■第六章 ジョン・ボイド


■ボイドの教本

ここからはボイドがまとめた空戦マニュアル、“航空攻撃の研究(Aerial Attack Study)”の内容を少し詳しく見て置きます。この教本の機密指定はベトナム戦争終了後には解除されたようで、後にアメリカ空軍はもちろんNATO空軍の多くがこれを教材に採用しています。
このためかその気になればネットで誰でも読めますから、興味のある人は探してみてください。

このマニュアルはそもそもボイドが戦闘機兵装学校(FWS)をいよいよ去る、という事になり、彼の授業内容をマニュアル化しようとして作られたものでした(ちなみにパイロットは通常3年前後で配属が変わるのだがボイドは6年もネリス基地に居た)。
ボイドはこの教本を1959年の秋ごろから半年以上かけてまとめ上げ1960年に配布を開始、そして1964年8月に改定版が出されています。この改定がボイドの手によるのか、第三者によるのかわからないのですが、私が手に入れられたのは、この改定版の方だけなので、これを元に今回の話は進めさせてもらいます。
これが空軍の正式マニュアルとされるのには、後に一悶着あったりしたのですが、それでもアメリカ空軍の空中戦闘において、大きな影響を与え続けます。

ちなみにボイドも戦略爆撃のジョージと同じく、自筆の資料をあまり残さなかった人でした。基本的には講座形式で自分で説明しながら人々に伝えることを好み、このため彼の多くの成果は書物の形では残っていません。その中で、この“航空攻撃の研究”は直接読むことができるボイドの著作物として極めて珍しく、さらに150Pもあります。そういった意味でもなかなか貴重な資料です。

教本の説明対象は空中戦のみで、地上攻撃はほぼ無視してるのが特徴の一つ。ボイドは戦闘機は航空優勢を得るための兵器である、と割り切っていたのです。当時のアメリカ空軍でこれはかなり異常とも言えます。
その内容は対爆撃機迎撃編と、対戦闘機との空中戦編に分かれています。約150Pのうち最初の40P弱が対爆撃機編、残り100P以上は対戦闘機編です。対爆撃機戦闘は直線飛行の単純な航空戦であり全ての空戦の基本となるとされ、次の対戦闘機編ではその上級編として彼が得意とした空中戦におけるさまざまな飛行機動(Maneuver)の解説のオンパレードとなっています。

そしてF-100の機関砲(厳密にはリボルバーカノン)と照準器の説明、さらに当時の最新鋭兵器、AIM-9のB型サイドワインダーの性能解説などもやっています。せっかくだから、その辺りから少し見てゆきましょう。サイドワインダーは進化を続けながら、現在でも主武装の地位を維持している赤外線探知ミサイルですし。

■サイドワインダーの戦い方


 
世界標準といえる赤外線誘導ミサイル、AIM-9ことサイドワインダー。元々はアメリカ海軍が開発したものです。
赤外線誘導というだけなら、空軍にも変態オーナーのヒューズ社が開発したファルコンミサイルがありましたが、これは運動性が低く、あくまで直線飛行で飛んでる対爆撃機専用に過ぎませんでした。それに対してサイドワインダーは高い機動性を持ち、対戦闘機にも使えたのが特徴です。

サイドワインダーは赤外線を発する目標、主に敵機のジェット噴射を探知しながら飛んでゆくため、無誘導のロケット弾などに比べるとはるかに高い命中率が期待できます。ただし、当時の技術ではいろいろ限度があったのですが、ベトナム、中東といった実戦を通じて、徐々にその性能を高めて行きます。
1956年、最初に実用化されたのが、ボイドがこの教本で解説してるサイドワインダーのB型で、さすがに最初の実用型だけあって運用制限は多くなっております。

ちなみに“誘導ミサイル”であって“追尾ミサイル”ではないのに注意。このミサイルは相手を追いかけるのではなく、常に相手の進行方向を予測して、その先にある会合予測点に向けて飛んで行くようになっています。すなわちあらかじめ目標の未来位置を予測し、そこに先回りするように飛んで行く賢いミサイルとなっているのです。
飛行速度は相対速度差マッハ1.7を超えてくるため、通常の戦闘機が直線飛行で逃げ切る事は不可能です。そうなると旋回で振り切るしかありません。が、そこを狙って飛んで行くのがこのサイドワインダーなのです。

