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[1984] てごわいぞ海軍工廠 投稿者:某氏 投稿日:2014/03/07(Fri) 01:25  

ワシントンDCの海軍工廠、私も挑戦しつつ長旅の疲れが出てたのと、
あの門番の兵隊さんたちのたらい回しアタックを食らって、たどり着けませんでした(笑)。
あの野球場の近くのホテルだったので懐かしいですね。

ニューヨーク、というかブルックリンの海軍工廠は、
いまは民間の工業団地などになっているようです。
これもブルックリンに拠点を据えて(今にして思えばわりといい感じにスラム街…)遊んでいた時に行ってみましたが、
雨の中人気のない工場地帯をとぼとぼ歩いて帰ってくるという悲しい結果に……

ただ、アメリカの珍妙コスプレお姉さんことレディー・ガガの撮影に使われたこともあるようなので、
もっとよく調べればドックの跡地くらいは残っていそうです。

まあ、それだけしか残ってないから難易度高いとも言いますが……(笑)


[1983] F-35 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/03/06(Thu) 20:54  

tadaさん、情報どうもです。
ハリボテっぽいF-35だとすると、2002〜2004年ぐらいに、
全米のエアショーで展示されていた
F-35の原寸大モックアップがあったので、それかもしれません。
あの博物館はユーロファイター タイフーンも当初はモックアップだった前科があるので(笑)。

F35は戦闘機としてはほぼ確実にダメだと思いますが、
攻撃機として見るとそれなりの性能です。
が、値段を考えるとあまりに割りに合わない買い物で、
私だったら同じお金でF-16を100機そろえますね(笑)。

ステルスといっても、電波を反射しないだけで、電波を透過させる事はできません。
だったら、3万mくらいの上空から地上に向けてメートル単位の低周波(雲に吸収されない波長)を撃ち、
その反射を丹念に拾ってゆけば、電波が反射して帰って来なかった場所には何かいるとわかるわけです。
後は巨大なレーダーシステムをどうやって高度3万m以上まで上げるか、の問題が残りますが(笑)。

ケンブリッジからならダックスフォードは目の前ですね。
今年の夏までなら、ロンドンの帝国博物館の展示品の多くが疎開中のはずなので、ちょっとお得です(笑)。
戦車とかの展示も充実してますから(ただしティーガーは映画プライベートライアンの時のレプリカ)
それなりに面白いと思います。



[1982] F-35は 投稿者:tada 投稿日:2014/03/06(Thu) 00:46  

その通り。F-35です。
1/1に近いと思われるハリボテでした。
近いと思われるとしたのは、
それなりに大きかったのですが、
周りのプロペラ機とほとんど変わらん印象だったので。
人が多かったのとハリボテで興味をなくしたため
写真も撮っておらず真偽の確認ができません…。

F-35といえば空自が導入を決めたようですが
F-22への道を読んだ自分としては、
F-2の調達を増やしてお茶を濁しつつ
ステルス機を検知できるレーダー開発に金をつぎ込むほうが
国防的にはいいのかなと思っております。

RAF博物館ですが、戻ってきて2011年の旅行記を読み返してみたところ
大きな変化はないようです。

おそらくまたケンブリッジに行くと思うので
ダックスフォードあたりに行ってみようかなと考えております。

http://minkara.carview.co.jp/userid/1845785/blog/


[1981] いろいろ 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/03/05(Wed) 20:16  

tadaさん、初めまして。
RAF博物館のロンドンの方に行かれましたか。何かの参考になったなら幸いです。

ここ1年ほどでイギリスの博物館は帝国戦争博物館(ロンドン&ダックスフォード)も
RAF博物館も(ロンドン&コスフォード)も大改修が行なわれたため、
ウチの旅行記の内容も少々古くなってしまってますのが、申し訳ないところです。

一番キレイなマイルストーン展示室の展示機体が
大幅に変わったと聞いてるのですが、拝見したブログ中のハリアーの車輪の写真で
奥に見えてる双尾翼の機体、F-35にも見えるんですが、何でしょう?
これ、私が行ったときは見た記憶がないものです。
その上のテンペストは相変わらずのようですが。

