■新しいトンの力の学問

19世紀以降の近代戦においては、ニュートン閣下が始めた力学というものを
ある程度理解しないと、なんでこの兵器はこんな事になってるんだろう、
というのがさっぱりわからない、という事態が頻繁に起こります。
それどころか流体力学から熱力学、弾道計算の微積分までが必要とされ、
戦争するにはマッチョな筋肉野郎を集めればいい、という時代は
すでに200年前に終わってしまってるのです。

で、なんだか戦争の話が多い当ホームページにおける
今後の記事展開で、これを毎回説明するのは面倒だ、
という事に気が付いたわけです。
よって、ここにニュートン閣下とエネルギーの力学基礎知識、
として一度まとめてしまおう、というのがこの記事でございます。

ただし、あくまで基本中の基本、ニュートン力学のみを扱い、
ほんのちょっとだけ熱力学とエネルギーの概念を触れて終わりとします。
本来なら必須の微積分や流体力学、本格的な熱力学には
一切足を踏み入れない予定です。
あくまでウチの記事を読むのに必要な知識、ですね。



力学の基礎を造っちゃったニュートン閣下、
蒸気機関の開発で熱力学とエネルギーという概念の基礎を造ったワット殿下、
さらに熱とエネルギーの関係とその保存則の発見をしたジュール翁と
機械文明に貢献した科学技術者の表彰台独占という感じなのがイギリスです。

ただ、個人的にはどうもこの人たち、本国での人気が低い印象が(笑)。
ロンドンの科学博物館でも、写真のワットの蒸気機関を別にすると、
ほとんど展示がありませんでしたし…。



ここまで読んで、なんだかメンドクサイ話だなあ、と思ったかもしれませんが、
大丈夫、足し算と引き算、あとは掛け算、割り算ができれば、
問題なく全て理解できます。
しかも、これらを理解するメリットは結構大きいのです。

例えば火器の能力の比較の場合、その破壊力は銃弾の質量ではなく、
銃口を飛び出た速度、すなわち初速が重視されるのはなぜか?
これは弾丸がぶつかった時に行われる仕事の大きさ(すなわち破壊)は、
弾丸の持つ運動エネルギーに比例するからであり、
運動エネルギーの量については質量よりも速度のほうが影響が大きいからです。
(運動エネルギー=1/2×質量×速度×速度 だから速度は2乗で効いてくる)

さらにほとんどのジェット機では、アフターバーナー無しだと、
エンジン出力は機体重量を下回ってるのが普通です。
では、なぜその小さな力で、より重い機体重量を空に持ち上げる事ができるのか。

航空機が空を飛ぶのは、主翼が機体重量を上回る大きさの力で
これを持ち上げるからです。
つまり主翼に発生する揚力が機体重量より大きくないとダメなのですが、
機体重量以下の出力しかないエンジンを使って、
どうやってそんな力を生み出すのか。

これは一定時間、エンジンが機体に力を加え続けて速度を増す事で、
力を運動エネルギーの形で備蓄し、
その備蓄分を再度力に、すなわち揚力に変換してから利用しているからです。

力 → エネルギーとして蓄積 → より大きな力で再利用

ということですね。

とりあえず、ちょっと先走ってしまいましたが、ここら辺は後で詳しく説明しますので、
現段階では何言ってるのかさっぱりわからん、という状態でオッケーです。
とにかく役に立ちそうだ、と思ってもらえれば大丈夫。
あまり警戒しないでくださいね(笑)。

ついでに、もうちょっとだけ脱線しておくと、
機体に速度をつけてから、運動エネルギーで必用な揚力を生むという事は、
逆に言えば速度0から垂直離着陸(VTOL)を行う機体はどうなるの?
運動エネルギー0で空に浮く以上、
単純に機体重量より大きなエンジン推力が要るよね?という疑問が出てきます。

はい、そこまで気が付けばしめたもので、もう夕撃旅団なんかアテにしないで、
自分でハリアーの重量とエンジン出力を調べて見るぜ、といった
新たな展開が待っているわけです(笑)。




