■尾翼の働きの基礎知識

今回は二枚尾翼の秘密に迫るのに必要な基礎知識、そもそも尾翼ってどんなものなのよ、という事を最初に見てゆきます。
ちなみに曲がる=旋回には主翼の揚力を使うので、これは尾翼の仕事ではありませぬ。そのための補助として姿勢を制御するだけです。

とりあえず尾翼の仕事は大きく二つに分けられます。 まずは安定した飛行姿勢の維持、そして舵部を動かして機体の向きを変える事です。

この機体の向きを変える「力のモーメント(回転の原動力)」を発生させるのが尾翼の舵ですが、これには二種類あります。
まず機首の左右方向(=水平面の回転=ヨー/Yaw)を決める 垂直尾翼の方向舵(Rudder)、そして機首の上下方向(=垂直面の回転=ピッチ/Pitch)を決める水平尾翼の昇降舵(Elevator)で、本来なら独立して働くこれらを統合してしまったのが二枚尾翼となるわけです。

ちなみにジェット機では高速時の昇降舵の効きを維持するため、水平尾翼全体が動くようになっています。いわゆるスタビレーター(Stabilator)であり、日本語だと全動尾翼というところでしょうか。ちなみにカタカナ英語大スキーの皆さんが良く使うフライングテールという呼び方は間違いでは無いものの、英語圏の資料ではあまり見ません。



F-22の水平尾翼は写真のように一枚丸ごと動いて昇降舵(エレベータ)の役割を果たす全動尾翼になっています。

対して垂直尾翼は前部が固定された安定板で、後部だけが独立して動く方向舵(ラダー)になっています。これが高速機の尾翼の基本的な構造です。



YF-23では二枚尾翼が水平尾翼を兼ねるため、尾翼は全体で動く一枚式のものになっています。この点はチェックメイトも同じです。

ちなみになぜ水平尾翼を全体が動く一枚板にするの、というと高速飛行時に生じる翼面上衝撃波による昇降舵の能力低下を克服するための工夫です。が、これを説明するだけで連載が一回丸ごと潰れますので、今回は触れませぬ(手抜き)。

尾翼が動かす機首部の動き

次に舵によって機首が向く方向についても確認しましょう。

以下の図のように、尾翼と機首は支点を挟みシーソーのように互いに逆方向に動くのに注意してください。機首は常に尾翼の回転方向とは反対に動くのです。これは垂直、水平、どちらの尾翼でも同様になります。



  


当然、こういった機体の回転を引き起こす「力のモーメント」を産むには何らかの力が舵部に生じる必要があります。
そして尾翼も翼ですから、それには揚力が使われています。ただし上下と左右、両方向に動かす必要があるのに注意してください。これは尾翼の揚力は翼の両面に発生させる必要があり、主翼のように上面にだけ揚力が生じればいい、では済まない事を意味します。

ちなみに機体の全重量の中心点で前後左右のバランスが釣り合う重心点と、機体を釣り上げる力、揚力の中心点(主翼と尾翼の揚力を合わせた全機空力中心点)の位置はすぐ側になるように設計されるものの、完全には一致させません。
これはオブジェなどを天井からぶら下げる時に重心点からズレた場所に糸を結びつけるようなものですから、当然の結果として機体は前後どちらかに傾きます(機首上げ、または機首下げ)。

なぜそんな事を、というととても長い話になるうえ、私も完全に説明できる自信が無いので、ここでは触れません(手抜き)。とりあず、そういうモノなのだ、と思っておいてください。

そして、この傾きを抑え込むのも水平尾翼の仕事になります。このため、舵を動かさなくても下向き(一般的な機体)、上向き(F-16などフライ・バイ・ワイア世代の戦闘機)どちらかのの揚力を尾翼に発生させており、どちらも重力に逆らって機首、または尾部を持ち上げる関係から、垂直尾翼より大きな揚力が求められる事が多くなります。

ちなみに機首部にエンジンを置くプロペラ機では重心点は機体の前部にあります。主翼が前方にあるのは重心点の近くに機体を吊り上げる揚力の中心点、すなわち空力中心を持って行きたいからです(テコの原理的には有利)。ただし、先にも述べたように、両者の場所は完全には一致しません。

よって同じプロペラ機でも後部にエンジンを置く機体ではより後方に主翼があります。ちなみに無動力のグライダーも主翼が前にありますが、あれは機体の中で一番重いのはパイロットだからです。

この点、ジェット戦闘機では重いエンジンを機体後部に置くため、機体の後部、尾翼寄りに重心点があります(つまり尾翼から機首を動かすテコの原理的には不利)。ただしジェット戦闘機では後退翼とデルタ翼が中心になってしまったので、空力中心の話は単純では無く、それ以上は触れませぬ(明確な手抜き)。

また重心点は重量配分が変わる、すなわち燃料や武装が無くなると前後に動いてしまうのですが、通常、機体設計はキチンとそこまで考慮して行われるので、ここでは考えないでおきます(中には例外もあり、これすなわち殺人機となるわけだが…)。

ちなみに旅客機のように、とにかく安定して真っすぐ飛ぶのが主目的の機体ではモーメント(機体の縦横回転)を抑えて安定性を確保する点、つまりいかにブレずに真っすぐ飛ぶか、が尾翼にとって大きな問題になります。

対して戦闘機ではあえて安定性を削って素早く動けるようにする事が多いので、今回のお話では安定性はある程度まで無視できます。よって厄介なモーメント安定性の問題には触れませぬ(再び手抜き)。この辺りは近年、自動的に機体を真っすぐ飛ばしてくれるデジタル フライ・バイ・ワイア技術によって、ある程度まで解決されてしまってますし。

