■組織統制用のための高速OODAループ

前回触れたよう「絶対的な指針」を集団に与える事で、無数のOODAループの回転による混沌化と組織的な行動の崩壊を避ける事が可能になります。ただし、それはゲームやスポーツなど明確なルールがある場合、あるいは過去に何度も同じ事を経験している事例など、明確な未来予測が成立する場合のみ可能です。

が、実際の組織運営では「不測の事態だらけ」の未来を乗り切る必要に迫られるのが普通です。このため単純な高速化の放棄と引き換えに不測の事態が頻発する未来に対応する、従来とは異なるOODAループを組み上げる必要に迫られる事になります。これは「高速化の放棄による相対的な高速化」という、少しややこしい話であり、さらに「組織内の多様性」が問われ始めます。ボイドの戦闘理論のカギの一つがこの「多様性」なので、この点も注意しながら見てください。

■統率を目的としたループ 初級編

まずは理想的な組織統制のOODAループ、前回見た「未来に何が起きるか判っていて正解行動は一つしかない」が成立する場合を確認して置きましょう。

 

指揮官による「絶対的な指針と統制」で全員のOODAループの回転を一本化し混乱を防ぐものでした。同時に高速化も行えるため最も理想的な運用です。よって可能な限りこの高速飛ばしOODAループを使うのが望ましいとなりますが、「明確な未来予測が成立する」という条件は通常の組織運営では不可能に近く非現実的です。よって「正解を推測し最も有効と思われる対策を指針とする」事になるのです。




これを「統制のためのOODAループ」としましょう。このループ組み上げの前提条件、

「正解を推測し最も有効と思われる対策を絶対的な指針として与える

というのはかなり自由度の高い条件だと思ってください。
その代償として「指針」=「正解行動」は必ずしも成立せず、このため最後は「試行」で終わって「観察」段階に戻る流れが復活、正解が得られるまでこれが続くのです。これは高速化を諦めるのと引き換えに、OODAループの適用範囲を広げ、組織の統制を行っているとも言えるでしょう。

この辺りをすでに実績十分なロケットと、今回が初めての打ち上げとなる新型ロケットの比較で考えて見ましょう。

まずは既に何十回も打ち上げに成功してるロケットの場合。
打ち上げ手順は完全にマニュアル化され、想定される事故も対策も判っているはずですから「未来に何が起きるか判っていて正解行動は一つしかない」状態が成立しています。よって指揮官は「絶対的な指針」=「正解行動」として各担当者に指示でき、問題なく高速化と統制が両立します。

対して今回が初めての打ち上げとなる完全新型ロケットの場合はどうなるか。
これは「不測の事態だらけ」の未来が待っていますから、「正解を推測し最も有効と思われる対策を絶対的な指針として与える必要がある、という事になります。先に見た「統制のためのOODAループ」ですね。

まず「新型ロケット打ち上げの成功」という「目標」を決めたら、「有効と思われる対策」を「絶対的な指針」として指揮官が取り決めます。この場合、なにしろ全てが初めてですから「打ち上げ前のチェックリストを作れ」「必要な安全対策を考えよ」といった、明確な正解が定義しづらい行動となるのに注意してください。残念ながら、それは避けられないのです。

その不確定性から「絶対的な指針」=「正解行動」が成立しません。よって従来の高速化飛ばしループに比べると回転は格段に遅くなります。ただし、それでも「初めてだから何から手を付けたら判らない」といった組織の混乱と迷走を抑える事ができ、よって何の工夫もなくOODAループを回すより結果的には「行動」は高速化されます。これが「高速化の放棄による相対的な高速化」ですね。

ただしこの「飛ばしの統制OODAループ」では指揮官から与えられる「絶対の指針」が強すぎて、不測の事態への対処が難しいという問題が出てきます。ループの高速化を目的に各自の独自判断を禁じているため、不測の事態が生じても現場で独自の判断をすることができません。よって、そのたびにループを止め指揮官の「判断」を仰ぐ必要が出て来るのです。当然、指揮官はその都度、新たな「絶対的な指針」を考える必要があり、その間は全員のループが止まりますから組織の行動は完全に麻痺してしまいます。

こういった「不測の事態」は「飛ばしの高速OODAループ」では理論上発生しません。「未来に何が起きるのか判っている」のですから当然です。
対して「不測の事態」が発生しやすい「飛ばしの統制OODAループ」の場合、それを避けることができません。さらに発生頻度によっては、その度に「絶対的な指針」の策定を求められる指揮官の処理能力が飽和、組織内のループの停止から麻痺、混乱が発生します。よってこの問題を放っておくと組織の致命傷になりかねません。では、どうするのか。

■統率のための分散形OODAループと多様性の維持

実は、その問題解決は意外に簡単です。
さらなる低速化を認めるなら、組織内に「多様性」を取り込んだ以下のようなループの組み上げが可能だからです。とりあえず、これを「分散形OODAープ」 としましょう。

 

このループでは「観察結果への適応」段階で絶対的な指針を与えた後、ループを再び各自に戻し、以後はそれぞれの「判断」に任せます。「判断」段階が復活する以上、ループの回転速度がさらに低下するのは避けられませんが、引き換えに「不測の事態」が生じるたびに指揮官の判断を求める必要が無くなり、ループの頻繁な停止を避けられるのです。これは各自の判断を認めることで組織の画一化を避け、「多様性」を確保する事を意味します。

