■ドローンの操縦とソフトウェア

2022年の秋ごろから徐々にウクライナ側のドローン運用に関してさらなる情報が出てき始めました。そして年明けの2023年1月、驚くべき内容の記事が公開され、ウクライナのドローン戦が筆者が想像していたよりはるかに高度なモノだったのが判明するのです。ここからはそういった面を見てゆきます。



■PHOTO:ARMY INFORM

ウクライナ軍のドローン操縦者(左)はモニタ画面のある操縦装置を使っています。そして、それとは別に右側のような、市販のスマホやタブレットを持っている兵が見られる点は筆者も早い段階から気付いてました。ただし単に安価な小型モニタとして使っている、その画面を皆で見て情報を共有してるのだろう程度に考えていたのです。ところがウクライナ軍はその推測のはるか先を行っていたのでございました。

実は筆者も忘れていたのですが、開戦直後に出て来たロシア戦車兵の話、
「(ウクライナ軍は)ターゲットを発見するとタブレット端末やスマートフォンにダウンロードしたアプリを使って必要な計算をする。目標の座標はターゲットに印をつけることで自動的に入力され迫撃砲の射角も自動的に出てくる。こうして一発一発、正確に的を射抜いていく」
は、ロシア側の誇張でもなんでもなく、完全に事実だったのです。なんだその未来戦争、というのが最初に知った時の正直な感想でした。この宇露戦争はまさに21世紀の戦争なのです。

ちなみに最近の画像を見るとドローンのコントローラーに直接スマホやタブレットを取りつけ操縦者が全ての作業を一人で片づけているようにも見えます。ただし詳細は不明ですが…

■ウクライナ側の情報公開

では筆者が衝撃を受けた2023年1月29日にウクライナの報道機関、ラディオ・スゥオボーダ(Радіо Свобода/自由の権利ラジオ)が公表した記事を見て行きましょう。ただし元の記事はどうでもいい「軍事評論家」の話と現場の兵士による貴重な証言、記者が現地に入って見て来た事がごちゃまぜになってますので、ここでは「軍事評論家」の皆さんには例によって退場願って、貴重な証言部分と記者が見て来た事実だけを取り上げてゆきます。

〇記事の書き出し

ウクライナはロシア軍に対抗するため、民生用と軍事用の技術を効果的に組み合わせ戦っている。ウクライナ軍の行動がロシア軍より速いのは、どのような技術によるものなのか。侵略者の軍隊を抑止するために、武器以外で戦場に必要なもの、そして戦いに大きな影響を与える可能性のある技術を見て行こう。

〇西側から供与された高性能な榴弾砲の運用はドローンに依存している。取材中の数分間で発射された9発の砲弾の照準はすべて、目標上空に居るドローンによって調整された。

〇ドローンの観測による正しい座標情報が重要だ。砲兵はそれに従って狙い撃つ。ドローン部隊に大きく依存している。もし彼らが間違った座標を教えたら命中しない。

〇日没後、ドローン偵察部隊はウクライナ東部の最前線に向かって移動する

〇前線全体を監視することも部隊の主要な任務だからだ。夜間は敵を発見しやすい。前日と比べて敵の隊列に変化はないか、兵員数の増減、部隊の位置の変化などを確認する。機体には赤外線暗視カメラがついている。これは熱源も関知できる。
(筆者注・なぜ夜間の方が発見が容易なのかはよく判らない。暗くなってから敵は行動を開始するという事か)

〇夜間偵察に使われるのは固定翼のレレカ-100(Лелека-100)型ドローンだ



■Photo:ARMY INFORM

ウクライナの国産固定翼ドローン、レレカ(コウノトリの一種、シュバシコウの事。赤ちゃんを運んで来る鳥である)-100。固定翼機でも小型なので、写真のようにゴムひもの簡易な投射機、カタパルトで運用可能。主翼と胴体は分離でき、小さく畳んでの運搬もできます。当然、四軸ドローンのように空中静止は出来ないものの、速度と飛行距離を得るには固定翼機の方が優位なので長距離偵察にはこの機体が用いられるようです。詳細な性能は公開されてませんが、数十kmの航続距離があるとされます。


〇ただし準備後、出撃命令が出ず、そのまま分解して撤収する時もある。ロシア側が先にドローンを飛ばしていて発見される可能性がある場合などだ。

〇偵察による画像は即時に必要な部署で情報共有される。従来の通信手段がない場所でもスターリンクのおかげでオンラインで同時に見ることができる。
(この戦争におけるもう一つの重要な要素がこのスターリンク、衛星通信による高速インターネット網だろう。これが無ければ一連のドローンによるウクライナの優位は無かったと断言していい。恐らく最も兵器らしからぬ重要な装備である。ただしあまりに便利なので、ウクライナは自爆型の突入ドローン、いわゆるカミカゼドローンにGPS装置を載せ、直接スターリンクから情報を取って運用したらしき形跡がある。このためスターリンクを兵器として運用する事を禁じたスペースX社から、2023年2月以降、一部の利用制限を掛けられている)