サイドワインダーの赤外線探知器はG(旋回により生じる力)が掛かると、目標を正面ではなく探知機に対して一定の角度を維持した位置に捕らえ続けるように修正します。これによって常に相手の進行方向に回り込むような飛行経路を維持するのです。
なので単純な旋回でこれを振り切ろうとするのは危険でサイドワインダーに先回りされてしまう事になります。よってジグザグに飛ぶ、というのが最良の回避方法となり、この時、機体には高い機動性が求められるため鈍重な戦闘機では逃げ切れなくなるのです。航空機の機動性は空戦で勝つためだけでなく、生き残るためにも問われる事になるのです。

とりあえずAIM -9は赤外線源に対して誘導されるミサイルですから、赤外線に対する基礎知識というのも必要になってきます。その点をボイドの教本から引用すると以下のような感じです。ちなみにターボジェット時代の話なのには注意。1970年代後半から(アメリカ空軍だとF-111以降)軍用機も排出熱量の少ないターボファンに切り替わってるので、多少、事情が異なる可能性があります。

〇ジェット機における赤外線源の特徴

1. ジェットエンジンの排気口周辺がもっとも強力な赤外線源である。通常の飛行状態なら全体の85%が排気口、残りの15%がジェット噴流からの赤外線放射となる。ただし、目標がアフターバーナーを使用してる場合はジェット噴流からの放射の方が大きくなり全体の60%を占め、排気口からのものは40%となる。

2. 排気口周辺に防護板をつけると、赤外線を探知できる範囲は大幅に狭くなってしまう。またソ連やイギリスの爆撃機はアメリカのB-47などのようにジェットエンジンをポッドで吊り下げず、胴体横や、主翼途中に埋め込んで搭載している。この状態だと真後ろ以外から探知するのは難しい。ただし、アフターバーナーを点火すると、十分探知できるだけの赤外線が出る。

この条件を見ると、防御側にとってアフターバーナーを使うことは、加速を得るだけでなく、赤外線ミサイルの探知をはずす、という意味でも有効だった事になります。オトリ用のフレア代わりに使えたのかもしれません。さすがに近年の赤外線探知機(Seeker)は、もう少し賢くなってるはずなので、その手は使えないと思われますが。

ついでにエンジンの横に翼が付くと探知が難しくなる、というのも興味深い点で、F-111以降の米軍機が水平尾翼を排気口の横に付けているのは赤外線対策の可能性が高いと思われます。アメリカとソ連が無尾翼デルタを嫌った理由として、ここら辺りの問題も絡んでる可能性があるのです。

 
 
写真はF-16の尾翼で、ご覧のようにジェット排気口を覆うように付けられています。F-15やF-22も同じような構造を持ちますから、これは赤外線探知対策と見ていいと思われます。
ちなみにソ連の場合ミグ21から尻の排気口は尾翼でガードされるようになりましたが、これを狙ってやったのか、何かの偶然なのかはわかりません。とりあえずサイドワインダーにとって、ミグ17に比べるとミグ21は狙い難い目標だった可能性が高い、という点だけは間違いないでしょう。

次は天然の赤外線による妨害について。
サイドワインダーのB型は、発射されて0.5秒後から赤外線の探知を始めますが、その時見つけたもっとも強烈な赤外線源に向けて飛んで行きます。が、世界は赤外線に溢れているので、その正しい運用は意外に面倒なのです。この辺りの教本での説明は以下の通り。

〇目標の背景に以下のものがある場合、それらが強い赤外線源となり、AIM-9Bの発射が不可能になるか、有効射程距離が短くなる。ただし、以下の問題は全て晴天の昼間に限定される。

1.太陽

太陽は空中でもっとも強力な赤外線源であり、太陽から25度の範囲内に目標がある場合、AIM-9Bを発射しても太陽に向かって飛んでいってしまうため、これを行ってはならない。また10秒間以上、直接ミサイルを太陽に向けると探知部が壊れてしまうので注意すること。

