■渦が乱れる場合の話

とりあえず、高速流体の中で発生する渦が、流体中では主な抵抗源になる、
というのはお判りいただけたでしょうか。

この渦は通常の層流ではほとんど生じず、
流れが乱れた後、乱流になった後に出て来るものです。
なので乱流というのは、渦の集合が流れてるようなものだ、と考えてください。
すなわち慣性抵抗(圧力抵抗)のカタマリです。

この結果、高速性を尊ぶ航空機にとって乱流の発生をいかに抑えるか、
が抵抗削減のための最大テーマになってきます。
(逆に言えば高速性を必要としない状態の機体に乱流はそれほど怖くない。
使いようによっては主翼の揚力を強化する事もできるし、ブレーキにもなる)

ついでに層流は秩序ある流れ(エントロピー小)、
乱流は秩序を失った状態での流れ(エントロピー大)、
と考えると判るように、自然状態では層流から乱流への遷移は普通に発生しますが、
逆に乱流から層流に遷移する事は、まずもってあり得ません。
まあ、確率の問題になるので、全宇宙規模で考えた場合(笑)、
どこかで常に一定量で発生してる可能性もありますが…

ちなみに、境界層と乱流の発生の関係がわかって来たのは
ドイツのプラントル(Ludwig Prandtl)が発表した1904年の研究からでした。
これはライト兄弟の初飛行の翌年ですから、流体力学というのは、
航空機にとって何か運命的な学問ではあります。

もっとも、航空機の高速性が問題になって来るのは第一時大戦前後からで、
戦争中に研究やってる余裕は無かったため、その終戦後から一気に進化し、
1920年代に航空機の空力性能は劇的に進化します。

この際、プラントルが居たドイツが常に最先端を走り(マッハは没後だが影響はあった)、
これに対抗できたのは、第二次大戦直前、1930年代後半に入ってからの
アメリカとその研究機関、NACAくらいのものでしょう。

ちなみに流体と乱流の研究を最初に本格的にやったのは
アイルランドのストークスだと思いますが、
それをさらに発展させたのはイギリスのレイノルズ(Osborne Reynolds)で、
その集大成とも言えるのが1883年に発表されたレイノルズ数 でした。

これは流れが層流から乱流に遷移する条件を定義した数字で、
乱流が最大の敵である航空機などにおいては重要な数字となってきます。
その発見はプラントルの境界層の発見の20年近く前であり、すなわち物体表面の
境界層からの乱流の発生を調べたものでは無く、パイプ内の液体の流れを調べた結果でした。





パイプ内の乱流の例として、よく出されるのがこの水道の水。
ゆっくりと、静かに流れてる時は層流なので、上のように綺麗な状態であり、
その流れを通し、向こう側の風景を光が屈折した状態で見る事ができます。

ところが流速が上がると、下の写真のように乱流に変化してしまうので、
中が渦だらけとなって、まともに光を透過させることもできなくなり
白濁してしまいます。

この水道の実験でも判るように、乱流の発生は流体の速度に密接に関係します。
これに気が付いたレイノルズが、実験で確認した結果、
流体が乱流になるかどうかは粘性抵抗の源、せん断力(F)と慣性抵抗(圧力抵抗)(F)の比の数字で、
ある程度までは決定される事に気が付きました。

先にも書いたように、低速時にだけ意味がある抵抗が粘性抵抗、
高速時に効いて来る抵抗が慣性抵抗(圧力抵抗)ですから、
これは流体の速度の比を力(エネルギー)の形で取ってる事になります。

でもって、ここで使われるのは粘性の抵抗の数値、「せん断応力」ではなく、
圧力ではない、純粋な力(F)の「せん断力」なのに注意してください。
あくまで力(F)の比で見ているのです。
「せん断応力」は、抵抗力「せん断力」を
「せん断面積」で割り算したものでしたから、逆算でこれを求められます。

せん断応力(P)×せん断面積(S)=せん断力(F)

となります。
このせん断力と慣性抵抗(圧力抵抗)の力(F)の比がレイノルズ数ですから、
すなわち

慣性抵抗(圧力抵抗(F))/せん断力(F)=レイノルズ数(Re)

ですね。

ちなみにレイノルズ数は「慣性の力」と「粘性の力」の比、という意味のよく取れない説明が
世の中にはなぜか溢れてますが、それは全く違いますから要注意。
慣性抵抗は、すでに書いたように渦の低圧の力で、慣性とは全く無関係です。
これはあくまで粘性における二種類の抵抗力の比で、形を変えて一種の速度比となってます。

…しかし本でもネットでも繰り返されてる、この変な説明の元ネタは何なんでしょうね。
「慣性」の「力」ってなんだよ、って疑問に思わないのはなぜなのか、
どうもよく判りませんが、まあ、無視して行きましょう。

基本的に、このレイノルズ数は数字が大きくなるほど、乱流になりやすくなり、
その遷移の目安は大体1500〜3000前後となっています。
(レイノルズ自身によれば2320だが、実際は条件で変動する)

