■君が泣くまで殴るのをやめない

ここで、もう一つの基本的な話、そして一番重要な
日米それぞれが考えていた“これが戦争の終結の条件だ”を確認しておきます。
両者の戦略、戦術は、その目的に沿ったものになる必要があるはずで、
空母運用も、その方針に従うはずだからです。

まず、アメリカは、開戦前の1941年春に締結されたイギリスとの協定ABC-1によって、
もしアメリカが参戦した場合、ヨーロッパでの対ドイツ戦を最優先とし、
太平洋では積極的な攻勢に出ず、防衛ラインを維持するだけに留めることになってました。
これがその1。
(ただし戦争が始まってみたら意外にアメリカ海軍はドイツ相手にやることが無く、
その戦力が振り向けられて、対日戦争のテンポは予想外に速められて行くことなる。
これは開戦から3月後の1942年(昭和17年)3月2日に大統領から攻勢指示が出てた)

続いて、ルーズベルトが陸海軍(と実は予想外ながら陸軍航空軍)に対し、
この計画に必要な兵器と人員を計算して提出せよ、と同年の夏に指示を出してます。
いわゆる勝利計画(Victory Program)の策定です。
この計画では、日本を完全敗北に追い込むのが前提となっており、
特に陸軍航空軍は、戦略爆撃で日本の中枢を破壊(工業と輸送網の中心点を破壊)、
これを降伏に追い込む計画まで既に立てていました。
さらに海軍と海兵隊は、西太平洋の必要な島々を順次攻略してゆく
飛び石侵攻計画も既に規定路線としてます。
これがその2。

なのでまとめると、当面はアメリカは日本との戦争に全力では取り掛かれない、
だけどドイツが片付いたら、英米が協力して日本を降伏まで追い込む、
すなわち、日本が泣いて謝るまで、戦争はやめない、という事です。

そのためには、反撃の拠点となる島々の占領も必要だし、
特に戦略爆撃の発進基地となる島が絶対必要、という話になります。
(実際に戦略爆撃基地の問題が前面に出てくるのは1943年のカイロ会議以降だが)



上で見たルーズベルトの要請に応えて作成されたのが、
ハロルド・ジョージ率いるアメリカ陸軍航空軍の戦争計画AWPD-1でした。

これには終戦後に登場するイロイロむちゃくちゃな巨大爆撃機、B-36の生産まで、
既にその戦争計画に入っており、
君たちは日本をどうする気なのか、というくらいこれを徹底的に破壊する気満々だったわけです。



対して日本はどうやって、戦争を終わらせる気だったのか、というとよくわかりませぬ(笑)。
そもそも勝つ気があったのかもよくわからないのです。

対アメリカ戦争について、日本の基本方針を示したものとしては開戦直前、
1941年(昭和16年)11月に大本営政府連絡会議から発表された
「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」くらいしかないのですが、これが理解に苦しむシロモノです。

例えば、基本中の基本である最初の“方針”の項目を見ると、

一 速に極東における米英蘭の根拠を覆滅して自存自衛を確立すると共に、
更に積極的措置に依り蒋政権の屈服を促進し、独伊と提携して先づ英の屈服を図り、米の継戦意志を喪失せしむるに勉む。

二 極力戦争対手の拡大を防止し第三国の利導に勉む。

とだけあって、“一”を読む限りでは、アメリカ、イギリス、オランダの植民地を殲滅し、
日本が長期に自衛してゆける条件を確保、さらに蒋介石率いる中国を屈服させる。
さらにドイツ、イタリアと提携して、イギリスを屈服させて、アメリカの継戦意思を絶とう、という話です。
アメリカに勝つ、という言葉は全く出てきませんし、
当然、そのための戦略も計画も、何も示されてません。
ついでに中国の屈服がどうやってアメリカの戦争終結の意思決定に繋がるのか、
この点も全くよくわかりませぬ。

“二”に関しては、戦争相手を増やさず、戦争相手ではない国に有利に導く、
というその主旨が掴みかねる文章で、
これと対アメリカ、イギリス、オランダ戦争の勝利が
どうやって繋がるのか、私には皆目見当がつきません。
(あるいは利導の対象は日本であり
中立国によるアメリカとの休戦仲介を期待する、という事?)

要するにアメリカとの戦争を終わらせる手段は具体的には何もなく、
ドイツとイタリアが、イギリスを降伏させるのを待つだけ、というスゴイ話なのです(笑)。
(この時期はモスクワ戦前で、まだドイツの無敵神話が生きていた)
アメリカ側が、日本が血ヘド吐いて泣いて謝るまで殴るのをやめない、
と断言してるのに対し、あまりにノンキな方針と言えましょう。

結局、日本海軍のまともな戦略方針といえるのは、現場部隊の責任者、
連合艦隊司令長官の山本五十六が述べていたような短期決戦だけだったと見られます。
すなわち早期に敵の主力艦隊と決戦を行い、これを叩き潰し相手にショックを与えた上で講和を求める、
という感じの戦略で、ようするに日露戦争時代の戦略ですね。
ここら辺りは、世界初の国家総力戦、第一次世界大戦を体験してなかった
日本の世間知らずな箱入り娘ぶりが出てしまっている感じです。

が、当然、最初に見たように、アメリカは日本が降伏するまで
戦争を終わらせる気は全くありませんから、そんな事は最初から不可能でした。
そもそもアメリカは真珠湾で太平洋の主力艦隊に大打撃を受けてますが、
これで戦争をやめよう、なんて話は全く出てこず、むしろヤル気満々になってしまいます。

ついでに、もし日本が開戦時のアメリカの全空母を沈めたとしても、
1943年からはあの無敵の正規空母軍団、20隻以上の建造が予定されていた
(最終的に戦争に間に合ったのは17隻)
エセックス シスターズの登場が待ち構えてるんですから、
この完成を待つのは当たり前の話となります。
よってアメリカが艦隊を失ったくらいで、休戦に応じる可能性は最初からゼロでした。

かといって国力差を考えれば、日本がアメリカが泣いて謝る状況に追い込む、
なんてのも無理な話なわけです。
…まあ、あらゆる角度から見て、一度始めてしまったら救いようの無い戦争でして、
当時の日本の指導者の皆さん、あまりアタマが良くなかったんですかね、どうも。

それでも、とりあえず現場で戦争してる人間にとっては、
戦略の基本方針は以下のようになると思われます。

■アメリカ側: 開戦後は守備的戦略に徹し、時期が来たら必要な島々を占領して行き、
日本本土に至る攻略ルートを確保する。

■日本側: とにかく艦隊決戦に持ち込んで勝ち、相手のやる気をなくす。


という感じで、日本側の戦術は最初から間違ってるんですが、
とりあえず、これらの基本方針に沿って戦争が行われる、と考え、
太平洋戦争における空母の戦いを見てゆくことにしますぜ。


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