■熱いぜエネルギー

さて、運動エネルギーと位置エネルギーを
わざわざ「力学的エネルギー」と呼んだのは、
当然、それとは異なるタイプのエネルギーがあるからで、
それが熱エネルギー(Q)となります。
略号はQですが、これが何の略なのかは知りません(笑)…。

この熱エネルギーはニュートン力学とは完全に別ジャンル、
という存在であり、そもそも熱力学という一部門が
そのために設立されてしまっているエネルギーでもあります。

よって、この記事の主旨であるニュートン力学の入門編という
目的を完全に逸脱してしまうので、
あくまで簡単に触れるのみにします。

そもそも熱力学をキチンと説明できるだけの知識は
私にもありませんしね(涙)。



熱エネルギーは、通常、運動エネルギーに変換されてから
利用される事が多く、その原始的な変換手段の一つが
水蒸気の膨張力を使った蒸気機関です。
これが近代機械化文明の基礎、産業革命の原動力となりました。

ちなみに水蒸気を媒介に熱エネルギーを運動エネルギーに換える、
というだけなら、現代の原子力機関も基本的には同じ原理です。
熱源を石炭の燃焼から核分裂反応に代えただけになります。
ただし、こちらはピストンではなく、タービンによる
運動エネルギー=仕事への変換が主になりますが。

でもって蒸気機関というとイギリスのワットさんが有名ですが、
蒸気機関そのもののは、それ以前からイギリスにありました。
彼は初めて熱効率の考え方をそこに持ち込んで、
蒸気機関を大幅に近代化した人なのです。

ワット閣下登場以前は石炭をドブに捨てるような効率の悪さで
燃やしまくっていたのが当時の蒸気機関の特徴でして、
この結果、事実上使い物にならん、というシロモノだったのでした。

そこにワットが持ち込んだ熱効率的な設計思想によって、
石炭の消費量が激減し、
一気に経済的に割りにあう装置になったのでした。



とりあえず、いろんな説明が必要だった力学的エネルギーと違い、
熱エネルギーは明確な計算式もなく、
単純にエネルギーそのものとして扱われます。
熱はそれだけで、純粋にエネルギーなのです。

ただし、熱がエネルギーだ、とハッキリするのは
力学的にもかなり後になってからだったので、
ここらあたり、熱と書いたり、熱エネルギーと書いたり、
あるいは熱量と書いたりと、用語の統一が微妙です。
が、とりあえず、どう表記しようが、
それはエネルギーと等価だと思ってください。

なので、熱の単位はエネルギーと同じ、
kg mm/ss=ジュール(J)が使われます。
かつての単位ならカロリー(cal)ですね。

ただし、熱エネルギー単体では物体に力を加えて移動させる、
という仕事(W)を行なうことは困難で(不可能ではない)、
通常、これを運動エネルギーに変換して利用します。

が、力学エネルギーどうしである位置&運動エネルギーの時のように、
熱エネルギーが100%運動エネルギー=仕事(W)に
変換される事はありません。

熱は高温部から周囲の低温部に勝手に移動してしまう、
という特性があり、これによって運動エネルギーに変換されないまま、
その一部が周囲の温度を上げるのに使われてしまうからです。

ただし、力学エネルギーの時と同じように、
全体のエネルギー量は必ず一定に保たれます。
失われた熱と、運動エネルギーに変換された熱の合計は、
常に一定に保たれるのです。

で、この熱の伝達は、接触による「熱伝導」、
電磁波の放射による「熱放射」(エネルギーを光子の形で外部に伝達)、
そして液体などに見られる、混ざることで均一化される「対流」
の3つによって行なわれます。

ちなみに、真空の宇宙空間を通じて太陽の熱が地球に届くのは、
赤外線など電磁波の熱放射によります。
この熱放射があるため、たとえ周囲を真空で断熱しても、
熱エネルギーは必ず低下してしまい、
その完全な維持は困難となります。

なので、どれだけ熱エネルギーを運動エネルギーすなわち
仕事に変換できたか、という点が重要になってくるわけです。
その指標として、熱効率という比率が使われます。

仕事(W)/熱エネルギー(Q)=熱効率

です。
当然、これが高いほど、熱エネルギーが効率よく運動エネルギーに変換され、
無駄なく仕事が行なわれた、という事になるわけです。

ちなみに、この数値が1なら100%、熱が仕事に変換された事になり、
実はこれだと永久機関が可能になってしまいます。
損失が無いので、熱エネルギー →仕事→ 熱エネルギー →…
と永遠にその循環が続くからです。

