夕撃旅団日記

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08月16日(水)『イニシャルD』
4月にシロネズミことジャンガリアンハムスターのアルビノを拾って約4カ月。
まあ、齧歯目とジャンガリアンハムスターについては、一通り理解した…
と思ってたんですが、先日、連中が牧草のティモシーを食べると知って驚愕。
まだ知らん事ばかりかもしれぬ。

でもって、なんで牧草なんてあるの、といえば新顔が来たから。
現在、草食南米ネズミことデグーが我が家に居ます。
そもそもシロネズミのエサを買いに近所のペットショップに行った時、
尻尾に毛が生えたドブネズミみたいなのが居て、それが初めて見たデグーでした。
変なネズミと思ったんですが、人が寄るとケージの隅まで来て鳴くのを見て、
あれま、鳴きネズミだし、人懐っこいしカワイイじゃないの、と思ってネットで調べてみたら、
気温が28度を超えると熱中症になる恐れがあるそうで、つまりクーラー必須。
クーラーくらいはあるけど、そう毎日使ってたら電気代がたまらんと、この件は忘れる。

が、いろいろあって、実はデグーを飼えなくなって困ってる人がいる、と紹介され、
その仲介した人が現在預かっているので飼ってみないかと言われたのが先月末。
その後、検針までの一週間で電気代のテストをやってみたら、月額3000円の負担以内で収まると判明、
さらに人懐っこくて噛み癖の無い良い子だ、とまで言われ
最後に、ここ10年負けなしのコイントスによる易占をやってみたら、
運命である引き取れと断言され(乾だぜ)たので、引き取ることにしてしまいました。

で、本日で引き取って5日目なんですが、デグーすげえ、という感じで、
ジャンガリアンハムスターとは色んな意味でケタが違いました。
すげえ、としか言いようが無い齧歯目で、相手していて飽きませぬ。
ただし相当な覚悟も必要で、犬猫並みの手がかかると思いますし、こちらの心構えが要求されます。
正直、ここまでとは思って無かった、という部分もあるんですが、
まあ引き取った以上、面倒見るしかないですね。

でもって人懐っこくて噛み癖が無い、は嘘でして(笑)初日から手には乗らない、
撫でようとすると手で払いのける(ホントに人間のようなしぐさで、よせよ、とやるのだ)、
さらにいきなりガブリとやられる、という状態で、あれまと思う。

ただし人を怖がらない、手渡しでエサは受け取るので、どうも前の飼い主さん(実は直接は会ってない)
あまり接触しないで、カゴに入れたままの状態でエサと水は欠かさず上げてた感じなのか、
と思ったんですが、体重を計ってみたら150gでここでもビックリ。
事前に調べた限りではデグーの体重は180g〜300gが一般的、との事でその最低レベルにすら達してないのでした。
1歳3カ月と聞いており、どう考えても成獣で、この体重はおそらく栄養不足。
いろいろ与えて、5日目の本日、ようやく156gになりましたが、まだ栄養不良の疑惑在り。
雑食のハムスターならたんぱく質与えて運動させると筋肉質で体重が増えるのですが、
草食動物の人生経験がないので、とりあえず牧草とペレットとキャベツを与え、
25pの巨大回し車を狂ったように回す事で、筋肉付けてもらってます。

ただし5日も経つとある程度は慣れて来て、手に乗ってエサを食べる、
最低限撫でさせてくれる、といった所までは漕ぎつけました。
が、撫でまわしたい飼い主と、なんかウットウしいわね、と考えてて隙あらば噛みつこうと
思ってるデグー(メスだ)との間に、静かな緊張感が漂ってたりもします。
ちなみに家に来てから全然、鳴いて無くて、あれ、デグーってこんな静かなの、
と思ったら、本日辺りから少しずつキュルキュル鳴いております。
まあ、徐々に、徐々に、ですかね。

08月10日(木)『渡す』
ダメ人間兼コックに会ってアメリカ土産のタコス製造キットを手渡す。
例によって感謝されず。
深夜にいたるまで、地球型惑星の大気圧下でタコスと夕張メロンが戦った場合、
どちらが有利かを検討するも、結論でず。
…限られた寿命の中で、もう少し実りある討論をするべきではないかと思う。

08月09日(水)『野生』
まず、十分な深さのある20p四方くらいの容器を用意します。
つぎに園芸用の黒土を厚さ5p以上敷き、その上に牧草のティモシーを敷き詰めます。
最後に、あらかじめ準備してあったジャンガリアンハムスターをそこに放り込むと、
奴らの野生スイッチが急にオンとなり、半狂乱状態の野生に戻ったハムスターが見れます。

当家では後始末の掃除に2時間、箱の中に立てこもって出て来なくなったシロネズミを帰宅させる説得に20分かかりました。

08月05日(土)『訪問』
数カ月ぶりに、国立博物館と西洋美術館を訪問。
たまに訪問するにはいい所だなあ、とあらためて思う。
まあ、せっかく近所に住んでるんだしね。

07月31日(月)『LX-100』
今回のアメリカ行で、かなりタフな使い方、すなわちガンガンに落とす、ぶつけるをやってしまったため、
夕撃旅団主力カメラLX100において、黒点の映り込みが出る、ズームが時々止まる、といった不具合が出始める。
なので、以前から存在だけは知っていた秋葉原の旧石丸帝国裏にあるPanasonicサービスセンターに修理に持ち込む。
聞けばレンズ2枚、上部の回路まるごと取り替え、との事で、こりゃ買ったほうが安いかな、と思ったんですが、
サービスセンターで決まってる部品交換修理代の定額、税込みで14030円で修理してもらえました。
さらに私が気がついてなかった不具合まで直してもらえて、ありがたい。
翌日には新品のような動きで戻って来たので、Panasonicブラボーですね。

でもってデビューから3年、そろそろか、というLX100の後継機の話が全く出てこない。
これでLXシリーズ打ち止めなら、もう一台買っておかないとなあ。
昨年末から、在庫確認製品入りしてるので、ついに生産中止かと思ったんですが、
未だに品数は豊富に出てるので、一定量は作ってるんですかね。
発売から3年、私が購入してから2年3ヶ月経ちますが、意外に値崩れしておらず、
そこそこの人気はあるようですが。

07月27日(木)『イギリスの狙い』
そもそもはボイドの「破壊と創造」の実例の解説をやろうと思っていた。
でもって元ネタの分解、そこからの新たなる作品の創作例に最適であろうと
「砂漠の魔王」と河口彗海の「チベット旅行記」を分解、再構築すると「シュナの旅」や「風の谷のナウシカ」の一部が完成する、
という話をやろうと調べてみたのだが、意外な事に気がついて来た。
彗海がチベットに滞在していたのが1900後半年から1902年までだが(第一次滞在)、旅行記やら関連の書籍を読み直して見ると、
思った以上に当時すでにロシアがチベットに手を出しているのでありまする。

日英同盟の締結が1902年、1904年には日露戦争が始まる。
日露戦争は極東でのロシアの勢力拡大を恐れたイギリスが、日本をけしかけてやらせた事実上の代理戦争である。
この時、イギリスは中国での権益を守る気だったのだ、といわれるが、どうも違う気がしてきたのだ。

