■その他の戦訓

今回は既に見て来た戦車やドローン等とは別の報告を基に、この戦争を考えます。

まずはロシア側の情報から始めましょう。最初に紹介するのは開戦から約5か月後の8月3日、ロシアの官製メディアであるRIAノーボスチ(РИА Новости)に掲載された記事。アウディーウカ(Авдiiвка)近郊でウクライナ軍と交戦中のドネツク人民共和国兵&ロシア兵にインタビューしたものです。ちなみにロシア側は自分たちがでっち上げたドネツク人民共和国軍とロシア軍の混成部隊を連合軍(Союзные войска)と呼んでいます。ロシアが攻め込んでるんじゃないよ、現地の連中を支援するための戦争なんだよ、って事なんでしょうね。
この時期はマリウポリとセベロドネツクを陥落させた後であり、ロシア側にも「俺たちの戦いは始まったばかりだ」的に楽観的な部分があったため、いろいろな情報が出て来ていました。後に9月のハルキウ電撃戦で大打撃を受けた後になると、こういった記事はほとんど出て来なくなるので、貴重な情報としてまとめて置きます。ちなみにアウディーウカは親ロシア派の総本山、ドネツク市のすぐ北にある街ですが、ウクライナ軍によって内戦時代から延々と要塞化されていたため、この喉元に刺さったトゲをロシア軍は開戦から一年二カ月経った2022年4月現在に至っても、未だ落とせていません。では、ロシア側で戦う兵のインタビューを見てゆきましょう。

●一帯での戦闘は長距離砲での撃ち合いと言う面が強い。さらにウクライナ側はロケット弾に地雷を搭載してこれをばら撒いている。

●ロシア軍は部隊が敵の抵抗に接触すると直ぐに後退し、塹壕を掘って身を守る。そこに援護の長距離砲撃、航空攻撃が行われ、敵の抵抗を排除してから前進する。効率は悪いが確実な戦法である。犠牲を最小に抑えられる。
(筆者注・2022年年末ごろからロシア軍は人的損失を顧みない無謀な突撃を繰り返しており、有効な面もあるが損失が大きすぎて愚かだ、という指摘をウクライナ側から受けている。この時期はまだ違ったのか、単に広報的な発言で嘘なのかは判断が付かない)

●多連装ロケットランチャー(MLRS)は極めて強力な兵器だ。上手くやれば一撃で敵を全滅させられる。

●ただし多連装ロケットランチャーの射撃は非常に目立つ。数km先からでも発見できる上に敵からの砲撃に弱い。このため巧みに偽装を施し、頻繁に位置を移動している。
(筆者注・さすがに地上で数km離れては見えないはずであり、位置の特定も不可能なのでドローン前提の話だろう)

●アウディーウカ周辺は開放的な野原なので近づくと丸見えで砲撃を受ける。ウクライナ軍は街の中心に塹壕を設けて地下に避難し全てをコンクリートで固めている。

●ドネツク人民共和国軍は巧みに森林と防護ネットを利用して多連装ロケットランチャーBM-21を隠蔽しながら運用している。ドンバス地区で何の偽装も無く兵器を展開させるのは自殺行為だ。
(筆者注・ロシア側はこう言っているが、既に見たようにエンジンが動いているか人間が側に居ると赤外線カメラで見えてしまう、とウクライナ側は報告している。逆に言えばロシア側はこの段階で自分たちがあっさり発見されている事に気が付いて無かった可能性がある)

●認めたくないがウクライナ砲兵の射撃は優秀だ。このため避難のための塹壕や発見されないようにする偽装が極めて重要である。

●特にアメリカから供与された155mm榴弾砲、M777は脅威だ。打撃力、殺傷力(砲弾破片のばら撒き)、精度の点で我々の砲より優れている。幸いにしてまだ数が多くないので対処できている。また西側の砲弾の音は独特で、ソ連時代の兵器とは全く異なる。



■Photo:ArmyInform

開戦から約二カ月半、2022年の5月中旬ごろからM777が戦線に到着し始めました。2005年に配備が始まった比較的新しい、そして軽量な牽引式155o榴弾砲で、これがアメリカからの兵器援助の先駆けとなったのです。軽量ゆえに展開、撤退が素早くできる、移動も楽、さらに射撃は正確、とウクライナ軍が絶賛した榴弾砲です。ちなみにGPS誘導弾も使用可能であり精密射撃で確実に目標を撃ち抜く、という従来の長距離砲撃では考えられなかった戦闘が展開される事になりました。

