■三角で行こう
さて、F-102とF-106を見る前に、今後のこともあるので、
この時代の空軍にバカウケだった
技術革新をまとめて説明してしまいましょう。
この時期の航空機技術の最先端であり、流行でもあった
デルタ(三角)翼とエリアルール(Area
Rule /
断面積の法則)についてです。
超音速飛行のキモとなる、この二つの技術は
以後の航空機の設計においても大きなポイントであり続けます。
まずは三角翼、デルタウィングから。
ドイツのリピッシュ博士が第二次大戦前から研究していたのが、
水平尾翼の位置にまで一気に主翼を拡大してしまう無尾翼デルタ(三角)機でした。
当然、これは水平尾翼のない、無尾翼機となります。
ちなみになんでデルタ(三角)翼と呼ぶの?
というと、機体を上から見ると主翼が三角形になるからです。
本来、彼は単に新しい形の飛行機が作りたかっただけのはずなんですが(笑)、
やがてこれが高速飛行に適した形状である、という事がわかります。
簡単に言ってしまえば、主翼が縦長になるので、
後退翼と同じ衝撃波対策となる、というのが最大のポイント。
なんで主翼が縦長だと後退翼と同じなの?というのは次回説明します。
で、デルタ翼は主翼の取り付け部が長いので、強度を確保する設計が
後退翼よりラクで、その分、高速に有利な薄い主翼にできること、
さらに前後に長いため、音速に近づくにつれて発生する、
主翼の揚力中心の変化に対応し易いこと、といった辺りです。
このほか、高速性には関係ありませんが、水平尾翼がなくなる事で、
構造が簡単になるほか、航空機の設計で意外に難しい、
主翼の後流が水平尾翼に与える影響を考えなくてすむ、などもあります。
ただし、欠点も当然存在し、主翼の後部に水平尾翼の昇降舵(エレベータ)と
通常の補助翼(エルロン)を合わせて装備する必要があるため、
フラップが取り付けられず、離着陸距離が伸びやすくなります。
さらに離着陸の大迎え角時の揚力不足が起きるので
離着陸距離の延長に拍車をかけるほか、操縦にもクセがあり、とにかく離着陸は苦手、
といった機体になって行くのです。
この点はコンコルドの着陸のムービーとかを見てもらうとわかるはず。
この欠点を補うため、無尾翼デルタの機体は、首を持ち上げたコブラのように、
機体を進行方向に急角度で立ち上げた状態でしばらく滑走しながら
凧のように揚力を稼いで離着陸してます。
コンコルドのオリンポスエンジンはアフターバーナー(リヒート)が付いてますので、
離陸時には、これによる力技で浮いてしまっており、それほど揚力不足、
というようには見えないかもしれませんが(笑)。

無尾翼デルタ(オージー翼)の旅客機、という点でも前代未聞の設計だった
チョー音速で飛ぶコンコルド。
この機体、機首部が視界確保のためにカクンと下に折れる事をご存知の方は多いと思いますが、
旅客機の離着陸態勢の時の前方視界なんて、他の機体でもそれほどあるわけではなく、
多少鼻っ面が長くても、わざわざそこまで…と思ってしまうところ。
が、コンコルドのような無尾翼デルタでは、低速時の揚力不足、という欠点を補うため、
二本足立ちするダックスフントのような姿勢で離着陸を行い、
離着陸前後の段階では滑走路なんて全く見えない、という状況になってしまうのでした。
機首を曲がるようにしたのは、これを改善するためですね。
さらに主翼の横の長さと縦の幅の比であるアスペクト比が極めて悪くなるので、
(デルタ翼は主翼の縦幅が異常に長いのが特徴)
誘導抵抗が大きく、低速の巡航飛行時にはかなり燃費が悪くなります。
が、ここら辺りのデメリットに目をつぶれる短距離、高速飛行で地元決戦型の
迎撃戦闘機には非常に向いたデザインだったわけで、
コンベアは戦後、ドイツから連れてこられたリピッシュの強力を得て、
この技術の習得に社運をかける事になります。
あのカタリナやB-24を造っていたコンソリデーテットの流れを組む会社としては
大転換、といっていい方針でしょう。
ちなみに、長い滑走路が確保できるなら、という条件付ながら、
低速飛行なんて眼中に無い機体にも向いており、
超音速爆撃機のB-58ハスラー、超音速旅客機のコンコルドなどにも
この無尾翼デルタ翼が採用されたわけです。
(ただしコンコルドのデルタ翼はちょっと特殊なオージー翼)