■二枚尾翼の誘惑と問題点

さて、話を二枚尾翼に戻します。
これまで見てきたようにステルス機のレーダー波対策において二枚尾翼は理想的な形状です。それにも関わらずYF-23以降、その採用例が無いのはなぜなのか。これは尾翼の揚力不足で戦闘機に必要な力のモーメントの確保が難しくなるからでしょう。それは機体の運動性の低下に直結します。

ちなみに初代二枚尾翼ステルス戦闘機、YF-23ではエンジン推力の向きを上下方向に変えられる偏向ノズルの採用と、機首部のフチで二枚尾翼の揚力不足対策としたのですが、この点はまた後で見ます。

 

2021年9月までの段階で、唯一実際に空を飛んだ二枚尾翼の有人ステルス戦闘機、YF-23。カッコいいねえ。愛してます。

■問題は水平尾翼

二枚尾翼を採用すると、機体を動かすための揚力確保が難しくなる、という点をもう少し詳しく説明すると以下のようになります。

その1 

通常より少ない枚数の尾翼なのだから発生する揚力も単純に少い。よって機体を動かすのに充分な揚力を得られない

その2

縦横両軸の動きに二枚の尾翼だけで対応するので斜めに取り付ける必要があり、この結果、揚力のベクトルも傾いて実質的に水平、垂直両方向の両揚力が低下する


という事です。

問題「その1」はすぐに理解できると思いますので、ここでは「その2」について少し説明して置きましょう。ここでは単純に水平に取り付けた尾翼と、斜め30度左上に傾けて取り付けた尾翼とで比較します。

 



ここでは機首上げ(尾翼は下げる)に求められる下向きの揚力について考えます。
とりあえず鉛直方向下向きに「1」の力が必要だとしましょう。この場合、上図のように水平に固定された尾翼なら話は単純で、そのまま下向きに「1」の揚力を発生できれば問題ありません。

ところが下の図のように左上に向けて30度傾けて取り付けた尾翼では、揚力のベクトルも30度傾いてしまうので、話が変って来ます。この場合、下向きに「1」の力を確保するには、図のようにベクトルを分解して必要な揚力を求める必要があるからです。

とりあえず傾きで生じた角θ=30度のコサインを求め、その値で必要な力を割れば求められる揚力となるのは図から読み取れるでしょう。

これは約1.15ですから、尾翼を30度傾けただけで必要な揚力が1.15倍大きくなってしまう事を意味します。逆に言えば従来の尾翼のままでは下向きの揚力が足りませんから、機首上げは不可能になってしまうのです。よって尾翼の揚力の強化が必須となります。

ちなみに垂直尾翼の立場から上図を見るとさらに揚力は低下します。
図は垂直位置から左方向に90-30=60度も傾けた状態で、必要な揚力はより厳しくなるからです(ちなみに従来の倍になる)。ただし機首を左右方向に動かすには、より小さな揚力で済むので、水平尾翼ほど問題は深刻にならずに済んでいます(10sの重さの物体を持ち上げる時と、同じ物体を氷上で水平方向に押し出す時の力の差と本質的には同じ)。

■必要な揚力に対応できない尾翼の問題

さて、では二枚尾翼の実用化に不可欠な、尾翼の揚力不足をどうやって解決するのかを考えて行きましょう。

とりあえず以下の式で翼に生じる揚力は求められます。

揚力(L)=0.5×揚力係数(CL)×翼面積(S)×大気密度(p)×対気速度×対気速度(V2

揚力は揚力係数、翼面積、大気の密度&速度の二乗に正比例して増える、という事ですが、この内、機体設計で変更できるのは揚力係数と翼面積だけです。

よって尾翼の揚力を上げるには揚力係数を上げる、翼面積を増やすといった対策が考えられるのですが、どちらも重量&抵抗の増加に直結します。さらに尾翼の場合、上下面どちらにも揚力を発生させる必要から翼断面型はほぼ対称にせねばならず、揚力係数を稼げる翼断面型、特に上面に大きな曲げを持った形状にするには限度があります。
よって基本的には翼面積の拡大だけで対応するしかありませぬ。

ここで尾翼を傾けた角度をθとした場合、1/Cos θ 分だけ必要な揚力が増える、というのを思い出してください。
となると60度のコサインは0.5ですから、この段階で必要な揚力は単純に二倍、必要な尾翼の翼面積も二倍になってしまいます。当然、それ以上の角度を取った場合、より大きな尾翼が必要となります。
さらに二枚尾翼では、垂直、水平両尾翼を兼任するので両者の不足分を補わねばならない問題も出てきます。よってとにかく揚力が足りないのです。

その対策として考えられる尾翼面積の増加はステルスにとって大きな欠点となり、せっかく二枚尾翼にした意味が無くなってしまいます。さらに言えば従来の二倍以上の面積を持つ尾翼を機体に取り付けて飛ぶ、という段階でもはや物理的に不可能でしょう。強度、重量、その他の問題でまず無理なのです。

この点、F-117などは戦闘機のような高機動性能は最初から捨ててますから、運動性の低下に関して一定の妥協も可能でしたが、純粋な戦闘機ではそれはできませぬ(F-117の場合、後退翼を後ろまで引っ張ってバランスを取り、尾翼を小型化した。当然、運動性はガタガタである。ただし後退翼をそこまで引っ張ったのは機体を隠すためのステルス性確保の目的の方が大きいだろう)。

では、どうすればいいのか。それをこれから見て行きましょう。



余談ながらファントムIIやF-16のように、空力的な問題から水平尾翼に下半角を付けてる機体でもベクトルの傾きから来る揚力低下の問題は発生します。ただし盛大に下がってるように見えるファントムIIの尾翼でも、実際は23度ほどなので10%前後の翼面積増で済んだはずです。

NEXT