2.雲

晴天時の白い雲は強烈に太陽の赤外線を反射しており、これもAIM-9Bを引き付けてしまう。明るい雲を背景にした目標に対してはミサイルの探知部で明確に両者を識別できる距離まで接近する必要がある。ただし識別可能な最低距離がミサイルの最低有効距離(後述)より短くなってしまうことがあるので、その場合は撃たないように注意する。また、雲の背後に目標が入ってしまうと、その赤外線を探知することはできない。

3.水

地上の湖、海面なども、太陽をからの赤外線を強烈に反射する。特に波のない水面などに太陽が鏡のように映りこんでる場合は、AIM -9Bは使えない。それ以外の場合は、雲と同様に、明確に目標と識別できる距離まで近づいて撃つこと。

4.雪

雪も水や雲同様、赤外線を反射する。これも上の二つと同じく、接近して発射する必要がある。

5.地面

砂漠地帯などにおいては太陽光を反射してまぶしい場所などが赤外線源になりうる。

以上の条件に注意すること。ただし、雲の後ろに太陽が入ってしまう、というような場合は、むしろ赤外線の減少に役立つので、この場合は普通に撃つことができる。

といった感じですね。
ちなみにこの時代はまだ強烈な赤外線を発して赤外線誘導ミサイルを引き付けるフレアなどは装備されて無いので言及はなし。

この中では水の反射がベトナムの空で意外な伏兵となって来ます。地上に水をたたえた水田が一面に広がるため(年三回米が作れる三期作地帯なのでほぼ年中水がある)、晴天時には地上すれすれで飛行して、赤外線ミサイルを避けるミグが居たという話があります。
太陽の近くに位置されたらダメ、地上に水面があって強烈な反射をしていたらダメ、雲の手前に移動されてしまうと、かなり接近しないとキチンと誘導されない、など意外に使い方が難しいのが赤外線誘導のAIM-9Bミサイルなわけです。

特に雲は赤外線の反射でミサイルの発射を困難にするだけでなく、その中に逃げ込んでしまえばミサイルを振り切ってしまえますから、防御側にとっては理想的な盾となります。



空は通常雲だらけであり、赤外線の反射は意外にやっかいな問題でした。太陽を背にして雲に向って飛べば敵の赤外線ミサイルの射程距離を大幅に減らせ、そのまま雲に突っ込んでしまえば、もはやロックオン不能となってしまうわけです。
(可視光線に近い波長の赤外線は目視出来ない場所からはほぼ届かない)

以上はB型の話なので、以後のサイドワインダーはもっと改良されてる可能性が高いと思われますが詳細は知りませぬ。ただし雲の中に逃げ込まれると物理的に赤外線で探知は不可能ですから、これは今でも有効な対策だと思われます。

以上の注意事項を頭に入れた上で、実際にサイドワインダーを発射するわけですが、さらに以下の注意点があります。

〇火器管制装置(FCS)はジャイロ照準器による敵の未来位置予測照準ではなく、単純な固定照準で撃つこと

〇発射時に機体にかかるGは2G以下にする
(* 筆者注 これは極めて小さい数字で直進時か、かなりゆるやかな旋回以下での使用が前提になってます。激しい空戦機動の途中では撃てない、という事です。これは初期のサイドワインダーの大きな欠点でした)

〇AIM 9Bは発射した機体の赤外線の影響を避けるため、点火から0.5秒後に赤外線探知を開始する。このため最初の0.5秒間は目標の方向にかかわらず直進してしまうので、このズレを常に意識して発射すること

〇赤外線探知装置が作動した後は、赤外線源の進行方向と速度を測定し、相手を先回りする方向に飛んでゆく。目標が方向転換をした場合、探知範囲から外れない限り、その都度、新たな進行方向に向け自分で方向修正を行う

〇AIM 9Bは最終的にマッハ1.7まで加速される。これに発射した機体の速度が加わるから、マッハ1で直進中のF-100から発射されたAIM 9Bはマッハ2.7で飛んで行く。

