■高速ジェット機における空気取り入れ口の話

前回、大出力エンジンを搭載したジェット戦闘機の空気取り入れ口の話をしたのですが、いくつかの点で判りにくいという質問、さらには新たな情報等もいただいたので、もう少しだけ空気取り入れ口の話をして置こう、というのが今回から始まる記事です。

超音速超え(マッハ1.2以上。それ以下は遷音速)を狙った機体に置いて、最も重要な設計要点となるのが空気取り入れ口なのですが、同時に最も理解されてないのがこの部分でもあるので、ちょっと解説しておこう、という趣旨ですね。

ただし空気を大量に詰め込む話ですから、学生レベルの「非圧縮性」の流体を扱う世界、すなわち単純で理想的なニュートン力学配下の幸せの国の流体力学ではなく、より現実的な圧縮性流体(すなわち密度が変化する)を扱う必要があります。
よってベルヌーイの定理すらまともに成立しない世界の話になり(音速未満のダクト内の全圧くらいまでならギリギリ近似できるが)、さらに超音速に伴う衝撃波の背後圧になると、基本的には計算不能で原寸大の風洞実験でもやらないと正確なところは判りませぬ。

すなわち、筆者の知識の限界ギリギリの話であり、人に説明できるほど理解できているかはやや怪しい部分があります。よって、必要最低限の部分の説明に止める事をご了承くださいませ。これ以上知りたい、という場合は専門の大学院過程にでも進んでもらうしか無いと思います(それでも難しいだろう)。とりあえず、市販の流体力学の本などでは歯が立たない世界なのです…。

では、前置きはこのくらいにして、本題に入って行きましょう。

■高迎え角を取る機体の空気取り入れ口

まず最初に、空気取り入れ口の上に覆いがあるのはなぜかイマイチ判らん、という指摘があったので少し説明します。ただしこの辺りはF-22への道本編でも大筋で説明してるので、それを踏まえて、もう少しいろいろな話をしましょう。

最初に以下の写真を見て下さい。念のために書いておくと上からF-22、F-15、F-16、F-35です。
余談ながら、F-22の写真で主翼の翼端灯の色が判りますが、絵を描く時なにどっちのがどっちだっけ?と思ったら左翼がアカ、という非常に判りやすい配置になってると覚えて置きましょう(笑)。これは民間機も含めて全ての航空機で共通です。



■Photo US Air force



■Photo US Air force



■Photo US Air force



■Photo US Air force

全て空中給油機から撮影した、機体を上側から見た写真です。
ちなみにアメリカ空軍の軍用機は限界一杯まで完全武装して燃料満タンにすると離陸できない設計になっています(笑)。下手をすると滑走中に過負荷で脚が折れる可能性すらあるのです(飛行中に何の役にも立たない脚はできれば捨ててしまいたい位の余計な重量物なので必要最低限の強度しか持たせない)。

じゃあどうすんの、と言えば重量物である燃料を最低限しか積まないのです。その上で燃料を食うアフターバーナーを点火して離陸、空中で改めて満タン給油してから戦場へ飛んで行きます。よって作戦行動では給油機の先行が必須であり、アメリカ空軍が空中給油機のKC-135だけでも600機を越える数を保有してる理由がこれです。あるのが大前提なんですね。まあ、おかげでこういった写真がバンバン撮影できるわけですが。

ちなみに米空軍と同じような機体を使ってる航空自衛隊は常識的に考えれば30機以上の空中給油機が必要なはず。この点、まさか無策ってことは無いでしょうから、きっとどこかにこっそり隠してあるんでしょう。

話を戻します。
前回も指摘したように、一連の機体の中でF-35だけが空気取り入れ口が丸見えになっています。これは境界層を避けるために安価な構造を採用した結果だというのは前回見たとおりですが、これの何が問題なのか。この点を説明するには逆に、他の機体がなぜ空気取り入れ口の上にヒサシのような覆いを設けているのか、を考えた方が早いでしょう。

