■第十章 ステルス機とF-22

 
■1986年の決定

その後、空軍は1986年8月になってグラマンとロックウェル以外の5社に対し、2つのチームにまとまるように勧告します。これは1社の単独受注ではなく共同で製作に当たるんだよ、という事でした。ちなみにグラマンとロックウェルが外されたのは、すでにこの段階で予選落ちが決まっていたからです。

こうして、先進戦術戦闘機(ATF)の開発は複数のメーカーの共同開発へと大きく方向転換が行われたのです。チーム分けはノースロップとマクダネル・ダグラスで1チーム、そしてロッキード、ボーイング、ジェネラルダイナミクスで1チームとなり、勝者がチーム内の他社と組んで試作機の開発を行う、とされました。もっとも、この組み合わせからして、すでにノースロップとロッキードに勝者は内定していた、と考えていいでしょう。同じチームに勝者どうしが入ってしまったらどうする、という疑問は出なかったようですから。

実際、1986年10月31日に発表された選考結果ではノースロップとロッキードが勝者となりました。これにより6億9100万ドル、という微妙に中途半端な開発費が両チームに支給され、ここから試験機の製作が始まるのです。ここで初めてロッキードの設計した機体にYF-22、ノースロップの機体にYF-23の形式名称が与えられます。
ちなみに実在しないF-19はどうもF-117らしい、というのは既に書きましたが、実はF-21という番号の機体も存在しません。なぜこの番号が飛ばされたのかも謎で、ちょっと怪しい気がしてますが、未だにこの点に関する情報は見た事が無いのです(ロッキード・マーティンのF-21は同社がインド向けに提案したF-16でありアメリカ空軍の呼称では無い)。

参考までに設計段階の選考結果は、ロッキードとノースロップが同率1位でした。
2位とされたのがジェネラルダイナミクス案、3位がボーイング案、4位がマクダネル・ダグラス案でした。残りのグラマンとロックウェルは開発責任者のピッチリロ大佐に言わせると問題外だった結果、この2社は開発チームに入れなかったわけです。

ついでに選考後、1987年になってから滑走距離の要求が3,000 feet (910 m)に緩和されていますが、これはエンジン出力の問題が原因だったと言われています。ここまで伸びてしまうと、さすがに短距離離着陸(STOL)と呼ぶにはちょっとギリギリかなあ、という距離ではありますね。

ちなみに先進戦闘機計画(ATF)では当初、試作機によるテスト飛行の予定はありませんでした。
レーガン大統領による大幅な軍事予算増を受けて妙に気前がよくなっていた空軍は、図面審査だけで採用を決定してしまう予定だったのです。ところが1985年、軍の予算浪費が議会で批判され始めて結成されたパッカード委員会(Packard Commission)がこの段取りにストップをかけます。そんな高いオモチャはモノを確かめてから買えとデービッド パッカード(David Packard)委員長からの勧告を受けて、実機の飛行試験が追加されたのでした。F-15式ではなく、A-10やF-16式でやれ、という事ですね。
ちなみにこのパッカードは、ヒューレット・パッカードの創業者の一人である、あのパッカードさんです。さらに設計段階の選考も図面審査だけでなく、縮小模型による風洞実験、さらにはコンピュータによる数値シミュレーションを使ったとされますが、詳細はよくわかりません。


■Photo US AIR FORCE

YF-22とYF-23が競作され、実際に飛ばして性能テストを受ける事になったのはパッカードさんの力が大きかったのでした。
ついでにこの写真でYF-22の垂直尾翼がやけに機体の重心点(ほぼ前後中心)に近く、しかも巨大なのに注意しといてください。これがYF-22のカッコ悪さの最大要因の一つなんですが、この点に関してはまた後で少し検討します(多分…)。

■アメリカ空軍の信用度

ここでちょっと脱線を。
アメリカ空軍が世間に発表する情報の信用度がどんなものか、というお話を少しだけします。
1986年2月23日、ニューヨークタイムズが、先進戦術戦闘機(ATF)のメーカー間競争を報道した記事を掲載しました。その記事の中から開発責任者であるピッチリロ大佐へのインタビュー部分を抜き出して見ましょう。

この段階ではまだ各社の設計案は提出されてませんが、全ての性能要求は既に決定済みでした。その段階でインタビューを受けた彼は以下のように述べてます。

●先進戦術戦闘機(ATF)は攻撃的な能力が強化されており、敵地にある航空基地や通信ネットワークなどを攻撃、破壊できる。
(要求仕様発行後にこういった対地攻撃能力が求められた事はないしYF-22はもちろん、YF-23にもそういった能力は全く無かった。つまりウソである)

●滑走路は1500フィート(約457m)しか必要が無い。
(そんな短距離での離陸性能が求められた事は無い)

●パイロットの音声による制御が取り入れられる。
(こういった機能の要求が出されたことは無い)

●音速の2倍での巡航飛行が可能。
(実際のスーパークルーズの要求仕様はマッハ1.4〜1.5だったとされる)

といった感じで、デタラメと言っていい情報を堂々とアメリカを代表する新聞に公表してるわけです。そしてアメリカ空軍のタチの悪さは、こういった中に、さりげなくホントの情報も混ぜてくる点です。上の内容に加えて、この記事には以下のような発言も載っています。

●航続距離は機密事項だが、少なくともイギリスからドイツまでは行動可能だと思っていい。
(機密と言ってるが片道約1000〜1300qとなるこの数字は実は極めて正確)

●敵のレーダーから見えなくする“忍び込み”技術が採用されるだろう(It would incorporate ``stealth`` technology)。
(空軍によってステルスという言葉が使われたもっとも初期の例だと思われる。できればそうしたい、といったニュアンスでこの言葉が使われていますが、実際はこれは必須要素でした。史上初の実戦ステルス機F-117の存在はまだ公表されてませんから、そんな技術があるかすら謎だったのに、あえて自分から言及してるのです)

おそらく意識的に虚実入り混じった情報を流しており、空軍はよくこういった事をやります。このようなアメリカ空軍による地雷を可能な限り避けながらこの記事が書かれてるのだ、意外に大変なのだ、というのを理解していただけたら幸いです(笑)。連中は無条件では信用できんのです。

といった感じで今回はここまで。

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