〇AIM 9Bの有効飛行時間は燃料が切れるまでの18秒間となる。ミサイルの機動状態、発射時の自機の速度(速度は時期速度+マッハ1.7になるから)および大気密度によって、その時間内に達成される射程距離も変化する。

といった感じですね。ここら辺りまでが、サイドワインダー本体の基礎知識です。
さらにAIM-9Bの射程距離には最低と最大があり、最大射程より先に届かないのは当然として、最低射程距離以下でも使えないのに注意が必要でした。この点も教本から見て置きましょう。

〇最低射程距離

ミサイルは自機の速度+最大マッハ1.7もの高速で飛行するが、弾頭にある近接信管(Influence fuze)が作動するまで発射から2秒かかるため、2秒以内に到達してしまう近距離の敵には使えない。
運用試験によればAIM-9Bによる目標撃破の85%は直撃ではなく近接信管による至近距離での爆発によるとされており、近接信管が作動しないと撃墜率は激減することになる。よって、近接信管が起動するまでは有効な兵器とはならないから要注意。

さらに発射から0.5秒間は追尾装置が作動しない。その間、ミサイルは目標とは無関係に直進してしまうので近距離で発射した後に敵が回避行動をとると進行方向の差があっという間に大きくなって逃げられてしまう可能性が高い。よって、あまりに近距離での発射は命中を期待しにくい。

この最低射程距離の目安は目標と同速度、同高度で飛行中なら、3000フィート(約915m)となる。同高度で速度差がある場合は、以下の計算で距離が求められる。

3000+(3000×(自機の速度-目標の速度))
(単位は距離がフィート 速度差はマッハ数)

例えば目標の速度がマッハ0.8、自分の速度がマッハ1.2、その差がマッハ0.4なら、3000+3000×0.4で、4200フィート(約1280m)が最低射程距離となるからそれ以上近づいて撃ってはならない。目標の速度と目標までの距離は射撃用レーダーから求める事ができる。

ちなみに近接信管はレーダー感応式のもので、第二次大戦時に登場したVT信管と同じように、自らの発する電波に近距離からの反射があると作動、弾頭が爆発するものでした。

〇最大射程距離

最大射程距離は、AIM-9Bの有効飛行時間、18秒の間にどれだけ飛べるかで決まる。
これは、大気密度、発射時の自機の速度、ミサイルの機動などに影響される。まず、大気密度が高いほど空気抵抗が大きくなるから飛距離は落ちる。すなわち低高度でのミサイルの射程距離は高高度より短い。
そして、発射時の自機の速度が速ければ、より大きな飛行速度を与えられるため、同じ時間でより遠くまで飛べる。当然、高速なほど飛距離は伸びる。
以上の全てを考慮しながら空中戦を行うのは不可能に近いので、とりあえず、以下の目安を有効な射程距離として覚えておけばよい。

自機、目標ともに遷音速(マッハ0.8〜1.2)で飛行中の場合、高度10000フィート(約3040m)以下で有効な射程距離は約1マイル(約1.6km)、以後、高度が10000フィートあがるごとに、1.5マイル(2.4q)ずつ増えてゆく。

自機、目標ともに完全な超音速(マッハ1.3以上)で飛行中の場合は、高度20000フィート(約6080m)以下で1マイル(約1.6km)、これも以後、高度が10000フィート増えるごとに約1.5マイル
(2.4q)ずつ増加してゆく。

といった辺りが射程距離に関する説明です。

とりあえず空対空ミサイルには単純な最大射程距離、というものは存在しないのに注意してください。そして先に見た最低射程距離が約915mという事を考えると、サイドワインダーを発射できる位置というのは意外に限られたものになってしまうのです。この辺りB型以降の新型は、もう少しましになっているんでししょうけども…。

もう一点注意事項を追加して置くと、F-100に積まれていた測距レーダーは20mm機関砲の射撃用であり有効距離はせいぜい1800m以内となってます。このため6000m以上の高度でサイドワインダーに必要な距離測定をするには能力不足となります。
なので、ボイドは目標までの正確な距離を照準器のレティクル(円環)の目盛りから計算せよ、としてその計算方法も説明してるのですが、さすがにここでは省略します。


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