〇ネット通信によるリアルタイムの情報共有が重要だ。スターリンクを使わない現代戦は考えられない。ドローンカメラからの映像と情報、現場とのやり取り、敵の動きなどを常に共有することができるからだ。高速で変化する戦場で、それらの情報は必須である

射撃を計算するソフトウェア

ではいよいよ、ドローンが敵の位置情報を掴むと同時に照準に必要な計算を行い、後はその数字の通りに撃てばいいだけ、というウクライナ軍が独自開発した戦闘用ソフトウェアの話になって行きます。現場ではタブレットPC、場合によっては高性能なスマホで操作してるようなので、アプリと呼んだ方が適切かもしれませぬ。とりあえず、最初にこの記事を読んだ時、そんな戦争をやっていたのか、とアゴが外れぬばかりに驚愕したのでした。ちなみにこれは照準作業の高速化だけでなく、ドローンが掴んだ正確な座標を反映し、極めて高い精度を維持する事を同時に狙ったものとなっています。

〇ドンバス戦争(筆者注・2014年に始まる内戦。これについては例によって増刊を見てね)の初期から、砲撃を効率よく行うためのソフトウェアをウクライナ軍は開発、利用していた。これはドローンによる偵察と砲撃手の照準作業を統合し効率化するためのものだった

〇開発は2014年に始まり、2015年から実用試験が始まった。当初は戦車に搭載された。この結果、2〜3qまでの距離の敵を直接目視して砲撃する戦闘能力の限界が無くなり、地平線の向こう側、最大で12〜14q先の敵まで砲撃が可能になった
(筆者注・戦車兵は直接敵を見る事はできない。ドローンの情報に基づいて計算された数字を照準装置に入力して撃つだけだ。当然、真横に直線弾道で撃つのでは届かないから砲を上に向けて放物線状に撃つ事になる。これを命中させるには極めて精度の高い計算が不可欠となる。この点においても恐るべきソフトウェアなのだ。実は早い段階から公開されてる動画で、そういった射撃をする戦車兵が見られたのだが、この記事が公開されるまで何をしてるのか不明だった)

〇2月24日の開戦以前、軍はそのアルモア(Армор/装甲、鎧といった意味らしい)システムための約2,000台の軍用タブレットを持っていたが、本格的な侵攻の最初の2カ月でこれが倍になった

〇ウクライナ軍にはアルモアのようなソフトウェアが複数ある



この写真の注目点はモノクロのイギリス国旗でもタブレットに貼られた日本のアニメキャラでも無く、ドローンの操縦装置にタブレットを繋いでる点。恐らく操縦しながら目標の選択をこのタブレットで直接やっています(基本的に発見した敵を画面上でタップするだけで砲兵に必要な情報、照準のための数値は自動的に計算されて送信される)。ちなみにライトニングケーブルのipad miniに見えますが詳細は不明。


〇このソフトウェアによって、長距離砲撃の照準に必要となる複雑な計算が自動化され、より素早く、そして正確に目標に命中させることが可能となった
(筆者注・20qを超える長距離砲撃を行う榴弾砲、ロケット砲なども地平線の彼方に居る敵に放物線軌道で砲弾を撃ち込むため、直接目標を見る事はない。そのための照準は計算で行い、しかもその計算は極めて複雑になる。この距離になると本来なら放物線の頂点付近における上空の気温、風向き等も重要なのだがそこまでドローンで情報収集してるかは不明。いずれにせよ膨大な微分方程式を解く必要があって照準作業はかなり面倒だった。本来なら目標の座標を偵察部隊が目視で確認、その数値に基づきコンピュータで数値をだしてから撃っていた(ちなみに第二次大戦時からこういった砲撃には計算機が使われていた。ただし当時はデジタルでは無くアナログ、歯車やら回転装置やらで数字を出していた)。これを完全に自動化、画面で目標をタップするだけで必要な計算は全てやってしまうわけだ。ただしGPS誘導弾ならそこまで厳密に計算しないでも目標に向かってくれると思われるが、詳しくは私も知らぬ)

〇敵の発見から位置情報の伝達、砲の照準に必要な計算、そして命中確認に至るまでを単一のソフトウェアで可能にしている

〇現状は戦術レベルのシステムで、異なる部隊間での大規模な情報共有は出来ないが、現在取り組んでいる

〇現在のシステムではドローンの情報を基に部隊指揮官が任務を決定、送信する。それには射撃位置への移動、射撃する砲弾の数、射撃位置から一定地点への退避の指示までが含まれる