1901年頃にはすでにロシアは千ベット政府に何らかの干渉をやっており、
そのすぐ南にあるインド方面植民地を守るためヒマラヤを絶対防衛線としていた
イギリスはイギリスで、これに対するスパイを放って対抗している。
このため英語が話せた彗海はさんざん、イギリスのスパイとして疑われているのだ。

なのでイギリスが本当に恐れたのは、当時独立国だったヒマラヤのチベット、ネパールをロシアに抑えられ、
インドのすぐ北側に連中がやって来ることだったのではないか、という気がしてきた。
実際、1904年に日本が日露戦争に踏み切ると、イギリスはすぐさまチベットに軍隊を送り、これを武力で制圧してしまった。
この時、事実上の王であるダライ・ラマはロシアに助けを求めるため北上して清に逃げるのだが、
日露戦争で手一杯のロシアには保護を拒否されてしまうのである。
(この当たりのロシアとアジアの王族、という関係は直前の朝鮮王朝と驚くほどよく似てる)
どうもイギリスはインドへの脅威から、日本に代理戦争をやらせたようだ、というのが真相と思われる。
いずれ記事にまとめようかと思ったんですが、それほどの話でもないので、とりあえず日記に書いておきまする。

07月21日(金)『聞かれる』
アメリカ旅行から帰ってきたら、利用した飛行機会社、予約サイト、ホテルから
殺到、という感じで、今回の利用はいかがでしたか、というメールが来ていて驚く。
基本的に満足していたので、全てに肯定的な内容でお返事。

この手のアンケートの功罪は、ご不満はありませんか?的な質問をすると、
特になかった人でも、答えなきゃな、と思って揚げ足取りのような内容で回答をしてしまう事でしょう。
それがデータとしてどれだけ役に立つのか、はなはだ疑問だと思うんですけど、そういったアンケート、多いですね。
また、文句を言う人ほどこの手の質問には答えやすく、満足してた人は得てして特に何も言わない、という傾向があるように見えますから
個人的にネットの口コミは、文句を言ってる人より、褒めてる人のわずかな不満、といった方がはるかに参考になるように思います。

ついでにこういったアンケートで顧客満足度を上げる、は手段であり目的はそこから利益を拡大させる、なんですが、
どうも手段が目的なってる会社、多いようにも思います。
どうやってこのデータを活かす気なんだろう、という、質問内容がとても多いのです(笑)。

07月11日(火)『観る』
というわけで、シカゴ&アメリカ空軍博物館6日間の旅から無事帰還。
今回の行きの便で窓際の席が取れなかった、というおそらく20年前の
初めてのアメリカ行き以来の悲劇に見舞われたたため、機内で映画ばかり見てました。
帰りも含めて観た作品名を並べると、
「オデッセイ」「アナと雪の女王」「ラ・ラ・ランド」「マネーショート」「君の名は」
「ズートピア」「ウルフ オブ ウォールストリート」「ファウンダー」「スティーブ・ジョブス」と
通常の2年分くらいの映画を浴びるように見て来る、という不思議な旅になりました。
旅行そのもののも楽しかったですが、こちらものそれなりに楽しめました。
ちなみに、この中でお金払って見る価値がある、と思ったのは、
「オデッセイ」「マネーショート」「ズートピア」「ファウンダー」「スティーブ・ジョブス」
の5本で、比較的アタリの多い機内上映だったと言えます。
ただし、日本語吹き替えが大半だったのはちょっと残念。
なんで日本語吹き替えの声優さんて、叫ぶように喋るんでしょうね。
オリジナルの音声はもっと静かで、丁寧に話してるのに。
この点、NHKのニュースの吹き替え音声とかももっと落ち着いて話せよと常に思います。
日本映画とかでも、みんな叫ぶように話す事が多く、これが一種の文化なんでしょうか?
やかましいな、と私なんかは常に思ってるんですけど。

07月05日(水)『苦労』
アメリカ空軍博物館見学の予備知識として、アメリカのICBMの歴史を調べてるうちに、
V-2ロケットの開発に関してもいろいろ知ることがありにけり。
ドイツの技術の結晶、ドイツ最高、と言っていいのがV-2なのだが(実際、一部の技術はアポロ計画でも利用された)
これは当初、かなり冷遇されており、開発を見に来たヒットラーも興味を示さず(というか理解できなかった)、
予算は削られまくって、実験に必要な最低限の機材以外は予算が付かず、まともな事務用品すら買えなくなってしまったそうな。
でもって、困ったペーネミュンデの実験チームが考え出したのが、予算申請を専門用語でごまかすことだったのだとか。
たとえば“直径1cm以下の木材を適切な形状に加工するための装置”“ドラム機構によって状況を記録する装置”といったもので、
前者が鉛筆削り、後者がタイプライダーのことで、これで無事、予算は取れたらしいです…。
なんだか泣ける話だなあ、フォン・ブラウンも苦労してたんだなあ、と思った初夏の日。

07月03日(月)『来るぜ』
昨年、千葉市立美術館で私を歓喜させた吉田博展が、7月15日から
東京新宿の損保ジャパン興亜美術館でも始まります。
川瀬巴水と並んで、日本最高の絵を描く人、と私が思っている方です。
興味のある人は、是非この機会に。

06月29日(木)『アメリカは面倒だ』
てな訳でアメリカ空軍博物館再戦まであと一週間となり準備の追い込みに入っております。
しかし今回はパスポートの期限切れも重なったため、出かける前からエライ出費に。
まずパスポートの更新代が10年で16000円(涙)、写真代やら交通費やら入れたら実質17000円。
で、最後のアメリカ入国が4年前ですからESTAも再申請して、これが約1500円。
で、今回はついに私もアメリカで車を運転せざるを得ず、国際免許を取ったためこれが2400円に
写真代やら何やらで実質3500円ほど。
なので出発前から、すでに2万円を超える出費となってしまい、トホホホ…。
これだけで国内一泊旅行くらい行けたなあ。
これだからアメリカは面倒なんだよ、と思いながら、とりあえず準備をしております。
LX-100カメラのバッテリー、もう一個買っておくかどうか思案中…

06月22日(木)『平等と平均』
現状の日本の国家財政は考えるだけでも胃に悪い、という状況で
まともに対処するなら消費税10%は避けて通れない、という話までは理解できる。

だが現状を常識ある思考力で検討すると、消費税10%でも足りるわけがない。
ただし、だからといって、だったら消費税20%まで実現の視野にいれるべきだ、という話は根本がおかしい。
増税は不可避だが(これを避けて年金や保険料を上げまくってるのが現状だ)、
それを消費税で補うのは最も悪手であると言っていいだろう。
消費税は、考えうる限り、最も不公平な税制だからである。

1000円の買い物をして誰もが10%の税金を払う、全員が同じ金額を払う、というのは均等な負担なのは事実だ。
ただしこれは食費だけでも相当な負担となる母子家庭の人も、ポルシェに乗って、年末年始はハワイに往く人も、
全く同じ金額を負担しなくてはならない、という事を意味する。
同じ100円の税金でも、両者にとってその重みは全く異なるのは言うまでもないだろう。