ドイツのリピッシュが設計した、恐らく世界初のロケット戦闘機、Me-163は同時に、
世界初の無尾翼(水平尾翼がない)実用戦闘機でもありました。
ただし、これは無尾翼ではあってもデルタ翼ではなく、
戦後のそれらの機体に直接繋がるものではありません。

1948年4月、おそらく世界初の無尾翼デルタ機ジェット機として初飛行したコンベアのXF-92A。
敗戦でアメリカに連れてこられたリピッシュの協力の下、設計されたとされます。
横からでは判り難いですが、水平尾翼なしのデルタ翼で、垂直尾翼まで三角形、
という後のF102、F106に繋がるラインが見てとれます。
フランスのペイヤンが造ったレピッシュのコピーといっていい無尾翼デルタの初飛行が1954年、
という事を考えると、後にデルタ王国となるヨーロッパよりアメリカのほうが、最初は先を行ってたんですよ。
ちなみに、戦後の無尾翼(水平尾翼がない)戦闘機、というと
アメリカ海軍の艦載機、ヴォート F7Uカットラスが有名ですが、これはデルタ翼ではなく、
ただの無尾翼機で、どちらかといえば、Me163をデラックスにした機体、というシロモノでした。
当然、危険極まりない、という特徴もそのままで(涙)、
おそらくアメリカ海軍機としては史上最悪の機体となりました。
4人のテストパイロットと20人以上の空母パイロットを事故死させ、全生産機数(320機だけだが)のうち、
1/4を事故で損失している、という悪夢のような機体なのです。
ついでに、カットラスの未来的なスタイルは国民に受けるぜ、とトチ狂った海軍上層部が、
これをブルーエンジェルスに押し付け、編隊のうち、2機だけがカットラスとされたのですが、
度重なるエンジンのフレームアウトで緊急着陸が頻発、ついに飛行停止となってしまいます。
(余談ながら当時工事中だった世界最大の空港の一つ、
シカゴのオヘア空港に初着陸したのはこのエンジントラブルで緊急着陸したF7Uだとか…)

無尾翼デルタの王国、フランスのミラージュIII。
今でこそ見慣れてしまって平凡なデザインに見えますが、
水平尾翼が無い、三角形の巨大な主翼は、当時としては未来的なデザインでした。
が、このミラージュIIIが参加した戦闘機の競作は、魑魅魍魎が空を飛ぶ(笑)、
という感じの、いかにもフランスらしい凄まじいもので、
ラムジェット搭載機やら、コクピットから直接前を見れない機体などが押し寄せた中では、
これがもっとも常識的だった、という感じで採用された気がします(笑)。
以前の旅行記で、ここら辺の機体を紹介してますので、興味のある人はこちらをご覧アレ。
で、1956年初飛行のこの機体から、フランスの無尾翼デルタ王国が始まるわけで、
以後、ミラージュ2000、ラファールからコンコルドまで、右を見ても左を見ても、
三角だらけ、という空がフランスの上に広がる事になるのでした。

ちなみに、F-106以降、米軍は全く無尾翼デルタに興味を示さなくなり、
ソ連&ロシアもこのデザインの機体はほとんど造ってません。
が、なぜかヨーロッパでは大人気で、21世紀の戦闘機、
イギリス、ドイツ、イタリア、スペインが共同開発した
このユーロファイター タイフーンも、機首にカナード翼をつけた無尾翼デルタになっていますし、
フランスの最新鋭機、ラファール、スウェーデンのグリペンなども同じ構造です。
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