元祖垂直離着陸ジェット戦闘機、ハリアー。
速度ゼロで浮かぶと言うことは、運動エネルギーはゼロ、
空中に浮かぶときに利用できる力はエンジン出力だけのはず。




でもって写真のペガサスエンジン、つまりハリアーのエンジンの最大出力は約9.75t。
ハリアーの最低離陸重量が8.5t前後だとされますから、
やはりエンジン推力だけで垂直に持ち上げられるわけです。

が、完全フル装備の最大離陸重量だと11.4tにもなり、
これはもう持ち上がりません。
よって多少滑走して、速度をつけ、
運動エネルギーを稼ぐ(貯める)必用があるわけです。
イギリスのハリアー搭載空母がスキージャンプ台を持ってる理由がこれです。
(垂直離陸時の膨大な燃料の消費を避ける、という意味もあるが)

こうして力とエネルギーの面から見ると、
ハリアーの機体重量はギリギリで設計されてるのだなあ、
ゆえにあんなに小さいのか、という事までわかって来ます。



いや、ハリアーはいいけど、あのチョーデブ戦闘機、
F-35Bの垂直離着陸はどうなってるの?と思いついた皆さん、見事です(笑)。
そう、この機体はアフターバーナーを点火しても、まだ機体重量の方が重いのでした。
よってエンジン推力だけによる垂直離着陸は不可能です。

じゃあどうして、垂直離着陸が可能なの?
というと画像検索等でF-35Bの構造を調べて見るとわかりますが、
まず機体前部に、垂直離着陸の時だけ使う上向きのファン(回転翼)が入ってます。
で、垂直離着陸時は、コクピット後部にある、この専用ファンを
エンジンのタービン回転軸と連結してブン回し、揚力を得てるのです。

つまり、ヘリコプターみたいなもので、ファンの中の回転翼を
ジェットエンジンの推力でブン回し、それで揚力を得ています。
この回転翼ファンの高速回転によって、上で説明した運動エネルギーの貯金を得てるんですね。
よく考えられた構造だと思います。

エンジン推力で直接浮くのはノズルを下に向けてジェットを噴射する機体後部のみ、
機体前半は、ヘリコプターのようにファンの高速回転で揚力を得ています。
つまりエンジン推力を運動エネルギーへ変換してから浮き上がってるのです。

ただし、前後の重量配分はよくわかりませんが…。

ちなみに、普通に考えると、より低い推力で垂直離着陸が出来てしまう
この方式のVTOLの方が燃費はいいはずです。
が、離着陸専用ファンは飛行中は完全に無駄な重量物となりますから、
結局、プラスマイナスゼロか、かえって重量増から燃費は悪化してる可能性もあります。



今回のお話、なかなか楽しそうでしょ?ダメ(笑)?

ただし、最初に断っておくと、ニュートン力学は現実世界の運動を
あくまで数字と数式で近似させてる、つまり模倣してるだけです。
当然、現実の世界は決して数字と数学では出来てませんから(笑)、
その近似には限度があり、意外にあっさり破綻します。
つまり、ニュートン力学&エネルギーと仕事の限度は意外に低いのです。

たとえば多体問題があります。
これは3つ以上の物体がお互いに引力などで影響を及ぼしあう場合、
厳密にその動きを計算で求めることはできまない、というものです。

このため、地球と太陽の影響を受ける月の軌道計算ですら、
完全に予測するのは不可能で、摂動という考え方に
最新コンピュータの力技が加わった現在でも、100年単位の予測は
完全には不可能なんじゃないでしょうか。
自力で計算したことないので、断言はしませんが、
すくなくとも500年先の正確な軌道計算はまず無理だと思います。

ちなみに、地球と月の両者の影響下に置かれる
人工衛星も同じで、これまた軌道の未来予測には限度があります。

さらには相対性理論的な破綻も出てくるのですが、
こちらはまた後で。

そんな感じでニュートン力学にはいろんな限界があるわけですが、
それでも極めて有用な理論であるのは確かです。
とりあえず知っておいて損はないでしょう。
わかっちゃえば簡単ですし。

なので、しばらくお付き合いのほどをお願いします、はい。


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