消費税というのは、誰にでも均等に同じ負担を強いる。
が、それは均等であって、平等ではない。両者は似ていながら、全く異なるもので、
場合によっては対立関係すら成立するものになっている。
これを勘違いしてはならない。
あらゆる収入の人間に、単純に、同額の負担を強いる消費税は、端的に言って狂ってるのだ。
10%までならまだしも、それ以上の増税はあまりに不公平となる。もし増税が必要なら個人の収入に対する累進課税で行わねばならんのじゃ、
といった事をなんとなく考えていた夏の日。まあ、いずれにせよ、このままでは日本の国庫は破綻するんですけどね。
ついでに、同じ理由でNHKが私は心の底から嫌いですが。

06月18日(日)『シロネズミの敗北』
仕事から帰ってしばらくするも、ハムスターモジュール要塞(HMF)から全く音がしない。
寝てることが多い極めて退屈なペットとはいえ静かすぎる、と思って巣箱を開けてみると居ない。
あれ?と思ってあわてて要塞防壁を確認すると、ここしかない、というピンポイントな弱点を
見事に齧り切って穴が開いてるのが判明する。

収容中齧歯目脱走につき、夕撃旅団統合司令部は第二種警戒体勢に移行、その捜索が開始される。
が、室内に全く気配がない。どっかに隠れてるにしても数時間に渡ってここまで静かなことは過去4回の脱走では無かった。
変だな、と思ってよく見ると、そういえば部屋の窓を開けっぱなしにして出かけてた。
これは従来の脱走とは決定的に異なる点で、あ、ここから外に逃げたか、と考えられた。
2カ月にわたる飼育で、底抜けにノンキ、というジャンガリアンハムスターの特性を知った私としては、
ヤツが外で生きていけるとは全く思えず、残念だが、死と引き換えに奴は自由を手に入れたのだ、と判断する。
命を懸けてまで自由を手に入れたシロネズミに敬礼、黙とう、、奴は立派な戦士であった。
でもってバイバイ ハムスター、実はこの間ペットショップで見たデグーという種類のネズミが気になってたんだよね、次はあれを飼おう、
そうしようと戦士に敬意を表して脱走ハムスターの二カ月にわたる飼育が終わる。







…と思ったのだが、どうも怪しい。
典型的なトリック、外に逃げたと見せかけて、実はまだ中に居たパターンの疑いがぬぐい切れぬ。
そこでヤツが常に逃げ込む冷蔵庫裏の深い穴の前にキャベツを置いておくと、いつの間にかこれが消えていた。
居るな(笑)。

翌日、休日を利用して巣箱と大好物のさつま揚げを穴の前に置いて待機し待つこと3時間、ついに脱走犯がひょっこり穴から顔を出した。
ここで夕撃旅団団長自らの手により速攻で身柄を確保、約48時間渡る逃走劇に終止符を打ったのでした。
ついでにシロネズミが身柄を抑えられたときにあわてて取った行動は、暴れるでも反省の色を見せるでもなく、
食べてる途中だったさつま揚げを、あわてて頬袋に押し込む、でした。
…そいうヤツだよ、お前は。

というわけで、現在もまたシロネズミとの生活が続いております。

06月13日(火)『いろいろ』
不忍池の横で信号待ちをしてたら、耳に無線機つけた人が電柱の下に立っていて、あ、これ信号操作やってるっぽいな、
どっかの国のエライ人でも通るのかな、と思って腕組みしながらぼーっと待っていた。
すると間もなくパトカーが通過した後から黒塗りの高級車が走ってきて、
中から品の良さそうなご夫婦が、沿道の人に手を降りながら通過して行きました。

……ええええええええ、天皇陛下ご夫妻じゃん、とあわてて手を下ろすが、間に合わず。
警察の人も、一言教えてちょうだいよ、と思う。
しかし東大病院にゆくなら御茶ノ水方面からの最短ルートを通るはず、かつここから高速道路は入れない。
どこに行ってたんだと思うも、初めて直接見たので結構驚きました。
でもって沿道の人たち、特に私みたいなバカそうな顔見てもキチンとににこやかに手を振っていただいたのを見て、
あれは大変なお仕事なのだなあ、と改めて思う。
生前退位はご本人の希望なら、当然、認めてあげるべきだろうとも思ったり。

ついでに我が家のハムスターの睡眠時間が従来よりどんどん長くなり、あまり巣から出て来なくなる。
エサも最低限しか食べず、もしかして寿命なのか、あるいは病気なのか、それとも急に暑くなったの夏バテなのか…
と思ってたら、昨晩は一晩中、ハムスター統合モジュール内(仮称)で大暴れして安眠をさまたげていただきました。
しばらく様子見、ですかね。

06月09日(金)『絵』
これまた近所ながらしばらく行ってなかった弥生美術館に長沢 節展を見にゆく。
ファッションデッサンと言うか、そういったタイプの絵描きさんで、以前見た時、
強烈な印象を受けたので、今回の展示会もまた見学に。

独特の絵を描く人なんですが、やはりJOJOの奇妙な冒険の第二部以降、
荒木飛呂彦さん、この人の影響受けてるよなあ、と改めて思う。
ほとんどのファッションモデルの絵はJOJOポーズでしょう、これ(笑)。

そう考えると、荒木飛呂彦さんは原哲夫と長沢節という両極端な
二人から影響を受けてる、すなわちK-1グランプリと、宝塚歌劇団の要素を併せ持つ、
というスゴイ作風なのだなあ、と思ったり。

06月05日(月)『観る』
新宿に抜けるのに自転車で移動したら、途中、四ツ谷から新宿三丁目あたりにかけてお祭りをやってました。
かなり前にも一回書いたのですが、都心部のお祭りで五月から六月の春から夏至の前に行われる地域が江戸時代の街中で、
秋の九月ごろに行われる地域が当時は農村だった一帯なのですが、あれ、そうすると四谷から新宿も当時から街中だった、という事になりますね。
新宿の駅辺りまで行くと、完全に郊外で田舎だったんですが、四ツ谷周辺まではギリギリ江戸の都心だったのか。
この辺り、ちょっと意外、という感じもしたのでした。

で、新宿には映画「ローガン」を観に行ったのですが、変な映画でした(笑)。
マーベルがこんな映画造るんだ、という内容で、いい作品をつくろうという気概も感じられるんですが、
細部が甘い、ワキが甘い、という感じの内容で、ちょっと褒められた作品ではなくなってます。
でもマーベルがこんな映画造るんだ、と驚いたのは事実です。

05月30日(火)『名前』
細かい事ながら少し気になった話を少し。
日本の第2次大戦を大東亜戦争と呼ぶのはアメリカとの開戦後に始まったものだが、
何を考えたか、この命名の直後から、時間を遡って日中戦争までこの呼称の対象としてしまった。
なので日中戦争が大東亜戦争の一部なのは間違いないが、それでも1941年12月8日以降の記述でこの呼称が出る場合、注意がいる。
ついでに、この呼称は陸海軍が協議して決定したものながら実は陸軍案で、海軍案が戦後普及する「太平洋戦争」だった。
このため海軍上層部は大東亜戦争という呼び方をあまりしない、という傾向もあったりする。