このため結果的にはより遅いはずの「分散型ループ」の方が「飛ばしの統制OODAループ」より先に行動に移れる場合が多く、これがおそらく組織統率のためにもっとも理想的なOODAループになります。理論上は「飛ばしの統制OODAループ」の方が高速なのですが、多様性に欠ける画一的な運用を強いられるため、使いどころが難しいのです。未来の不確定度が低い、不測の事態がそれほど予想され無い場合にのみ使えると思っていいでしょう。

例えばロケット発射5分前に発射台の横にチュパカブラが出現した場合を考えます。この時、現場責任者に与えられた「絶対的な指針」が「チェックリストで安全を確認した後に打ち上げを許可せよ」だったらどうなるか。

まず「飛ばしの統制OODAループ」 では、チェックリストに無いチュパカブラの登場には対応できませんから、指揮官の新たな指示待ちになり、全ての作業は中断します。その上、指揮官がチュパカブラを知らなくてネットで調べ始めたりした場合、新しい「絶対の指針」の策定が間に合わなくなり発射中止に追い込まれる事もありえます。

ところが「分散型OODAループ」 だと、多様性、すなわち各自の判断が許されてますから「大原則である安全を確認すれば問題ない」と打ち上げ責任者が独自に判断、「我がロケット相手にチュパカブラなにするものぞ」とそのまま打ち上げてしまう事ができるのです。このため、ループだけを見ると高速化されてないのですが、全体の流れで見ると発射中止を避けられる結果、むしろより速く行動に至れる事になります。この辺りは組織の判断に多様性を持ち込んだ効果です。そして、これはさらなる「高速化の放棄による相対的な高速化」ですね。

もっとも、各自の判断に任せる以上、個人差も大きくなりますから、責任者によっては「チュパカブラ様のためなら打ち上げ中止なにするものぞ」との判断を下す可能性もあり、こうなると結果的にロケット発射の遅延を引き起こします。

ここがちょっと怖い所で、多様性の確保は特効薬であると同時に一歩間違えると組織にとって猛毒となります。
よって、この分散型OODAループを運用する絶対条件として

「正しい判断が下せる能力を持つ人材にのみ独自判断を認める」

が登場するのです。当然、ロクな人材がそろってない集団が気軽に分散型OODAループを採用すると、あっという間に組織の混沌から崩壊に至ります。

それでもこの分散形ループは不測の事態が次々に頻発する、戦場、災害救助などでは極めて強力な威力を発揮しますから、そのような現場では、ぜひともこの形に持ち込みたいのです。司令官は「絶対的な指針」を各部門に与えた後、余計な口出しはせず、判断を現場に一任する状況ですね。

こうすれば現場の担当者は独自の判断で動けますから、次々と状況が変わっても柔軟に対応でき、ループの回転が止まってしまうという最悪の事態を回避できます。そうでないと指揮官の許可をとってる間に状況は刻々と変化して命にかかわる事態となりかねず、さらに「絶対的な指針」策定を同時に無数に迫られる指揮官の処理能力がパンクする最悪の可能性が出てきます。これを避けるには分散型OODAループの運用しかありませぬ。

ちなみに、「分散型OODAループ」にはもう一つの問題があります。
与えられる「絶対の指針」がより具体的であるほど行動速度は上がり混沌化も抑えられるのものの、同時に柔軟性が失われ、現場で判断できる範囲が狭くなります。逆にこれを最低限にとどめると、現場の裁量が大きくなって自由度が上がりますが、回転速度の低下と混沌化の危険性が高まります。「多様性」は組織の最強の武器になると同時に、その武器の取り扱いを間違えると、自らの命を奪う結果にもなるのです。

そして、この問題もまた「判断を一任できる優秀な人材を確保する」以外に解決策はありません。すなわちOODAループというのは魔法の道具ではない、地道に優秀な人材を揃えた組織がその力を最大に発揮するためのモノ、と言えます。この点は忘れないでください。

ちなみに、この「分散型OODAループ」の運用を史上最もうまくやったのがチンギス・ハーン率いるモンゴル帝国と第一次世界大戦末期から第二次世界大戦初期に至るまでのドイツ陸軍でした。チンギスの軍団がなぜこれを可能としたのかは例によって謎だらけなんですが、ドイツ陸軍の場合は軍の学校で徹底的に士官教育をし、現場でOODAループの「判断」を全権委任できる人材を育てて対応しました。当然、戦争が進んでそういった人材の多くが失われると、大隊レベル以下の行動はいろいろ怪しくなって来るのですが…。

とりあえず組織の統制においては、「飛ばしの統制OODAループ」と「分散型OODAループ」を使い分ける必要があります。すでに見たように「分散型OODAループ」を通常を使う事になりますが、、「飛ばしの統制OODAループ」が使えるならより高速に行動できるため、その選択肢も捨てがたいのです。

この点は未来のブレが少なく具体的な「絶対的な指針」を制定できる場合はより高速な「飛ばしの統制OODAループ」を、対して未来の不確定性が高く、不測の事態が多く予想される場合は「分散型OODAループ」を、という使い分けが一般的でしょう。

ただしこの辺りは臨機応変な対応が求められる部分でもあり、その点においても指揮官の有能さが求められる事になります。


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