■最悪のOODAループ運用例

さて、ここまで集団統率のためのOODAループ運用例を一通り見てきましたが、それらは正しい能力を持った指揮官が指揮系統を管理している大前提に立ちます。が、当然、そうではない指揮官が組織を統率してしまう可能性も残ります。中でも最悪なのが組織内の各自の自主性を認めない、現場の判断を完全に奪ってしまう独裁型の指揮官です。それは組織内の多様性の死を意味し、そこからは組織の硬直化と麻痺がやって来る事になるでしょう。

これは絶対に避けねばならない集団のOODAループ運用となるため、その点も確認しておきます。図にするとこうですね。




これは指揮官が「絶対的な指針」を与えた後も各自の独自行動を許可せず「判断」段階にまで干渉するループで、独裁的なトップタウン組織の典型となっています。こうなった段階で組織の行動はほぼ死にます。

まず、このようなループでは各自に「この判断は指揮官に認められるか」を確認する必要が生じます。よって「判断」を指揮官に報告して許可を取る段階がループに追加されてしまいます。飛ばしのショートカットとは正反対の流れですね。当然、回転速度は低下しますから、通常のOODAループの運用より回転速度は落ちます。というか、こうなると厳密にはもはやOODAループですらありません。

ちなみに、この場合でも形の上では「キチンとした指揮系統」は成立しており、指揮官の意思で組織の統率が取れ、混乱を防ぐ事ができるように見えます。が、実際はそうならないのが普通です。

まず指揮官が回さねばならないループが多すぎて速攻で処理能力がパンクするため、ループの回転が遅延し始めます。人間の処理能力が10倍も20倍も違うなんてことはまずありえないので、下手すればわずか数人の組織でもそれは発生します。ましてや数十人、数百人となればその結果は絶望的になるでしょう。

そして全ループの「判断」に指揮官が関わっている以上、一つでもループが止まれば次々に組織内の全ループが連鎖して停止してしまいます。そうなれば組織全体の行動は完全に麻痺する事になるのです。最悪の事態と言っていいでしょう。

さらに専門性の問題、つまり専門的な知識を必要とする部門に対する知識の欠落問題が出てきます。
素人がロクに知識が無いまま各専門部署の運営に首を突っ込んでも正しい判断はほぼ期待できません。その結果はほぼ個人の独善に基ずく間違った「絶対の指針」が連発され、現場の混乱に輪をかける事になります。

すなわち原発事故に素人の政治家が口を出しても作業妨害にしかならないし、伝染病対策に大統領が介入してきても混乱を引き起こす以上の結果は望めません。専門的な知識が必要な部分に素人が口を出してもロクなことが無いのです(その次の段階、専門知識によって下された判断の運用方法には逆に専門外の視点から検討したほうがいい場合が多いが)。

このように全ての判断を指揮官が行うため、多様性は完全に死にます。その結果、彼が何か一つ間違っていれば、組織内のすべての判断、行動に致命的な影響を与えることになり、組織は速攻で瓦解します。毒が指先に入っただけなら血を吸いだす、最悪でも指を切断すればすみますが、心臓が自ら全身に毒を送り出すようになったら、あらゆる手段は無駄であり、待つのは死だけなのです。多様性というのは組織の運用にとって極めて重要なのだ、と思ってください。

こういった点で最悪な組織のOODAループの実例としては、対ソ連戦を始めた後、軍の最高司令官として全判断を自分に集中させたヒットラー、そして同じような事をやったベトナム戦争の時のジョンソン大統領&マクナマラ国防長官コンビなどが代表的例でしょう。政治屋が自ら軍事の天才だとうぬぼれて首を突っ込んでもロクな事になりません。当然、彼らの指導した戦争はどちらも悲惨な最後を迎えました。

「絶対の指針」を与えたなら、後は各自に完全な行動の自由を与える、というのは極めて重要なのです。何から何まで俺がやる、という指揮官は有害ですし、そしてそういった人間に限って無能な事が多いのは歴史が教えるところです。
ただし組織内の人材が無能すぎて指揮官がそこまでフォローする羽目になる、という逆の形もあるのですが、いずれにせよ結果は悲惨なものになります。

そうは言っても現場に丸投げは不安だ、というなら、それは組織化の段階で間違えています。一定の行動の自由を与えてもキチンと結果を出せる人間を集めて組織化する、という所から始めなくてはなりません。それができないなら組織は死にます。
繰り返しますが、組織的なOODAループの運用とは、どんなマヌケでも完全な組織運用ができるようになる魔法ではなく、逆に組織内に一定レベルの人材が必ず求められます。それが大前提なのです。