自分で計算すればすぐ判りますが、大気にとっては、これは極めて小さい数字で、
もはや現実的ではない、というレベルの数字ですらあります。
このため世の中のほとんどの気流は乱流なのだ、と判断できる根拠になってます。

ちなみにこの数字は力(F)と力(F)の比、割り算ですから、
これまた単位(次元)は消えてしまい、先に見た抵抗(抗力)係数と同じ
無次元数、すなわちあらゆる計算で他の単位に影響を及ぼさない、
便利な数字になっています。

そしてレイノルズのすごい所は、この式の計算を、より単純にしてしまった事です。
まず、分母となる慣性抵抗(圧力抵抗)の式は、
先に見たように

慣性抵抗(圧力抵抗(F))=抵抗係数×物体の表面積×流体密度×流速×流速×1/2

ですが、彼は単位(次元)に影響を及ぼさない抵抗係数を省いてしまってます。
これを消す数学上の技術的な理由は全く無いので、
単に数式の単純化による、と考えるしかありませぬ。

そこまでやったレイノルズは(笑)、さらに加えて全部の流体を等しく1/2するなら、
これを取ってしまっても、せん断力との比の数字に影響はない、と判断したようで、
これまたレイノルズ数の計算から省いてしまいます。
これも計算上、消えるはずの無い数字なので、単純化のために取った、
と考えるしかないと思われます。

そんな好き勝手やっていいのか、という気もしますが、この計算式が発表されてから
すでに150年近く、流体力学は問題なく運用されてるので、大丈夫なんでしょう、たぶん(無責任)。
この結果、レイノルズ数における慣性抵抗(圧力抵抗)を求める式は

慣性抵抗(F)=物体の表面積×流体密度×流速×流速

と単純なものになります。
次にせん断力を求める式にも彼は細工をします。
「せん断応力(P)」を「せん断力(F)」に戻す式は

せん断力(F)=
せん断応力(P)×
せん断面積
粘性係数(粘度)×(流速/境界層の高さ)×せん断面積


となり、これを単位(次元)の数式で見ると

kg/ms(粘性係数) × m/s(流速) ×1/m(境界層の高さ) × mm (せん断面積) 

この内、粘性係数は流体ごとに固有の数字なので動かせませんが、
残りの要素を単位で分解すると、

m/s × (1/m × mm) = m/s × m

すなわち速度×距離、という単純な式に分解、再構成出来ます。
なので、粘性係数に単位面積を掛けて、せん断力に戻す、という式は、

粘度 μ
×流速×長さ=せん断力(F)

という形で表せるのです。。
よって、レイノルズ数を求める式は、


慣性抵抗(圧力抵抗(F))/
せん断力(F)

=(表面積×流体密度×流速×流速)/(粘度 μ×流速×長さ


ここで流速は左右の式、どちらにも積の形であるので、一つずつ消去でき,


流体密度×表面積×流速)/(粘度 μ×長さ)


と、単純化できます。
でもって、左辺の表面積は長さ×長さの事ですから、以下のようにも書けます。


(流体密度×長さ×長さ×流速)/(粘度 μ×
長さ


これで、さらに左右の式から長さの要素も消す事ができるようになりました。
なので、最終的な式は、


(流体密度×長さ×流速)/(粘度 μ

ρLU/μ=Re


という極めて簡単な形となります。
これがレイノルズ数を求める式です。

ちなみに、動粘性係数(動粘度)がわかってるなら、さらに式は単純になります。
動粘度は、粘度を流体密度で割り算したものですから


((流体密度×長さ×流速)/流体密度)/((粘度 μ)/流体密度=動粘度(ν))



となり式から全ての流体密度の要素が全て消えます。
よって、

(長さ×流速) / 動粘度(ν)=レイノルズ数(Re)

LU / ν= Re

という、笑ってしまう位に単純な式で、レイノルズ数、すなわち
乱流になる目安が計算できることになってしまいます。
ここで意外な事は、動粘度、流体の動かしやすさの値が大きくなると、
レイノルズ数は小さくなるので、むしろ乱流になりにくいのです。
ただし、実際は動粘度の高い流体は軽いので、流速がケタ一つ高速になったりしますから、
結局、相殺されてしまう、という感じになる事が多いのですが。

でもって、このレイノルズ数で乱流が発生する数字は先に見たように決まってますから、
どんな大きさのモノでも、同じレイノルズ数となれば、乱流が発生します。
厳密に言えば、必ずしもそうでもない、という部分があるんですが、
それでもこの原理が適用できる場合、100mの物体の慣性抵抗(圧縮抵抗)の傾向を知るには、
同じレイノルズ数になるように、1/10小型模型で流速を10倍に上げれば
そのまま実験データを信用しても大丈夫、という事を意味します。

まあ、実際はそう単純ではないのですが、それでもある程度まではこの原理は適用できます。
このため、レイノルズ数をそろえる事、小型模型を使って流速を上げる事で
実機が入らない小型風洞でも実験が可能になり、これが航空力学の発展の大きな原動力になるのです。

といった辺りで、今回はここまで。
次回は実際の航空機における流体力学を見て、
ようやく(笑)この連載を終わりにしたいと思います。


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