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[1297] 幼さゆえ 投稿者:アナーキャ 投稿日:2013/01/16(Wed) 19:29  

とりあえず、明治期の軍部と昭和期、というか世界恐慌後(1929年)以降の
軍部は別物と考えていいと思います。
日露戦争のときの軍部と満州事変以降の軍部を比べるとよくわかるでしょう。

端的に言ってしまえば、明治期の軍部はキチンと天皇を最高司令官として見ていました。
明治天皇崩御後に後追い自殺してしまった乃木将軍は極端な例ですが、
それでも、基本的には神聖不可侵に近い、絶対的な存在と見なしています。
ただし、これは神聖な存在である天皇自らが軍を率いて戦う、という事ではなく、
多分に精神安定剤的なものであり、実質は、大山、児玉のような、
優秀な人材が軍を指導する、という大前提があります。

対して、昭和の軍部は天皇を水戸黄門の印籠といった存在として見なしています。
自分たちの行動を正当化する手段に過ぎないのです。
そもそも、統帥権、帷幄上奏権があったところで、天皇がダメ、といったら
どうしようもないわけですから、彼らの暴走には、天皇は直接統治を行わない、
我々の言いなりにできる、という大前提の目論見が存在します。
実際、陸軍の暴走を苦々しく思っていた昭和天皇に対し、
軍部が「陛下(昭和天皇)は学者すぎる」といった発言をしてたりします。
これを乃木将軍が聞いたら、卒倒してしまうでしょう。

その昭和の軍部の暴走は、1929年の世界恐慌に始まったと考えていいでしょう。
そして、困った事に(笑)、その行動派ほぼ純粋な善意から出ています。
軍部で政治を握って利権でウハウハ、という発想ではないのです。

1929年(昭和4年)の大恐慌は、日本においても暴威を古い、
大量の失業者と、社会不安をもたらします。
が、当時の日本の政治は未だ藩閥政治の悪癖が残り、
さらに汚職などの問題も多く、大恐慌の対策は無に等しかったと言えます。
日本にはルーズベルトは居なかったのです。
この結果出てくるのが、昭和維新と呼ばれる右翼団体の運動です。

この運動は、いろんな解釈があるのですが、基本的には政党政治の否定、
天皇親政への政治形態の変換を目指していたようです。
ここで注意しなくてはいけないのは、当時の政党政治というのは、
極めて幼く、現代のそれとは別物に近い、という点です。

このため、昭和維新の活動が政党政治と同時に財閥まで否定してる事からわかるように、
基本的には政治の腐敗の追放を狙ったものだったりします。
社会正義がどちらにあると言われると、どっちもどっち、なのです。
少なくとも昭和維新が私利私欲にまみれた
独裁恐怖政治を目指していたわけではありません。

ただし、昭和維新運動の主な活動手段は政府、財閥系関係者の暗殺であり、
純粋な人殺し、テロリズムですから(ゆえに維新なのだ)これはこれで軽く狂ってます。
ほんとにもう、政府も反政府側も、どっちもどっちとしか言いようがありません。
国家自身が幼かったのだ、と言う他ないでしょう。

で、ある意味、純朴ともいえるこの運動に大きな影響を受けたのが
当時の軍部の若い将校たちでした。
(運動のほうから、積極的に軍部に勧誘をかけたらしいが)
初期にはむしろ海軍のほうがこれに強く影響され、日本を救うのだ、
という旗印の下に、若い将校たちがこの運動に賛同し、
最終的には、政治家はダメだ、我々の手で日本を変えるのだ、という考えに行き着きます。

この結果が5.15事件、そして2.26事件へとつながり、軍部への恐怖から、
政治は完全にその支配下に置かれる事になるのです。

このように純粋に善意から出た行動ではあるのですが、その基本には俺らなら日本を救える、
という根拠の無い軍部によるウヌボレがありました。
これは一種の自己陶酔ですから、まあ、ロクなものではなく、その結果は
ご存知の通り、日本は事実上、滅びる事になるのです。

といった点を踏まえて(笑)、ご質問にお答えするなら、
少なくとも昭和5年以前までは、政府は軍をコントロールできていました。
ただし、西欧に比べて欠陥がないか、というと欠陥だらけでした(笑)。
そもそも、立憲君主制という体制に全く不慣れであり、
あまり国そのものが幼かったように思います。
大恐慌以後の日本をどうすれば正しく導けたのか、という点は、
私には何年考えても、正しいと思える解答が見つからないのです。


[1296] 質問です 投稿者:AR 投稿日:2013/01/16(Wed) 00:14  

ずっと以前に猫が神様という投稿した者です。
質問があって久々のカキコ失礼します。

私は単純に以下の様に思ってました。
薩長が軍事力で日本を支配した結果、軍事色が強い政権が出来た。
(東南アジアなどによく見られた開発独裁)
憲法制定後も軍の発言権が強く、三権からの独立性も強かった。
軍ににらみのきく元勲とかいう連中がいなくなったあとは、
ますます軍がのさばり
結果、昭和の軍の暴走、専横を招いた。

つまり明治の国家デザイン自体に軍事国家化の欠陥があったと思っていたのですが、
短絡的すぎますでしょうか?
軍がクーデター同然に権力を奪取するまでは、
政府によってコントロールされていた、すなわち西欧に比べても
特別欠陥のある政治体制ではなかったとお考えでしょうか?
そのあたりお聞きしたいのですが。




[1295] 責任者不在 投稿者:アナーキャ 投稿日:2013/01/15(Tue) 22:40  

なるほど、そういう考え方もありますか。

この場合、統帥権とは何か、という点が重要ですね。

まず明治憲法に置いても、天皇の存在を最高の位置におきながら、
天皇の存在とは別に司法、立法、行政の三権分立は明確に行われていました。
当然、軍は行政機関により運用され、その予算は議会に握られるはずです。