05月24日(水)『小話』
最近、いろんな数字がどうも当てにならん、という経験が多いので、
数字による論証は必ずしも厳密ではない、という点について小話をひとつ。

フォードがアメリカ中の現地販売店経営者を招く全米ディーラー会議を、その年はアイダホで開いた。
ニューヨークの経営者が、地元アイダホの経営者とレストランで話をしていると、ホウキにまたがりカウボーイハットをかぶった若者が、
犬に追いかけられながら、アメリカ国家を歌いつつ道を走って行くのが見えた。
すると、反対側から上半身裸の男がジープに乗って、クラクション代わりに44マグナムを空に向けてぶっ放しながら走ってくる。助手席にはピンクに塗られたブタが座っている。
これを見たニューヨークから来たディーラーが、やや唖然としながら、地元のディーラーに訪ねた。
「君、ああいった連中は、このあたりでは普通なのかね?」
「あんたら都会の連中は、すぐ田舎を馬鹿にするだ。悪い癖だで」
アイダホのディーラーが憮然として答えた。
「あんなのはせいぜい、十人中六人くらいなもんだ」

05月22日(月)『マーヴル』
地雷映画男の発案によって、六本木ヒルズでやってるマーベルコミック展を見に行く。
ヒルズの展望台展示にロクなものなし、が個人的な経験則なんですが、これはまあまあでした。
ただ、どうもマーベルコミックが社会問題をテーマにしてるとか、哲学的な内容を持つとかの解説が多くてどうかなあ、と思う。
マーベルコミックの展開した愛すべきバカ世界観はそれなりに良くできてますが、あくまで愛すべきバカであり、
それが高尚な顔をして、難しいことを語り始めたら、たぶん、ロクでもないものになってゆくとオジサンは思うのですよ。

05月19日(金)『高い』
もう池袋には当面行かぬ、と書いたのですが、考えて見ればパスポートの引き取りに行く必要があるわけで(涙)あっさり、再度来訪。
しかし10年期限で16000円はいい値段だなあ、どれだけ公務員の皆さま方の利権団体がこの下にぶら下がってるんだろう、と思う。
公務員などの無人化、事務仕事のAI化は、仕事の効率が変らないなら、AIは天下り先の組織とか作りませんから(笑)、
個人的には非常にメリットは大きいと思っております。特に警察関係。

東京東部はお祭りシーズンに入って、やや殺気立ってるんですが、今週末がメインイベント、三社祭です。
今回は予定があって見に行けぬのですが、これが終われば、そろそろ夏、という感じですね。

05月13日(土)『更新』
10年ぶりのパスポートの更新のため、池袋の交付所へ。
池袋なんてまず用が無いので年に一回、行くか行かないかなのですが、
久しぶりに出かけたら、いろいろ変わっていて驚く。

まず、池袋の隣、新大塚にあったスパゲティ屋、る・ぼーのが閉店してた。
本郷三丁目のセキヤ亡き後、私認定による東京で一番良いスパゲティ屋だったので、なんとも残念無念。
もう、今後は店でスパゲティを食べる事は無い気がします。

池袋の東京造幣局が博物館ごと無くなっていた。
サンシャイン60横にあったこの施設、戦前からのものですが、さいたま市に移転になったそうな。
でもって、現在は大規模再開発が始まってるようです。これはちょっと驚いた。

トヨタの広報施設、アムラックスが無くなって、変な商業ビルになっていた。
こっちは調べてみたら既に3年前に廃止になってたようですが、全く気が付きてませんでした。
まあ、よくわからん施設だったからなあ…。

池袋、皆何しに行くんだろう、という何もない街ではありますが、ここも刻々と変化してるんだなあ、と思ったり。
まあ、私はまた当面、行きませんけど。

05月09日(火)『日本語』
ここ何度か、英語圏から来日中の人に、スマホのGoogle mapを見ながら、
ここへ行く道順を教えて、と聞かれる。
そんなん、自分で見ろよ、なんのためのGoogle mapだよ、と思いながら画面を見ると、
東京の地図が英語版でも日本語表示のままなのに驚いた。
日本語版だとアメリカの主な都市やバンコクあたりなんかでも日本語表示に切り替わるのに
(漢字表記だからか、中国語圏はそのままだが)
英語版にはそういったサービスはないんでしょうかね。
そりゃ、聞かなきゃわからんな、と思った初夏の日。

05月08日(月)『ハムスターモジュール』
相変わらず、かなりの時間をハムスター対策に取られてます。
ここまでやっても二年しか生きないんだよなあ、と思わなくもなく。
とりあえずペットボトルを利用した夢の懸け橋(仮称)で接続された
独立棟形式、モジュール式の巣箱が最適だと判って来たので、
昭和基地のような、というか宇宙ステーションのようなというか、
独立したモジュールを次々と接続して巣を構築してたら、
ただでさえ狭い我が家がさらに狭く…。
が、本人は大満足なので無下にもできず、しばらく様子を見ますか。

05月03日(水)『齧歯目の力』
というわけでハムスターとの同居が始まったんですが、飼ったことがないので、
いろいろ情報をネットで見て、必要なものを揃えたものの、実はロクな情報がなく、
結局、本人との話し合いで生活環境を整える事にして、落ち着くまでに10日前後かかりました。
途中、何度も脱走して、腹が減ると部屋に出てくる、という繰り返しで、
しかも出てくるたびに「お前の家、こんな狭いの?マジで?」という顔をしており、微妙に腹が立つのでした。

でもって、ようやく落ち着いたものの、買い物に行くと、普段はまず買わないキャベツを、
ハムスター用に買ってゆくか、と思ったり、ドンキに行って覗いた事もないペットコーナーを見たら
小動物飼育用の木材チップが売られてるのを買ってきたりしております。
当初は、ああ俺って良い奴だなあ、と思ってたんですが、ここしばらくずっとそういった事が続いており、
ひょっとして俺はあのハムスターに脳波レベルで操られてるんじゃないだろうか、と不安になってきたり。
もしかして人類は知らぬ間にネズミに操られてるんじゃないか、ドブネズミに快適な都会を人類が生み出したのは、
連中の意志によるのではないか、と思ったりし始めた初夏の日。