ちなみに私は子供にばかり話しかけられたので、どうも珍獣扱いだった気がします(笑)。
一度だけお姉さんに声を掛けられたときは、荷物が重いから手伝って、でしたし…。

くさのさん、情報どうもです。
南軍の場合、とにかく余計な事に戦力を避けない、という面があったのでしょうね。
北軍の敵首都襲撃計画があったとは知りませんでした。
リンカーン、思った以上に作戦に口出してるんですね。

1840年代のメキシコ戦争(Mexican&American War)でアメリカは
直接、メキシコの首都制覇をやってのけてますが、この上陸作戦には
リー、ジャクソン、グラントと後の南北戦争の英雄がこぞって参加してました。
なので南軍のリーとジャクソンは敵国の首都を直接占領する、という作戦を経験してるんですが、
この時はメキシコシティを占領した後も半年近く戦争が続いたため、
どうも意味がないぜ、とここから学習したんでしょうかね。
その前の1812年にはナポレオンもモスクワでさらに最悪の体験をしてますし。

五反田猫さん、武田五一という方は私は知らなかったのですが、
国会議事堂とワシントン フリーメイソン神殿の妙な類似は、
最終日に少し詳しくやる予定です。
両者の建築時期といい、このデザインは無関係ではないよな、というのが正直なところです。

mameさん、ささきさんの回答の通り、それはないでしょうね。
さらにリンク先の記事ではグラマンの戦闘機の操縦席装甲板が25mmと出てますが、
海軍戦闘機の装甲板は謎が多く、この数字がどこから出てきたのかも怪しいです。
資料が揃ってる陸軍機の場合、P-51で頭部11mm(7/16inch)、背もたれで7.9mm(5/16)となっており、
もしかしたら、この背もたれ装甲板の厚さ(5/16inch)からの勘違いかもしれません。
とりあえず、市長さんは自分の主張に沿う事実を集めたかっただけのようですから、
細かい部分は無視して、彼の言いたい事を汲み取ってあげればいいと思いますよ。

ささきさん、私の場合、手を抜くことばかり考えてますので(笑)、
自然と色数は少なくなってゆくようです。
以前、あなたの絵の背景は緑と青ばかりだと指摘されて、そういやそうだと思いました…。

アメリカのクリスマス商戦、ウワサには聞きますが、そういえば、まだ見たことないんですよね。
これと大統領選挙は死ぬまでに一度は見ておきたいと思ってるんですが…


[1980] Re:[1979] 唐突にトップ絵の感想 投稿者:mame 投稿日:2014/03/05(Wed) 13:46  

ささきさんはじめまして
さっそくご回答いただきましてありがとうございます。
佐々木さんの書き込みは視点が独特でかつ精密なのでいつも大変参考になります
>7mm もあったら重くて飛べませんよ
よく考えたらまさしくそうですよね(笑)現職の岡崎市長さん
それでマロニー航空博物館まで見学にいかれるような人だから
相当気合の入った航空マニアなのでしょうがそれでも勘違いは
あるということなのでしょうね



[1979] 唐突にトップ絵の感想 投稿者:ささき 投稿日:2014/03/05(Wed) 12:26  

>アナーキャさん
少ない色数で巧みに描かれた欧州?の大地、
雲や飛行船の落とす影を俯瞰した雄大な構図に
「むむぅ、また腕を上げたな」と思ってしまいました。
私は相変わらずの白紙恐怖症&背景恐怖症…(^^;)

9月にハロウィンは確かに気が早いですが、アメリカでは
年末の4ヶ月が小売業の稼ぎ時で、9月はじめの始業式
(Back to to school)、10月末のハロウィン、11月末の
サンクスギビング(感謝祭)、12月末のクリスマスにかけて
1ヶ月ごとに販売キャンペーンを広げるんです。

