■第七章 エネルギー機動性理論の時代


ベトナムの空のダイヤグラム

お次はEMダイヤグラムでベトナム世代の戦闘機、F-4ファントムIIとミグ21の性能比較をやってみましょう。
今回のデータの出所は、アメリカの州軍でパイロットをしてる人が、あるフライトシミュレータの掲示板で機密指定を受けてない資料として公開していたもの。その後、あちこちに拡散して、今でもネット上でたまに見かけます。

厳密に言えばそのデータの信憑性はやや微妙なのですが、データシートは間違いなくアメリカ空軍の仕様で、ダイヤグラムのGや旋回半径の線などもキチンと引かれていたので、それなりに信用していいものじゃないかと思います。今回は、それらを手作業で(涙)トレースして使ってます。

機種はファントムIIが空軍最終型のF-4E型ですが、ミグ21はサブタイプが不明。さらに両機のデータは別々に試験されてまとめられたものなので、グラフのGの線の引き方が微妙に異なるほか、旋回半径もF-4Eはフィート単位、ミグ21は海里(ノーティカルマイル)だったため換算してから作図してます。そこら辺りも含めて、細かい部分はあくまで参考値と思っておいてください。

今回は黒い線が維持旋回時の比エネルギー速度(Ps)=0を示します。青い線がPs=マイナスで秒間-200ずつエネルギー(高度)を失う旋回、赤い線は前ページのグラフには無かったPs=プラスの秒間+200づつエネルギーの増加を伴う旋回で、こちらはこの余剰エネルギーを高度、速度、どちらにでも変換できます。
Psの単位は前回も見たように速度、メートル(m)/秒(s)、すなわち秒速になってますが、これが1秒間に失ったり得たりする高度差というわけではないので、次元(単位)は無視して、比較のために数字だけを見るようにしてください。
とりあえず、青い線ならエネルギー不足で高度が低下する、赤い線なら高度か加速に変換可能なエネルギーの余裕がある、という事になります

テスト条件は両機ともアフターバーナー有り(Wet)の最大出力、武装は通常の空中戦装備あり(機銃弾、ミサイル搭載)、燃料はF-4Eが機内タンクの2/3まで、ミグ21が約半分の搭載となってます。
まずは高度約1500m(5000フィート)のデータ。普通はジェット戦闘機の空中戦をやる高度ではありませんが、戦闘爆撃機でもあるF-4Eならこの高度でミグ21と戦う可能性もあったはずで、参考にはなるでしょう。

とりあえず、まずはミグ21のものから。



前ページのF86 vs ミグ15に比べて線がグニャグニャなのは、より正確にデータを計算した結果だと思われます。
でもってお次はF-4E。



両者を別々に見ても、イマイチ判りにくいのでこれを重ねてしまいましょう。


F-4Eの方が下の層になっているので、やや薄い色の線になってます。
先にも書いたようにグラフの上にある方が基本的に優位です。まずは基本となるエネルギー比(Ps)=0の線に注目してください。マッハ0.4前後まではわずかにミグ21の方が優位ですが、その差はごくわずかで、ほぼ誤差に近いとも言えるでしょう。
明確な差が付くのはマッハ0.5からマッハ0.9辺りまでで、これは明らかにF-4ファントムIIが優位です。また、エネルギーがプラスになる条件でもファントムIIが優位なのもこのグラフから見て取れます。
こうして見るとファントムIIが低高度に強い、というのは事実のようで、この高度でならミグ21に対し、実際に空戦を行う速度域で優位な性能を持ってるとみていいでしょう。ただし、よく言われる低速での優位は確認できませんから、この点は要注意。

お次はもうちょっと高い高度、そこそこ実戦的な高度、中高度と言える約4572m( 15000フィート)の条件でデータを比較してみます。両者とも全体的に性能の数字が落ちてますが高度が上がって空気が薄くなった分、主翼の揚力が落ちた影響だと思われます。

まずはミグ21。



お次はF-4ファントムII。





これも、並べただけじゃよくわからないので、重ねて見ます。今回もF-4ファントムIIが薄い色の線になってます。

この高度になると(Ps)=0の条件では、ほぼ互角、大きな差がありません。低速と音速域でミグ21がやや有利、音速以下の高速でF-4ファントムIIがやや有利ですが誤差に近い差で、明確な優位とは言えません。
エネルギーに余裕がある旋回も同じような感じですが、-200の線、エネルギーを失いながらの旋回では低速時において明らかにミグ21が優位に立っています。

どうやら、この高度になると、ミグ21がF-4ファントムIIに完全に追いついて両者互角になると見ていいようです。となると、高度6000m以上、実際の空戦の主舞台となる高高度ではミグ21の性能が逆転する、と予想されるわけですが、残念ながら資料がありませぬ…

一般に低空で強いと言われたファントムIIがその通りだったので、高高度で強かったとされるミグ21もそうだったと思うのですが、データがないので断言はしないで置きます。とりあえず今回のデータで確認できるのは1500m前後の低高度ではF-4ファントムIIが有利、5000m前後の中高度では両者は互角、という所までですね。
なのでファントムでミグ21に挑むなら高度5000m以下に引きずり込め、ミグ21でファントムIIに挑むならならその逆、という事になるようです。

こうしてみると両機は中高度以下でなら良いライバル、とも言えますが、実際はエンジンが1発、パイロットも1人、さらに製造コストは半分以下、というミグ21は、F-4ファントムIIを生産数、配備数で圧倒してしまえます。大きな性能差が無いなら、これまた数の優位で相手をすりつぶしてしまえる可能性があるわけです。

よって、もしベトナムのような制限戦争でなかったなら、つまり米ソが全力でぶつかる戦争だったなら、同じような性能で、確実に倍の数がそろえられるミグ21が有利になる可能性が高いでしょう(ただしミグ21は元海軍機のF-4ファントムIIに比べると半分程度しか航続距離がない欠点があるので迎撃戦闘機として使うのが前提となる)。

■エネルギー機動性理論以降の機体の場合

最後に同じデータの出どころによる最初のF-16、F-16A型のEMダイヤグラムを見て置きましょう。
これも中高度、約4572m(15000フィート)のデータです。



重ねて比較するまでもない圧倒的な比エネルギー速度を持っているのが一目で判るかと(笑)。これがボイドがエネルギー機動性理論の理想形として作り上げた戦闘機の機動性能なのです。
ただしよく見ると音速直前、マッハ1を超える前後でストンと性能の低下が見られます。どうもエリアルールの設計が甘かったようで、もしF-16と戦うなら、この辺りの速度域に引きずり込め、という事になるようです。

それでもF-4ファントムIIはもちろん、ミグ21ですら足元にも及ばぬ、という世界が展開され、しかも機体価格が安くて大量装備が出来ちゃうんだから、F-16スゴイと言う他ないでしょう。

さて、これでエネルギー機動性理論の概要はつかめたかと思います。次回からはこのエネルギー機動性理論を実際の機体の開発に持ち込んだボイドの戦い、F-15とF-16の開発の歴史を見て行きましょう。

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