05月02日(火)『スター』
地下室を通って自転車置き場と洗濯室に行く構造になってるのが私が住む集合住宅なのですが、
その地下室の廊下を歩いてると、向こうから白い小さい物体が走ってくる。
なんだ、と思ったらネズミだった。何度かハツカネズミとばったり出くわしたことがあるので、
今回も不意遭遇で、向こうは慌てて逃げるだろう、と思ってたら案に反して道を譲る気は無いらしい。
こちらも道を譲る気は無いのでズンズン行くと、廊下の真ん中で両者対面する事に。よく見ればシロネズミで、あれ、もしかしてペットのネズミ?
と思って手を出すと、ひょいと乗っかって来た。乗っかって来た挙句に嚙みつきやがった。
手に乗る、という事は間違いなくペットだ。手を噛むということは人類への敵対宣言であろう。
どうするか、と思ったが、しかない一時預かりとして部屋に連れ帰り、ネットで調べてジャンガリアンハムスターであると知る。
でもって玄関の掲示板に預かってますと貼りだして三日、飼い主は名乗りでて来ない。
そもそもこの集合住宅で地下室に行くには階段かエレベータしかない。
あらゆる配管は細かい部屋で分断されてるので集合住宅内の部屋から逃げ出して地下室に入る方法は無いのだ。
どこからやって来たのだ、と思うが、飼い主が出て来ないのでは仕方ない、ウチで飼うしかないとなり、今、我が家にはハムスターが居りまする。
既に脱走は4回、驚くほどの巧妙さで逃げ出すものの、腹が減るとひょっこり出て来る、という状態なので、
市販のゲージに巣箱を直結させる、というハムスター要塞を自作し、そこに入れたところ、いたく気に入ったのか、
今度はほとんど巣箱からでて来なくなってしまっております。
不思議な生き物だなあ、と思いつつ、相手の寿命が終わるまでは面倒を見ようと思ってます。
ただ、拾った直後はハゲてるは毛はボサボサだわで、間もなく寿命だろうと思ってたんですが、
保護して一週間たちつつある現在、ハゲが治って、毛並も戻ってきてしまって、意外にヤング?という疑惑も…

04月26日(水)『やかましい』
住んでる集合住宅が内装の改装ということで工事に入る。
が、これが予想以上に大規模で、凄まじいドリルやら釘打機やらの音でえらいことに。
ここしばらく昼夜逆転の生活が続いてるので、寝るに寝れず、まいったな、という感じです。

実は昨年の秋にも隣の建物の改装で同じような目にあっており、
さらに今は近所で別の公園整備の工事が進んでいて、なんともやかましい日々が。
はやく平穏な日常に戻って欲しいものです…

04月21日(金)『いろいろ』
いろいろあって、六本木のエルミタージュ美術館展、
上野の国立博物館の茶の湯展を立て続けに見る。

まあ、正直、金払って見るもんじゃないな、という所でした。

ただし国立博物館は年々進化を続けており、5年ぶりくらいに本館を見学したんですが、
なかなかいい博物館になりつつあります。
現在の状態なら、こちらだけ金的蹴りあり、精神攻撃在り(若いころのハズカシイ体験に関する言及を許す)
といったハンディさえもらえれば、スミソニアン博物館軍団、ロンドンの博物館軍団と、ある程度まで戦えるんじゃないでしょうか。
…多分。

04月16日(日)『確認する』
ダメ人間兼コックに私が仕事でもらったアルコール進呈式を敢行する。
(私は自分からアルコールを飲むことは無い)
その際、深夜のサイゼリアで、同じ宮崎キャラのカタカナ三文字名前の悪役でムスカとレプカを比べた場合、
いかにムスカが恵まれた立場ったか、を徹底的に議論する。

●ムスカは最後まで、誰にも裏切られてない。
●ムスカは部下が敵に走った挙句に敵と結婚までされたりしてない。
●ムスカは空中戦艦撃沈に巻き込まれてない。しかも空中戦艦はキチンと古代兵器の攻撃で盛大に沈んでる。
レプカなんかガキ二人とショボイ中年に肉弾戦でギガント落とされて墜死。
●どっちも海に落っこちて終わりなんだけど、ムスカは古代文明の粋と一緒に落ちて行く。
●でも私は家弓家正さんの声は一番好きだった。なんでムスカが家弓さんじゃないんだよ。

深夜のサイゼリアで、レプカに119円のフォッカチオをささげて黙とうした春の日。

04月14日(金)『ねばる』
父方の祖父、祖母の法要で長野の小諸に二年ぶりに行く。

…5年前にアニメ舞台になった話はまだ引っ張ってました。
街中の喫茶店が妙な引っ張り方をしていて、コーヒーを飲みに入った我が一族を
妙な混乱に落としいれていただきました。
小海線のブリットちゃんが復活(?)かなり派手に押されてました。なんで…?

04月07日(金)『怖い』
夜、なんかネットに繋がりにくい、モデムの灯りがチカチカ点滅してる、
と思いながら寝て、起きて、再び接続してみたら、回線速度が従来の倍、
70Mbpsになっておりまして、これは死亡フラグか、あるいは家が火事になる前触れか、
一体どっちだろうと不安になってる春の日。

04月05日(水)『思う』
いろいろあってAIによる自動運転の車の話を聞く。
確かに下手な人間が運転する車より安全だろうな、と思うんですが、
技術者の方の話を聞いてる内に、60年代にアメリカで流行った小話を思いだす

ロボット操縦による安全な飛行を売り物にした航空会社が現れた。
新しいもの好きのトムは早速便を予約してニューヨークからサンフランシスコに飛んだ。
その離陸は聞いていた通り見事なもので、まったく不安が無くトムは大いに感心した。
離陸後、まもなく、自動放送の案内が流れる。
「皆様、本日はご搭乗ありがとうございます。
当機はロボットによる完全操縦で運行されておすので、
万が一の故障が無い限り絶対に安全…安全………安全……安全…」

ついでに上野周辺の桜が満開になりつつあります。3年ぶりの4月の満開ですが、このペースだと週末まで持ちそうですね。

03月30日(木)『そうだったのか』
大戦時のアメリカ海軍高射砲には上空で炸裂した時、白い煙の弾と、黒い煙の弾の二種類がある。
なんでだろう、とずっと思ってたんですが、真珠湾攻撃の前に、現地にスパイとして入り込んでいた日本海軍軍属の方の手記を見て、
白い煙の弾は演習用の弾で実害がほとんどなく、黒い煙の弾が実弾なのだと知る。
このあたり、アメリカ海軍の資料を見ても記述が見つからず、とっくに諦めていたのですが、
意外なところから情報が出てくるものだなあ、と改めて思う。

ついでに上野周辺の桜が開花し始めましたね。
昨年、一昨年と三月中に満開、四月になる前に散り始めてしまっていたのですが、
今年は久しぶりに四月に入ってから満開、となりそうです。
といっても、今週末はまだ早く、おそらく来週半ばがピークだと思いますが。

03月27日(月)『板前』
新宿歌舞伎町の東宝ビル(正式名知らず)の一階に板前寿司が入ってたので入ってみる。
以前、旅行記で書いたように、これは香港資本の寿司屋で、それが日本に逆上陸、
というものなんですが、意外に普通でしたね。
お箸がヌンチャクになってるとか期待してたんですが(笑)。

で、なんで新宿に出たかというと、地雷映画男を巻き込んで、キングコングの映画を観にいったから。
映画に関しては、…良心的ノーコメントとさせていただきましょう、はい(笑)。

03月22日(水)『意外にスゴイ』
来日中のくさのさんを巻き込んで、靖国神社の遊就館でやってる甲冑展を見に行く。
でもって、これが予想以上に興味深い品々が並んでおり、しかも写真撮影可。
後でちょっと記事にまとめようかと思ってます。
10年ぶり位に中に入ったのですが、そもそも見学客が以前よりずっと増えており、
さらに外人さんが多いのにも驚く。中国系の方も居て二重に驚いたのですが、台湾系の方でしょうかね。

