■イギリスだって生きているんだ友達なんだ



これもダックスフォードに展示されていたフォードのトラック。
実はこれ、阻塞(そさい)気球、まあ巨大な風船を空に浮かばせて、
敵航空機の進入を妨害したれウッシッシ、という気球専用の運搬車。
後部フックもあるので、どうもこのトラック上で膨らませて、その場で浮かばせていたような。
で、この車もフォードソン ブランドだ。なぜだ(笑)。

ボンネットまわり、このいかにもT型フォードの流れを汲んでいるデザイン、
ここら辺がフォードのトラックの特徴でしょうか。




最後に余談ながら、アメリカ本土でのマーリン生産も、
当然フォードの所に最初は話が行った。
フォードのイギリス工場での生産開始が41年の5月下旬、
パッカードの生産開始が同8月だから、
話そのものは、ほぼ同時に持ちかけられたと思われる。
(パッカードが契約したのが40年9月。アメリカ開戦1年以上前)

この時、アメリカでヘンリー相手に交渉を行ったのが元GMの社長にして、
当時、アメリカ政府の要請で、戦時生産の管理総括をやっていた
ビル・ヌードセンだったらしい。

ヌードセンは、ヘンリーの下で活躍した
「チーム ザ 大量生産システム必殺構築人」の元メンバーの一人で、
後にヘンリーとケンカ別れして
GMに移籍、その社長まで務めた男だ。

つまり、GMに大量生産システムを持ち込んだのが、彼。
さらにアメリカの戦争を「生産する」人物となってゆくのだが、
この点は次回、詳しく紹介する。

そんなわけで、ケンカ別れした相手からの申し出なんて、
ヘンリーにとって愉快なはずはなく(笑)、
ナチス大好き趣味もあって、この申し出をにべもなく蹴り倒してしまう。
が、ヌードセンの居たGMも、グラマン社の航空機と
陸軍向けトラックの生産で手一杯だったので、
この話はたらい回しにされたあげく、
独立系で比較的高い技術を持っていた高級車メーカー、
パッカードに最終的に生産依頼の白羽の矢がたったようだ。

正直、マーリンエンジン、この段階ではあまり
重要視されていなかった、と思われる(涙)。
(以前、スピットの記事で、パッカードをGM系のメーカーと書いたが、
 すみません、大嘘です。戦後スチュードベーカーと合併するまで独立メーカーでした)
 
ちなみに1950年代、パッカード社最後の技術責任者となったのが、
後にGMを経てスピンアウトし、あのタイムマシンでおなじみ
デロリアンを造った、デロリアン閣下なんだぜ、ドク。



パッカードはこんな車を造ってました…って適当に撮って来た写真なんで、
名前がわからんのですが(無責任)。
多分、戦前の車だと思うんですが、
まあ、見ての通り、高級車メーカーなのでした。
ボンネットの上のマスコットは白鳥なんですが、微妙に出来悪し(笑)。




名前もわからんのに、なぜパッカード車だとわかるのじゃ!
というと、車輪ホイールの中心の赤い六角形マークが同社のシンボルなのですね。
…地味だな。
そんな控えめな自己主張の割には、
ご覧のようにえらくデラックスデンジャラスなポジションに、
エマージェンシーシートがあったりします。
トランクないのか、この車(笑)。
つーか、あの席に座れ、ってのは事実上の罰ゲームだよなあ。



まあ、もしフォードが生産を担当したなら、アメリカンマーリン、
10万台くらい軽く造ってしまったような気がするし、
全アメリカ液例エンジン戦闘機のマーリン化も可能だったかもしれない(笑)。

さらに余談ながら、シャーマン戦車に積まれた航空機エンジンのメーカーとして知られる(笑)
コンチネンタル モータースが、パッカードとは別に
マーリンを700台前後ライセンス生産してる、という話が
「世界の傑作機 P51B,C,D」に出てくるのだが、確認がとれなかった。
なんらかの根拠がある話だとは思うが…

というわけで、フォードはイギリスの兵器生産にも大きく貢献した。
その工場がなければ、イギリス陸軍がダンケルクの撤退戦で失った機材の回復は
相当に困難だったろうと思われるし、
マーリンエンジンをあれだけ幅広い機種に採用することも不可能だった。
イギリスの兵器生産においてその果たした役割は、
アメリカでのそれと同じか、それ以上に大きいのだ。

この段階で、
「ヘンリー フォードが居なければ連合軍は第二次世界大戦でえらいことになった」
と書いても、
「そりゃ言い過ぎ」
と全宇宙から光速を超えてツッコミが入る様子が目に浮かぶ。
だが、
「その大量生産システムによって生まれた全米自動車産業が存在しなかったら」
という条件にしたら、どうだろうか。

すなわち、その条件に「GM(ジェネラルモーターズ)も無かったらどうなるか…」
が加わると…というのが、次回のお話。

が、イギリス向けの生産に関しては、GM、ほとんど触れることはない。
実際、GMはイギリスではさほどの生産を行ってないのだが、
実はカナダにあった工場から、かなりの量のトラックをイギリスに送りこんでいたりするので、
カナダにおけるイギリス向け兵器生産、というのが思った以上に大規模だった可能性がある。
が、そこら辺に足を突っ込むと完全に終わらなくなるので、今回はパスします(手抜き)。

ちなみにビッグスリーの残り一つ、クライスラーは最後まで出てこないのだが(涙)、
一応触れておくと、アメリカ戦車の生まれ故郷として有名なデトロイト戦車工廠、
これはクライスラーによる運営で、戦後も同社が戦車の開発に強かったのは、
多分、ここがルーツだと思う。
あと、オランダあたりにあったクライスラー工場もナチスは美味しく利用するのだが、
これも後で触れるフォード、なによりGMと比べれば、無かったようなものなので、取り上げない。

てなわけで、今回はここまで。
今回はなんだか退屈な話だなあ、と思うでしょうが(涙)、
次回あたりから盛り上がってまいります(予定&希望)。


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