>mameさんはじめまして
主翼前縁の一部だとか特殊な部位ならばともかく、機体全面で
外板厚 7mm もあったら重くて飛べませんよ(^^;)
グラマン主任テストパイロット「コーキー」メイヤー氏の自伝
「Corky Meyer's Flight Journal」によると、XF6F-3 試作機は急降下
テストで水平尾翼が損傷し、水平尾翼前縁の板厚が 0.04 インチ
(1mm)に増厚され、後に F6F-5 では水平尾翼基部前縁の板厚が 0.081 インチ
(2mm)に強化されたとあります。



[1977] グラマンの外板の厚さ 投稿者:mame 投稿日:2014/03/05(Wed) 10:56  

こんにちは
ネットで気になる記事を見つけてしまいました
http://uchidayasuhiro.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-a477.html
これによるとゼロ戦の外装の厚さは0.5ミリ、それに対して
グラマンのそれの厚さは14倍の7ミリとか。
これは事実でしょうか?
検索してもグラマンのジュラルミンの厚さはなかなかヒット
しないんですよね。 まあゼロ戦の0.5ミリはそんなものでしょうけど
どなたかぜひ真偽のほど教えてください


[1976] 国会議事堂 投稿者:五反田猫 投稿日:2014/03/05(Wed) 08:18  

いつも本旨と関係無い話題に食いついて済みません。

国会議事堂の設計は、公募案から大きく変わっているのですが、そのまとめをしたのは、武田五一だと思います。
原案からの大きな違いは、中央部の塔が、ハルカルナッソスの霊廟みたいなものに変わっている点です。
とある人が、武田五一になぜあんな墓たいなデザインにしたのかと聞いたら、政治家は命を懸けて活動し、ここを死に場所だと思ってほしいからだと答えたそうです。
当時は、浜口首相暗殺、226など、軍事テロが盛んな時代で、設計者として政治家に覚悟をもとめたのでしょうね。

ちなみに、NHK朝ドラ『ごちそうさん』に登場した京大の建築学教授は、武田五一がモデルのようです。
建築はかくあるべしというこだわりの描写は、特徴的です。


[1975] ワシントン市街戦 投稿者:くさの 投稿日:2014/03/05(Wed) 06:01  

小規模な戦いであれば、実はワシントン郊外でも戦闘は発生しています。1864年のスティーブンス砦の戦いですが、調べてみたら中心から北に10km程度ですね。なにせ1864年ですから、南軍はDC攻略のための十分な兵力を有しておらず、他の戦域の北軍を惹きつけるための囮のようなものでした。

リーはDC攻略の意図はもっていなかったようですが、北軍は当初よりリッチモンド攻略をオプションとして考えています。マクレラン将軍は開戦初期にオハイオから川を下ってのリッチモンド攻略を提案しています。これは技術的問題で却下されましたが、自身がポトマック軍司令官に就任してからは、水陸共同作戦でリッチモンド近郊に大軍(ポトマック軍全軍)を上陸させる計画を提案しました。しかしリンカーンはDCに対する脅威となる敵野戦軍撃破を望んでおり、あーだこーだしている間に南軍がその意図に気づいてしまいます。結局リンカーンも作戦には同意するのですが、DC防衛のために一部を残すことになり、さらに南軍が防衛戦を敷いてしまったので、リッチモンド直前ではなくバージニア半島の先端への上陸となってしまいました。結果としては北軍は敗退してしまいます。

まあ、リンカーンがマクレランの提案を受け入れていれば南北戦争は1年で終わったのかもしれませんが、逆にいえば文民統制が効いていた訳ですね。


[1974] RAF Museum行ってきました 投稿者:tada 投稿日:2014/03/04(Tue) 23:09  

はじめまして。

最近、こちらのページを発見しまして
とても興味深く読ませていただいております。

こないだUK出張ありまして、
時間があったのでRAF博物館に行ってきました。
こちらのロンドン旅行記を大いに参考いたしまして、
お礼をいいに書き込みした次第です。ありがとうございます。

私も一人で行動していたのですが、
ほとんど話しかけられることがなかったので、
アナーキャさんがよく話かけられるのは
人徳がにじみ出ているのではないかと思われます。

私のつたないブログを参照先にいれておきます。
また、記事中にこちらのリンクを入れさせていただいたので
合わせて連絡いたします。

http://minkara.carview.co.jp/userid/1845785/blog/


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