■眠れ祥鳳

さて、空襲の状況については日米双方の記録から突き合せよう、
と両者を読んでみたのですが、これが戦果以外(笑)は、見事なまでに
内容が一致しており、戦闘の再現には全く困りませんでした。

この辺りはやってみてびっくり、という部分でして、
当時の記録は思った以上に信用がおける、という意外な発見です。
ただし両者の主張する戦果以外は、ですが(笑)。
こんな興味深い作業を人類60万年の歴史の中で、
私以外の人間がやった形跡がほとんど無いのは実にもったいない話です。

さて、この時の攻撃において、USSレキシントンとUSSヨークタウンでは
攻撃隊の発進時間が30分もズレてたのは既に書いた通り。

当然、現地に最初に到着したのは
先に出撃したUSSレキシントンの攻撃隊でした。
その後、20分前後遅れてUSSヨークタウンの攻撃隊が到着するのですが、
日本側の記録を見る限り、攻撃隊が大きく二段階に分かれていたことに、
最後まで気が付いていた様子がありません。

とりあえず祥鳳の戦闘詳報を読むと、
10:50分ごろ40qの距離に15機以上の敵機を発見、
二隊に分かれてこちらに向かって来た、と書かれてます。
(40q先の単発機が見えた、というのは相当視界がよかった事になる)

この飛び方は目標艦の回避行動を無効にする挟撃を行うための準備で、
アメリカ空母攻撃隊ではよくやる行動です。
(左右から挟み撃ちにして避けても逃げ切れなくする)
当然、これらは全てUSSレキシントンの攻撃隊でした。

その後11:07分から祥鳳は取り舵(左)を切って回避行動を始め、
さらに11:10分から対空砲火を開始しました。
ちなみにMO主隊側の戦闘詳報では11:03に艦爆12機を発見、
その後、直ちに対空戦闘に入った、とされてます。

ちょっと脱線。
爆弾は投下から着弾まで時間がかかるので、
降下中に今見えてる敵艦の位置に向けて投下しても絶対に当たりませぬ。
それでは爆弾が海面に達する頃には目標はとっくに別の場所に移動してます。
よって未来位置を予想して、そこに先回りするように爆弾を投下するのです。
5秒後に相手はこの位置にいるだろうから、そこにめがけて投下する、
予想が当たれば命中、という攻撃方法ですね。

この未来予測において最も予想が簡単なのは、
目標が等速直線運動してる場合で、
上から見れば、おおよその未来位置は簡単に予想できます。
これを避けるため円運動に入って、その未来位置の予測をより困難にするわけです。

ちなみに手練れの艦長や航海長だともっと効果的に避けるため、
上空の敵機から目を離さず、敵が投弾したのを見てから舵を切ります。
切り離した後の爆弾は操作できませんから、投下後に目標が針路を変えると
これに対応する手段は無く、当然、命中もしないわけです。

さらにちなみに理論上ではブラウン運動で回避行動が取れれば、
人間がこれに命中弾を与えるのは完全に運となりますが、
今のところブラウン運動ができる軍艦を人類は持たないようです。

こういった見てから回避、という対策は戦艦クラスでもやってますから、
より小型の祥鳳が敵の投弾より先に舵を切ってしまったのは
単に経験不足なのか、当時はまだ満足な回避戦術が成立してなかったのか…。

さて、話を戻しますよ。
攻撃開始から祥鳳の沈没までの流れを確認しておくと以下のようになります。
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10:30 迎撃のため戦闘機3機を発艦させる
同時刻にポートモレスビー攻略部隊の護衛のため
朝から飛んでいた5機を収容

10:50ごろ 敵機を視認。距離約40q

11:00ごろ USSレキシントン攻撃隊、上空に到達。攻撃位置に入る

11:07 祥鳳、回避運動開始

11:10ごろ? 索敵爆撃隊(VS)12機による急降下爆撃開始

11:10 祥鳳、対空砲火開始

11:15ごろ? 索敵爆撃隊(VS)12機の爆撃終了
この後、次の急降下爆撃隊(VB)と雷撃隊(VT)の攻撃開始まで、一瞬間が開く。

11:17ごろ わずかなスキを突いて、祥鳳、さらに戦闘機3機を発艦させる
これが祥鳳から最後の発艦となる(これで迎撃戦闘機は計6機となった)

