■撃墜申請の数字の怪しさ


さて、最後にこの戦いにおける航空戦について少しだけ見て置きます。

この辺りはアメリカ側の資料とつき合わせれば、ある程度の再現ができ、
なおかつ自己申告による撃墜機数がいかに当てにならないか(笑)を
確認するいい例となっております。
見て置いて損はないでしょう。


■Image credits: Official U.S. Navy Photograph,
now in the collections of the National Archives.



ゼロ戦のライバルと呼ばれる事が多いF4Fワイルドキャットですが、
先に書いたように実際は開戦からこの珊瑚海海戦まで約半年間、
両機が本格的に空中戦をしたことは一度もありません。
例外は開戦直後のウェーク島の小競り合いだけでした。

この写真の解説は整備を受けるF4F-4となってますが、
これは主翼機銃の調整作業ですね。
ちなみに珊瑚海の時はまだ主翼が折りたためず、航続距離も長かった
旧型のF4F-3が参戦してました。
新型のF4F-4に切り替わるのはミッドウェイ海戦からです。

このように尾部を持ち上げて機体を水平にしてから、標的に向けて射撃、
その弾道を見て機銃の射線とコクピットの照準を調整していたわけです。
(海上だと標的無しでとりあえず甲板の横から海に向けて撃ち
その曳光弾の流れを見て照準を調整する)
主翼の上で跳ね上げられてるフタは機銃弾の弾倉のもの。

余談ながら、主翼の下にある三脚のような装置は
私は初めて見たもので、なんだこれ。
なんらかの機銃の調整器具だとは思いますが…。

はい、話を戻しましょう。
とりあえず祥鳳の戦いにおけるアメリカ側と日本の記録を突き合わせる限り、
戦闘機の戦果は、その誤認を訂正しても(笑)F4Fの圧勝で終わってます。
日本側が3機の損失に対してアメリカ側は戦闘機の損失は0なのです。

ただし問題は日本側の6機の戦闘機がゼロ戦なのか、
旧式の96艦戦なのか、という点ですが、この辺りは、
日本側の記録が全く無いので正確なところは全くわかりません。
少なくともアメリカ側の記録だとゼロ戦と96艦戦の混成だったようですが…
こんな基本的な部分ですら、実は全く資料が残ってない、という事に驚きながら、
事実としてはっきりしてる点だけを確認すると、以下の数字となります。

何度も書いてるように祥鳳が発艦させた戦闘機は全体の半分の6機だけでした。
せめて襲撃前に全機発艦してれば、また損害も減った気がしますが
これも何度も書いてるように祥鳳の発艦作業には謎が付きまとい、
結果的にはほとんど空母として意味がないまま沈む事になります。


●祥鳳 艦載機損失

出撃 戦闘機6機(機種不明)
損失 行方不明3機 不時着3機
損失率50%

行方不明扱いが3機となってますが、
これは撃墜されたものと考えるのが自然でしょう。
この3機の機種も全くわかりませぬ。

不時着3機というのは、祥鳳沈没後、
デボイネの水上機基地まで行き、そこに不時着したもの。
急造の水上機基地デボイネに滑走路なんてありませんから、
おそらく不時着水の上でパイロットは救助されたのだと思います。
ホント、思わぬところで役に立ってますね、デボイネ基地。

出撃した戦闘機の半分が失われる、という大損失ですが、
そもそも数で圧倒されてしまった、という部分も大きいでしょう。
実際、先に見たように、より多くの機体が飛んで来た
アメリカ側の戦闘機の損失はゼロでした。

でもって日本側は空中戦で5機(内不確実1機)撃墜を主張してます。
が、アメリカ側の記録では、全部で3機の損失の内、
空中戦での損失と判定できるのはSBD2機のみです。
やはり戦果は数倍で報告される法則は生きてますね。

ちなみに空中戦に関しては、日本側の記録は
“交戦奮闘し敵機を撃墜し”と講談調の記述があるだけで、
なんら具体的な情報は記載されてません。
なんぼ船が沈没したとはいえ、もう少し書きようがないんでしょうか…。
上空に上がったパイロットの内、3名は生還してるはずなんですから。
これじゃせっかくの戦闘経験を他のパイロットに全く伝えられないでしょうに。