が、ここら辺りは原理的に不可能であると
熱力学的に証明されており、残念ながらそれは無理です。
それどころか、21世紀になっても内燃機関などでは、
かなり低い熱効率しか達成できてません。

ちなみに、この連載の冒頭で述べた月の引力による永久機関は、
位置エネルギーを使ったものだから可能なのだ、という事になります。
逆に言えば、永久機関が不可能なのは、
熱エネルギーを使う場合の話です。



ワット蒸気機関以降、燃焼から仕事(W)を行なう各種エンジン、モーターは
その熱効率の改善に努めて来ました。

それでも、自動車などのガソリンエンジンで、熱効率は15〜20%(ディーゼルはもう少し高い)、
ジェットエンジンやガスタービンで25〜30%という所になっています。
よって燃料の燃焼で得た熱エネルギーの半分どころか、7割は仕事をしてません(笑)。

ちなみに、聞いた話なのでデータを見てませんが、
地球上でもっとも熱効率がいい存在は虫の蛍の発光器官だそうで、
その熱効率は90%以上、ほとんど理論的な限界値を誇るとか。
この結果、熱として外部に逃れるエネルギーがほとんどないため、
蛍の光は熱くならないのだそうな。



さて、熱エネルギーを運動エネルギーに変えて活用する、
というのは分かりましたが、その逆はどうなのか。

当然、これもありで、この場合、摩擦熱などによって、
運動エネルギーが熱(エネルギー)に変換されて、
物体の速度が低下する、といった現象になるわけです。

実はこの連載では摩擦の問題をすっ飛ばしてしまったので
厳密な説明はできませんが(涙)、大雑把な図にするとこんな感じです。



とりあえず、上のように何も無い慣性空間を飛行中なら、
運動エネルギーは保存されており、力を加えられた分だけエネルギーを
持ち続けて物体は飛んでゆきます。

が、これが摩擦のある面に接触しながら進む、
となると、やがて物体は摩擦によって停まってしまいます。
この時、運動エネルギーはどうなったのか、というと、
摩擦によって生じる熱エネルギーに変換されてしまったのです。

やがて物体の持つ運動エネルギーが
全て熱エネルギーに変換されてしまうと、
それ以上の仕事(W)は不可能ですから、そこで物体は停止します。

この時、運動エネルギーが減った分だけが熱エネルギーに変換され、
この場合も運動エネルギーと熱エネルギーを合計した
総エネルギー量は常に一定である、というのに注意してください。
ここでも「エネルギー保存の法則」が生きているわけです。

さらには、運動エネルギーに変換されず、
熱エネルギーのまま、周囲に拡散してしまう、というケースもあります。

例えば、高層ビルにロープを結んで車で引っ張ったところで、
当然、びくともしませんが、これまた当然、燃料のガソリンは減ります。
が、仕事の量は移動距離が0なら0ですし、速度が0でも0になります。

となると、仕事も運動エネルギーの消費も0のはずなのに、
エネルギー源のガソリンが減るのはなぜ?

これは全て熱エネルギーの形のまま、周囲に拡散してしてしまうからですね。
エンジンの発熱の上昇、摩擦によるタイヤの温度の上昇などで、
そのエネルギーは消費され、そのまま周囲に拡散されてしまうのです。



信号待ちの自動車、離陸順番待ちの航空機などは
その場に停止している以上、エンジンが成す仕事はゼロ、
運動エネルギーもゼロ、プリン体と脂肪分もゼロですが、
燃料はガンガン減ってゆきます。

これは力学的エネルギーでは説明不可能な現象ですが、
熱エネルギーとして周囲に拡散されてしまっているのだ、
と考えることで、エネルギーの保存則は成立します。

ただし、そこら辺りの計算は意外に面倒なので、ここでは省かせてください…



同じように、弾丸が分厚い装甲にぶつかって
これを撃ちぬけなかった場合、その運動エネルギーでバラバラに
砕け散るのと同時に、一部は熱エネルギーとなり。
拾ったら大ヤケド決定、というくらいの熱を持ちます。

このように、運動エネルギーになれなかったエネルギーが
熱の形にされ、周囲に拡散される、というケースも多いのです。
その結果、エネルギー保存の法則は守られる、という事でもあります。

このエネルギー保存の法則は、ニュートン力学を超えて、
それこそ素粒子の世界でも通用してしまう重要な法則なので、
これは覚えておいてください。

さて、やや簡単ですが、熱エネルギーに関してはここまでにしましょう。


NEXT