絵を描く能力にはいくつかの段階がある、というのが筆者の考えであり、それは何度か当サイト内でも触れてました。
今回、いい機会なのでその意味を少しキチンと説明して見ようと思います。

絵を描く能力とは目に見えるものを平面に写し取る能力、と考えてください。
そしてこの絵を描く能力は才能が7割、努力が3割と言った感じであり、才能がない人がどんなに努力しても残念ながら無駄です。
私が見て来た範囲では3割程度は能力を伸ばす事はできましたが、最初が0ならどうやっても0のママですし、1の才能しかない人がどんなに努力しても10の才能を持った人間を超える事はできません。
この辺りはスポーツや楽器の演奏と全く同じで、努力で補えるものより、持って生まれたものの差が決定的に大きいと思っておいてください。悲しいですがそれが現実です。
四番打者を育てることはできない、最初から才能を持った人間を見つけて来るしかない、というヤツです。

ただし絵を描く能力は感化能力なので、周囲の影響を強く受けます。
例えば21世紀にメチャクチャ絵が上手い人でも、19世紀に産まれて当時の絵しか見て無ければ、それを超える事は難しいです。逆に葛飾北斎が21世紀に産まれてたら、どうなっていたか想像もつかない、という事にもなります。
そして感化能力は時代と同時に地域の影響も強いので、同レベルの才能だったとしても、日本に産まれるのかケニアに産まれるのかで、その最終達成度は大きく異なって来ます。これもまた現実です。

周囲の絵のレベルが高いほど感化され完成度は高くなる、という辺りは昭和のマンガやアニメと、現在のそれらを比べて見ればよく判るでしょう。特に平均的な才能の人たちの描く絵のレベルは大幅に高くなっています。これが感化能力の特徴です。ちなみにこれらは音楽やスポーツでも似たような傾向があります。

さて、話を最初の問題に戻します。
その絵を描く才能ですが、私の考えでは、大きく三段階に分かれます。

まずは平面把握能力。もっとも簡単なもので、ご町内や校内に一人か二人は居ます。
ごくありふれたものです。知り合いの知り合いくらいにいくらでも見つけられると思います。

お次は立体把握能力。これは対象の形状を理解し、頭の中で自由に動かせ、それを平面に再現できるもの。
これは結構貴重で、おそらく一万人に一人くらいの割合でしか存在しません。
普通に生活してる限り、そういった才能をもった人に一度も会わずに終わる事の方が多いでしょう。

最後は空間把握能力。これは空間を丸ごと切り取り、どの角度からでも自由に頭の中で再現でき、さらにそれを平面に描けるものです。
ここまでくると百万人に一人くらいの能力であり、日常生活で見かけることはまず無いです。漫画やアニメや絵画と言ったプロの仕事でも滅多に出会えません。

この辺り、言葉だけでは判りにくいと思うので、実際に少し描いて見ましょう。最初はもっとも基本的ながら、意外に難しい立方体を例にとります。



■平面把握

まずはある意味、誰でも持ってる平面把握の能力。
この能力までだと対象を立体的に捉えられないため、真正面からか、あるいは少し角度を付けてもあまり奥行きが感じられない絵しか描けません。
上のような絵なら、鉛筆と定規、あるいはPCの絵描きソフトの直線描画機能があれば、誰でも簡単に描く事ができます。

■立体把握

次は立体把握。
これは対象の形状を頭の中に全て取り込み、どの角度からでも再現でき、それを平面に写し取る能力です。
誤解される事が多いですが、平行線やパースなどの補助線は無しでいきなりこれを描ける能力を指します。
単純化した下絵を先に描き、その仕上げに定規や直線描画を使うのは可ですが、平行線やパースの補助線を切って描くのは立体把握能力ではありません。
それらとは全く別、見たものを自分の感覚だけで、キチンと絵に再現できる能力です。

実際、上の絵は平行線もパースも切ってません。可能なら補助線を引いて見れば、全然そういったものに縛られていない形状になってるのが判るはずです。



こういった平行線や消失点に向かうパースの補助線を使うのは立体把握能力とは別。私の分類では、これは単なる作図です。

いや、これでもいいじゃん、と言われた事があるんですが、もちろん、これはこれでありです。その点、私も異論はありません。
ただしあくまで立体把握能力とは完全に別物なのです。繰り返しますが、これは絵を描く能力とは別、単なる作図作業です。

立体把握能力を持った人間は、自分の感覚だけで、平行線もパースも無しで、破綻なく立体を絵に再現できます。実際、私もある程度まで可能です。
良い、悪い、ではなく、そういった能力があるか無いかであり、これは生まれ持ったもので本人の落ち度でも成果でもありません。
単にそういう能力があるだんから仕方ない、と考えてもらうしかありませぬ。

そして、パースも平行線も使わない立体は描いた人間にしか再現できない「歪み」があるため、キチンとした能力があればこれが個性と味になります。
能力が無いとただの下手になりますが…。この辺りの個性は“立体として完全に正しい作図”であるポリゴンCGが苦手とする部分でもあります。


