さて、私は絵を描く時、パースは取らないし消失点なんて考えない、
そして線では絵を描けない、と何度か説明してるのですが、これを読んだ知人から
「言ってる意味が判らない。貴様はやはり馬鹿に違いない」
という的確な感想を頂きました。なるほど、もっともな意見である、と判断したので、
実際にどうやって描いてるのかを少し説明させてもらいましょう。

お題は2021年の6月の表紙絵だったこちら。
普段は元絵とか途中の段階の絵とかは全部捨てちゃうか上書きしちゃうんですが、
今回はこの記事のために一通り残して置いたので、これを使用します。



まず、絵を描くには着想が要ります。どんな内容の作品にするか、ですね。

私の場合、漠然と心の底にある“心地よいもの”を見つけ出して絵にするのがその作業となります。
これは極めて漠然としたもので、光のカタマリのような、音のような、そんなモノです。当然、絵の形態なんて取ってません。
恐らく音楽の才能がある人はこれを音楽に、虚構創作の才能がある人はこれを物語に形作ってゆくのでしょう。
残念ながら、私の場合はそういった才能が無いので、自分の中にある“心地よい何か”を頭の中で絵の形に少しずつ変換してゆきます。

と言っても粘土のカタマリを絶世の美女の像に形作ってゆくような作業と違ってモデルがありません。
よって何かを見ながら似せてゆく、という事はできないのです。
じゃあどうするか、と言うと自分の中にある様々な光景や物体の情報を(ボイドの言うところの概念化された対象である)
いろいろ頭の中で組み合わせ、ああ、これだというのをひたすら探します。
で、なんとなく絵の形になったらざっと描いて見るのですが、場合によってはいきなり本作業に入ってしまう事もあります。

今回は元絵あり、の場合で話を進めましょう。とりあえず、今回描いた元絵がこちら。



完成見本と全然違うじゃん(笑)。

私の場合、元絵を下書きとして仕上作業を行う、というのをせず、以後、破棄してしまうので、この程度の違いが出るのは普通です。
これはあくまで着想のメモ書きに過ぎず、途中で本来の“心地よい何か”により近づける別の着想が出たら、迷わずそっちを採用するからです。
今回は「列車内の閉鎖空間と一人の人物」だけが主要な題材だったため、その原則だけ維持して、後はバンバン変えてしまってます。

でもって自分の空間把握能力だけで絵の舞台をまとめるため、パースだの消失点だのは一切使いませぬ。
幸いにして、その程度の空間把握能力が自分にあるので、それを最大限に活用します。
ただし現段階では空間形状は破綻しまくりですが、完成形に近づけて行く過程で
「自分の感覚でおかしいと感じない」状態に少しずつ修正してゆきます。

ただしこの手法はゼロから完成まで、一人でやってしまう趣味のお絵かきだから成立するもので、
アニメの作画のように絵コンテ、レイアウト、原画、動画、背景、さらに立体(3D)造形など、複数の人が絡む場合は使えません。
個人ごとの空間把握能力には個性があり、他の人には再現できないからで、
よって複数の人が作業を行う画面ではあちこちに破綻が出てしまうのです。
特に歪みがでない(それが利点でもあるが)、ポリゴンによる立体造形を取り込んでしまうとどうしようも無いでしょう。
おそらくアシスタントさんが画面の多くを描いてる漫画などでも同じような問題が生じてると思います。

ただし、最後の仕上げ以外のほとんどの作業を自分一人でやってしまう能力があるなら、
この点も解決は可能ですし(宮崎駿さんの画面設計がこれに近い)、
あるいは他の作業者にも空間把握能力があるなら、凡そ空間把握ができる補助線を引いてやる対策もありだと思います。
まあポリゴンだけはどうしようも無いですけどね。

ちなみに毎回ここまで違っちゃうわけではなく、2021年7月の表紙絵などはこんな感じでした。




この元絵が…



こうなったわけで、私としてはかなり元絵に近いモノとなっています、はい。

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