11:20ごろ 急降下爆撃隊の1000ポンド(約454s)爆弾が甲板に命中、
甲板を貫通して艦内で爆発したため、格納庫が大火災となる
その直後、今度は艦後部に魚雷が命中、舵が効かなくなり、回避運動不可となる

11:20ごろ? 後から来たUSSヨークタウン攻撃隊が攻撃を引き継ぐ

もはや舵が効かず、直線にしか動けなくなった祥鳳にこれを避ける術はなく
この後は多数の魚雷(最終的に7発)、1000ポンド爆弾(同13発)が
短時間の間に集中的に命中、祥鳳は航行もできなくなり停止する
祥鳳側の記録だと1機の自爆突入機もあったとされるが、アメリカ側には記録が無い

11:30ごろ? USSヨークタウン攻撃隊の空襲終了
直後に最後の魚雷命中があり、その3分後に祥鳳は沈没したとする

11:31 総員退避が命じられる

11:35 祥鳳沈没

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とりあえず、もう少し詳しく経過を見ておきましょう。
祥鳳の戦闘詳報によると、11:07に回避運動に入った直後
SBD艦爆2機の急降下爆撃を受け、その後は10機以上のSBD艦爆から
次々に急降下爆撃を受けた、となってます。
ただしそれらは至近弾になったものの、命中弾はなし。

この最初の急降下爆撃ついてアメリカ側の記録を確認すると、
索敵爆撃隊(VS)の12機が12発の500ポンド爆弾(約227s)
を投下して攻撃を開始した、とされてますから、祥鳳の報告にあるのがこれでしょう。
とりあえず当初は小型の500ポンド爆弾が集中的に投下されたわけです。
ちなみに主翼下にぶら下げていた小型爆弾、116ポンド(約52.6s)爆弾も
ほとんどが祥鳳に投下されてますが、なぜか1発だけ重巡に向けて投下したとされます。
理由はわかりませぬ。

…って、あれ、12機って事は、航空隊指揮官の機体も爆撃してますね、これ。
ちなみにこのアメリカ側の記録では、
この攻撃で3発前後(報告書によって異なる)の命中があった、
としてますが、これが間違いなのは祥鳳の記録からして明らかです。

この辺りUSSレキシントンの航空作戦将校(Air Operations Officer)レポートによると、
パイロットは投下した後の結果(命中)を見てないが(敵艦をかすめて別方向に脱出するから)、
少なめに見ても3発は命中してる、と無茶苦茶な説明の見積もりを書いてます(笑)。
この辺りは、どこの国でもいい加減ですね、どうも。

ついでに、この間に対空砲火によって祥鳳は1機の撃墜を報告してますが、
アメリカ側の記録にはありません。
ただし、1機が対空砲火で機体の操作索が断ち切られて
エルロンが操作できなくなり、ロッセル島に不時着に向かった、とされてます。

で、この最初の偵察爆撃隊(VS)のSBD12機の急降下爆撃を乗り切った後、
わずか数分ながら攻撃の間が開いたようで、
祥鳳は11時17分に護衛戦闘機3機をさらに発艦させてます。
少なくともこの間は回避運動をやめて直進してたはずで、もしかしたらこれが
祥鳳の命取りになった可能性もありますね。

とりあえず、これで上空に上がった戦闘機は全部で6機となりましたが、
相手の戦闘機は前回見たように17機で約3倍、
艦爆、艦攻を合わせると全部で91機の攻撃隊が相手では、
正直、どうしようも無かったでしょう…。

そして、これが祥鳳からの最後の発艦となりました。
まだ6機の戦闘機を残してましたが、これらは出撃できなかったのです。

その直後に第二波攻撃が始まり、ここからは
より大型の1000ポンド(約454s)爆弾を抱えた急降下爆撃隊(VB)が参入、
さらにTBD雷撃機の魚雷攻撃が加わりました。

そして戦闘機の発艦がおわった直後、
11:20に最初の爆弾が後部エレベータ前の飛行甲板に命中します。
(MO主隊の戦闘詳報によると11時17分。たぶんこっちが正確)
これは雷撃を避けた直後とされ、魚雷によって針路を塞がれたところを
急降下爆撃にやられたのかもしれません。
この辺り、直前に戦闘機発進のために直進したことが
命中に影響したような気が個人的にはしてます。
とりあえず、敵がより強力な1000ポンド爆弾の攻撃に切り替えた途端、
命中弾が出てしまったのは、不運だったとも思いますね。

