■第七章 エネルギー機動性理論の時代


■エネルギー機動性理論の数式

では、前ページで見た点を考慮して、エネルギー機動性理論の数式をもう少し検討しましょう。

まず、空気抵抗で失われるエネルギーを考えます。
が、空気抵抗で失われるエネルギー量を速度から計算するのはかなり大変です。ただし抵抗力、すなわち力(F)としての抵抗量は比較的簡単に計算で求めることができ(あくまで近似値だが)、さらに運動エネルギーを生じさせるエンジン推力も予め判っています。そして両者の力のベクトルは正反対方向に向くので、単純な引き算でその差を求めることができます。よってエネルギーを求めるもう一つの式、

〇エネルギー(E)=力(F)×移動距離(L)

から運動エネルギーを求める事が可能になります。とりあえず前ページで考えたこの式で


1/2mvvの運動エネルギー部分を差し替えて、以下のように式を書き換える事ができます。


距離が1秒間の飛行距離なのは1秒が力学における時間の基本単位、計算上のお約束だからです。
問題は位置エネルギーmgh です。これは実際の落下距離が判らないと、どうしようもありません。

が、実はボイドのエネルギー機動性理論では、機体性能を高度ごとに別々に求め、機体の性能比較は各高度ごとに行います(上にいる方が有利に決まってるのだから、同高度以外の比較はしない)。つまり落下は考えなくてよいのです。よって、位置エネルギーを求める高度差(h)は「0」であり、このため、位置エネルギーは無くしてしまえます。だったら計算を楽にするため、これを消してしまいましょう。



と、より簡単な式にできます。
お次は質量(m)に重力加速度、G(g)を掛け算して「重量」に変換します。これは単純な加速度(a)=1m/ssでもいいのですが、先に見たように航空機では地球の引力を基準にした重力加速度、g=9.8m/ssを使用するのが慣例なので、それに従います。



とりあえず、これで飛行中の機体の持つ比エネルギー、「重量」1sごとのエネルギー量は出ました。ここで加速度 g の値は旋回中、常に変化するのに注意が必要です。1G状態の1kgf、すなわち地上重量と同じ値になるのは直線飛行時のみです。

最後にそのエネルギーの充填と使用速度を求めるため、全体を時間で割り算(微分)し比エネルギーの速度を求めます。

こうですね。

ちなみにこの計算で求められるのは比エネルギー速度といったものになりますが、熱力学にそういった概念は無く、ボイドはこれに独自にPsという記号を与えてます。ただしこれが何の略号か、よく判りません…。
とりあえず、これでエネルギー機動性理論に必要な計算式は完成です。ただし、この式はもう少し単純化できます。最後にそれを見て置きましょう。



掛け算である1秒間の移動距離(L)を切り離し、これを先に時間(t)で微分する事で機体速度(V)としまうわけです。これが一般に出回ってるエネルギー機動性理論の数式となります。計算で出て来る単位(次元)は速度(m/s)になってしまうのですが、それがなぜなのか私にはうまく説明できませぬ。ここではとにかくそうなるのだ、とだけ述べる事にしておきます(手抜き)。

とりあえず、この数式だけを見てしまうと、理論の全体を見誤りやすいので要注意。
機体の「重量」1sあたりが持つエネルギー量を求め、その使用速度を比較するものなのだ、という点は確実に理解してください。エネルギーの量だけではなく、その使用、充填速度も重要だ、という事です。

ちなみに比エネルギー速度(Ps)の数値がマイナスになるとエネルギーの損失が生じる、すなわち高度か速度、あるいはその両者を毎秒ごとにそれだけ失う事を意味します。逆に数値がプラスになると、エネルギーに余剰が生じ、これを速度か高度、どちらにでも変換できる優位に立てるのです。
そしてPs=0の場合は、エネルギーの損失も余剰の発生も無く、よってそのままの速度、高度を維持して飛び続ける事になります。この辺りは次回に詳しく見ますが、エネルギー機動性理論では、このPs=0の状態を機体性能の基準値とします。

ついでに、この数値がプラスになるかマイナスになるかは単純に推力が抵抗値より大きいかだけで決まるのに注意して下さい(基本的に位置エネルギーを考えない以上、マイナスGになる事は無い)。となると位置エネルギーを使わない状態では機体の推力はエンジン出力だけですから、これが大きい機体ほど優位だ、というのもすぐに気がつきます(空気抵抗の小さい方も有利だが1970年代以降の戦闘機だと空気抵抗で大きな差は付かないだろう)。



よって強力な出力を持つエンジンを二発積んでしまったF-15は、ボイドによるエネルギー機動性理論に対する一つの回答でした。これによって大きな機動性を確保するわけです。ただし、この機体はボイドが思った以上に重くなってしまい、彼は満足しなかったのですが。

同時に推力と抵抗力の差がプラスであるなら機体重量が軽いほど比エネルギーの数値が大きくなるので、同じ加速度、同じGが掛かった状態なら機体質量は小さい方が有利だ、という事もこの式から判ります。

こちらの利点に注目して造られたのが軽量戦闘機F-16です。
F-15と同じエンジンですがこちらは単発、一基だけの搭載にして、重量物であるエンジンと、同じ航続距離なら倍近い量になる燃料を減らし、その推力低下を軽量化でカバーしています。どちらが有利とは一概には言えないのですが(本来F-15はボイドの構想ではもっと軽く、よりエネルギー機動性理論の理想に近い強力な機体になるはずだった)、ここでコストの問題が出て来ます。

エンジンは最も高価な機体部品で(近年は一部の電子装備もかなり高価になっているが)、これを二発にすると値段も二倍かかるわけです。当然、そんな高価な機体は多数配備できません。
対して単発エンジンではエンジン価格が半分になる上に、それ以外の部品も大幅に減るため、その製造、そして維持コストは低くなります。

例えばF-16の機体調達価格は1998年ごろのC型で1機辺り約1880万ドル、対して同年のF-15Cは約3000万ドル、約1.6倍もの差がついてしまってました。単純な話、F-15を100機調達するコストで、F-16は160機買えてしまうため、F-16が数で圧倒してしまう可能性が出て来ます。
おそらく維持、管理コストまで含めると、F-16の方が倍近い数を配備できるはずで必要十分な性能を持っていて、しかも数ですりつぶしに行けるF-16に対してどこまでF-15が耐えられるかは難しいところでしょう。戦闘機の能力というのは、単機の能力だけでは判断しかねる部分もあるのです。

さて、とりあえずこれで機体ごとの性能比較をするための計算式は求められました。
これにより、機体の持つエネルギーの大きさ、そしてその使用速度を数字で比較できるようになったわけです。次回はその数字をどうやって実際に運用するのかを見て行きます。

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