■第十章 ステルス機とF-22


■レーダー波を知れ

さて、レーダーの基本が判ったら、お次はそれに見つからない工夫を考えましょう。

ステルス技術と聞くと、なんだかスゴイ技術、イスカンダル辺りからやって来て真田さんが研究してアナハイム社が芹沢博士の指導の下にミノフスキー粒子として製造、みたいな印象がありますが、実はそうでもない、という面も多いのです。例えば遠距離から探知する索敵レーダー相手なら、ただ単に機体の上下幅を薄くするだけで簡単に従来の航空機の数分の1にまでレーダーの反射を減らしてしまえます。馬と鹿でもできる簡単ステルス、それが機体の厚み削減なのです。

それはなんで、と言うと地球が丸くてレーダー波は通常、横か正面方向から飛んで来るから。これを理解するため、以下の図で航空機とレーダーの位置関係を考えましょう。
目標高度の求め方は、比較的賢明な当サイト読者諸兄、諸姉にはお馴染みの大気中の電磁波到達距離を求める式、



から、視点の高さを目標の高度と考え、これを求める式に変更すればいいだけです(目標高度(m)=(視地平距離(q)÷3.846)2 単位に注意)。さて、では具体的にはどうなるのか。



遠くから目標を探知する早期警戒レーダーは通常、300q以上の探知距離を持ちます。それ以下だと時速1000q近くで飛んで来る敵ジェット機の迎撃が間に合わないからです(時速1000q=分速16.7q つまり10分で170q近く移動する。発見してから迎撃機をスクランブル発進させ、目標高度まで上昇するには15分がギリギリの時間だろう)。

ここで地球が丸いことを思い出してください。このため300q先だと、レーダー基地から真っすぐ横に打ち出された電波は高度6085mに到達します(厳密には地球上では直進できずに大気により屈折するのでこれよりわずかに低いはずだが)。
つまり距離300qで高度6000m付近で飛んでる機体は、レーダ波を真横か真正面に受けることになるわけです(これ以下の高度では地平線に隠れてレーダー波は機体に届かない)。

そこから高度を上げても大きな角度は付かず、通常の軍用機では到達不不可能な高度32000m以上まで上がっても距離300qでレーダー波の入射角度は5度を超えません。逆に実用的な通常飛行高度、10000m前後まで落としても距離120qまでこの角度を超えないのです(角度5度の時の高度の求め方は tan 5°×地上距離+水平電波到達高度。よって地球の丸みのため数字は実際よりちょっと小さいが誤差の範疇)。

ちなみに実際のレーダー基地は標高500m前後の高さにあるものが多いですが遠距離における到達高度の数字はほとんど変わりません。つまり機体が遠距離用の早期警戒レーダーに引っかかる時には

ほぼ真横か真正面から索敵レーダーの電波は飛んで来る


のです。するとどうなるか。

…こうなるのです。



上のように普通に丸い胴体では普通に広範囲に電波が当たり、当然、これがそのまま跳ね返されます。
対して上下幅を狭くすると、下のように水平方向から来る電波の大半はこれを素通りしてしまい、ほとんどを反射しません。ほとんど反射しない以上、見つかりにくくなるのです。
つまり、レーダーから見つからないためには機体を薄すればいい、という極めて単純な話になります。これがステルスの基本その1であり、ステルス技術の基本中の基本となります。笑っちゃうほど単純ですが、これはとても重要な点です。


そして敵地に侵入する軍用機はレーダー探知をギリギリまで避けるため、このレーダー波到達高度の下を飛ぶのが普通です。つまりそこを出て最初にレーダーに引っかかる時はレーダー波を必ず真横か真正面から受ける事になります。当然、空中でレーダーを作動させる早期警戒機からのレーダー波なら、この傾向はより強くなります。