この爆弾はさすが1000ポンドという感じに飛行甲板を貫いて
格納庫に飛び込んで爆発したため、ここから火災が発生します。
この火災の発生はこの直前に空域に到達していた
USSヨークタウンの攻撃隊からも目撃されており、
恐らく目標確認の目印となったんじゃないでしょうか。

さらにその直後に艦後部に魚雷が命中、
これによって祥鳳は舵が効かなくなってしまいます。
このため祥鳳は回避行動もできなくなり、ひたすら直進する状況に追い込まれるのです。

この11:17〜11:20前後までの攻撃がUSSレキシントンの攻撃隊によるもので、
そこから引き続きUSSヨークタウン攻撃隊が空襲に入りました。
そしてもはや回避行動すらできなくなった祥鳳は、
この後、タコ殴りという感じの攻撃を一方的に受ける事になります。


■Image credits: Official U.S. Navy Photograph,
now in the collections of the National Archives.
Catalog #: 80-G-17024



祥鳳の最後はアメリカ軍によって複数の写真が撮影されてます。
この写真は先に攻撃が終わってたUSSレキシントン攻撃隊したもの。
ついでに一連の写真を見たUSSレキシントン艦長はその報告書で
この艦影は間違いなく“龍鶴(Ryukaku)”だと断言してます(笑)。
どこから来てるんだ、その自信…。

おそらくUSSヨークタウンの攻撃隊が攻撃に入った直後の撮影でしょう。
USSヨークタウン攻撃隊の報告によると、彼らが到着した段階では
すでに祥鳳は全く回避運動を行ってなかった、とされてるので、
かなり早い段階で舵は効かなくなっていたと思われます。
雷撃によって舵が効かなくなる、というとソードフィッシュからの攻撃で
ドイツのビスマルクがやられたのを思い出しますが、
思った以上に舵は弱点になるのかもしれません。

真っ黒い煙が船体後部を覆ってますが、これが格納庫からの火災だと思われます。
写真左、船体中央部で大爆発が起き、その煙が後ろに流れてますが、
なんぼ1000ポンド爆弾でも、単体でここまで巨大なキノコ雲はでませんから、
格納庫の爆弾、魚雷が誘爆、後部エレベーター口から外に噴出したものと推測します。
となると、この段階で艦内はズタズタだったはずで、
敵の雷撃、爆撃よりこの被害が深刻だったはず。

ちなみに爆発の煙がかなりの距離を持って後ろに流れてるので、
この段階ではまだまだ相当な高速航行をやっていたと見ていいでしょう。

さらに艦の後方に大きな水柱が立ってますが、いくらなんでも後方過ぎるので、
信管が誤作動して命中せずに爆発したものでしょうか。
ただし、高速航行中の艦に魚雷が命中した場合、
水柱を残して艦が前進してしまう可能性もあり、
この辺りは、この写真だけでは、なんとも言えませぬ。

右手前の小さな水柱は雷撃機が落とした魚雷によるもので、その右上に
落としたTBD雷撃機が見えてます。
よく見るとその奥にも二つの小さな水柱が見えており、
これ、挟撃してる向こう側の雷撃機の魚雷によるものと思われますが、
この辺りも詳細は不明。

■Image credits:Official U.S. Navy Photograph, now in the collections of the National Archives.
Catalog #: 80-G-17047



こちらは艦全体が煙に包まれつつある祥鳳。
煙の流れから、もはや直進しか出来てないのが見て取れます。
こちらは後から来たヨークタウン攻撃隊機からの撮影とされるので、
攻撃終盤、沈没直前の姿でしょう。

艦首の白波が大きいので、まだ高速で動いてた可能性もありますが、
船体が沈み込んで抵抗が大きくなった結果のようにも見えます。
実際、後方にはもはや航跡がありませんし、
たった今立ち上がったらしい爆発の煙も後ろに流れてませんね。

