■そしてアメリカ側も困惑してた

さて、この時は、アメリカ側もいろいろ大変な状況でした。
この段階では、日本の薄暮攻撃隊を迎撃するために出撃した
戦闘機隊の収容が続いていたのですが、
こちらも夜間の帰還には慣れてなく、いろいろ混乱してたのです。

この時、日米ともに母艦からの無線誘導で帰還してるのですが、
アメリカ側は単座の戦闘機、F4Fという事もあってかなり苦労してます。
アメリカ海軍の誘導装置、いわゆるZBは無線機でモールス信号を拾い、
それによって艦の方向を知る、という仕組みのものでした。
ちなみに有効距離は30海里前後(55.5q)だったとされます。

これは母艦を中心に置いた時、その北を12時とし
時計板の数字の位置に合わせて方位を示すものでした。
母艦からは12文字のアルファべットが
その対応する方位に打ち出されます。
これによって一定距離を飛んで、2つ以上の信号を拾えば、
それが来た方向から、母艦の位置が分かる、という仕組みです。
(1つでも大筋の方角はわかるが、電波は飛距離が伸びると
広範囲に拡散するため、かなりの誤差が出る)

ただしその文字は毎日更新されており、敵がこれを受信しても、
一体なんの事だかわからないようになってました。
それでも暗闇の中でこれを使って母艦の位置を知る、
というのは単座戦闘機のF4Fでは予想以上に困難だったようです。
とくにUSSヨークタウンの攻撃隊は有効誘導距離の30海里以上の距離まで
日本の攻撃隊を追いかけて行ったため、
その帰還にはかなり手間取ってしまいます。

そして例の敵味方識別装置(IFF)の有無が、ここで問題になって来たと思われます。
何度か書いてるように、USSヨークタウンの飛行隊の機体には
敵味方識別装置(IFF)が搭載されていませんでした。
最初から艦隊の上空に居た機体は問題がなかったと思いますが、
日本の攻撃隊を追いかけて行った6機の帰還時には、
これらが友軍の機体か、それとも日本の攻撃隊かを識別する手段が無かったのです。

さらにこの時期の対空警戒レーダーの周波数は低めで(200MHz前後)、
その解像度はせいぜい数十mでした。
このため編隊で飛んでくる複数の機体を分離して捉える事はできず、
これを巨大な一つの塊、として把握するだけです。
すなわち艦隊周辺を飛んでる航空機の正確な数の把握はできません。

そして、日本の艦爆隊が接近して来たのは、
よりによって、そのUSSヨークタウン隊のF4F収容中の時間帯でした。
それに加えて、USSヨークタウンに2機、USSレキシントンに1機、
それぞれ未帰還機があったため、遅れて空母に向かってくる機体を
これらの機体が生還したものか、敵なのか、
明確に見分ける手段がありませんでした。
そして周囲は既に真っ暗闇の中。

これらの結果、レーダーによって上空を警戒していたにも関わらず、
航空戦の指揮を執っていたUSSレキシントンの戦闘指揮所では
日本の99式艦爆隊が艦隊上空に接近してくるまで、全く気が付いていませんでした。

接近した後、空母上空を旋回しながら、
彼らは多くのアメリカ艦の上を飛んだわけですが、既に日没から30分近く経っており、
周辺は真っ暗闇で、上空の機体もエンジン音と航空灯の点滅で
その存在が確認できたに過ぎず、視認は無理でした。

これら全ての影響により、日本機の接近を許してしまう事になるのです。
ただし、一部の巡洋艦などの対空戦闘員はエンジン音と夜間に点灯する
航空灯の色の違いから、素早く対空戦闘準備に入っていたという話もあります。
(ちなみにアメリカ側の記録だと日没時間は18:29で日本側の記録18:15より遅い。
これはアメリカ側が常に300q前後西に居たからだろう。
ただし、この距離なら時間差は10分未満のはずだが…
とりあえず母艦誤認事件の現場ではアメリカ側の日没時間、18:29の方が近いと思っていい)

■Image credits:Catalog #: NH 73099 Copyright Owner: Naval History and Heritage Command


■Image credits:US navy Catalog #: USN 42969


当連載では、その写真の不在に悩まされ続けてる99式艦爆ですが、
とりあえず、上の写真で見られるように二人乗りの機体であり、さらに主翼は楕円翼です。
下のF4Fのズングリした胴体と角ばった主翼との違いは一目瞭然ですが、
夜の暗闇の空では、その識別は艦上からは無理だったようです。

それどころか上空で着艦待ちだったF4Fまでもが、
99艦爆が着艦態勢をとるまで、その間違いに気が付いてませんでした。

この時、99艦爆の内、何機がこの錯誤に参加(?)したのかははっきりしません。
アメリカ側の記録だと3機、あるいは8〜9機と報告者によって
かなり異なった数字になってます。

対して「暁の珊瑚海」に引用されてる瑞鶴の艦爆隊の指揮官、
江間大尉の手記を見ると、瑞鶴、翔鶴の全艦爆12機が
敵空母上空まで侵入し、それぞれ2隻の空母に対して着艦体制を取ったように読め、
ここら辺りも永遠に正解はわからない気がします。

アメリカ側が異常に気が付いたのは、明らかに出撃した機体より
多くの数の機体が上空を旋回していたため、とされるので、
(本来なら、この段階で収容中のUSSヨークタウン隊の6機と
まだ上空警戒に居た5機前後の機体のみ)
恐らく12機全部が迷い込んでいた可能性は高いと思いますが…。

この時、ようやく異常に気が付いたUSSレキシントンの艦上で上空を監視していると、
敵味方不明機から、モールス信号でFの発光信号があり、
これはアメリカ海軍ではFriendly(友軍だ) を意味する信号であったため
USSレキシントン側でもその対応に迷ったとされます。

この辺り、両軍で発光信号の偶然の一致があったのか、USSレキシントン側が
信号を読み誤ったのかわかりませんが、これによって、
日本側の99艦爆が着艦アプローチに入るのを許してしまいました。
そもそも敵機なら、なぜこの距離から攻撃してこないのだ、という疑問があり、
最後の最後まで、空母側では対応に迷っていた様子が見られます。

このため、最初に反応したのは周囲の護衛艦となりました。
これらが着艦直前に対空砲火を撃ちはじめ、着艦体制に入っていた日本機も、
間近にアメリカ空母の巨大な艦橋が見えたため、慌てて離脱に入ったようです。
さらにUSSヨークタウンの報告だと上空のF4Fの内、1機が攻撃に移ったとされます。

この混乱で、翔鶴の艦爆が1機、離脱中に対空砲火にやられてしまい、
ついに艦爆隊にも被害が出てしまう事になりました。
最初は何が起こってるのかよくわからなかったTF17側も、
この段階で、どうも先ほどの日本の攻撃隊が、母艦と間違えて着艦しようとしたのでは?
という結論に至ったようです。

幸い周辺は雲も多く、すでに真っ暗闇とあってはアメリカ側も深追いはできませんでした。
このため、艦爆隊は最低限の損失で逃げ切る事に成功します。

この混乱の後、上空にいた警戒機も合わせ、
19:30までにアメリカ側はようやく全機の収容を終了しました。
これでようやく本当に、この日の戦闘は終わったわけです。


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