が、面倒な事に、軍に関しては
第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
という条文が存在してしまいました。

同じ天皇の権限でも、行政に関しては
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ

立法に関しては、
第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ

と、憲法、議会に縛られるのに対して、軍事に関しては、
天皇の専断が許される、と解釈されかねない一文があったわけです。
これが統帥権が行政、議会から独立した権限である、とされた根拠です。

が、この条文の解釈は多くの憲法学者によって、三権から独立しない、
とされており、少なくとも昭和に入るまでは、それが当然の考え方でした。
昭和に入ってからも、佐々木惣一の昭和5年の著作、
日本憲法要論などでは軍が三権から独立する、
という話はなんら法的な根拠はない、と断言されています。

では、なぜ統帥権を盾に軍の独断先行が可能になったのか、というと単純に、
連中が国内で一番多くの鉄砲を持ち、人殺しに向いていたからに過ぎないように思われます。

きっけかは、昭和7年(1932年)の5.15事件で、立憲国家の首相を軍人が暗殺する、
という恐るべき事件を起こしながら、軍関係者の処罰が禁固4年〜15年前後で済んでしまった事でしょう。
この結果、軍はいざとなったら、政治家を殺してしまえばいい話だ、と考え始めます。
これが2.26事件に繋がるわけで、以後、日本の政治家が軍を恐れたのは、純粋に命の危険からです。
戦前の近衛首相などの記録を見ると、露骨に軍から暗殺されることを恐れているのがわかります。

こういった面から見て、軍が政治に食い込んだ過程は単純な暴力革命に他ならないでしょう。
統帥権や帷幄上奏権うんぬんは、それにともなう理論防御、屁理屈に過ぎないように見えます。

ただし、日本のマスコミが軍部独裁の手助けをした、というのは確かに事実です。
これは日露戦争講和の際、日本中で起きた暴動をあおった事から始まり、
5.15では犯人の軍人擁護の論陣が目立ちましたから、連中にも相当な責任があります。

とはいえ、そこから日本国民がこの体制を支持していたか、というと何とも言えません。
永井荷風は特殊例かもしれませんが、彼などはあきらかに昭和の軍人体制を嫌ってましたし。

とりあえず、昭和初期の軍事国家は、やはり暴力を媒介に成立したものであるのは間違いありません。
独創的という面も、あまり無いように思うわけです。


[1294] 日本の場合 投稿者:五反田猫 投稿日:2013/01/15(Tue) 21:13  

例によって本旨と関係ないツッコミで済みません。

日本の参謀本部が史上稀な完敗をしたのは紛れも無い事実で、その点は駄目組織である点は反論の余地はありません。
但し、統帥権という法の穴を付き議会政治を骨抜きにし、マスコミ利用で国民の支持を取り「草の根軍国主義」政治体制を作ったのは独創的な発想という見方も出来るように思います。 誰でも自分で自分を客観視できませんから、軍部が政治の中心に座れば国家戦略無き戦争で、未曾有の大敗北をしたのも主因で、軍人が政治を主導すればよほど運がよくない限りエライコトになるのは言うまでもありません。
何が言いたいかと言えば、日本の場合は 軍人がマスコミ操作をして、国民がしっかり支持した点は、軍事クーデター誕生する軍事国家と違うのだという点です。


[1293] 戦法 投稿者:アナーキャ 投稿日:2013/01/14(Mon) 22:49  

本文中でも書きましたが、電撃戦を一つの定義でまとめるのは無理があります。

あえて言うなら、高速行動による情報の飽和で敵の指揮系統を麻痺させ、
その結果、ほとんど戦わずして敵主力部隊を包囲殲滅する、というとこでしょうか。


[1292] 情報そのものによる司令部の処理能力に対する包囲戦・・・ 投稿者:ヒルネスキー 投稿日:2013/01/14(Mon) 17:08  

という事でしょうか(電撃戦)。
もっと上手い言い方が必要な気がします(というか欲しいです)。

>キジはなんでやねん
キジは……矢羽根に雉の羽が使われるそうですが……。


[1291] 浸透せんと欲す 投稿者:アナーキャ 投稿日:2013/01/12(Sat) 21:31  

第一次大戦でドイツが行った浸透戦と電撃戦における戦車の進撃は
よく類似性を指摘されるところですが、実は結構微妙なところがあります。

例えばロンメルは戦線の突破をした後は、他の部隊と合流する気すらなく、
北に居る敵主力を背後から叩くために、海岸線を目指して全力進撃してしまっています。
戦線の突破とその崩壊は、主目的とされてないのです。

少なくとも、ロンメルの戦術の基礎に浸透戦があった事は確かでしょうが、
それだけで、あの戦いは出来ません。
実際、第一次大戦の経験者があれだけいながら、戦車による突破と敵の麻痺、
という戦いを理解していたのは、グデーリアンとロンメルだけだった事からも、その難しさがわかるかと。


[1290] 無題 投稿者:グライフ 投稿日:2013/01/12(Sat) 13:36  

ロンメル閣下は第一次大戦時、1個山岳兵大隊を率いてイタリア軍相手に敵陣奥深く侵攻、敵を混乱のうちに1個旅団を降伏させた経験があるので、機動戦の意味を理解していたと思います。


[1289] 無題 投稿者:アナーキャ 投稿日:2013/01/07(Mon) 07:27  

アメリカ人のlegend と heritage 好きは別の面からも考える必要がある気もしますが、
それでも国民としての団結力の源、という面は、確かにありそうですね。


[1288] 無題 投稿者:へまむし入道 投稿日:2013/01/05(Sat) 22:33  

そういえばアメリカの場合、開拓や独立の話については神話扱いですね。


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