次にアメリカ側の空中戦の資料を見ておきましょう。
まずはUSSレキシントンの攻撃隊の状況を、
航空作戦将校(Air Operations Officer)の報告書から見て置きます。

USSレキシントン攻撃隊が攻撃に入った段階で
上空に居た日本側の戦闘機は3機だけですが、これらは全て
最初に攻撃に入った索敵爆撃機(VS-2)の攻撃に向った、と書かれてます。
実際、アメリカ側で戦闘機によって撃墜とされた、と記録されているのは
全て索敵爆撃機(VS-2)の機体となってます。

このため、続いて攻撃に入った急降下爆撃隊(VB-2)と雷撃隊(VT-2)は
全く迎撃を受けなかったようです。
なるほど、あれだけの命中率がでるわけで、逆に言えば
最初の索敵爆撃機(VS-2)の命中弾がゼロ、というのは
戦闘機の迎撃によって混乱したから、という見方もできますね。

この時の戦闘で、戦闘機隊(VF-2)のF4Fは2機のゼロ戦を撃墜、
さらに複葉水上機(零式観測機)を不時着水に追い込んだ、と申告してます。
この報告を信じるなら、ゼロ戦が迎撃に上がっていたのは確かなようです。

ただ、後で見るように、後続のUSSヨークタウン側の記録にはゼロ戦、全く出てきません。
逆にUSSレキシントンの記録に96式艦戦の名前が全く出てこないので、
最初に上がった3機がゼロ戦で、後から上がった3機が96式艦戦、
という可能性もあるかもしれませんが、断言できるだけの情報はありません。

ちなみに上空には3機の水上機が居て、内一機を不時着水に追い込んだ、
とUSSレキシントンの攻撃隊は述べてます。
どうもこれ直前の10時半に打ち出された青葉と加古の索敵機 計2機の事らしく、
両機が敵艦隊に向かう途中USSレキシントンの攻撃隊に遭遇したものと思われます。

この辺り、日本側のMO主隊の戦闘詳報では
加古の索敵機が敵戦闘機により未帰還(撃墜)、
ただし搭乗員は救助、と書かれてるのが、
USSレキシントンの記録に出てくる不時着水に追い込まれた零式観測機だと思われます。

さらに集中的に迎撃を受けた索敵爆撃隊(VS-2)のSBD1からも
ゼロ戦2機の撃墜申請が出てます。
さすがにそれはどうかなあ、とも思わなくもないですが、
坂井三郎さんの負傷時の戦闘に見られるように
SBDの火力は意外に馬鹿にできないので、一概に無視はできませぬ。

とりあえず戦闘機の撃墜に関していえば、USSレキシントンだけで、
すでに3機の枠を超えて、4機撃墜の申請してしまってる事になりますが(笑)…。
(戦闘機ではない零式観測機を含めると5機)




SBD爆撃機は写真で見えてるような7.62o×2の後部銃座の他、
機首上面に12.7o機銃二門まで積んでおり、その火力だけなら
日本側の戦闘機に匹敵するものを持ってたりします。
急降下爆撃機とはいえ、意外に馬鹿にできないんですよ。
この辺りは日本でも同じで、この後、7日の夕方の戦闘では
F4Fが日本側の艦爆と艦攻を迎え撃って、数機が撃墜されてます。

さて続いてUSSヨークタウンの攻撃隊の状況を艦長の報告書で見て置きます。
とりあえず、彼らが攻撃に入る直前に、祥鳳から追加の3機の
迎撃戦闘機が発進してるはずなんですが、
全くその攻撃を受ける事なく攻撃を行ったとされてます。

ようやく祥鳳側の戦闘機が来たのは攻撃が終了した段階でした。
となると、もはや祥鳳は火の海で沈没は免れない、という段階で
ようやく迎撃が行われた事になります。

USSヨークタウン攻撃隊の報告だと敵の戦闘機はおそらく6機となっており、
その編成は96式艦戦が3機、急降下爆撃機が3機となってます。
ただし、報告書では日本の戦闘機は97式(type 97)と表記されており、
これが陸軍の97式戦闘機と同じ機体と誤認したのか、
96式艦上戦闘機(type 96)の誤記なのかはよくわかりません。
とりあえずどっちも固定脚ですからゼロ戦が誤認されたのでないのは確かです。