ちなみにこれがほぼ停船後だとすると、煙は純粋に風に流されてるだけですから、
祥鳳は風上に向かって舵が固定されていた、という事になります。
それは戦闘機3機を発艦させた時の針路のまま舵が効かなくなった、
という事を意味しますが、この辺りを断定するだけの資料がないので、
あくまで推測の一つとして書いておきます。

アメリカ側の報告では、ほぼ最後まで艦首付近の2門の対空砲は生きていた、
とされますが、それだけでは雷撃機は余裕をもって接近が可能で、
かなり近距離から雷撃できたようです。
手前に小さく写ってるのはそんな雷撃機のTBD。
機体の向きと高度からして魚雷投下後、離脱中ではないかと思います。

先に書いたように祥鳳側の記録だと敵の雷撃機は遠距離からしか撃ってこなかった、
とされてますが、上の2枚の写真で見る限り、かなり接近して雷撃してるように見えます。
(望遠レンズだと距離感が縮まるが、当時、操縦席に積めるサイズのは無いだろう)

さらにこの写真、よく見ると一番上の中央に急降下爆撃機、SBDが小さく写ってます。
すでに引き起こしに入ってますから投下後で、もしかすると
祥鳳上の爆発はこの機体の爆弾によるかもしれません。
1000ポンドならあのくらいの爆発でしょうし。

対艦攻撃では、こんな感じに雷撃機と急降下爆撃機が連携して敵を攻撃するのが理想で、
これによって目標の回避コースを潰し、必ずどちらかが命中するように追い込むわけです。
本来なら、さらに魚雷も複数方向から同時に撃つ必要があるのですが、
この写真では確認できず。
さらに、先に述べたように、周囲に護衛の艦が全く見えないのも見て置いて下さい。
少なくとも密集隊形では、艦隊を組んではなかったように見えます。

余談ながら、日本の陸攻で雷撃したパイロットの方の話を一度だけ伺った事があるのですが、
重い魚雷を投下すると軽くなった機体がガクンと浮き上がってしまうんだとか。
雷撃機が海面スレスレで敵艦に向かうのは魚雷を水中にキレイに落とすのと同時に、
敵の対空砲火を避ける意味があるので、これは危険です。
(艦上の対空砲はマイナスの俯角は取れないため低高度で侵入する近距離の敵を撃てない)
なので投下と同時に操縦桿を前に押して機体を押さえつけて逃げるのだとか。
海面ギリギリの行動で、メチャクチャ怖いと思いますよ、この操縦…。

ちなみに人間の心理として早く離脱したいので、
直ぐ高度を上げてしまうパイロットが居たそうですが、
そうなると確実に対空砲に食われるため、生き残れないそうな。
海面すれすれのまま、対空砲の射程距離外に出て、そこで初めて上昇する、
が生き残るコツだったそうです。

さて、話を戻します。
その後もUSSヨークタウン攻撃隊の空襲によって祥鳳には次々と魚雷と爆弾が命中、
そんな状態では人力操舵に切り替える事もできず、
速度も低下(浸水によるのか機関の停止によるのか不明)してきます。
直進しかしない低速艦なんて、いいカモ以外の何物でもなく、
以後、祥鳳は一方的にタコ殴りにされる、という状態になって行くのです。

その後11時31分、祥鳳では総員退去が命じられ、その直後、
11時35分には早くも完全に沈没したとされます。
攻撃開始から沈没まで、約25分前後の戦闘の末の事でした。

ちなみに、アメリカ側の記録ではUSSヨークタウンの急降下爆撃機が
もはや空母への攻撃は不要と判断、付近に居た軽巡洋艦に(駆逐艦 漣の誤認)爆弾を投下、
命中させてこれを撃沈した、とありますが、むろん誤認です(笑)。
この日の日本軍側の艦艇で被害を出したのは祥鳳だけでした。
後は例の重巡の索敵機が2機撃墜されたくらいです。

この辺り、攻撃隊の規模を考えると、
アメリカ側も何やってるんだ、という部分がありますね。
その気になれば、MO主隊の半分以上を沈められた戦力だったはずですから。

とはいえ、祥鳳はこれによって敵に一矢報いる事もできないまま、
珊瑚海に眠ることになったわけです。

今回はここまで。
次回は航空戦力を中心に、数字でこの海戦を見直してみます。


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