〇戦車、装甲兵員輸送車、高射砲、大砲、歩兵兵器など、合計60種類以上の兵器をリンクして指揮官は射撃指示ができる

〇これらは砲兵の射撃に必要な諸元計算を不要とし、時間を節約するだけでなく、命中精度があがって砲弾の節約にもなる。さらに部隊に必要な兵数も減らす事が可能となった。兵員数が減らせるのは数で劣るウクライナ軍にとり大きな利点となる
(筆者注・著作権の関係で引用できないが、記事中の図解によると偵察&無線部隊は10人から4人+ドローンに、さらに6人編成の迫撃砲小隊は一小隊だけで済む。よって従来必要だった六小隊に比べるとわずか1/6の兵員で足りる。さらに命中までに必要な弾数も同様で、従来なら20〜32発必要だったのが4〜5発撃てば命中弾が得られるとしている。距離にもよるが、事実なら恐るべき精度であり、砲撃戦を根底から代えてしまった技術となる。逆に言えば同じ兵数で相手より六倍の数の目標に同時攻撃が可能なのだ。敵の数的優位は意味が無くなる)

〇ドローンによる偵察と砲兵の攻撃の一体化は、戦争が終わるまで重要な点であり続けるだろう。人員と弾薬の両方の使用において、信じられないほど膨大な節約になるからだ

〇この点では確実に目標に到達できる自爆型攻撃ドローンの重要性が高まると思われる

〇現状、必須の装備はドローン、無線(筆者注・衛星インターネット回線を含む連絡手段である)、赤外線暗視装置。これらがなければ部隊は戦闘任務を遂行することはできない

記事の主な内容は以上となります。
ちなみに、今回は紹介しない別の戦車兵へのインタビューではドローンとタブレット、あるいはスマホを利用した照準用ソフトウェアの名はクロプッバ(Кропива)である、と述べられています。これが上で見たアルモアとは別のソフトウェアなのか、あるいは全体を統合するアルモアに組み込まれた下位ソフトウェアなのかは判らず。ちなみにクロプッバとは西洋ヨモギの事です。

これは21世紀の戦争なのだ、というのと同時に、独自にこういった戦闘用ソフトウェアを開発していたウクライナ軍の先見の明と技術力に驚くべきでしょう。あらゆる面で数で劣る故の必死の工夫だったのだと思いますが、窮地に立たされた状態から誰もがこれほどの解決策を見出せるわけではありませぬ。ウクライナ恐るべし、と考えていいでしょう。

そしてこのような戦闘システムのソフトウェアによる高速化は、これからの戦争で大きな要因になって行くはずです。OODAループを引用するまでも無く、高速に動くもの、先手を撃つ軍が勝つのは当然だからです。

https://www.radiosvoboda.org/a/yak-ukrainska-armia-vyperezhaye-rosiisku-na-poli-boyu/32244685.html



■それ以外のドローン情報

ウクライナ側によるドローン情報の残りも簡単にまとめて置きます。
操縦訓練のお話もいくつか出て来てまして、まずは2022年11月に公開された記事から。

〇有翼型の場合、小型ドローンでも操縦できるようになるのに2〜3週間かかる。小型ゆえの特殊さがあり、従来の航空機による流体力学の常識は通じない事が多い。

〇四軸プロペラ型の垂直離着陸ドローンなら1週間で飛ばせる。

〇操縦者と映像から敵の座標を特定し砲兵部隊に伝える照準者が二人一組で飛ばす。両者の連携が重要。
(筆者注・先に述べたように最近の小型の四軸プロペラドローンでは、操縦者が一人で全てやってるようにも見える。ただし詳細は不明)

〇敵はドローン操縦者を優先的に殺しに来るので、敵のドローンに発見されない技術が重要。偽装、覆いに隠れる等でとにかく操縦者を生き伸びさせるのが最優先となる。

https://armyinform.com.ua/2022/11/04/yak-na-lvivshhyni-gotuyut-operatoriv-bpla/


お次はウクライナ軍のドローン操縦教官へのインタビュー。こちらは2023年の2月に公開された記事。民生用ドローンでも馬鹿にできぬ、という興味深いお話になっています。

〇ドローンの操縦手になるには訓練課程が必須であり、決して簡単ではない

〇私たちの部隊は中国製の民間用四軸ドローン、DJI社のMavic 3を改造して使用している
(筆者注・日本でも約30万円前後で買えるが、登録制度の対象となる)

〇軍が使用する時の改造内容は滞空時間の延長(筆者注・バッテリーを替えてるらしい)、爆弾等の兵装を可能にする事

〇これもDJI社ののドローン探知システム、位置、速度、製造番号までを測定するAeroScopeは敵も含めて利用している。

〇それに対応する技術を知らないと直ぐに撃墜されてしまう。

〇現在、戦場における最先端の戦闘はドローン同士の空中戦である。

〇民生用ドローンに搭載する兵装は100mの高さから命中させる制度が求められる。
(筆者注・すでに見たようにこの数字は怪しい。動画等の落下時間から計算するとそれ以上の高度から落としてる。ただしそれらは軍用ドローンで今回の話とは別かもしれない)

https://armyinform.com.ua/2023/02/18/nastupnym-etapom-vykorystannya-bpla-stanut-povitryani-boyi-voyin-na-psevdo-sova/?utm_source=mainnews&utm_medium=article&utm_campaign=traficsource


といった辺りが今回のお話、ドローンによる戦争のための戦訓、となります。これは21世紀の戦争なのだ、という事を痛感していただけたと信じて、今回はここまでとしましょう。


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