もう一つの急降下爆撃機も祥鳳には無く、
これは同じように脚を出しっぱなしの96式艦戦の誤認じゃないかと思われます。
が、そうなると日本側の戦闘機は6機とも96式艦戦だった、という事になりますが…。
もっとも、上空に何機の敵戦闘機が居るか、を空中戦をしながら
数えるのは至難の業のはずで、一部は同じ機体を重複して数えてる気がしますね。

USSヨークタウンでは索敵爆撃隊(VS-5)から2機の艦爆型敵機の
撃墜報告が出てますが、煙を出して離脱しただけなので、
最終的な撃墜まで確認できない、とかなり冷静な報告がなされてます。
なんか龍鶴の件といい、全体的に浮かれまくってるUSSレキシントン関係者、
冷静に状況を見つめてるUSSヨークタウン関係者、という図式が常にあります。
この辺り、記録担当者が変わると、同じ戦闘でも、報告書はこうなるのか、
という意外な発見があって驚きでした。

ちなみにUSSヨークタウンの報告書では、日本の戦闘機は
よく煙幕を展開して撃墜を偽装して逃げてしまうことがある、と書かれてます。
日本側の記録ではそういった話を見たことがないですし、
そもそもアメリカ海軍の航空隊が日本海軍の戦闘機とまともに対戦したのは
これが初めてのハズなんですが…。

8機居たF4Fの護衛戦闘機部隊(VF-42)は4機ずつ2隊に分かれて行動しており、
それぞれ急降下爆撃隊と雷撃隊の護衛に当たってました。
こちらはこちらで艦爆1機、96式艦戦3機、計4機の撃墜を申請してます。
すなわちSBDの2機撃墜と合わせて6機全機撃墜を主張してますね(笑)。

その戦闘機隊の報告では、日本の戦闘機、96艦戦は後ろに付かれると
極めて半径の小さいインメルマン ターンを行って逃げ、
高度50フィート前後(約15.2m)の超低空で旋回に入って円軌道を描き、
敵戦闘機を格闘戦に誘い込もうとする戦法を使った、との事。
(速度が落ちた急上昇の頂点付近でくるりと機体を水平回転させ、
旋回しないで機体の進行方向を反転させる機動がインメルマン。
これで後ろから追撃してた敵機を振り切ってしまう。
ただし軽い複葉機と重力級のジェット機では同じインメルマンでも
まるで別の機動のように見えるから注意。
ついでに超低空に位置すれば上からの攻撃だけに対応すればよく、
さらに上空から角度をつけて突っ込むと水面に激突するため、
攻撃側の選択肢は限られる事になる。
よって1対多数の空戦で相手の攻撃を避けるのに有効な戦法だが、
速度が劣る機体でこれをやっても最後は逃げきれない)

が、アメリカ側もそんな格闘戦に付き合う気はなく、
速度と急降下と火力の優位(既に日本機が急降下が苦手とばれていた事になる)
を利用して不利になったらすぐ離脱、格闘戦にならないよう戦ったとされます。

…この報告書を読む限り、初めて日本海軍戦闘機と戦った段階で、
すでにアメリカ海軍は、その機動性を利用した格闘戦に巻き込まれない、
というルールを知っていた事になります。

となると初期のゼロ戦がその格闘性能を生かして
空戦で優位に立った、という話はどうも怪しいですね。
少なくともアメリカ海軍には通用していないですし、
実際、F4Fはゼロ戦に対して特に戦果が劣っていたという事実もありませぬ。

といったところがアメリカ側の報告書で、とりあえずその撃墜申請は
USSレキシントンが4機、USSヨークタウンが不確実も含めて6機、
計10機と実際の3倍以上の撃墜を申請しております(笑)。

まあ、この辺りは万国共通の現象で、いかに自己申告の撃墜申請が
あてにならないか、がよくわかる数字でしょう。
敵側の損失報告で確認してない戦果なんて、なんの参考にもならない数字なのです。

といった感じで、祥鳳の戦いは一通り確認した事になります。
これにて珊瑚海海戦第一回戦、7日午前中の戦いは終了です。

はい、今回はここまで。


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