ここで機体を薄くするのに最大の問題となるのはエンジン、コクピット、そして垂直尾翼です。これらの厚みを減らすのはかなり困難なので、有人機では限界があります。が、この点、無人機、ドローン(Drone)なら少なくともコクピットは廃止でき、さらに重量も軽くすることでエンジンを小型化、そしてデジタル フライバイワイア制御によって垂直尾翼無しでも飛べる極めて薄い機体を製作ができます。よって、無人機のステルス性は意外に簡単に確保でき、実際、新世代のドローンはこの三点を実行して機体を薄くしてるものが多いのです。

 

ロッキードマーティンとボーイングの共同開発無人偵察機 RQ-3A  ダークスター(Darkstar)。エンジンを極限まで小さくし、水平尾翼も無くして極めて薄い機体を確保してます。遠距離からのステルス性は極めて高いでしょう。
ついでにこの機体、デルタでも後退翼でもない単なる直線翼で水平、垂直の両尾翼を廃してしまってます。これでよく真っすぐ飛ぶなあ、という感じでしてアメリカのフライバイワイア技術は改めてスゴイと思います。



こちらはボーイングのX-45A。
攻撃機として計画されたため、やや大型化し、上のRQ-3Aほど薄くはできませんでした。それでもデジタルフライバイワイアによって垂直尾翼無しの飛行を可能にし、可能な限り機体を薄くしています。どちらの無人機もステルス技術の基本中の基本に忠実に造られている、と思っていいでしょう。



有人機で、しかも大型の爆撃機でこれを試みたのがB-2爆撃機でした。
全翼機という形状が選らばれたのは最大の問題である垂直尾翼が要らない事、全体を滑らかに(この点はまた後述)平べったく作れた事、が主な理由です。このように薄く、平べったくはステルス技術の第一歩となっているわけです。

■ステルスと自分のレーダー

ここで念のため、当たり前中の当たり前の話を確認しておきましょう、それはステルス機はレーダーを使えない、という事です。わざわざ敵のレーダー波を徹底的に打ち消してるのに、自らレーダー波を打ち出したら意味がありません。レーダ波であるならレーダーアンテナで簡単に探知されてしまいます。そして敵がバカでないなら、そのレーダー発信源を追いかける対レーダー(Anti-Radiation)誘導ミサイルをぶっ放してくる事になるでしょう。ソ連時代から開発されていたロシアの対空ミサイル、R-27(AA-10)が対レーダー誘導弾頭を持っているのはそういった意味もあると思われます。

それでも戦闘では必ずレーダーを使う必要に迫られるはずで、その瞬間にステルスの優位は半分以下になります。どうするんでしょうね、これ。何らかの対策をアメリカ軍は持っているのかもしれませんが、それがどんなものか、私には想像がつきませんし、聞いたことも無いのです。

ついでに確認しておくと、同じ理由で一切の電波は出せません。出した瞬間に見つかりますから、透明人間が笛を吹きながら女湯に侵入するようなマヌケな状態になります。ステルスの優位を維持するなら、第二次大戦の戦闘のように完全な無線封鎖によって飛ぶ必要があるのです。

このためF-117などは一切のレーダー類を積んでませんでした。よってその照準は光学レーザー照準のみ(ハイテク兵器だからではなくレーダー照準が使えないので他に選択肢が無かった)、そして対地形レーダーは持って無いので低高度進入はできません。当然、作戦行動中に無線も使えませんから、湾岸戦争開戦の時は、総司令部でも侵入に成功したのかすら判りませんでした。このため、現地にレポーターが入っていたCNNの中継が途絶えたのを見て、電話局への精密爆撃の成功を知ったとされます。

当然、戦闘前から機体同士でデータリンクをやったら、太鼓を鳴らしながら敵に夜襲を掛けるようなもので全く意味がありません。よほど指向性の高い電波を使ってもあらゆる電磁波は必ず拡散しますから探知されないようにするのは至難の技、というか不可能でしょう。どうするつもりなんでしょうね、この辺り。

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