■第四章 音を、超えて行こうよ


そんな遷音速翼型は、当然、主翼だけでなく、プロペラにも応用されてます。その辺りを最後に確認して置きましょう。

まずは飛行中のプロペラが受ける気流の速度を求めましょう。これは以下のような簡単な考え方で出ます。



ターボプロップ機のプロペラの回転速度は凡そ780q前後、というのは既に前回見ましたが、飛行中のプロペラにはさらに進行速度が加わります。
プロペラは等速円回転運動ですが、ごく短時間を見れば先端部はほぼ直線移動してると見なせますから、図のように回転速度と進行速度のベクトルから成る長方形の対角線の長さを求めれば良いわけです。これは直角三角形の斜辺の長さを求める事に同じですから、

合成速度=√回転速度×回転速度+進行速度×進行速度

と単純な式で出て来ます。
式を見ればなんとなく判ると思いますが、プロペラの回転速度が大きいため、低速飛行時は進行速度の影響はほとんど出て来ません。とりあえず前回見たC-130搭載のターボプロップエンジンのプロペラ速度780q/hで計算すると、プロペラの合成速度は以下の通り。
参考までに音速、マッハ1は温度、大気密度で変化しますが気温15度前後の海面高度で時速約1225qです。

 飛行速度

 プロペラの合成速度

 200km/h  805km/h
 400km/h  876km/h
 600km/h  894km/h
 800km/h  1117km/h

通常の主翼の平均的な臨界マッハ数は、マッハ0.7(840〜860q/h)前後なのでC-130のプロペラだと時速400qを超えた段階でこれを突破してしまいます。ただしそのプロペラは先端部に向けて極めて薄くなってますから、通常の主翼などより臨界マッハ数は高く、さらにプロペラの最大推力は先端部よりも内側で生じてるので、これが限界とはなりません。先端速度がマッハ0.8(約900〜980km/h)位までならプロペラ最大効率は5%前後の損失で済むのが普通で、よってC-130の最大速度、時速580q前後までなら、十分、有効な推力を維持できる事になります。
(通常飛行の場合、プロペラ最大効率は90%前後で、先端速度がマッハ0.8、時速940〜980qで85%くらいまで低下する)

ただし、それ以上の速度を出そうとした場合700q/hで合成速度は1048q、800qだと1117km/hとほぼ音速に達してしまうので、さすがにこの辺りが限界になります。これ以上は翼面上衝撃波の発生でプロペラに揚力はほとんど発生せず、さらに高圧部による振動などでまともにプロペラを回すのも困難になってきます。第二次大戦期の戦闘機などの最高速度が700q/h代で止まってしまってる理由がこれです。それ以上出すならジェット機で、という事になるわけです。

参考までにP-51Dの2段2速過給機マーリン、V-1650-3以降を例に取ると、プロペラの直径が3.4m、エンジン回転数が戦闘中は2700rpm(回転/分)前後、時間制限ありの戦時緊急出力(War Emergency Power)で3000rpm、減速比は0.479でした。
最大速度を出そうとスロットルを戦時緊急出力まで入れた場合、700q/h出るか出ないか、というのがP-51Dの限界であり、この時のプロペラ先端速度は1156km/h、音速直前でしたから完全に限界で、速度記録用に軽量化したり、表面を磨き上げたりしない限り、やはり700q/h前後がプロペラ推進による一つの壁となって来るようです。

が、既に見た遷音速翼型をプロペラに採用したら、もっと高速まで耐えられるのでは…という発想は当然出て来まして、それなりに研究されてるようですが、詳細は私はよう知りません(手抜き)。

とりあえずGE社が1986年ごろにNASAと共同開発した、アンダクテッド ファンでは遷音速翼型のプロペラ、この場合はファンと呼ばれてますが、これに遷音速翼型を採用してました。この結果プロペラ先端速度は780フィート/秒、すなわち850q/h前後まで上がってます。さらにこれを積んだ727実験機はマッハ0.71以上(約820〜900q/h)まで出力を維持したらしいので、プロペラに当たる気流の合成速度は1235q/h 前後、すなわち気流が音速に加速されても大丈夫だった事になります。これは間違いなく遷音速翼型プロペラの成果です。
(それってプロペラ機の速度記録じゃん、と思ってしまいますが、この時の727は左エンジンはジェットのままだったので反則)

ちなみにこの装置は音速気流の中で推力を生みますが、それは気流の合成速度の場合であって、機体が音速を超えたら当然、もうダメです。あくまでこのファン(プロペラ)は現在の旅客機と同じ音速一歩手前の速度までの運用で、プロペラ推進で音速を超えようと考えてるわけではないのに注意してください。それはさすがに無理なのです。
(数字はFULL SCALE TECHNOLOGY DEMONSTRATION OF A MODERN COUNTERROTATING UNDUCTED FAN ENGINE CONCEPT  NASA 1987による)


■Image Credit: NASA/Quentin Schwinn


GEとNASAが先進ターボプロップ計画(Advanced turbo prop project)の中で開発したのが写真の高速二重反転プロペラ、いわゆるアンダクテッドファンでした(英語表記はどうもGEが商標登録してて面倒なので各自調べてください…)。ただしこの写真のは風洞実験用の小型版ですが。ちなみにエンジンも専用のもので、GE-36という名が与えられていたようです。

1975年から87年まで続いたこの計画の目的は、1973年の石油ショックを受け、経済性の良い航空エンジンを開発することでした。よってジェットより燃費がいいターボプロップエンジン、ガスタービン(ジェットエンジン)でプロペラ回す機体がその研究対象となりました。
が、その後、石油価格の高騰が思ったほどでは無かったので、より高性能のターボプロップ機の開発に主眼が移って行きます。この中でエンジンそのものが回転数を調整してしまう、減速機不要のターボプロップエンジン、さらに最近よく見るようになった先端に後退翼を付けて騒音を抑えるプロペラブレードなどが開発されています(どちらもターボプロップよりもターボファンエンジン、すなわちこの計画がそれと置き換えようと考えていた旅客機用ジェットエンジンに先に採用されつつあるのがなんとも皮肉だが…)。

この中でGEが自主的に開発、それにNASAが協力して生み出されたのが、このアンダクテッド ファン エンジンです。
新素材を使って軽量化されたブレードを多数取り付け(6枚×2重、後に8枚×2重に増える)高速回転させる、というもので、例の騒音対策の後退角付き先端部のブレードが使われていました(翼面上衝撃波対策ではないので注意)。

計画終了後もNASAは未だにこれが未来のエンジンだ、と考えており、少なくとも2013年ごろまではGEと共同開発を続けてたのですが、それ以降、話が外にでて来なくなってしまったので、水面下で進行中なのか、予算不足で中止になったのか、よく判りません。ちなみにGEの商標の問題もあってか最近は「開放型回転翼エンジン(Open Rotor Engine)」と呼ばれてます。

といった感じで、翼面上衝撃波対策の話はここまで。次回からは、いよいよ機体ごと音速を超えて行くぜ、グラニス。


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