴体との接合部)で16.5%、翼端部で11.4%としています。
(一般的には最厚部を厚くするほど揚力は大きくなるが抵抗も比例して大きくなる)

翼厚比というのは翼の前後の長さ、すなわち翼弦長に対する翼の厚みの比で、
翼の最大厚み÷翼弦長で求められる数字です。
これが20%というのはかなり分厚く、例えば上で見たT-6のNACA4412ですら翼端部で12%ですから、
よほど低速で飛ぶ機体で無ければ、そんな翼厚比は取りません。
ちなみにP-51より後から開発されたP-47では主翼中心部で11%でしたから
(ちなみにP-47は層流翼ではない)
20%というのはその倍近い分厚さで、実にベラボーな数字なのです。

この辺りはよく判らない部分でもあり、原理的には層流翼に分厚さを求める理由は無いはずです。
なぜNACAがそんな助言をしたのか理解に苦しむ部分なんですが、
なにせまだ発見されたばかりの理論で、NACA側にも混乱があった可能性があります。
が、このおかげで、多少薄くしても、まだ主翼中心部に十分な分厚さが出来たため、
先に見たような主翼武装に関する余裕ができた、という面もあり、
必ずしも失敗では無かった、とも言えますね。

ちなみにエド ホーキーによると、風洞実験では十分な抵抗の低下をデータで確認できた、
という事ですが、先にも書いたように、この辺りは現実の翼でどうだったか、 
というと極めて微妙で、ムスタングの高速化はむしろシュムードの
徹底した空気抵抗削減のための設計によるところが大きいと思われます。

といった、感じで主翼に関するお話はここまで。
次回はムスタングのもう一つの技術革新、ラジエター周りを見ます。


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