■空間把握

最後は空間を丸ごと切り抜いて再現する能力、空間把握。立体把握を盛大に拡張した能力です。

これは説明が困難なのですが、見えてる空間を頭の中に取り込む、あるいはゼロから頭の中に作り上げ、それをどの角度からでも破綻なく絵に描ける能力です。
この能力を使うには、対象をあらゆる角度から見て無いと困難なのですが、最高峰レベルの人になると見て来たようなウソをついて、全く破綻なく空間を構成してしまいます。もちろん、私にはそんなの無理です。

この能力で描かれると物体は単体で存在するのではなく、空間内に配置されて描かれます。
当然、これも平行線やらパースやら消失点を使わず自分の感覚だけで描ける能力です。
実際に線を引いてみれば、上の絵は直線だらけなのに消失点も平行線も持たないのが判ると思います。

ついでながら、そもそもパースだ、消失点だ、というのは作図に近いもので絵を描く能力ではありませぬ。
実際、風景写真を持ってきて、この中のどこに消失点があるか判るか、とやってみれば無意味なのが判ると思います。



画面外を含めて無数に消失点を造れば、パースでの作画もやれますが、ほぼ人間の能力を超えます(木の枝と電線に対してやってみよ)。
ただし空間把握能力がない人が絵を描くには必須の技術なんですが、あくまで能力を補う補助技術であり、それが正しいというものではありませぬ。
使わずに済むならパースや消失点だのは無用のものです。
立体把握能力、あるいは空間把握能力がある人が世の中のお絵かき入門の影響でパースだ平行線だとやってるなら、むしろのその才能にとって害ですからやめといたほうがいいです。ただし能力が無いなら、それに頼るしかないのですが…。

そんな話、聞いたこと無い、と思う人もいるかもしれませんが、それほどこの能力を持った人は少ないのです。私も必要最低限のレベルでしかありませぬ。
ついでに不思議な事に、男性の方が圧倒的に多くこの能力を持っている事が多いようです。理由は私にも判りません。

ちなみに立体、及び空間把握能力は、対象を頭の中に取り込んで自由な角度から再現できる能力と、それを絵にする能力に別れます。
通常は前者があれば後者は訓練で身に付くはずですが、例外もあります。

例えば映画監督の黒澤明さんは絵が上手とはいいかねますが、空間把握能力は持っており、これがあの人の映画の画面構成に独特のものを持たせてます。
その影響を受けて、かつ絵も描けたのが宮崎駿監督となります。だからやたらと画面に空間を感じさせるための風が吹くでしょ。
ついでにキューブリック監督も似たような面があり、この人の場合、逆に絵が描けないから動きまくる独特の映像が産まれた、とも言えます。
ちなみにこちらは絵を描ける人として、庵野秀明さんが強く影響を受けてますね(画面構成だけでなく演出面でも)。

ただし絵を描く能力として、もう一つ、模写能力というのがあります。
これは私には全く無いもので、自分に無いので数十年間、そんなものがある事すら気が付かなかった、という能力です。

具体的には写真などを見ると、正確にこれを絵に写し取ってしまう、同時に漫画などの絵も正確に模写してしまう、という能力です。
この能力を持った人は、立体把握能力を持った人程度には居るようですが、実際に目の前で見たのは私は一度だけです。
その人は絵の基になる写真を渡されると、トレスするのではなく、ささっと自分で絵に描いてしまうのです。
ほぼ破綻なく、見事なものですげえな、と思ったのですが、逆に写真が無いと一切絵が描けないと聞いて驚いたことがあります。
パーツごと頭の中で分解して独自の風景を造れるんじゃないか、と思ったんですが、そういうのはできないそうな。

なので写真や人の絵があれば描けるんだけど、何も無い所から何かを描く事はほぼ出来ない、という特殊な能力といえます。
個人的には、これも絵を描く能力には分類しないのですが、実際に見ると、その能力には結構、驚かされます。





もうちょっと具体的な例で説明したのがこちら。
なんとなく、言いたいことが判りますかね。当然、これもパースだ、消失点だ、平行線だ、といったものは一切、使ってません。
ちなみに立体把握はネットで見た小屋の写真が元ですが、空間把握の絵は私が自分の頭の中で組み上げた架空の風景です。





こっちはかえって判りにくかったかもしれませんが、せっかく描いたのだから載せて置きます。
ちなみに個人的には平面把握までは絵を描ける能力には含みませぬ。それは記号を集めた作図、というのが私の見解です。

ついでながら、あくまで私が見た範囲内では、日本のマンガ家さんの7割が平面把握まで、残りの内2割9分9厘が立体把握、空間把握で描いてる人は一厘以下、10年に1人も出てこない、という感じになります。
この能力については私もお粗末なので、ホントにこれを持ってる人はこんな作例のレベルでは無いです(笑)。

参考までに私が見て来た範囲で空間把握能力を持ってる漫画家さんは、大友克洋さん、高寺彰彦さん(ナムチを見よ)、北道正幸さん、そしてすぐに漫画家やめちゃいましたが貞本義行さん、1990年代のしげの秀一さん(当時のイニシャルDにおけるレース中の絵は空間把握の極北の例の一つ)ぐらいだと思います。
とりあえず私が読んでる漫画の数は決して多くないのですが、少なくともこの15年くらい、あまり見た記憶がないですね。

といった感じでこ今回の原点回帰はここまで。
このあたりの能力の有無によっていわゆるど真ん中構図、平面構図といったショボイ絵が次々と産まれてくるのですが、その辺りはまたいずれ。

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