■第十章 ステルス機とF-22

 
■電波を消す

ステルス技術の基本の最後に、そもそもレーダー波を消してしまえば問題解決、というより積極的な対策を見て行きます。
ただしここからは話は簡単ではなく、さらに最も機密性の高い部分でもあるので私に判る事も限られます。まあ、それでもとりあえず判る範囲で最低限の解説を行って見ましょう。

レーダー波は電磁波ですからエネルギーを持った光子の波動です。これを止めるにはそのエネルギーを奪えばよく、とりあえず熱に変換して消してしまえばよい事になります。
どうやって?というと基本的には衝突によって熱を発生させて行います。やり方としては大きく二つ、とにかく何度も連続反射させて少しずつエネルギーを奪う、または電磁波の吸収、熱返還の効率がいい素材である磁性体(フェライト、ナノカーボン)を埋め込んだ電波吸収材質を機体表面に置く(パネルとして設置するか塗料として塗る)のどちらかが使われます。

エネルギーの奪い方 その1 反射で消耗

まずは理屈だけなら単純な、何度も反射させてエネルギーを奪ってしまうやり方を見て置きましょう。電磁波は反射される場合でもわずかながらそのエネルギーを熱の形で奪われます。よってこれを何度も連続して行う事でエネルギーを減衰させて消滅させる、あるいは少なくともレーダーアンテナに戻れない程度にまでエネルギーを奪うのです。基本的には以下のような形でこれを行う事になります。



筒状の部分に電波を飛び込ませ、ここから出ていくまでに何度も連続反射するようにして置き、最後は減衰して消えるか、少なくともレーダーアンテナに戻るだけのエネルギーを残さないようにします。
勘のいい人は気が付いたと思いますが、前回見たF-117やF-22の空気取り入れ口で行われてる工夫がこれで、中に飛び込んて来た電磁波を内部で反射させ、外に出て行かないようにしてしまいます。F-117の場合、コクピットでもこれをやってる可能性があるのですが確証は無し。

理屈は単純ですが、実際にやるには一定の幅の角度から飛んで来る全ての電波をキチンと狙った方向に反射する三次元形状を設計する必要があり、決して簡単でありません。この辺りから数学のカタマリになって来るわけです。F-117ではこれを細かい格子でフィルターのようにする事で問題を単純化して解決してますが、F-22ではキチンと三次元の筒状の中でこれを行っています。この辺りは開発時期の違い、その間のコンピュータの演算能力の発展による違いによるものと思われます。



前回見たこれですね。よく見ると単純な四角い筒ではなく、複雑な立体を形成してるのはそういった理由によります。さらに次で見る電波吸収素材を合わせて使う事でその効果を高めてると思いますが、なにせ何ら資料が公開されて無いので断言はできませぬ。



ちなみにF-117世代のステルスによく見られた接合部のギザギザ部、これも同じ効果を狙ってるんじゃないか(接合部の隙間で無数に連続反射させる)と個人的には思ってるんですが、この点は確証無し。

■エネルギーの奪い方 その2 素材で吸収

お次は電磁波に対する損失材料を使って、そのエネルギーを奪ってしまう対策を考えましょう。いわゆる電波吸収塗料の利用です。これを行うには磁性材(Magnetic material)と呼ばれる電磁波のエネルギーを熱にして吸収してしまう微小素材が使われるのですが、基本的に周波数ごとに対応できる素材とその粒子の大きさが異なって来るため、話は単純ではありません。

現代のレーダーで使われるSバンド(2〜4GHz 波長10p前後)以上の高周波数には酸化物磁性体、いわゆるフェライト粒子を含むものが使われるのが普通ですが、近年ではより効率のいい数ミクロン単位のコイル状炭素、カーボンマイクロコイル(CMC)が実用化されつつあります。ただし既にCMCが軍用に転用されているのかは私は知りませぬ。
が、いずれにせよ周波数ごとに使える素材は限定されて来るので、高周波、低周波の両者に対応するのは困難です。このため高周波に対応してる塗料を使ってる最新ステルス機は低周波レーダーだと捕らえられやすい、という説が以前から一部で知られています。

実際、1999年3月、コソボ紛争中にセルビア空軍にF-117が撃墜された時、セルビア側は波長約1m、周波数300MHzという第二次大戦の警戒レーダーのような低周波レーダーでこの侵入を掴んだとされています(そして先にも書いたが旋回中に捕らえた可能性が高い)。ただし、この周波数の精度でミサイルの誘導は無理ですから、S-125(西側呼称SA-3)対空ミサイルを複数一斉に発射した後は手動で誘導、爆破まで行ったようです。
ちなみに電波吸収素材は対応する周波数が下がるほど必要な厚みが増えるため、塗料として扱うには不利になります。そういった点でも低周波への対応は難しいのです。近年のステルス用の塗料の進化は私には判りませんが、とりあえず低周波レーダーが有効な可能性が高い、というのは戦場に行く前に知っておいて損はないでしょう。

また通常の電波吸収体は面に対し垂直方向の入射を前提としてるため、強い角度から飛んで来る電波には対応できないモノが多いです。これは電波の発振源が極端に近距離にあって球体上に飛んで来る(つまり水平波では無い)場合も同じです。よって遠距離にある地上のレーダーサイト、敵の空中警戒機のレーダー相手なら問題ないですが、近距離に存在する誘導ミサイルの電波などはこの不利な条件に当てはまる可能性が高く、この点でもまた不安は残ります。とにかく撃ってしまえば後はレーダー誘導で当たる可能性は低くない、というのも戦場に行く前に覚えて置きましょう。

といってもなにせ情報がないので、この辺りはあくまで推定の範囲を出ないのですが。



F-117が黒いのは夜間爆撃機だからで、この黒い色が何らかの磁性吸収体の色ではありません。が、F-22に比べるとつや消しで光の反射が低く抑えられてるなど多くの点が異なり、おそらく両者は別物と思われる電波吸収体と塗料を使っています。それがどんなものか、全く判らないわけですが。



F-22の機体が独特の光沢を持つのはこの電磁波損失材料を含む塗料、電波吸収素材を表面の塗装してるからです。
が、基本的に剥がれやすい素材なため、一定期間ごとの再塗装が必須と見られており、その維持管理コストの増大という問題を抱えています。
さらに機体の一部に塗料では無い、電波を吸収する素材をパネルで張り付けてる可能性があるのですが、これも現状は情報が無く判断できません。

今後、世界の空軍で次々とステルス機が採用されて行くとなると、果たしてそのコストに見合うだけの性能があるのか、10機のステルス機でも100機のミグ21や50機のF-16相手に勝てるのか、という問題が付きまとう事になるでしょう。コストで負ける機体は、よほどの性能差が無いと数で勝てません。そこまでの差があるか、と言われるなら現状は疑問なのです。個人的には今後の戦闘機は非ステルスに再度回帰して行くのではないか、と思っています(全く無視するのではなく他の性能に対する優先度を下げる)。

といった辺りでステルスの基礎知識は終わりとします。次回からはステルス技術の歴史を見て行きます。

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