03月20日(月)『大名の器』
直接の関係者ではない第三者が書いた文献の上、後世の資料なので、
これまで見てなかった、川角太閤記。
が、とりあえず見ておくか位の感覚で読み始めたら、これが予想外に面白い。
読み物として大変よくまとまっており、信長公記、三河物語、甲陽軍艦、
太閤さま軍記のうち、天正記といった当事者による一級の資料よりはるかに面白いのだ。
これに匹敵するのはフロイスの日本史ぐらいだと思うが、微妙に変な話が多いフロイスよりはるかに興味深い。
さらに本人が体験した話ではないとはいえ、かなり丁寧に実際の関係者から話を聞いていて、
これなら一級の資料として十分、使えると思う。
特に本能寺前後の明智光秀関係については、フロイスの日本史とあわせれば、ほぼ完全に解明できる、
ってな位の記述があって、これだけで十分ジャン、謎なんてどこにも無いジャン、と思いにけり。

興味深い話をひとつ、書いておこう。
川角太閤記によると、秀吉が天下を取った後の前田利家と伊達政宗は仲が悪かったそうな。
でもってある日、正宗が京都でお忍びで遊びに出た。もう天下は安定してるし、お忍びだしで、
護衛を連れずに、友人とだけ出かけたところ、街のゴロツキ(原文では「すり」)集団に取りかこまれ、
なんと天下の大名がカツアゲされる事態になってしまったのだとか。
この時、実際はお金で解決したらしいのだが、世間の噂では、
大小の刀を巻き上げられた、とされて、この噂が京都中に広まってしまった。
でもってこれを聞いた前田利家が大喜び(笑)、さっそく「武士の誇りの刀をカツアゲされたんだって?バーカ(意訳)」
というだけのメッセージを持たせて、使者を送り込もうとしたんだとか。すげえな、前田利家…。
が、あくまで噂だけで証拠は無い。これに怒った正宗がその点を突いてきたら、両者とも豊臣政権下の有数の大名だけに
喧嘩を売った前田家も、これを買った伊達家もシャレでは済まなくなる。
この点を憂慮した前田家の有力な家臣の一人が、この馬鹿馬鹿しい使者となり、伊達家に乗り込むと、
正宗はそんな事言うなら、証拠あるのかよ、証拠が(意訳)と案の上、突っぱねた。
が、前田の家臣も、事を丸く治めるために来てるので、この旨を伝えると、正宗もあれだけの男なので、
改まって、誓って言うが刀を取られたというのは噂に過ぎぬ、事実ではないと断言した。
(金を取られた事には両者触れてないのに注意)
これを複数の人物の前で、誓言してもらい、前田の家臣はそれを利家に伝えて、事は収まったのだとか。
(ここでじゃあ刀ではなく、金取られたんじゃ、とまで考え付かないのが利家である)

戦国大名も、妙にスケールの小さいことをやってるんだなあ、と思ったり。

03月15日(水)『驚く』
C-130ハーキュリーズが、地上で自力でバックできるスンゴイ航空機、というのだけは知っていた。
が、ずっとギアを噛ませてエンジンを逆回転させるのだろう、と思ってたんですが、先日初めて映像で見て、
エンジン回転はそのまま、単にプロペラピッチの角度を変え、空気を前面に押し出すというか、後方に揚力を生み出すというか、
無茶苦茶な事やって後退するのだと知る。世の中ってのはまだまだ知らない事だらけだ…

03月10日(金)『房総の村』
久しぶりにダメ人間兼コックと休日が一致したので、房総のむらを初訪問してみる。
再現建築とは言え、古い町並みがかなりしっかり造られていたり、
いい感じの雑木林や田んぼ(展示物なのだ)、さらにはきちんと
稼働する水車小屋などもあり、見ていて飽きない施設でした。
周囲は古墳だらけ、という土地でも有り、本気で見たら丸一日かかるでしょうね。
地獄に行くのと同じくらい交通の便が悪いのと、そもそも印旛沼の横、成田の北という
地元の千葉県民でもよほどの理由が無いと行かない地域でほとんど知られてませんが、
意外に良い施設なので、興味のある人は訪問をおすすめします。

03月06日(月)『久しぶり』
上野の国立西洋美術館に6年ぶりくらいに行く。当然、世界遺産当選後は初めての訪問。
歩いて15分の距離なんですが、意外に訪問しない場所の一つとなってます。
入場料、安いし、見るべき作品もいくつかあるし、たまには行っておくべき施設なんですけどね。
ついでに、以前とルールが変わっており、特定の絵画、企画展の展示以外は写真撮影可になってます。
ブラボー、西洋美術館。

ついでに、今やってるスケーエン美術館の所蔵品展、これが思いの外見事で、いいもの見せていただきました。
通常の入場料だけで見れますので、機会があれば行く価値があると思います。

そういや渋谷で河辺暁斎の展示も始まってるんですが、あれ、どうしようかなあ。
ポスターに「世界が認めた」みたいな事が書いてあり、未だにそんなこと言ってるセンスの連中が主催なのか、
と少々、気分が萎えてしまったので…。東京の西の彼方、渋谷まで出かけるのも大変だしなあ。

02月23日(木)『2017年の変化』
上野動物園前の遊園地というか、遊具園が完全撤去される。
どうも上野公園大改造という感じで、昨年から昭和の時代を感じさせるものが
次々と消えて行き、さみしい限り。遊具園前、というか東照宮入り口横の売店にはがんばってほしいのココロ。
上野周辺はここ10年で大きく変わってしまった、という部分も多く、もう少し写真で
残しておけばよかったな、などと思ったりもする。

ヤングマガジンにハロルド作石さんが帰って来てると聞く。
ストッパー毒島の続編がようやく来たか!ヒャッホーと思い、
湾岸ミッドナイト C1ランナー終了後、数年買ってなかったのを久しぶりに購入。
…続編は続編でしたが、7人のシェークスピアの方でした。
まあ、これもどうなるんだろう、と思っていたのでありがたいところですが。

02月18日(土)『いろいろ』
2週間ぶりに神保町に行って来たら、駿河台下の交差点にドンキホーテができてました。
これで、御徒町、秋葉原、浅草、水道橋、神保町と、私の活動エリア内全てに
ドンキがある事になってしまいました。この内、御徒町と秋葉原以外は、
すべて私がこの地区に来てからの営業開始なので、何か監視でもされてるんだろうかとちょっと不安に。

文京区教育センターの火星立体マップのギャラリートークに参加。
非常に興味深かったです。私の中で火星大ブームですが、JALもANAも
まだ直通で便がないようなので、遊びに行けないのが残念なところ。

02月16日(木)『宗教』
現在連載中の台湾旅行記を書きながら、宗教の定義についてまた考え直している。

ほとんど無視されているが、宗教には自分を正当化できる、という妙な理由で
信仰され、広まり、祈られてるものがある。新興宗教などは皆、これに近い。
さらにこのパターンには極端な例がある。チベット東部のカム地区に仏教が広まった理由などはその最たる例だろう。
この一帯はあまりに自然が厳しく、このため周囲の地域に出ていって盗賊となるしか生きる術は無かったらしい。
このため子供のころから盗みと殺しを生業にしていたとされるが、
それでも罪悪感はあるらしく(非常に興味深い点だが)この点で仏教(というか密教)がこの地域に入ったとき、
仏にすがればその罪は許される、という事で一気に布教が進んだと思われるフシがある。

