■統率された集団でのOODAループ

さて、組織的なOODAループが運用可能なのは指揮系統が確立した組織のみ、というのは既に述べました。すなわち指揮官、責任者がキチンと「統率」する組織です。

なぜ「統率」が必須条件なのか、と言えば集団のOODAループの運用では「絶対的な指針と統制」が必要となるからです。前回見た究極の高速化、飛ばしのOODAループで登場したものですね。集団のOODAループでは、これで行動を高速化をするのと同時に全員に同一の行動を取らせ混沌化を抑えます。まさに一石二鳥な運用なのですが、それが出来るのは集団内の全員を「命令」という形で従わせることが出来る場合のみ、すなわち明確な指揮系統で「統率」された組織のみなのです。

この辺りをサッカーを例にとって見て置きましょう。
自陣に守備が三人残っている状態で、敵キーパーがこちらのディフェンスラインに届くほどのロングパスを出した状況を考えます。ここで何の工夫も無く、守備の三人が独自にOODAループを回してしまうと、以下のようなバラバラな展開になりがちで、混沌を避ける事はできません。

 

このように各自が勝手に動いてしまうとディフェンスラインはバラバラになり簡単に敵の突破を許してしまう事になるでしょう。さらに全員が違うループを回してるので、それぞれを高速化してもほぼ意味がありません。

これは「観察結果への適応」段階で、各自の「推測」が異なるからですが、幸いにして我々はその解決手段を知っています。それが「絶対的な指針と統制」ですね。



飛ばしの高速ループでは予想される「正解行動」を「絶対的な指針」として、先に決めてしまいますから、行動がブレる事がありません。同様に同じループを集団内の全員が回せば「統制」された「正解行動」に出れます。「統制(Contorol)」がここでは大きな意味を持つのに注意してください。高速化と同時に全員に正しい行動を取らせる、集団の混沌を避けるために必須の要素が「統制」なのです。

これは明確な指揮系統が存在する時、責任者や指揮官から命令と言う形で与えられる時のみに成立するのに注意してください。会議による多数決などでは拘束力が弱いため、勝手な行動に出る人間を抑える力が不足するからです。

さて、話を先ほどのサッカーの話に戻しましょう。
サッカーには監督という指揮官が存在しますから、明確な指揮系統が存在します。集団スポーツは監督の「統制」の下に動くのです。すなわち「指揮系統が確立した組織」の条件を満たします。

そしてサッカーもルールに縛られた世界ですから「未来に何が起きるか判っていて、その正解行動は一つだけ」の条件が数多く成立します。よって自陣に向けて敵のロングパスが飛んで来たら「オフサイドトラップを仕掛けろ」という「絶対的な指針」を守備陣の三人に予め与えて置く事ができます。これによって各自の独立したループは「観察」段階で終わり、以降は全員のループが一本化され混乱は生じません。さらに「判断と仮説」段階は不要ですから飛ばされ、結果的にその行動も高速化されるのです。このように集団によるOODAループの運用では、混沌化を避けるための「絶対的な指針」が必須となり、それが同時にループの高速化をもたらす事になります。

この辺りを具体的な図にすると以下のようになります。




この集団内で一本化されたOODAループなら高速に秩序だったまま「行動」段階まで移れてしまいます。
ただしこのループ運用の注意点として、「絶対的な指針」は「可能な限り具体的で単純な事」が求められます。それは全員が間違いなく理解できないと「統制」された行動に繋がらないからです。

例えば「敵のフォワードが怪しいと思ったら、神の御心のままに明鏡止水の精神で戦え」みたいな事を言われても具体的な判断が出来ませんから無意味です。「いつ、どこで、誰がが何をするのか」等を具体的に明示する必要があります。

そして単純な内容である事も理解度の点で重要となります。理想的には最も単純な指針、「自陣に敵のロングパスが飛んで来た時にはオフサイドトラップ」といった内容にする事です。情報量が増えると、個人ごとにその判断に齟齬が出始めるからです。

例えば「敵のロングパスが滞空中、敵選手二人以上が自陣に8m以上進入していた場合、オフサイドトラップを仕掛けるかを敵から最も近くに居るディフェンスが0.8秒以内に判断して右手で合図する。左でを上げたら中止」などとすると、もはや人によって理解度と判断が異なり始め、さらには観察段階の要素が多すぎて「絶対的な指針」からの統率された行動に繋がらなくなります。

集団のOODAループ運用における「絶対的な指針」は、多数の人間が確実に理解できるよう具体的かつ簡潔な必要がある、というのは極めて重要ですから覚えておいてください。これを見事にやってしまったのが電撃戦の時のグデーリアンでした。この点はいずれ説明します。

さて、これでほぼOODAループの高速運用の基本を見た事になります。
最初にも書いたようにOODAループは何らかの「発明」でも「新発見」でもなく、太古の昔から続く人間の行動を図式化しただけのものです。が、普段何気なく行っている行動を図式化して整理し、そこに様々な検討を加えるだけで、これだけのいろいろな勝敗に関わる戦術が見えてくるわけです。

といった感じで、今回はここまで。


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