近代戦闘機のエンジンは恐るべき大出力ですから、その爆発的燃焼のためには大量の空気を必要とします。よって少しでも流入する大気の流量が減るとあっさりエンジンが停まってしまうのです。ところが進行方向とは異なる方向に機首を向けた時、空気の流入量は一気に減ってしまいますから、極めて危険です。これを避けるための工夫が、一連の空気取り入れ口の上のビサシなのです。ただし実際は空気の流入量が多すぎて溢れてしまってもまたダメなんですが、この辺りについてはまた後で。

この点で判りやすいのは離陸時に前輪が浮いた後の状態です。
機体は滑走路を前方に進んでいながら、機首は強い迎え角を持って上を向いてます。すなわち空気取り入れ口が気流に正対せず、この結果、最もエンジンパワーが必要な離陸時にまともに空気が入ってこなくなります。これは致命的な欠点で、よって上にヒサシを付ける事で対策としてるわけです。



■U.S. Air Force photo/Senior Airman David Owsianka


離陸時の機体、特に前輪だけを上げた直後の機体は、画面の右方向に向けて進むのに対して機体は斜め上を向いています。

離陸後、上昇に入るとその角度差は小さくなりますが、それでも機首方向に上昇するのではなく、この強い迎え角を取った姿勢で緩やかに右上に上昇するため、空気取り入れ口は気流方向に正対しません。この角度のズレは通常、急上昇になるほど顕著になり、そういった急上昇、そして急旋回が必須の戦闘機に致命的な欠陥になるのです(横向きの高迎え角となる旋回時にも同じ問題が起こる。すなわち空戦中も同じ問題が生じる)。

その対策が空気取り入れ口の上にあるヒサシ部分であり、F-15の場合、空気取り入れ口の開口部を斜め下に向けてキチンと正面から空気が入るようになってるのがよく判るかと。アフターバーナー必須の戦闘機の離陸、急旋回では、この高迎え角時の空気取り入れ口対策は必要不可欠なのです。

この辺りを簡単な図にしたのが、以前も使用したこれですね。



迎え角を取ると、気流に正対する面積が減るため流量が自動的に減少します。さらに強い角度を取ると、入り口を素通りして、ほとんどが後方に流れ去ってしまうのです。こうなってはエンジンが回り続けるのに十分な空気が確保できなくなり、当然、エンジンは止まってしまいます。

離陸時にそんな事が起これば致命的ですし、横方向に強い迎え角を取る急旋回時、すなわち空中戦の最中に起きても死に直結する非常事態です。

これを避けるためには覆いを付けて空気取り入れ口に向けて気流を誘導してやればよく、各戦闘機では空気取り入れ口の上に整流板やLERX、機首部などを覆い被せ、その対策としているのでした。

これが全くなされてないステキな戦闘機がF-35だ、というのが前回の説明です。採用時のライバルだったX-32もロシアの新世代機Su-57もこの点はキチンと対策してます。無策なのはコピー大好き中国のアレと、このF-35だけです。いや、ホントにこれ、どうするんででしょうね。



ちなみにこの対策が必須になるのはF-15以降の世代が搭載した大出力エンジンの機体であり、それ以前の世代、F-4ファントムIIとかはそこまでシビアではありませぬ。

この機体のJ-79系エンジンはアフターバーナー点火しても出力は約80 kN前後で、F-15やF-16が最初に積んだF-100エンジンが約130 kN前後まで叩きだした事を考えると非力と言っていいものでした。それはエンジンが必要とする空気量がそこまで大きくないことを意味し、よってこの点の設計にはそれほど神経を使ってません。

ただし良く見ると空気取り入れ口の開口部は単純な垂直ではなく斜めに切られており、上板が少し前に出て一定の対策にはなっているのが判ります。完全に無策、という訳では無いのです。



ついでに余談。

前回見たようにF-15の空気取り入れ口内の上板には乱流境界層を吸引排気する細かい穴が開いてます。
他の機体に比べるとやけに盛大な面積に開けてるな、という印象なんですが、これ、もしかすると高迎え角時にここにぶつかった気流が剥離せず、そのまますっと中に吸い込まれるようにした工夫も兼ねている可能性があります。ただしこの点は確証がないので、あくまで推測ですが。

NEXT