今回紹介するAr234Bは唯一の現存機で、
アメリカのスミソニアン航空宇宙博物館の別館、
ウドヴァー・ハジーセンターで展示されてるもの。
爆撃型なのでB-2型ですが、搭載された爆撃照準器から、
水平爆撃にも使えた型と思われます。
同じB-2でも水平爆撃の照準器が付いてないものもあったようです。

ちなみに、この機体もイギリスは複数を鹵獲してるはずなのに、
戦後、全部スクラップにしちゃってるんですよね。
当時の最新鋭の機体であり、貴重な機体だ、
というのは知ってたはずなんですけも…。



この展示、昔のほうが見やすかったので、
画質がちょっと荒いのですが古い写真から見て行きます。
前のページの写真より8年古いのですが、この間のデジカメの進化って、
凄まじいの一言ですね…

上から見るとごく普通の直線翼で、
それほど高速飛行に向いた設計になってないことがわかります。

それでも飛行速度はアメリカ軍の試験データで、
爆弾無しのクリーン状態で高度約7200mで762.8q/h、
かなりの高速が出る、と見ていいでしょう。
(ちなみにドイツのマニュアルだと同条件で720q/hとなる。
米軍データは機体重量が妙に軽いので燃料の搭載量が少ない可能性あり)

ただしドイツ側の資料によると500kg爆弾を1発搭載しただけで
ほぼ同じ高度で速度は705km/hまで落ちたとされてます。
いずれにせよ、これ以上の高速を達成するには、主翼上面の
気流の超音速化対策が必須になり、ただの直線翼ではムリです。

ただし当然、せっかくのジェット機ですからさらなる高速化計画はありました。
その翼面上衝撃波対策としてアラド社は
スーパークリティカル翼断面を採用するつもりだった、
と世界の傑作機No.128の記事にあり、ホントだとすると驚くべき先進性です。

ただし、肝心の記事内容は翼断面型(airfoil)の一種であるスパークリティカル翼と
翼の平面型(全体を上から見た形)の一種である三日月翼を混同してしまっており、
車のサスペンションの解説なのにタイヤの話をしてるようなものになってしまってますが…。
(誤解無きよう書いておくと他の記事は日本語で手に入る情報としては最良で、
買って損はないし、この記事でも一部、参考にさせてもらってます)

F-22への道の超音速飛行の話でも解説しましたが、
ここでもう一度、その辺りを確認しておきましょう。

まず、大前提として音速以下でも時速850q前後から、
主翼上面(尾翼も)に垂直衝撃波が発生し、まともな飛行を困難にします。
これを防ぐために考案された翼断面型(翼の切断面の形)が以下のようなものです。
ただし形はあくまで大まかなもので、このまま実機を造っても、
恐らくほとんど効果がないので、ご注意アレ(笑)。


これらの翼断面型だと翼面上の気流の加速が緩やかになり、
音速以下の高速飛行でも(850〜1050q/h前後)、超音速流が発生しにくくなります。
となると衝撃波も発生しませんから、飛行に何の問題もなくなります。
とはいえ、気流の流速が落ちる以上、発生する揚力も落ちます。

が、この翼断面型にするだけで、主翼に後退角を付けるのと同じ効果があるわけですから
緩やかな後退角(簡単な構造で軽く作れる)を付けた主翼でも、
強い後退角(複雑で重い構造となる)の主翼同様の効果が得られる、という事を意味します。
よって、この翼断面型はとても有効なものとなるのです。
軽く、簡易な構造はコストに直結するからですね。
実際、民間機や軍用輸送機などではよく採用されているものです。

ただし、あくまで主翼上の超音速気流と翼面上衝撃波の発生を抑えるもので、
超音速飛行とは全く無関係なのに注意してください。
これは800〜1050q/h前後、音速以下の気流に有効な翼断面型です。
ここら辺りは以前に書いたこの記事を参照のこと。

で、念のため、確認できる範囲で調べて見ましたが、
少なくともアラド社が独自にスーパークリティカル翼をテストした、
あるいは計画していた、という資料は見つけられませんでした。

ただし、このスーパークリティカル翼とほぼ同じ原理で働く
翼断面型をドイツのNACAことDLR閣下、
ドイツ航空研究所(Deutsches Zentrum für Luft- und Raumfahrt e.V.)
が1940年の段階で既に発見していました。

これは長らく忘れられた発見だったのですが、
1980年代にアメリカでスーパークリティカル翼の特許訴訟があり、
その時、既に大戦中からあった先例として発見され、注目されたものです。
(つまり特許の申請者が最初の発見者ではない、という証拠とされた)

なのでアラド社というより、DLRがスーパークリティカル翼の効果を知っていて、
独自に高速向け翼を開発していたという可能性が高いでしょう。

ちなみにもう一つアラド社で研究されていたとされる事が多い三日月翼は、
戦後イギリスのヴィクター爆撃機で採用された事で知られる
後退翼の亜種で、これは主翼平面型(上から見た翼全体の形)の話です。

三日月翼は主翼の付け根部分を大きな後退角にする代わり、
前後幅を極めて大きくして強度を確保する構造で、
単純な後退翼よりは強度を確保できた設計のようです。
さらに翼端に向うにつれて後退角を緩め、軽量化するのが普通みたいです。
(図面などを見ると付け根部分は翼断面型の桁に後退角をつけない
単なる引き伸ばし構造、つまりデルタ翼構造かもしれない)

ただしこれ、ヴァルカン以外に採用例がほとんど無いので、
あまり意味は無かったみたいですが…。
いずれにせよ、アラド社としても
全て計画段階を出る話ではなかったようです。



これも古い写真。

この角度だと、主翼のテーパー角度(絞込み角度)が
途中(エルロンから外側)で少し変わってる、
というのが判りやすいですかね。

Ard 234B型はよく見ると単純な
テーパー翼(端に行くほど前後幅が短くなる翼)ではなく、
途中で絞込みの角度が変わっています。
これは二重テーパー翼(double taper wings)と呼ばれる構造です。

楕円翼ほど製造が面倒ではなく、
比較的良好な揚力の分布が主翼の平面型に求められるのが
テーパー翼の特徴ですが(いわゆる揚力の楕円型分布)、
この二重テーパー翼は世の中に出回ってるデータを見る限り、
手間隙の割りにあまり効果が無い形のはずなんですけども…。

が、どちらにせよ長距離飛行を要求される偵察機ですから、
ご覧のようなアスペクト比の高い(翼幅の2乗÷翼面積)横長の主翼、
すなわち燃料を浪費する誘導抵抗を低く抑える主翼にするほかなく、
この段階で、高速化は難しくなってます。

ちなみに爆弾積んじゃった結果の速度、705q/hでは、
当時の連合軍相手だとかなり厳しい数字です。
P-51Dでも一応、追いつけますし、スピットのMk.14以降、
テンペストVなどでも同じです。

実際、より高速のはずの無武装の偵察型Ar-234でも
P-51に撃墜された記録がありますし、
爆撃型ではP-47、P-38などにも落とされたと見られる機体があります。
(ただし後者はアメリカ軍パイロットからの撃墜申告でドイツ側の確認は取れず)

ここら辺り、Me-262と同じで、連合軍の現場のパイロットとしては
ドイツの恐怖の新兵器というより、
むしろアレを撃墜して故郷のお母ちゃんに自慢するっぺ、
という程度の認識しかなかったようです。
基本的にアメリカ陸軍の戦闘機パイロットって変な連中が多いですしね(笑)。


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