つまりこの一帯の仏教は、神への恐れでも、現世利益の追求でもなく、盗みと殺しをやっても、
必ず自分を許してくれるもの、というかなり特殊な位置づけの信仰なのだ。
自分の正当化としての手段の宗教の最たる例だろう。

ちなみに21世紀の今はどうか知らないが、20世紀突入直後にチベットに入った河口 慧海が現地で聞いた
人殺さねば食を得ず、寺廻らねば罪消えず。人殺しつつ寺廻りつつ、人殺しつつ寺廻りつつ、進め進め、
という恐ろしいような、美しいような、滑稽なような、不思議な言葉は、意外に宗教の本質を突いてるようにも思える。

02月14日(火)『来たか』
やけにクシャミが出る。
馬鹿は国の方針によって風邪を免除されてるはずだが、
と不審に思っていたら、花粉症の到来でございました。
なんか例年より早いな、チキショ―メと思った冬の日

02月09日(木)『意外に良い』
PCで絵を描くのに使うペンタブレット、15年近く使ってたワコムのが
いよいよ調子がおかしいので、買い替えた。
よく持ったな、とも思いますが、今や月に一枚程度しか描かないので(実質10時間以下)、
そんなものかな、という感じもします。

で、新しいのは中国製のParboという聞いたことも無いメーカーの製品ながら、
7000円を切る価格、描き込み部分がかなり広いなど、
ワコムの製品に比べてはるかに魅力的なので買ってみる。

が、なんと中国深圳からの発送で(笑)到着まで1週間以上かかったものの、
モノはしっかりしており、これで十分、という感じですね。
ワコムのと違って、消しゴムはペンの後ろではなく、ペンについてるボタンで切り替え、
という位がちょっととまどったところで、後はなんら問題なし。
15年前に倍近い価格で買ったやつよりずっとよくできてます。時代ですかね。

02月02日(木)『いろいろ』
文京区教育センターという、地元の人間以外、たどり着けるならたどり着いてみな、
というわかりにくい立地の施設で、ポスター一枚貼られてないイベントとして、
火星の立体マップ展示、というのをやっている。

東大博物館の協力の下、10m四方くらいの部屋の床に火星の立体マップを敷き詰め、
その上を赤青めがねをかけて歩き回れる、というもの。
なんだそれ、と思ってたんですが、これが非常に面白いのでした。
明らかにクレーターというのが各所にあり、雨や植物による風化が無いと、
大気だけでクレーターは消せないのだ、とか、どう見ても液体の侵食による地形としか思えないのが
あちこちに見られ、素人でもこりゃ何かあったね、と気がついたりします。
これだけを見るために電車で1時間、とかは微妙ですが、隣の岩崎邸とか、
梅祭りが始まった近所の湯島天神とかと併せてみると楽しいと思われます。
3月一杯までやってるらしいです。

ちなみに、上野周辺は、春節、旧正月とともに、周囲に日本人を見つけるのが大変、
というくらい、中国語とハングルにあふれた状態になっております…

01月30日(月)『象とロバ』
20世紀のアメリカの共和党と民主党の大統領に関して見ると、
1981年に就任したレーガンを境に戦争と紛争において正反対の状況になっている。
意外に指摘されることが少ないが興味深い点を含んでいるので、ちょっと見ておこう。

まず20世紀以降にアメリカが関わった戦争&大規模な武力行使に関しては
レーガン以前はすべて民主党大統領の時代だった。

1914年の第一次大戦は民主党のウィルソン大統領時代(アメリカの参戦は1917年)、
1939年の第二次大戦は同じく民主党のF.ルーズベルト時代(アメリカの参戦は1941年)、
1950年の朝鮮戦争は、これも民主党でルーズベルトの死を受けて大統領に就任したトルーマン時代だった。
その後のベトナム戦争は(アメリカ軍の直接戦闘参加は1964年)、ケネディの暗殺によって就任した
世紀のスカポンタン、これも民主党のジョンソン大統領であり、ここまでの全ての戦争は民主党大統領による。

ところが1981年に就任した共和党の大統領、レーガン以降は状況が一変する。
1983年のグレナダ侵攻はそのレーガンの時代だったし、それに続く1989年のパナマ侵攻、
そして1991年の湾岸戦争はともにレーガンの跡を継いだ共和党大統領、ブッシュ1号(パパ)によるものだ。

その跡を継いだ民主党のクリントン大統領はアルイカイダのテロに対する報復として
いくつかの空爆は指示したが、陸上戦闘まで発展する戦闘はまったく起こしていない。

対して次の大統領になった共和党のブッシュ2号(馬鹿息子)は2001年のアフガン侵攻、
さらに2003年のイラク戦争を引き起こしている。
そしてその次の民主党のオバマ大統領も、これまた武力闘争は一度も起こさなかった。

すなわち1981年以降、アメリカによる武力闘争は全て共和党大統領によるものであり、
しかもレーガン以降の全ての共和党の大統領が戦争行為を引き起こしているのだ。
対して民主党の大統領は1977年のカーター以降、一度も戦争行為に手を染めていない。

2017年に新しい共和党の大統領が誕生した。
しかも政治家も、国家公務員も一度も経験してない、というド素人の大統領である。
この後の4年、どうなるかは、おそらく軍部がこの大統領をコントロール下におけるかに掛かってる。
アメリカの軍部は意外に馬鹿ではない。警戒を要するだろう。個人的には注目しておきたいと思う。

01月24日(火)『箱』
どうでもいい話だが、儲かる商売をドル箱、と呼ぶのはパチンコ屋の箱の事では無く、
明治時代には金庫の事を弗箱(ドルバコ)と呼んでいたからザマス。
この呼び名をなぜかは知らねど昭和になってからパチンコ屋が復活させたのです。
という事を立て続けに思う事態があったので、後世のために(?)日記に書いて置きまする。

01月23日(月)『最適解の問題』
もうひとつ、どうでもいい話をしたい。

アメリカの歴代国防長官で、最高の人材は間違いなくジョージ・マーシャルだったが、
残念ながら彼がこの職についた時は、すでに政治的にも行政的にも本人は疲れ果てており、
一年前後で退職してしまったから、十分な成果を残せたとはいいがたい。

その次の、となると間違いなくロバート・マクナマラ(Robert Strange McNamara)だろう。
ハーバードで最年少の助教授(assistant professor)になった後、陸軍で統計部門に入り、
戦後はその知識を生かして民間に転向、最後はフォードの社長になったところで
ケネディ大統領にスカウトされて、国防長官になった男である。
(ただし代表権は持っておらずフォードのCEOではない。さらに就任直後に引き抜かれたのでほとんど実務はやってない)
頭脳の回転の速さ、実務能力、交渉力、さらに人間性どれをとっても一流だったと思う。