ただし「人の能力を見抜いてふさわしい地位につける」という才能は人間が最も得難い能力の一つだったりするので、問題は簡単ではありませぬ。それでもその能力を持った人間を探し出すしか対策は無いので、その点の努力を惜しむわけにはいかないでしょう。

例えばソニーは人の能力を見抜いて抜擢する才能を持っていた盛田さんが取り仕切っていた時代に世界的な企業への階段を一気に昇り詰めました。その後継者選択も見事でした。が、その後、本人は天才ながら人の能力を見抜く能力に欠けた大賀さんが次期社長を含めた人事を取り仕切るようになると暗転します。その結果、天才であるご本人が身を引いた後のソニーは階段を転げ落ちるように転落する事になったわけです。

よって会社で最も重要なのは現場でも営業でも社長でもなく、人事です。能力ある人材さえ確保できれば、後の細かい仕事は連中が自分で勝手に解決してしまいますから、何の問題もありません。が、その逆は絶対にありえないので、能力に欠ける人材を配置したら問題は発生するばかりで解決は永遠になされません。すなわち人事で失敗した段階で組織の能力は回復できない規模で損なわれ、全て終わります。

ちなみにこの「人の能力を見抜き抜擢する」才能を持っていた人物は私の知る限り、カエサル、ナポレオン、ヒットラー、ルーズベルト大統領(甥っ子)、マーシャル、ニミッツ、レーガン大統領、劉邦、信長、秀吉、家康、黒田官兵衛、そして盛田昭夫、本田宗一郎といった辺りになります。そこまでの人材を求めるには日本中でも数人、という話になって来るので諦めるしかないのですが、その1/10程度の才能でも十分有効ですから、この点の努力を惜しむべきではありませぬ。
(ただしヒットラーと本田宗一郎閣下は優秀な才能を見抜き、その人材をふさわしい地位につける点で天才的だったが、そこに自ら介入してしまう欠点も抱えていたので評価は落ちる)

余談ですが、その逆に本人は優秀なんだけど、人材を見抜く能力が無くて組織を滅ぼしちゃった例がポンペイウス、項羽、大賀典雄、そして山本五十六ですね。

■大規模集団での「絶対的な指針」の策定問題

最後に、もうひとつの集団OODAループにおける問題点、人数が増えると一人の指揮官が全ての「絶対的な指針」を作ってられない、という点について考えます。その対策がループの多層化です。

例えば10人くらいまでの小規模組織なら、既に見たサッカーチームのように、ポジションごと、場合によっては各個人にまで指揮官が「絶対的な指針」を与える事は可能であり、実際、それが最も適したOODAループの運用ともなります。

ところが、ロケットの新規開発といったような大規模事業では数百人規模の集団となります。細かい部品を担当する外部会社まで入れるとさらに多数の人間が参加して来るでしょう。その全てに対して指揮官が「絶対的な指針」を与える、というのは非現実的な話です。全部を造り終わるまでには膨大な時間がかかりますし、その間、「絶対的な指針」待ちの組織の一部は停止したままですから組織の麻痺が避けれません。

さらに例の専門性の問題も出て来ます。
指揮官である開発責任者がロケットモーター(エンジン)部門の出身だった場合、軌道投入用のGPS誘導ソフトウェア開発に関して「絶対的な指針」を策定せよ、と言っても無理な話となります。プロ野球のピッチングコーチにサッカー日本代表のゴールキーパー用練習メニューを考えさせるような話になって来るからで、専門分野が違えば、どれほど優秀な指揮官でも「絶対的な指針」を策定するのは不可能なのです。

ではどうするか。
この場合は専門部署ごとに組織を分割、それぞれに責任者を置く階層化が必要になります。その上で指揮官は各部署の責任者に、締め切り日時、予算、品質レベルなどの最低限の要求を「絶対的な指針」として与えるのです。
司令官からの「絶対的な指針」を受けた各責任者は、その指示に沿って自分の部署内用の具体的な「絶対的な指針」を策定し、部員に与えます。これによって指揮官に求められる「絶対的な指針」の数を減らして組織の停滞を防ぎ、同時に専門性の問題も解決します。すなわちループ回転の二層化を行う事になり、これを図にすると以下のような形となります。




ちなみにこのOODAループの階層化は人数が増えれば増えるほど、そして専門化が進むほど多層化するのが普通で、場合によっては三層、四層とさらに増えて行きます。当然、ループの数が増えるほど行動までの速度は落ちますが、それでも指揮官に数百人分の、しかも全然知らない分野の「絶対的指針」まで造らせるよりはるかに効率的です。当然、実際にループを回してもこのほうが速くなります。
これもまた集団のOODAループ運用では避けられないものなので、覚えておいてください。

という感じで、今回はここまで。


BACK