この点、戦前から例のドローンによる自動照準&情報共有ソフトウェアを開発ししていたウクライナ軍とは極めて相性がいい兵器でした。アメリカ軍もこういった運用は前提にしてなかったと思われます。今回の戦争においてあまり注目されていない点がこれで、とにかくバカスカ撃って面で制圧する、その過程で命中弾が出ればラッキーという20世紀以来の長距離砲の運用は既に時代遅れなのです。正確な偵察と照準、そして誘導兵器による精密射撃で一発ごとに確実に目標を撃ち抜いてゆく、という戦術に現実の戦場は移行しつつあります。はるか遠方から相手に何の反撃も許さず全てを撃破してしまう、という戦いです。実際、戦車などは上から落ちて来る強烈な砲弾に対抗できるようには設計されてませんから、これは脅威です。しかも直ぐに命中弾が出るため弾数の節約が可能で、このため敵の制圧に必要な砲兵の数も圧倒的に少なくて済みます。これによって数の劣勢を補ったのがこの戦争におけるウクライナの砲兵だと思っていいでしょう。この辺りも、21世紀の戦争なのだ、という部分ですね。

その優秀性について撃たれる側のロシア側が最初に認めたのが、このインタビューだったと思われます。実際、以後のロシア軍はこのM777を目の敵にし、優先的に叩き潰しに行くようになるのです。



●多連装ロケットランチャーの射撃に必要な照準の諸元入力は指揮官から口頭で伝えられ、砲手が手動でこれを調整する。
(筆者注・開戦時から専用ソフトウェア&アプリとタブレットによって自動化が進んでいるウクライナに比べると完全に時代遅れである)

●多連装ロケットランチャーBM-21で16発のロケット弾を射撃後、直ぐに撤収が始まる。対砲弾レーダーによって、こちらの位置は直ぐに特定され、反撃を受けるからだ。
(筆者注・波長が十分に短い超高周波のレーダーなら155o程度の砲弾でも探知できる。ロケット弾はさらに大型なので探知は容易だと思われる。ちなみにBM-21は最大40連装なのになぜ16発しか撃たないのかは不明。発射時間を短縮して撤退に必要な時間を稼いでる?)

●ロケットランチャー部隊は常にロシアンルーレットをやっているような物だ。敵の反撃を食らうかどうかは完全に運である。

●ロシア側の主力であるBM-21ロケットランチャーは精度が低い。よって同士討ちを避けるために自軍の位置から4q以上の離れた敵しか攻撃できない。
(筆者注・1960年代に開発されたソ連時代の多連装ロケットランチャーで、ウクライナ軍でも運用されている。旧式とはいえ安全確保のための保険距離が4qでは、21世紀の戦争ではまともな戦闘にならんと思うが…。ただしこれは情報を受けた後に友軍部隊が前進している可能性なども考慮した数字かもしれない。それでも少なくない数字ではある)


といったところですね。
とにかく盛大に砲撃してボコボコにして砲兵の物量で敵を圧倒する、というのはソ連時代の第二次大戦後期からおなじみの戦法です。そして驚くべきことにロシア軍は21世紀の戦争でもそれを実行しています。一部では戦果を上げましたが、機動戦による反撃、精密射撃によって数の不利を完全に補填してしまったウクライナ軍の戦術(10発撃たなきゃ当たらないのと1発で命中するのとでは必要な砲兵が全く異なる)、さらには要塞化された陣地で迎え撃つ敵には思ったほどの戦果は上げられず、やがてジリ貧に追い込まれる事になります。

この記事を見るとそもそも射撃精度が酷すぎ、これではせっかくドローンで敵の正確な座標を得ても何の意味も無いでしょう。そりゃダメだよ、というのがすでに感じられ始めていたインタビューだったように思います。西側の兵器とドローンとGPS誘導によって長距離から精密に敵を確実に破壊する、という戦争を始めつつあったウクライナに大きく後れを取っていることが見て取れるのです。

https://ria.ru/20220804/reaktivschiki-1806998654.html


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