■ベルヌーイの定理の誘惑

さて、ではそのベルヌーイの定理を使って航空機の主翼について考えてみます。
主翼が揚力を得る仕組みは、エネルギーの保存則が力の保存則を意味する、
という流体ならではの現象、ベルヌーイの定理に従った現象になってます。
この点から見て行きましょう。

でもって最初は亜音速以上、時速800q前後以上で飛ぶ必要以上に元気な飛行機は忘れます。
あいつらは元気すぎます(笑)。

ここではより安全に空気の圧縮性をほぼ完全に無視できる、
巡航速度が時速400m以下の平和な飛行機を考えます。
それらの主翼を見ると、だいたいこんな感じの形状になっているはずです。



下がほぼ平らで、上の前方が凸型に盛り上がってるのが判るでしょうか。
こういった断面の物体を流体の流れの中に置くと、上面を通過する流体の速度は加速され、
主翼下面の流体の速度はやや減速します。

なんでそうなるの?というと空気の流れが曲げられることで低圧部(渦)ができ、
そこに空気が吸い込まれる事で主翼上面の気流の速度が上がるからです。
じゃあ、なんでそんな低圧部(渦)が出来るとの、というと、その厳密な説明は非常にヤヤコシイ、
というか完全な説明は不可能に近いと思われるので、ここではとりあえず、
そういったものなのだ、とだけ思っておいてください。
それがあなたのためであり、何より筆者のためになります、はい。

となるとベルヌーイの定理により、流れの中の全圧は一定に保たれねばなりませんから、
流速が速くなった主翼上面は静圧、すなわち気圧が低下し、
流速が遅くなった主翼下面では気圧が上がります。

実際は下面の加圧はわずかで、上面の減圧が主となるんですが、
これによって主翼は上方向に吸い上げられるのです。
なので主翼は揚力で持ち上げられてる、というよりも気圧の低下で吸い上げられてる、
と言った方がが実態に近いかもしれません。

掃除機は本体内のローターの回転で低圧部を造って空気を吸い上げてるのですが、
発生原理は全く異なるものの、あんな感じの上方向に吸い上げる力が主翼には働くわけです。

とりあえず、この辺りをPCのソフトを使って可視化してみましょう。
使用ソフトはWIngflwで、講談社ブルーバックスの「パソコンで見る流れの科学」に付属のもの。
計算条件は、先に見たベルヌーイの定理が成立する、なので完全流体による計算で、
空気の圧縮性が生じない低い速度で定速飛行中という状態を示します。

さらに翼の翼弦長、前後の長さは10p程度と模型飛行機サイズなので、
実際の航空機の主翼周りの気流とはいろいろ異なりますが
とりあえずの参考にはなると思うので、載せて置きましょう。
(完全流体なので翼後端部の気流の乱れなどは一切再現されないのに注意。
というか、本来、完全流体では渦が生じないので
揚力は発生しないのだが(笑)そこはあくまで参考という事で)

ちなみに画面左が進行方向になり、気流は左から右に流れてます。



典型的な低速機向けの高揚力の翼型(aerofoil)、クラーク Yが
時速360q、迎え角5度の時の周囲の大気の流れを可視化したもの。

周囲の矢印は赤→黄色→緑→青の順に流速が速くなってます。
主翼下面では後端部までほぼ通常の流速のままですが、
主翼上面では前縁部の凸部で急速に速度が上がり、青い線になっているのが見て取れます。
さらに後端部まで黄色い流れには戻らず、常に下面より高速な流れなのに注意してください。

この上面の高速部で、ベルヌーイの定理による静圧(気圧)の低下が起こり、
主翼を吸い上げる力が生じる事になります。
主翼前部の凸部で最大の流速が生じてるのも見て置いて下さい。
すなわちここが最低圧の部分で、最大の揚力が生じる場所となります。



前半部をアップで。
矢印の長さは気流の速さに比例して長くなってます。
主翼前縁部下では、下面に赤い減速部が出来ており、
ここではベルヌーイの定理による下からの加圧、すなわち上に持ち上げる力が生じています。
ただし見てわかるように、ごく小さな面積なので、主翼の揚力のほとんどは
上面側の吸い上げる力による、と考えていいでしょう。
さらに微妙に斜め下から力がかかってるので、これ意外な抵抗源になってる可能性もありますね…。

ちなみに主翼上面の吸い上げる力は、やや後方に向けて生じるため、
揚力の増大は飛行時の抵抗の増大に直結します。
(主翼は真上にではなく、斜め上後方に引っ張られてる)
なので高速を目指す機体では、凸部の厚みをもう少し小さくし、
低速時の揚力の低下と引き換えに、高速性を得ることにしてるのが普通です。

よって高速機になるほど主翼の厚みは薄くなり、時速1000qで巡行するジェット旅客機などでは
非圧縮性が失われる事もあって、ほとんど凸部が見られないような形状になります。
ベルヌーイの定理を見ればわかるように、速度の上昇は2乗で静圧の低下に繋がるので、
高速で飛ぶなら、ある程度、主翼の揚力発生能力が落ちても補えてしまうからです。
ただし低速時はあっという間に失速するので、大型フラップなどが必須となって来ます。


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