それまでアイゼンハワー時代に核兵器に狂った空軍を始め、巨大な軍事組織に圧倒されていた
文民側、つまり行政担当者の最高責任者である長官が彼の登場を持って、初めて反撃に成功し、
軍のコントロールをある程度まで、現場の軍人から政治家が取り戻すのに成功している。
予算を握る議会ではなく、人事権しかない長官がここまでやったのは褒められて良いだろう。
さらに個人の名声を求めず、大統領に非難が向かうのを避けるため常に自分の責任を明確にしていた。
見事といっていい。

さらにその実務では個人的な感想を廃し、徹底的にデータを重視し、
数字の出てこない資料はまず信用せず、現実を客観的に判断するように努めていた。
恣意的な、つまり個人の憶測、感情による政策決定を徹底的に嫌ったわけで、
あらゆる面から見て理想的な国防大臣であり、欠点を見つけるほうが難しかったとすらいえる。

だが、このマクナマラは、結果から言えばベトナム戦争を泥沼化させた最大の犯人の一人であり、
そこにおける軍部の暴走を許してしまった張本人となった。結果から見れば歴代最悪の国防長官となってしまう。
ケネディ政権における、最高にして最も有能なスタッフの、いい意味でも悪い意味でも代表格なのだ。
最高の人材の、最高の決断が、最悪の結果を招いた、という典型的な例である。

彼の場合、その失敗の原因は比較的明確で、その判断に用いたデータがほぼ全面的に適当だったことによる。
国防長官だったマクナマラは軍からの報告を鵜呑みにしていたのだが、後にはっきりするように、
これは現地の司令部が自分に都合のいい情報だけをワシントンに送っていたもので、ハッキリ言ってでたらめだった。
それを元に判断したところで、正しい結論が出てくるはずがない。
が、なぜマクナマラほどの男が、こんな単純な罠に陥ったのかは理解に苦しむところなのだ。
さらに頻繁に、自らベトナムにも飛んでいる。
なぜ、あれほど回転の速い頭を持つ男が、こんな簡単なトリックに気づかなかったのか、正直まったくわからない。

最高が必ずしも最適であり、最善ではないという例は意外に多い。
だからといって最悪が最適であるとも限らないのだが。
要するに、最適と、最高はどうも必ずしも一致しないのだ。
ここらあたりの問題は21世紀になっても世界中で、未だに全く理解されてないと言っていい。
少し考えてみる価値はあると思う。

01月15日(日)『2017年の大統領』
少し、どうでもいい話をしたい。

第二次大戦後に限定した場合、アメリカの大統領で最も頭が良かった、
といっていいのはおそらく1961年に就任したケネディだった。
トルーマンも怖いくらいの切れ者だったが、それでもケネディが上だろう。

さらにケネディの凄みはその自分の才能の溺れなかった事だ。
国務長官(日本における外務大臣)を骨抜きにして、自分が外交の主導権を握る、
という事はやったが、それでも自らの足りない部分をよく知っていた。
このため、ありとあらゆるところから多種多様な人材をかき集めて、
その行政組織をくみ上げ、それぞれに仕事を任せて行く。
中途半端な頭の良さにうぬぼれて、全てを自分で仕切りたがるマヌケとはワケが違ったのだ。
(そういった人間の代表が後の大統領、カーターである)
43歳の青年大統領として、その才覚はずば抜けていたといっていい。

このケネディとその顧問団(内閣)をジャーナリストのハルバースタム(David Halberstam) は
The Best and the Brightest、最高にして最良の賢さ、と名付けた。
(The Best and the Brightest という言葉はハルバースタムの創作物ではないが、
この呼び名を皮肉を込めてケネディとそのスタッフに贈ったのは彼だ。Brightには皮肉の意味がある)
最高に頭のきれる大統領が、謙虚にアメリカ中から最優秀の人材を集めて
史上最高の行政組織を創り上げ、アメリカという巨大国家のかじ取りを行った事になる。
歴代大統領が作り上げた行政チームで、最強のメンバーが集められたのは、ほぼ間違いなくこのケネディの政府だったろう。
当時のリベラル、革新派の人たちはこのケネディのスタッフを見て、アメリカの将来に期待した事が当時の新聞記事などからいろいろうかがえるが、それも無理のないところであろう。

ところが、これは史上最悪の政府となってしまう。
ケネディが暗殺される前に残したソ連との緊張拡大、そしてベトナム戦争の泥沼化の段取り、
さらには人類を月に送るというアポロ計画による膨大な国家予算の浪費によってアメリカは一度死ぬ事になる。
その後、1960年代後半から70年代を通じアメリカは悪夢としか言いようがない時代を迎え、
この凋落はレーガンという、陽気で頭の回転が速い男が一人で逆転してしまうまで止まらなかった。
この悪夢の20年を生み出した原因のほとんどはケネディと、その最優秀のスタッフたちのが造った政府にあったと見るしかない。

なぜこんなことになったのか、という問題提起したのがハルバースタムの著書、
The Best and the Brightestなのだが、残念ながら、よくある事実関係を並べるだけで、
ほとんどまとまりがない、散漫な内容の本になってしまっていて明確な結論は出せてない。
そして、当然、私にも全く見当がつかない。だが、事実として失敗だったのだ。

ただしケネディにも同情の余地はある。本人は多くの仕事を
大統領二期目にやるつもりだったのに、その前に殺されてしまった。
その中途半端で、もっとも難儀な政治状態を引き継いだのが、
よりによって史上最大のマヌケ大統領、リンドン・ジョンソンだった。
が、それでもケネディの生前からその破綻は見えていたから、やはり彼の責任は重いだろう。

2017年の1月に、戦後に限って言えば、おそらく最低の頭脳と最悪のモラルを持った大統領が生まれる。
(戦前ならグラントという偉大な(笑)先駆者が居るが)
ある意味で、ケネディとは全てが正反対、ともいえる大統領とそのスタッフになっている。
この政府の行く末について、個人的には非常に興味がある。
ハルバースタムが生きていたら、この政府をどう評したか、などと考えつつ、静かに見守ってみたい。

01月09日(月)『議題』
ダメ人間兼コックとの本年最初の会合。
ハリソン・フォードはなぜアクションシーンの手を抜くのか、
という事について議論する。
他にもっと建設的な話題はないのかとも考えた正月明けの夜でした。

01月07日(土)『マンガの始祖』
両国に出来た、すみだ北斎美術館を地雷映画男の発案で見に行く。
まだ混んでたし、意外に狭いし、という感じではありますが、悪くない施設でした。
そもそも東京には恒常的にきちんと浮世絵、錦絵を展示してる施設が無かったので、
こういった美術館はありがたいです。
西洋美術館とか、現代美術館とかより、浮世絵、錦絵美術館の方がいいんじゃないかなあ、
と個人的には考えてるんですけどね。
吉田博の木版画とか、東京よりワシントンDCの方がコレクションが豊富ってのは
どう考えても変だと思うんですが。
後は川瀬巴水、河鍋暁斎も海外の方がいいコレクションあったりしますしね。


以上は、現在登録されている新着順1番目から50番目までの記事です。


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